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(楽しんでくれて、よかった)
緊張をほぐしたいと考えて言葉を選んだ。意識して笑いかけると、彼女の表情もアリムがいた時と同じくらい引き出せた。
アイリスが幸せそうに笑うと、ヴァンレックの胸は甘く幸せな気持ちになった。
安心した様子で言葉をかけられると、鼓動はもっと速くなって、獣化したわけでもないのに心臓はしばらくうるさいままだった。
「……満月が近いせいかな」
でも彼女に感じた興味は、強まるばかりであることをヴァンレック自身も感じ取っていた。
今や、一緒にいる時間をアリムに負けたくないとさえ、感じている。
(二十着なんて、まだ足りない)
あんなに体力がないくらい家族に部屋に閉じ込められていたらしいアイリス。
ダンスの授業さえ幼少期に数回させてもらえただけだ。
初めてのことのようにアイリスは楽しんでいた。次も心待ちだと全身で伝えてきて、ヴァンレックはその笑顔に胸がいっぱいになった。
彼も、このダンスの時間が終わらなければいいのにと思った。
もっと、よくしてあげたい。
初めて贈られたのだと、見ていて分かる初々しさでドレスを嬉しがっている彼女の姿に、ヴァンレックはもっと何かしてあげたいと思った。
(あと四十着か五十着くらいは、見繕ってはどうだろうか?)
春になったら王都に行かなければならない。
舞踏会やパーティーの招待状も、来年も多く届くことだろう。
「その時には王都で百着くらい買うか」
自分がこれまで兄の命令でなければ王都に近寄りもしなかったことも忘れて、ヴァンレックはそう口にした。
◇∞◇∞◇
間もなく十月に突入した。
相変わらずすごい雪景色なので実感はないが、その寒さといった環境や景色もアイリスは見慣れ始めている。
アリムとの体力作り、大公妃教育、雑務処理――と、一日が充実していて、日が過ぎるのはあっという間に感じた。
一日置きから数日に一度、レベッカ伯爵夫人が来られる日に入るダンスの授業も日課になりつつある。終わったあとは、メイドたちがマッサージといった世話でたっぷりケアしてくれる。
それでいて、レベッカ伯爵夫人は、アイリスのいい話し相手になっていた。
授業が終わってヴァンレックが退出したあと、メイドたちに脚のケアをされながら、しばし彼女とお茶をするのが日課になっている。
アリムとの館内の散歩時間も少し伸びたし、体力作りは順調ではないだろうか。
だだ――。
(……最近、大公様の視線をよく感じるような?)
アイリスは、アリムと絨毯の上に座り、積み木をしながら思い返す。
正確に言えば、初めてのダンスの授業の翌日からアリムと体力作りで移動している際に、書斎の窓や、屋内訓練場からヴァンレックに視線を送られた。
(そもそも以前まで、遠くでも居合わせることがなかった気が)
父と子の時間を増やして、ヴァンレックに子供への接し方に慣れてもらおう。
そんな計画があったのだが、彼はアイリスが誘う必要もなく、外から帰るといったんその足でアリムのもとを訪ねるようになっていた。
そしてアイリスが作法で席を外していると、彼女のもとに顔を出す。
何か用件があるのか尋ねると、何をしていたのかと彼は聞いた。
(……進捗確認?)
思い浮かぶのは、妃教育の世話になっている件だ。ブロンズの時間も取っているから不自然なことではない。
(実質大公様が面倒を見てくださっているようなものだし、ダンスのパートナーとしても協力してもらっているし……まっ、子供に関心を持つのはいいことだものね!)
