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翌日、アリムとの昼食まで過ごしたのち、彼と別れることになった。
化粧まで本番と同じくしっかり仕上げて行うそうで、準備に時間がかかるため――だとは説明を受けていた。
少女時代の記憶のダンスと、全然違っている。
(余計に緊張するわっ)
メイドたちに着せられたのは、二十着目に購入した既製品の白いドレスだ。清楚の印象が強く、ダンスのターンも美しくなるよう考えられて裾部分が広がりやすく設定され、加えて何枚も生地が重ねられて可愛らしくふわふわしている。
(まさにお姫様っ、私のこれまでの印象と違いすぎる!)
メイドたちが髪も邪魔にならないよう、編み込みをしてアイリスの顔がよく見えるようにしてくれた。
そうすると、自分でも一層似合っているのを感じて嬉しい。
だが、他人の目からするとどうなのだろうと気になる。これから会うのはヴァルトクス大公家の臣下の一つ、ロリスロード伯爵の妻、レベッカ・ロリスロード伯爵夫人だ。
そして、ヴァンレックも見に来ることになっている。
ドレスのお礼を改めて言う機会であるし、実際に実物の一つを見せたほうが報告にもなるのは分かっている。
でも、そわそわと落ち着かない気持ちになるのだ。
「ねぇ、変じゃない? こういうドレスは着たことがなくて……」
あとは第二サロンで、ダンスの講師の到着を待つばかりとなった。
そこはグランドヒアノが置かれている他はひらけていて、ダンスの練習にもじゅうぶん広さがある場所だ。
「とてもよくお似合いですわ! もっといろんなドレスを着せて飾りたいです!」
「今回は化粧まで仕上げられて大満足でございましたっ。もっとこのような機会がほしいですっ!」
「同性でもうっとりしてしまうほどですよ!」
「ドレスに合わせてもっと凝った髪型もしてみたいです!」
「あ、ありがとう」
メイドたちの勢いが怖くて、アイリスはお礼を告げて話を終わらせた。
(講師の方とうまくできればいいのだけれど)
ここにいると忘れそうになるが、王都の社交界では悪女だと噂されていた。踊れず壁際に立っていただけなのに、見目だけでみんな家族の〝嘘〟を信じたのだ。
「――ご到着されました」
そんなブロンズの声が出入り口から聞こえた時、アイリスはてっきり、講師のレベッカ伯爵夫人が来たのだと思った。
慌てて姿勢を正し、ふわふわしたスカートを両手で持って振り返る。
そして先手必勝で歓迎の微笑みを浮かべて見せた。
「ようこそいらっしゃいませ、伯爵、ふ、じん……?」
ブロンズが連れてきた人を見て、アイリスは固まる。
そこにいたのはヴァンレックだった。彼は、どこかぽかんとした様子で立ち止まっている。
(……ど、どうして彼がっ)
アイリスの心臓がどっと緊張の音を上げた。
見るのは授業の様子のはずなのに、どうして一番手に来るのか。
愛想笑いをした相手が大公様だったとか、恥ずかしすぎる。
(男に媚びているような笑顔に見えなかったかしら? 大丈夫? せっかく仕事面では認めてもらえていたのに、嫌な感想を抱かれたらどうしよう!?)
これまでずっと気を付けていたのに、やらかしてしまった。
「…………」
「…………」
互いに一歩も動かず、漂う沈黙が胃にキリキリとくる。
(目を見開いて固まっていらっしゃるわ)
もしや、そんなに微笑みも似合わなかった?
(それはそれでショックすぎるわ)
ううん、そんなことより、謝らなくては。アイリスは必死に自分の行動を考えた。ひとまず、謝ろう。笑顔に驚いた可能性を考え、口を開く。
「……た、大公様、申し訳ございません」
ようやく出た声はかなり細くなってしまったが、誰もが身動き一つしていない空間では、よく響いた。
ヴァンレックが状況をゆっくり飲み込むみたいに、少しずつ顔を顰めながら首を傾げていく。
「……なぜ、謝った?」
「わ、私の顔面に衝撃を受けただろうと思いまして」
「はっ? いや、別に見惚れてはっ――」
「気持ち悪いへたな笑顔でごめんなさい!」
アイリスは必死になって詫びた。
ヴァンレックが「は」と言って固まる。ブロンズも、メイドたちも今にも『は』と聞こえてきそうな表情を浮かべる。
「……気持ち悪い?」
「くぅっ、ほんっとうにごめんなさいっ。私、誰かに『全力で仲良くしたいですー』みたいな笑顔を振りまいたことが、ほんと、なくってっ」
アイリスは顔を隠すように両手を上げ、彼のほうを見られないまま白状した。
記憶の中の『アイリス』は社交をうまくわたれるような女性ではなかった。そして『強い女にして長女の有栖』も、可愛らしさをイメージしてにっこりと笑いかける――という経験は、ない。
媚びるような笑顔に嫌悪感を抱かれていたら、どうしよう?
