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その数時間後。
(――どうしてこんなことになっているのかしら)
結果として、アイリスは『自分で誘う』を果たせなかった。
そして予定なかったことが目の前で展開されている。
アイリスは防寒具を着込み、いびつな形の雪だるまを形成しているところだ。そんな彼女の向かいには、大きな雪ダルマを作っているヴァンレックとアリムがいた。
アリムはヴァンレックに手伝ってはもらっているが、自分なりに立派な雪だるまを作ろうと必死だ。
理由は、ヴァンレックに勝ってアイリスに褒められたいから。
(アリムが楽しそうなのはいいのだけれど)
おやつを食べたのち、アリムとひとまず運動でもしようという話になった。
そうしたら彼が雪遊びがしたいと希望した。
アイリスは前世、そんなに雪も積もらない地域に暮らしていたので、初雪に胸が踊っていたし、了承した。
メイドたちに寒くないよう厚着に整えられて、冬国を感じる耳まですっぽりと覆うもこもこの帽子もセットされ、玄関の外へ出た。
空気はとても冷たかったが、この地の防寒着だと全然つらくない。
手袋で大量の雪を集めて大きくしていく感触も気に入った。
夢中になって二人で雪だるまのボールを作っていたら、ヴァンレックが来たのだ。
『俺も、する』
白い吐息を大きく出しながらそう告げた彼は、馬を降りて走ってきたのか、息が切れていた。
そうして、気付いたら父と子のバトルが始まっていた。
(大公様、お忙しいのではないかしら)
雪が降って騎士団のほうは忙しそうだった。
とはいえ、子供と接することに慣れてほしいと思っていたので、喜ぶべき展開だ。
しかしアイリスは複雑な心境でもあった。先日から始まった一緒の食事に続き、こうして『旦那様』とまたしても接点ができたことに、少し戸惑いも感じている。
「君のほうは問題ないか? 初めてのようだが」
「あっ、はい。大丈夫です」
ひとまず二段目の雪玉を、手袋をした手でぺたぺたと丸く形成しなから答えた。
ヴァンレックはこうやってアイリスを気にかける。
しかも『初めて』という理由付けで声をかけられるのは、数回目だったりする。
「本当に大丈夫か? 教えが必要ではないか?」
どうしてこう構おうとしてくるのだろう。
(六歳の子供に集中したほうがいいですよ)
アイリスは、アリムへと視線を移動する。
するとヴァンレックが気付き、「あっ」と言った。
「アリム、また俺の雪を取るんじゃないっ」
「僕より大きなものを作ったっ、やーっ」
「俺のほうが身体も大きいのだから、仕方ないだろう」
「パパなんて僕よりちっちゃくなっちゃえっ」
アリムは本気で『パパ』に勝ちたいようだ。自分よりも立派なものを作らないで、と理不尽にも訴えかけている。
(そこまでして私にいいところを見せたい、と……)
ヴァンレックが目の前で普通に話している様子も新鮮だった。
怖い大公様、という印象は微塵も感じない。
(冬用の軍服もあるのね)
雪が降りそうだと想定していたのだろう。ヴァンレックの軍服のコートは普段より厚めだった。黒い手袋も防寒性に優れていそうだ。
「パパもアイリスに褒められたいんだねっ?」
「なっ、ち、違うぞっ。別にそんな……だからっ、雪を取っていくんじゃないっ」
「目を離したパパが悪いー!」
あははと声を出してアリムが笑う。
彼を持ち上げたヴァンレックは、まったく困った奴だと顔に出ていた。
(これはこれで親子らしいわね)
いったいなぜ、ヴァンレックが積極的に加わったのかは謎だが、競い合っているアリムはアイリスだけの時より楽しそうだ。
(ま、いっか。父と子らしい触れ合いよね)
雪だるまを作ることに集中した。
やはりヴァンレックは時々声をかけきた。
アリムと一緒に面倒を見られているのではないか、とアイリスが感じ始めて間もなく、その感覚は正しかったのだと実感できるようになる。
「こうすると形を整えやすいから」
「はい」
「うん、上手だ」
彼はよく隣を覗き込んできて、手本を見せてアイリスの雪だるま作りも見た。
おかげで進行はスムーズだ。気付けば雪だるまの身体が三人同時に完成していた。
「顔の材料はこちらに」
「わぁ、すごいですねっ。旦那様、その箱はいったいどこから――」
「部下たちに協力してもらった」
「あとでお礼を言わなきゃですね」
お手数をかけたなと思ったものの、箱の中の素敵な素材にアイリスは心がときめいた。
(うわ、うわああぁあぁっ、雪だるまを作っている感がすごいわ!)
