表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/54

3-3

 その数時間後。


(――どうしてこんなことになっているのかしら)


 結果として、アイリスは『自分で誘う』を果たせなかった。


 そして予定なかったことが目の前で展開されている。


 アイリスは防寒具を着込み、いびつな形の雪だるまを形成しているところだ。そんな彼女の向かいには、大きな雪ダルマを作っているヴァンレックとアリムがいた。


 アリムはヴァンレックに手伝ってはもらっているが、自分なりに立派な雪だるまを作ろうと必死だ。


 理由は、ヴァンレックに勝ってアイリスに褒められたいから。


(アリムが楽しそうなのはいいのだけれど)


 おやつを食べたのち、アリムとひとまず運動でもしようという話になった。


 そうしたら彼が雪遊びがしたいと希望した。


 アイリスは前世、そんなに雪も積もらない地域に暮らしていたので、初雪に胸が踊っていたし、了承した。


 メイドたちに寒くないよう厚着に整えられて、冬国を感じる耳まですっぽりと覆うもこもこの帽子もセットされ、玄関の外へ出た。


 空気はとても冷たかったが、この地の防寒着だと全然つらくない。


 手袋で大量の雪を集めて大きくしていく感触も気に入った。


 夢中になって二人で雪だるまのボールを作っていたら、ヴァンレックが来たのだ。


『俺も、する』


 白い吐息を大きく出しながらそう告げた彼は、馬を降りて走ってきたのか、息が切れていた。


 そうして、気付いたら父と子のバトルが始まっていた。


(大公様、お忙しいのではないかしら)


 雪が降って騎士団のほうは忙しそうだった。


 とはいえ、子供と接することに慣れてほしいと思っていたので、喜ぶべき展開だ。


 しかしアイリスは複雑な心境でもあった。先日から始まった一緒の食事に続き、こうして『旦那様』とまたしても接点ができたことに、少し戸惑いも感じている。


「君のほうは問題ないか? 初めてのようだが」

「あっ、はい。大丈夫です」


 ひとまず二段目の雪玉を、手袋をした手でぺたぺたと丸く形成しなから答えた。


 ヴァンレックはこうやってアイリスを気にかける。


 しかも『初めて』という理由付けで声をかけられるのは、数回目だったりする。


「本当に大丈夫か? 教えが必要ではないか?」


 どうしてこう構おうとしてくるのだろう。


(六歳の子供に集中したほうがいいですよ)


 アイリスは、アリムへと視線を移動する。


 するとヴァンレックが気付き、「あっ」と言った。


「アリム、また俺の雪を取るんじゃないっ」

「僕より大きなものを作ったっ、やーっ」

「俺のほうが身体も大きいのだから、仕方ないだろう」

「パパなんて僕よりちっちゃくなっちゃえっ」


 アリムは本気で『パパ』に勝ちたいようだ。自分よりも立派なものを作らないで、と理不尽にも訴えかけている。


(そこまでして私にいいところを見せたい、と……)


 ヴァンレックが目の前で普通に話している様子も新鮮だった。


 怖い大公様、という印象は微塵も感じない。


(冬用の軍服もあるのね)


 雪が降りそうだと想定していたのだろう。ヴァンレックの軍服のコートは普段より厚めだった。黒い手袋も防寒性に優れていそうだ。


「パパもアイリスに褒められたいんだねっ?」

「なっ、ち、違うぞっ。別にそんな……だからっ、雪を取っていくんじゃないっ」

「目を離したパパが悪いー!」


 あははと声を出してアリムが笑う。


 彼を持ち上げたヴァンレックは、まったく困った奴だと顔に出ていた。


(これはこれで親子らしいわね)


 いったいなぜ、ヴァンレックが積極的に加わったのかは謎だが、競い合っているアリムはアイリスだけの時より楽しそうだ。


(ま、いっか。父と子らしい触れ合いよね)


 雪だるまを作ることに集中した。


 やはりヴァンレックは時々声をかけきた。


 アリムと一緒に面倒を見られているのではないか、とアイリスが感じ始めて間もなく、その感覚は正しかったのだと実感できるようになる。


「こうすると形を整えやすいから」

「はい」

「うん、上手だ」


 彼はよく隣を覗き込んできて、手本を見せてアイリスの雪だるま作りも見た。


 おかげで進行はスムーズだ。気付けば雪だるまの身体が三人同時に完成していた。


「顔の材料はこちらに」

「わぁ、すごいですねっ。旦那様、その箱はいったいどこから――」

「部下たちに協力してもらった」

「あとでお礼を言わなきゃですね」


 お手数をかけたなと思ったものの、箱の中の素敵な素材にアイリスは心がときめいた。


(うわ、うわああぁあぁっ、雪だるまを作っている感がすごいわ!)


