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目の前で赤面を晒してしまった。
あれでは、美しい男に耐性がないとバレてしまっただろう。
(まぁ『悪女』と思われているんだから、男そのものに耐性がないとは思われないはず……)
前世では、彼と同じ二十八歳だった。
学生でもあるまいし、顔を赤くするなんて、恥ずかしくてたまらなくなる。
大袈裟なことに、アイリスは私室に運ばれたのち医者の診察を受けた。
――体力がなさ過ぎてダウン。
――同じ理由から、肉体の保温が間に合わず身体も冷え切っている。
という情けない結果を医者から聞いた時、アイリスは心の中で泣いた。
まずは身体を心から温めたほうがいいということで、メイドたちに湯浴みに入れられた。
疲弊しきった筋肉をほぐそうと彼女たちが最高のマッサージもしてくれた。極上のリゾート地でゆっくりしているような罪悪感が込み上げたが、ヴァンレックの指示でもあるという。
続いて、コックたちがやってきて体が温まる軽いスープをくれる。
「日頃から無茶をしていたので心配だったんですっ」
「こんな時がいつか来るだろうと思っていましたっ」
「…………」
彼らにもアイリスが隠そうとしていた体力のなさは、バレバレだったようだ。
でも――。
(こんなに、心配してくれていたなんて)
アイリスの頭にすぐ浮かんだのは『悪女』という自分のレッテルだった。そのせいで純粋な好意に気付くのに遅れた。
「ご、ごめんね、ありがとう」
目がうるっときて、ついそうこぼしたら、メイドとコックたちが慌てた。
言葉と共に涙がぼろぼろと流れて、止まらなくなった。スープの残りを飲みたいのに、手に持ったスプーンさえ涙で滲んで見えなくなる。
「お、奥様、失礼いたします」
大丈夫だと言いながら、代わる代わる頭や肩を撫でられる。
普通、貴族相手にそんなことはしない。
でも、たぶん以前話したメイドたちは気付いている。アイリスは実家であまりいい扱いは受けていなかった、と。
そんな彼女たちが憶測でも話したのか、それともここで暮らし始めてから日常の料理や、好き嫌いの好みを聞かれただけで嬉しくてたまらなかったアイリスの様子で察知し始めていたのだろうか。
コックたちも、アイリスが飢えている愛情を与えるみたいに、メイドたちとしばらく頭を優しく撫でてくれていた。
「――おや、これは」
ふっとブロンズの声が聞こえた。
ハタと顔を上げたアイリスは、やってきたブロンズを見た次の瞬間、慌てて袖で顔を隠してぐしぐしとこする。
「まぁ奥様っ、そうされてはいけませんわ」
「わたくしたちがいたしますので」
メイドたちがアイリスからスプーンを取り上げ、手を優しく包み込んで下げさせ、柔らかな布地で顔を拭く。
(見られなかった、わよね?)
気にしてちらりと視線を上げると、ブロンズがすぐそこまで歩み寄っていた。
「具合を見てきてほしいと旦那様に頼まれました。いかがですか?」
彼は先程のことは聞かずに、小さく微笑みかけてくる。
「と、とてもよくしていたただいています。ご配慮も感謝申し上げますと、旦那様には御礼を」
「承知いたしました。執務を手早く片付けて、移動される前に一度顔を出すとのことです」
「いえいえっ、そんなお時間取っていただかなくともっ。アリムのほうへ時間を割いてください、と伝えておいて」
子育てという契約をした手前、気にかけているのだろう。
「奥様、旦那様は自分の目で見たことを信じるお方です。それから、アリム様もこちらにいらっしゃる予定ですから、奥様の言う『父子の時間』計画に支障はないかと」
「あ、そうよね、アリム心配しているわよね」
「今は彼のメイドたちがみてくれています。ベッドに潜って『我慢している』と言って、出てこないようですので、問題なければぜひお呼びかけをお願いいたします」
「なんて可愛いことをしているのっ」
部屋で待っているだけでは突撃したくなる。だからアリムは、物理的にベッドで掛け布団を自分に覆いかぶせて、アイリスのもとに行っていい時を待っているのだ。
「ふふっ、そう言われてしまっては呼ばないわけにはいかないわね。みんな、準備してくれる?」
メイドたちに声をかけると、彼女たちはにっこりとする。
「はい、奥様」
「それから、アリムも動いてあとだから小腹が空いているかもしれないわ。軽く食べられるものを用意してくれると助かるのだけれど」
「お任せくださいっ」
コックたちが胸に拳を置く。
「それではわたくしは、旦那様に報告へ戻ります」
一気に賑やかなった場でブロンズが一礼し、先に部屋を出て行った。
それから間もなくアリムを迎える準備が整った。
そして彼を呼びに行かせたのだが――。
「さっ、あーんして」
「……私はお腹いっぱいよ。アリムも食べて」
「僕よりもアイリス!」
アイリスは今、床の上に座って大変困った様子でいた。
ただ体力が底を尽きかけただけなのに、アリムの指示で掛け布団でぐるぐる巻きにされ、彼のために用意したミニサンドイッチやほかほかクロワッサンを、せっせと口に運ばれ続けている。
「栄養をつけなきゃっ」
(それは糖分よ)
と頭に浮かんだものの、アイリスはアリムの『看病ごっこ』に付き合って、クロワッサンをまたひと齧りする。
(美味しいわ……)
食事とは別腹だ。いくらでも食べられそうだった。
ここにきてから食べることが趣味みたいになっている。美味しい食べ物に胃袋を掴まれている気がして、自分がちょっと情けなく思う。
(大公様も大公様よね。気になって我が子のところに顔を出したのは素敵だけれど、なんで『しっかり看病するんだぞ、お前の役目だ』なんて言ったのかしら)
アリムの使命感が宿ったような、このやる気に満ちた看病もヴァンレックが原因だ。
おかげで使用人たちもアリムの味方だった。彼が看病しやすいからと言ったら床にブランケットを敷き、彼と一緒にアイリスを掛け布団でぐるぐる巻きにした。そして、アリムが菓子を食べさせる補助はメイドたちが行っている。
(こういう時に考えが一致するなんて、さすが親子だわ)
ヴァンレックは金髪で、アリムは輝く銀髪。
だが、押しの強さは父親似なのだなと、ひしひしと感じる。
「アリム、私はもう平気たから何か遊ぼうか――」
「今は休憩時間! おやつを食べるの! アイリスは動いちゃだめっ」
結構意思は固いらしい。




