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3-2

 面白いことならぜひ参加させてくださいとのことで、騎士たちも協力してくれることになった。


 アイリスの計画書の写しを場にいたみんなで作り、いったん解散となった者たちの手で、邸宅中に広げられていく。


 厨房のほうでも、コックたちはヴァンレックが食べられるおやつを作ると意気込んでいたらしい。彼は好き嫌いはそうないみたいだが、長居できる品のほうがいい影響を与えそうだとアイリスも思った。


「ここまで使用人側も旦那様にかかわるのは、初めてです」


 書斎にまで協力に挨拶をしに来てくれた料理長に感謝を伝えたあと、出ていくのを見てふっとブロンズが呟いていた。


(そういえば主人と使用人は、きっちり距離感があるみたいなのよね)


 来たばかりに感じたことを思い出した。


 でも『大公の邸宅』であるのなら、珍しいことではないのかもしれない。


 アイリスは午前中でできる限りのことを終わらせてしまおうと、まずは目の前の手紙の返信作業に集中した。



 ――だが、想定外のことが起こった。


(さすがにコレは、私でも予想できないってばっ)


 書斎机にかじりつくようにして向かっていたアイリスは、次に顔を上げた時、窓の外の光景にあんぐりと口を上げた。


「……雪?」

「はい、雪ですね」


 ブロンズは当たり前のように答えたが、ありえない。


「まだ十月にもなっていないけどっ?」


 思わず立ち上がって窓に駆け寄る。


 空からふわりふわり落ちていく雪の下を見て、アイリスはさらに驚愕した。すでにほぼ白くなりかけていたのだ。


「…………」


 つい、言葉が出なかった。


「奥様、この地の冬は長いと申し上げました。始まりも当然早く訪れます」

「それで衣装部屋の冬仕込みをしていたわけね……」


 見かけた際に、ずいぶん早いなとは感じていた。


 しかしここでは、秋が来たかと思ったらすぐに冬がやってくるのが常識だったようだ。


 アイリスは、極寒の地という言葉の意味を正しく理解できた気がした。



 雪はみるみるうちに大地も建物も白く覆っていった。


「こうも穏やかにどんどん雪たけが積もっていくなんて」


 建物内を移動しながら、何度見ても不思議でアイリスはまたしても廊下で足を止めて窓を見てしまう。


 手を添えると、窓ガラスはとても冷たい。


(夜には風が拭いて激しく吹雪くこともある、か)


 説明で聞いた通りに吹雪いてはいない。


 基本的にこちらの領地では、嵐がやってくる時以外、日中は活動面で問題にはならないという。


「建国の神であり、王家の象徴でもある神獣のおかげだと言われていますわ」

「神獣……?」


 メイドたちは意外だという表情をかすかに浮かべる。


(あ、常識なんだわ)


 残念ながら『アイリス』は、嫁げる最低限の教育のみでほぼ放置されていたようなものだ。


 彼女は家族が滅多に使いもしない、人に自慢するためだけの書庫に行って足りないことを学んだ。上級作法については、妹に教える講師の姿を眺めて身に着けた。


(妹って、姉の美しさが気に入らなかったのではないかしらね?)


 ふと思い浮かんだ記憶に、睨み返す『妹』の姿を見つけた。あれは悔しがっている顔だ。


『初級しか担当いたしませんでしたが、どれほど優秀な講師が他につけられたかと考えると、悔しいですわね』


 アイリスの姿に気付いた際、作法の講師は、優秀な生徒を見る目を向けてそう言った。


 そばにいた妹はひどい形相になっていた。


 エティックローズ侯爵家の次女、アンメアリー。コテで巻いてふわっふわな髪を作っている、ピンクブラウンの髪を持った一歳年下の妹だ。


 感情的で、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。


 努力を甘んじて改善しない自分が悪いのに――。


『――美しさも才能もあるなんて、お姉様なんて許さないっ』


 記憶の中のアンメアリーの姿が幼いものに変化した。泣きながら睨む顔と強い声に、アイリスはビクッとして我に返る。


(ただの嫉妬、たったそれだけのことで)