「不快感を抱かせてしまったのなら本当にごめんなさ――」
その時、アイリスはものすごい風を感じた。
え、と疑問に思って目を向けると、一気に距離を詰めたヴァンレックに両手を優しく包まれた。
「そんなことはまったくっ、ない!」
「え? ない? 不快ではなかったということですか?」
拍子抜けして、つい心の声のままに尋ね返してしまった。
「不快に感じるわけがない! ……か、可愛かったっ」
「えっ」
「本当だっ、可愛らしかったっ。全然気持ち悪くなどはない、不慣れならどんどんやっていけばいい……俺が練習相手になるから。とても、本当にとても似合っているから」
近くから見た彼の金色の目は潤み、少し赤くなっているところからも本当のことを必死になって伝えてくれているのだと分かる。
(彼、嘘が吐けない人なのね……)
びっくりして拍子抜けしたアイリスは、じわじわと赤くなっていく。
「……私に笑いかけられて、平気なのですか?」
「それを気にしていたのか? 平気に決まっている、アリムの前みたいにどんどん笑ってほしいっ。それに安心してほしいんだが、普段から君は心から笑えているぞ。アリムが安心しきる笑顔だ」
「えっ? そう、なんですね」
今まで少し気にしていたから、呆けてしまった。
鏡で自分の顔を見るたび、家族がそう仕立てるのも容易なくらい悪女っぽい顔立ちだと感じていた。笑っても威圧感はあるのではないか、と。
(でも違うのね。前世の私と同じく、今の私も〝笑えて〟いるのね)
ほっとしたら身体から力が抜けた。それを感じ取ったのか、視線を向けたヴァンレックがようやく気付いたみたいにハッとして手を解放する。
「急に触れたりしてすまなかったっ」
「い、いえっ、私こそ取り乱してしまってっ」
なんだかこそばゆい。でも、言わないと。
視線が逃げてしまったアイリスは、勇気を奮い立たせて上目遣いに彼を見た。ヴァンレックが唇にぐっと力を入れる。
「素敵なドレスを、ありがとうございました」
「っ、うん、よく似合う……いいと思う」
彼は顔をふいと背け、首の後ろを撫でながらぎこちなく言った。ブロンズとメイドたちが緩みかけた口元を、へんなふうに曲げる。
(なんだか彼、緊張してる……?)
でも、それは自分も同じだとアイリスは思い至る。会話が途切れると、なんとも気恥ずかしい空気に包まれた。
「そ、そういえばっ、アリムに感想をもらう前でしたので緊張していたんです」
妙な空気を変えたくて話題を探し、言った。
「練習用の衣装が悪くなかったようで、よかったです。せっかく用意してもらったドレスですし、それなりに見えるようダンスをがんばりますね」
(自信はまったくないけど)
付け足したい本音を思ったら引きつり笑顔になってしまい、アイリスは速やかに口を閉じる。
こちらに目を戻したヴァンレックが、「ふっ」と小さく笑った。
「君は、嘘も苦手らしい」
どの口が言っているのでしょうか、と相手が『大公様』でなかったら言い返していただろう。
彼こそ正直者だろう。見つめてくる目は上機嫌だし、どこか柔らかな視線はずっと『似合っている』と伝えてくる気もして、アイリスはこらえきれなくなった。
「旦那様に金銭の負担をかけてしまったのに、なんだか嬉しそうですね」
思わず照れ隠しで言い返してしまった。
「そうだな。ドレスを購入してよかったと改めて思った」
「えっ?」
「それからアリムより、俺が先に見られたことも嬉しいと感じている」
「えぇっ」
なんでそういうふうに感じているのだろう。
その時、二人の騎士がサロンの出入り口に立った。
「ダンスの講師が到着されました」




