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5-6

 手紙の仕分けが終わったあと、花をダイニングルームの入り口に飾ることにした。


(屋内が華やかになるからかしら)


 花瓶にいけた花を見て考える。


 毎日軍服姿だが、ヴァンレックは王族だ。


 食事の作法も、女性の気遣いも完璧に習得しているのは感じる。


 確かに、花があると場の雰囲気は明るくなった。私室にはすでに先日の花束分があるので、アリムの部屋、サロン――などにも飾っているところだ。


「花なら庭園にもあるんだけど……」


 毎日、庭師が雪を払っていた。この地では冬にも花が見られるというのは、その時に知ったことである。


 するとダンニングルームから出てきたメイドが見てくる。


「まぁ奥様、必要でしたらお声を掛けてくださったらよろしかったですのに」

「いいのよ。私がもらったものだし、自分でやりたとも感じて」


 途端にメイドの口元が緩んだ。必死にこらえているようだが、普段のすました様子を取り繕えていない。


「……なあに? 言いたいことがあるのなら、言っていいのよ」

「旦那様は、奥様に貢物をしているのですね」

「貢物? 感謝の印ではないかしら。満月の日のこと、かなりお礼を言われたし」


 あの日、零時を超えたら彼は人の姿に戻れた。


 その際、人に戻ったら裸であることを教えられたアイリスは、隅に用意されていた着替えのほうに背を向けて恥ずかしさを我慢した。


 深夜まで起きていたこと、そしてトドメの精神疲弊で翌日は寝坊してしまった。


 朝食を共にできなかったことをヴァンレックには詫びたが、彼のほうこそ挙動不審だった。


『夜更かしに慣れていないのだから仕方がない。満月の日を担当した者たちも、翌日には休養を取れるようにしてある。気にしなくていい」


 ああ言っていた彼は、むしろ嬉しそうに感じた。


(わざわざ夜更かしに慣れていない部分を、みんなに聞こえるように言わなくったって……)


 思い出してもやっとする。寝る時間が遅くなったらたっぷり眠れるようにします、とメイドたちに力強く言われて恥ずかしかったものだ。


(子供じゃないのに)


 あの日以来、みんなを巻き込むイベントはまだ計画もしていないのに、意図せず使用人たちとヴァンレックへの距離感も縮まっていっている様子だ。たびたび彼がメイドに声をかける姿も見ている。


 いったい何が彼自身を改善へと突き動かしたのかは不明だが、なのでアイリスは使用人たちとの距離感については、無理やりは悩まないことにした。


 するとメイドが、少し気分が落ち着いたのかじーっと見てきた。


「……今度は何?」

「いえ……奥様って……お可愛らしい性格なんですねと思って……」


 表情に出ないようにされているだけで、内心残念に思われているように感じるのは気のせいだろうか。


「お花、もらえたら嬉しいとおっしゃっていましたよね?」

「ああ、先日の質問? そうよ。高価なものより気軽に受け取れるし、私は経験したことがないから、ロマンチックで素敵だと思ったわ」


 メイドが口にさっと手をあてて、「それなのにどうして」と呟いていた。


 続いてアイリスは、他にもらって嬉しいものなどはないかと彼女に尋ねられることになる。


 ◇∞◇∞◇


 別の日、晴れたので午前中はアリムと庭で雪投げをして遊んだ。


「今日は僕もダンスの授業に参加していいんだよね? 朝、約束したでしょ?」

「ええ、いいわよ」

「やった! パパの代わりにがんばるね!」


 彼のほうはどんな〝授業〟を受けているのか気になったが、母親ではないので、そうつっこんで聞くものではないとアイリスは好奇心を飲み込んだ。


 母親の心境としては、逐一成長を聞きたい。


 でも、あまりしゃしゃり出て、ヴァンレックに嫌な気持ちを抱かれたくないのも事実だ。


(ああ、まずいわ。気にしないようにしないと)


 気持ちを目の前のアリムとの雪遊びに戻すことにした。


 屋敷の中に戻ってあと、身体を温める。


 ダンスの授業まで時間はあるので、遊びづ疲れたアリムに仮眠を提案したら、珍しく断られた。


「僕、ちゃんと成長してるもんっ。まだ眠くないよ!」

「アリム……!」


 ドヤ顔のアリムが可愛すぎた。メイドたちと一緒に、アイリスはメロメロになる。


「じゃあ授業が始まるまで私と」


 と切り出した時、ブロンズがノックをして入室してきた。


「お休みのところ申し訳ございません」

「大丈夫よ。体力も少しは増えたから。どうしたの?」

「奥様への品が届いています」

「品……?」


 覚えがない。


 不審に思いながら運ぶようお願いすると、それは箱に入った三着の美しいドレスだった。


「え」


 何、これ、とアイリスは固まる。


「旦那様がダンスの練習用にと、注文されていたものです」


 男性の使用人たちに箱を開けることを手伝わせたブロンズが、説明してメッセージカードを差し出す。


【気に入ってもらえると嬉しい】


 そこにはヴァンレックの名前付きで、そんな言葉が書かれていた。


(……散財?)