楽しい声が聞こえて、アイリスは疑問を終わらせた。
「アイリス見て! 完成した!」
「まぁ! すごいわ! すごく素敵なお城ね」
積み木の作品を自慢するアリムが可愛くて、アイリスは拍手して褒めた。室内で待機しているメイドたちも、素晴らしいですと言って拍手する。
使用人たちとの空気もすっかりよくなった。
アリムが自分のメイドの名前を呼ぶ機会も増えている。
「おやつ時間にする?」
「ううんっ、もっと大きくしてみようと思うっ」
「ふふ、そうなの」
アイリスは微笑ましくて、ついアリムの頭を撫でる。獣耳ごと髪をくしゃくしゃしてやると、彼は心地よさそうに上機嫌に笑った。
「えへへ、アイリスの家もちゃんとできてるよ。僕の家とくっつけようと思って」
「そういえば二つ作ってあるわね? こっちは誰の家?」
ふと気になって、指を差す。てっきり城と離宮かと思っていたのだが、アリムの言い方からして、それぞれ別の家にも感じた。
「パパだよ。こっちが僕で、こっちがパパの。アイリスの家とも繋げて、一つの大きな家にするの! 家族だもん!」
積み木を両腕で引き寄せながら、アリムが意欲的な顔でそう言った。
(家族っ!)
アイリスは感動した。思わず口元を手で押さえた彼女に、メイドが素早くハンカチを差し出す。
「ありがとう」
「いえ」
「子供の成長ってはやいのね~」
なんだか最近はずっと、母親の気分だ。
(でもよかった、本当の母親がいるのに、私が大公様と結婚してここでは母親だなんてアリムには複雑だろうけど……『家族のアイリス』として見てくれているのね。嬉しいわ)
ヴァンレックもうまく説明してくれているのだろう。
まだ見たことがないアリムの講師も、彼が選んでいるので、機転も効くし口も堅いに違いない。
(そういえば紹介されてもいないし、不思議なくらい全然会えないのよねぇ……会わせないようにしているのかしら? 講師に関してブロンズも珍しく何も共有してこないし……私がずっといる身ではないことを考えて、大公様も紹介していない?)
アリムが三つの家をくっつけるのを見つめながら、共有されていない納得の理由に思い至ったアイリスは、胸が苦しくなった。
唯一、苦手意識があったダンスも楽しい。
ここ最近まで体力作りの日課をこなすことに慣れようとバタついていたが、落ち着ついてきた。
でも〝それ以上〟を、求めてはいけない。
アイリスの役目は一時的な子育ての協力者だ。自分がいなくなっても、こうしていい空気がある邸宅内でいてほしい――。
「ん?」
違った。
まだ、アイリスかアリムがいないと、空気が微妙になることが一つある。自分やアリムのことが落ち着き始めたところで、最近気になってきていたのだ。
「どうしたのアイリス? 考え事?」
「うーん……パパのことなんだけど、部下とは絆があるのを感じたわ。ここにいる使用人たちとも同じようになれるかしら?」
ヴァンレックの近くにいるのは騎士たちだけだった。
アイリスやアリムがいる時には印象が薄れるが、ヴァンレック単体となると、ブロンズ以外の使用人たちは固い空気がある。
普段あれだけ空気感がいいから、壁を覚えると、目についた。
その対照的に補佐官のシーマスを含め騎士たちとの空気はいい。
見ていると、騎士たち自身がヴァンレックについていっているのが分かる。
ブロンズに話を聞いたら、彼らはヴァンレックが大公になる前から率いていた新設の元第二王子直属の騎士団なのだそうだ。
とある戦争の援護に行くことになった際、国境に戦禍が及ぶのを阻止するため、ヴァンレックを筆頭に作られた精鋭獣人族による若き精鋭たち。彼らはヴァンレックと共に、拠点をこのヴァルトクス大公邸へと移した。
「……うーん」
しばし何やら考えていたアリムが、メイドたちのほうを気にして、それから『耳を貸して』とアイリスに合図をした。
彼女が近付くと、彼は耳打ちする。
「騎士と使用人は、違うから」
「そう、よね……」
身分が違う。
せめて信頼関係が構築されるくらいにはなってほしいとアイリスは考えていたのだが、六歳の彼にはまだ理解は難しいだろう。
(貴族の家によって、やり方も空気感も様々だろうけど――)
アイリスは、窓のほうを見た。
(――厚みがある白い雪に覆われた場所。建物の中でも空気がよかったら、大公様も安らぐのではないかしら)