雪だるま作りは初めてだ。棒切れ、ニンジンや大きなボタン、マフラー……使えそうなものがたくさん入っている。
「あれ、このマフラー名前が書かれて――」
「シーマスのだから気にしないでいい」
今頃寒くて困っているのでは、とアイリスはマフラーを持ち上げた状態で固まってしまった。
すると、ヴァンレックはむすっとしたように言う。
「夫人の役に立てるのなら嬉しいとか。他の部下たちも、作り始めたのを見た時には、材料集めに自分たちで動いていたようだ」
「そう、だったんですか」
通りで用意がいいと思ったら、ヴァンレックが声をかける前には材料集めが始まっていたらしい。
「アリム、腕ならその長い枝のほうが――」
「パパは口出し不要っ」
「そんな勇ましさをいつの間に身に着けて……あ、夫人、ニンジンの向きはこうだ」
「あ、はいっ」
やはりヴァンレックは二人の面倒を見ていた。
(放っておいてくれてもいいのに)
律儀、な人なのだろうか。
(私は『悪女』なのにな)
この世界で優しくされるには、遠く離れて新しく人生をスタートしなければならないと思っていた。
だから、なんだか耳先が熱くなるようなくすぐったさを覚えた。
三人の雪だるまは、ほぼ同時に仕上がった。ヴァンレックは手慣れていたが、彼はアイリスとアリムの進行具合を見守っていたので当然だろう。
「見てアイリス! うまくできたでしょう?」
アリムが腰に両手をあて、えっへんと胸をはる。
(――か、かわっ)
アイリスは可愛いと頭に浮かんだ拍子に、動くことを忘れてしまった。
「夫人」
「はっ」
声が聞こえたほうに顔を向けると、ヴァンレックが横目に見ていた。
なんだか彼の『夫人』という丁寧な呼びかけも、妙にくすぐったい気持ちにさせてくる。
アイリスはパッとアリムのほうへ向き直った。
「そ、そうね、とっても上手よっ」
しゃがんで目線を合わせて答えた。
アリムの目が輝きと共に見開かれ、ふわふわの銀色の尻尾が左右に激しく揺れる。
「僕が一番っ?」
「ふふっ、アリムが一番よ」
「やったー! アイリスのは一番小さいね。今度コツを教えてあげるねっ」
「楽しみにしているわね」
すると彼が、アイリスの袖を引いてヴァンレックのほうを指差した。
「パパのは? アイリスの目から見て、どう?」
かなり上機嫌になったらしい。競い合っていたことも忘れたみたいだ。
「え?」
「パパも上手でしょ? 僕に初めて雪だるまを作って見せてくれたのは、パパなんだ」
アイリスはアリムに促されるまま顔を向けた。そこに立っていたヴァンレックが、何やらビクッと身体を揺らす。
そんな彼の隣にある雪だるまの存在が、アイリスの目を引いた。
確かにかなり上手だ。そしてアリムに雪を取られたり、彼の手前あまり注力しなかったようなのに、それでも左右の二人の雪だるまより頭が抜きん出ている。
アイリスはじーっと見たのち、つい吹き出してしまった。
「旦那様すごいですね。私、こんなに大きな雪だるまを見たのは初めてです」
「っ」
前世でも、そして『アイリス』の記憶にも、こんなに大きな雪だるまは見たことがない。
「じゃあアイリス、パパの雪だるまも合格? 気に入った?」
「とても気に入ったわ」
「やったねパパ! どっちの雪だるまもいいんだって!」
アリムが嬉しそうに駆け寄ってハイタッチする。
両手を掲げた彼に、何やら頬の下を赤く染めたヴァンレックが身を少し屈めて、自分の大きな手の指先をちょこんっと合わせる。
(あら、一緒にこうしっかりと遊ぶのは初めてだったみたい)
今になって我に返ったんだろう。アイリスは、にこにことほほえましい気持ちで父と子の様子を見守る。
すると、ヴァンレックの目がこちらを向いた。