 理不尽ではと嫌な気持ちが込み上げそうになって、頭の中から追い出す。あんな家族とも呼べない人たちには、もう関わりたくもない。


 転生した日、あの屋敷を出られたことには感謝している。


「あの……よろしければお教えてしますわ」


 メイドの一人がおずおずと申し出てきた。


 アイリスは、彼女たちの切ないような心配するような表情を見て、学ばせてもらえなかった可能性をすでに見越していることに気付いた。


 それでも詳細は尋ねないでいてくれている。


「ありがとう」


 アイリスは、うまく微笑めないまま心から感謝を伝えた。彼女たちが主人に対して仕える身であるという心意気を持った、優秀なメイドたちでよかった。


 神獣は、獣人族の守り神だ。


 王族にとっての始祖でもあるといい伝えられていて、神獣は王家が大事にしている家宝の玉から、一頭ずつ誕生するという。


 一頭が天に昇って本来いるべき場所へ帰っていくと、長い時間のあと、子神獣がヴァルトクス家のもとに訪れる――という仕組みであるとか。


(不思議な力を持っていて守護と繁栄を司る、か)


 メイドたちの話はとても勉強になった。


 獣人族が安心して暮らせる土地を作ったのは神獣であると、獣人族の彼女たちは生まれた時から教えられているそうだ。


 ある日、戦争で疲弊しきった人間たちが最後の希望を託してこの地を目指した。


 神獣は戦禍から彼らを守った。そして国民になれば守ろうと約束され、人々は神獣に感謝して、この国の住民になった――。獣人族が、人族と共存できるようになったきっかけでもあるとか。


(そんな大事なことを言わなかったなんて)


 よほど家族は、アイリスに辱をかかせたかったのだろうか。


(いえ、待って。獣人族に対してあたりが強かったわね?)


 もしや、と考えていると、メイドがおずおずとアイリスに声をかけてきた。


「アイリス様は人族ですので、嫌な気分になられないといいのですが……」

「ううん、いいのよ。続きを教えて」


 メイドは同僚たちの様子をうかがい、それから「はい」と言って続ける。


「わたくしたち獣人族と、否定的な人族は教えられていることが少し違っていると聞きます。神獣が現れるたびに信じては、いなくなったあとの世代に生まれた者は信じない……それを繰り返しているようです」

「つまり否定的な人族貴族だと、教えられている内容がちょっと屈折しているわけね」

「恐らくは……」


 そのメイドは気にしたそぶりで言葉を濁した。


(大公様みたいに『獣化』の力を持っている獣人族は確かに存在しているんだから、不思議な力も、神獣の話も本当かもしれないのに)


 獣人族に対して差別的な考えを持っている人の解釈なんて、考えたくもないとアイリスは思い直した。こんなことを考えるなんて、目の前にいる彼女たちにも失礼な気がする。


 どういう意図であれ、まったく教えないのはおかしなことである、とアイリスを心配しているのも見て取れる。


(ここは空気を変えましょうか)


 否定的な人族貴族でさえも知っている〝常識的な知識〟を、家族がアイリスに教えなかったという例は、一つや二つではないのだから。


「それで、この地のすごく特徴的な冬の環境の話だけれど、神獣のおかげだというのはどういうことなの?」


 アイリスは窓の向こうを指差す。


「極寒という厳しい冬なのに、窓から初雪が積もっていく様子を見ていると寒さだけで、状況的にはかなり恵まれている気もするの」

「それもすべて、神獣が不思議な力を使ったためだそうです」


 獣人族にも寒さに弱い種は存在する。


 そして人族は、獣人族に比べると身体がとても弱い。


 戦争から逃れて弱り切っている人族のためにも、その時代に誕生した神獣は、こう考えたそうだ。


『この国にある厳しい雪を軽減しよう』


 そうしてその神獣は、一か所に冷気をできるだけ集めることにした、と――。


「ということは、この寒さって、本来は国土全部にあったはずだと言い伝えられているのね?」

「はい。そのかわり神獣は、ここの地に生きる者たちが暮らしやすいようにと魔法をかけたそうです。多い雪は夜に、日中は人々は過ごしやすいよう暴力的な風を取り除いた、と。ここは王家の始まりの土地でもあるそうで、暮らす人々は、冬がくるたび神獣への感謝と、恩恵を与えてくれたことを思い出して誇りと共に生きているのです」

「素敵ね。ここにいる人たちは、毎年神獣への感謝を思い出して一年またがんばろうと思うのね」

「まさにそうです」


 メイドたちは嬉しそうににっこりと笑った。


 アイリスもつられて温かく微笑み返す。そして、足を止めていたことを思い出して廊下を再び進みだした。おかげで彼女たちが、ぽうっと見惚れていたことに気付かなかった。


「計画は急きょ変更することになったけど、きっと旦那様を誘うこと、成功させてみせるわ」

「応援していますっ」


 メイドたちが喜々としてついていく。


 ◇∞◇∞◇

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