 雪だるま作りは初めてだ。棒切れ、ニンジンや大きなボタン、マフラー……使えそうなものがたくさん入っている。


「あれ、このマフラー名前が書かれて――」

「シーマスのだから気にしないでいい」


 今頃寒くて困っているのでは、とアイリスはマフラーを持ち上げた状態で固まってしまった。


 すると、ヴァンレックはむすっとしたように言う。


「夫人の役に立てるのなら嬉しいとか。他の部下たちも、作り始めたのを見た時には、材料集めに自分たちで動いていたようだ」

「そう、だったんですか」


 通りで用意がいいと思ったら、ヴァンレックが声をかける前には材料集めが始まっていたらしい。


「アリム、腕ならその長い枝のほうが――」

「パパは口出し不要っ」

「そんな勇ましさをいつの間に身に着けて……あ、夫人、ニンジンの向きはこうだ」

「あ、はいっ」


 やはりヴァンレックは二人の面倒を見ていた。


(放っておいてくれてもいいのに)


 律儀、な人なのだろうか。


(私は『悪女』なのにな)


 この世界で優しくされるには、遠く離れて新しく人生をスタートしなければならないと思っていた。


 だから、なんだか耳先が熱くなるようなくすぐったさを覚えた。


 三人の雪だるまは、ほぼ同時に仕上がった。ヴァンレックは手慣れていたが、彼はアイリスとアリムの進行具合を見守っていたので当然だろう。


「見てアイリス! うまくできたでしょう?」


 アリムが腰に両手をあて、えっへんと胸をはる。


(――か、かわっ)


 アイリスは可愛いと頭に浮かんだ拍子に、動くことを忘れてしまった。


「夫人」

「はっ」


 声が聞こえたほうに顔を向けると、ヴァンレックが横目に見ていた。


 なんだか彼の『夫人』という丁寧な呼びかけも、妙にくすぐったい気持ちにさせてくる。


 アイリスはパッとアリムのほうへ向き直った。


「そ、そうね、とっても上手よっ」


 しゃがんで目線を合わせて答えた。


 アリムの目が輝きと共に見開かれ、ふわふわの銀色の尻尾が左右に激しく揺れる。


「僕が一番っ?」

「ふふっ、アリムが一番よ」

「やったー! アイリスのは一番小さいね。今度コツを教えてあげるねっ」

「楽しみにしているわね」


 すると彼が、アイリスの袖を引いてヴァンレックのほうを指差した。


「パパのは? アイリスの目から見て、どう?」


 かなり上機嫌になったらしい。競い合っていたことも忘れたみたいだ。


「え?」

「パパも上手でしょ? 僕に初めて雪だるまを作って見せてくれたのは、パパなんだ」


 アイリスはアリムに促されるまま顔を向けた。そこに立っていたヴァンレックが、何やらビクッと身体を揺らす。


 そんな彼の隣にある雪だるまの存在が、アイリスの目を引いた。


 確かにかなり上手だ。そしてアリムに雪を取られたり、彼の手前あまり注力しなかったようなのに、それでも左右の二人の雪だるまより頭が抜きん出ている。


 アイリスはじーっと見たのち、つい吹き出してしまった。


「旦那様すごいですね。私、こんなに大きな雪だるまを見たのは初めてです」

「っ」


 前世でも、そして『アイリス』の記憶にも、こんなに大きな雪だるまは見たことがない。


「じゃあアイリス、パパの雪だるまも合格? 気に入った?」

「とても気に入ったわ」

「やったねパパ! どっちの雪だるまもいいんだって!」


 アリムが嬉しそうに駆け寄ってハイタッチする。


 両手を掲げた彼に、何やら頬の下を赤く染めたヴァンレックが身を少し屈めて、自分の大きな手の指先をちょこんっと合わせる。


(あら、一緒にこうしっかりと遊ぶのは初めてだったみたい)


 今になって我に返ったんだろう。アイリスは、にこにことほほえましい気持ちで父と子の様子を見守る。


 すると、ヴァンレックの目がこちらを向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