 アイリスはしばし動けなかった。


「わぁっ、これアイリスによく似合いそうだねぇ! 普段着でもよさそう。早速着けてみようよ!」


 アリムが大はしゃぎで言った。


「えっ」

「よいお考えかと思いますわ。さっ、奥様、せっかくですし、試着がてら一つ着てみましょう。どちらのドレスがよろしいですか?」


 メイドたちはすでに乗り気だった。


「……大丈夫? すごくお金がかかっているみたいだけれど」


 アイリスは心配になってブロンズを見る。


「のちに驚かれるかもしれませんので、先に打ち明けておきます。旦那様は本日、他にも持ち返られると思います」


 数時間後、ヴァンレックが帰ってきた時に、アイリスはその正体を知った。


 それは、ダイヤが美しい髪留めだった。


(金額がっ、上がっていっている……!)


 アイリスは衝撃を受けた。


 花束が終わったかと思ったら、以降は身に着ける物が毎日増えていくことになる。


 ◇∞◇∞◇


 騎士団側の執務室で雑務を処理したアイリスは、力なく戻る道を進んでいた。


「……いったい、いくら分の装飾品なの……」


 今日の彼女は新しいドレスを着ていた。片方の髪の横を三つ編みにして、少し大きめの髪飾りで留めている。


 雰囲気を変えられていいと思いますよと騎士たちは告げてきたが、アイリスにそんな意図はなかった。


 せっかくなので着けないともったいない。


 そんなメイドたちの意見はもっともで、朝に身支度で仕上げられた。


 確かに、気分は上がる気がする。でも居候させてもらっている身で、雑務だけではもう割に合わない気がしている。


「あっ、奥様だ!」


 陽気な声が聞こえて、吹き抜け側の通路下を見た。


 そこは屋内訓練場があった。シーマスが手を振っている。


 彼の周りには、同じく訓練着を着込んだ騎士たちがちらほらといた。


「今日の髪型、とてもいですね!」


 迷ったものの、褒められるのは素直に嬉しい。


「ありがとう」


 もしかしたら自分に似合わないのではないかと思っていた清楚感がある白いジュエリーが、彩られた金色の髪留めだった。オレンジ味が強く、アイリスの真っ赤な髪色とのバランスもいい。


(ヴァンレック様って、意外とセンスもいいみたい)


 贈られるものはどれも好みだった。


 同時に、見るからにいい品だと分かって、気は重くなる。


「あれ、何か悩みですか?」

「ヴァンレック様が少しおかしい気がして」


 訓練場のどこからか「ぶふっ」と吹き出す声が聞こえた。


 シーマスも、おかしさをこらえた顔で言う。


「奥様、貢物って言葉がよく似合うと思いません?」

「私に貢いでもこれ以上の利はないわよ」

「あ、なるほど。そういば奥様って人族でしたね。うーん、それでは『したいから贈り物をしている』と考えるのはいかがです?」


 アイリスは思考を止めてしまった。


 完全な善意であることは推測したことはある。さすがに何日も続くと、先日のお礼の気持ちだけではないように勘ぐった。


 でも、そんなこと、考えてしまってはダメなのだ。


 一度考えたら、きっと、ずるずると彼のことを意識し続けてしまうから。


「そ、それは……だから私にやっても、とくに利になることはなくて……」


 慌てて視線をそらして考える。


 相手は大公様だ。ダンスの授業の話が出た際、ドレスを二十着も一気に購入したお方である。お金の使い方や感謝の仕方が、アイリスの常識とはかけ離れている可能性も――。


「全部よく似合ってますよ」

「まるで奥様のことをすごく考えて選ばれたみたいです」

「嬉しいけど、今はやめて……」


 ほめられ慣れていなくて、くすぐさたいくらいに恥ずかしい。


「そうそう。冬景色の中に降り立った女神のよう――ぐへっ」


 男優のように演技っぽくそう語りだしていたシーマスが、次の瞬間、飛んできたベンチと共に向こうへ吹っ飛んだ。


「シ、シーマス!?」


 アイリスは慌てて通路の塀に駆け寄る。


 獣人族は身体は強いとは聞いている。木刀なのに対戦で吹き飛ぶのだって見たことがあるし、そうあってもたいていかすり傷程度で済む。


(でもまさか、あんな重いベンチが飛んでいくなんてっ)


 すると騎士たちがとある方向を見て、一斉に青ざめた。


 そこから現れたのは、ヴァンレックだ。


「――人の妻を、くどくな」


 向かってくる彼に対して、騎士たちはじりじりと後ずさっていく。

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