3-1 三章
翌日。
昨日宣言された通り、アイリスは〝家族〟の朝食の席にも呼ばれた。
緊張したものの、朝ブロンズには相談してある。
ダイニングルームでアリムを連れてヴァンレックと合流し、挨拶したところで、彼女は着席を止めてこう告げた。
「旦那様、席替えを提案いたします」
「席替え……?」
「そこにいたら、アリムが『あーん』したくなった際、彼の手が届きません。隣に来ましょう」
ブロンズが言っていた通り、ヴァンレックは気を悪くしなかった。
アイリスは使用人とコックに協力してもらい、アリムを挟む形で隣にヴァンレックの席を移動してもらった。
「パパが隣だ!」
アリムは喜んだ。あれやこれやと食べさせる。
ヴァンレックはそれが少し苦手だったらしい。『だから嫌だったんだ』と顔に出ていて、アイリスはつい笑ってしまった。
ヴァンレックが目を見開く。
「あ、申し訳ございません。つい……」
「いや、構わない」
なぜか食い気味にヴァンレックがアリムの向こうから答えてきた。
「もっと気軽に話してくれていい、アリムみたいにっ」
「……どうして張り合うみたいに言ってくるんです?」
困惑したものの、彼は「言葉を続けてくれ」と無茶ぶりを振ってくる。
「その、アリムは旦那様にたくさん食べてほしいんですよ。羨ましいです。私には少ないですから」
「だってパパは大きいもの! たくさん食べなきゃ」
六歳なのに、アリムが胸を張ってそう断言した。
アイリスは口元を手で押さえた。
(六歳なのにお兄ちゃんぶっちゃって、可愛い~!)
メロメロになっているのを見て、ヴァンレックが脱力したように肩を落とす。
「君もされる側になってみたら分かる……朝いちばんなのに、とことん胃袋に詰めてこようとするんだぞ……」
「アリムは『パパ』に、たくさん食べてもらいたいのよねー」
「そうだよ! アイリスさすがだね! パパは鈍いっ、いっぱい動いているんだから食べないとっ。外で倒れたら大変だよっ」
「そこまで自分の体調管理ができないわけではないんだがなぁ」
そんな難しい言葉、アリムには分からないと思うけど、とアイリスは美味しいサラダを口に入れながら心の中で言った。やはりヴァンレックは、六歳の息子がいるとは思えないくらいに子供慣れしていない。
その場の流れで、アリムがいつもしているという『パパの見送り』にも参加することになった。
国王が勝手に決めた結婚相手。
そさぞ嫌がるだろうことを予想していたが、子育ての協力者になったためか、アリムが腕を引っ張って希望したためか、ヴァンレックは嫌な顔一つしなかった。
「ババ、アイリスも一緒にいい?」
「いいぞ」
彼は、ブロンズにマントを着せてもらいながら袖口の緩みを確認しつつ、あっさりそう答えていた。
今日も少し遠方まで馬を走らせるらしい。
玄関から出ると、今度はシーマスも騎馬の騎士たちの中にいた。
彼らもまた嫌がる素振りを見せず、当たり前みたいに挨拶をしてくる。
「それでは奥様、坊ちゃま、行ってまいります」
「怪我のないようお気をつけて」
「団長がいれば百人力です。問題ありません」
シーマスは、今日も早めの帰宅を目指して団長にせいいっぱい力添えすると言った。
「夫人が出ているからといって、誇張しすぎだ」
「見送りに来てくれて嬉しいですもん。なっ」
「その通りです!」
「会えないメンバーは数日顔を見てませんからね」
「奥様、また何かあればお呼びください! 椅子の移動も俺らにはへっちゃらなんでっ」
「そんなことしていたのか?」
ヴァンレックがこちらを見る。
部下を勝手に使ってしまって、気に障っただろうか。
「あはは……その、ごめんなさい。アリムと椅子取りゲームをしようということになった時に、長椅子があまりにも重かったもので」
自分なら平気だと思ってアリムに請け負ったら、この身体は筋肉もなさすぎた。前世で最盛期だった頃の筋肉を思って、心の中で泣いたものだ。
「……まさかお前ら、いや、この中に『椅子取りゲーム』とやらに参加した者は?」
何やらヴァンレックが不穏な空気を背負う。
だが、シーマスが朗らかに素早く挙手した。
「はい!」
アイリスは、彼は空気が読めないのだろうかと心配した。
(大公様の空気が、一層重く)
素直に答えたシーマスに続いて、騎馬の中でちらほらと手が挙がる。
「……夫人」
「はいっ」
低い声に、身体がビクッと反応した。ヴァンレックがゆっくりと見つめ返してくる。
(――こわ)
彼は目が見開いていた。無表情だが、何やら肉食獣に見据えられているような圧を感じた。
「早めに帰宅できたら俺が参加しますから、それまでは実行しないように」
「は、はい」
敬語を使ってきたのも、きっと警告みたいなものだろう。
アイリスは大急ぎでこくこくとうなずいた。
(そんなにアリムと『椅子取りゲーム』がしたかったんですか!?)
でも、それなら計画はうまくいきそうだ。
朝からずっと一緒なのがアリムは嬉しいらしい。
ヴァンレックを見送ったあと、かなり上機嫌でアイリスの手を握り、このまま一度温室に行こうと言って「るんっるんっ」と言いながら歩いていく。
(可愛い)
悶えはこらえた。アイリスは後ろに付いた自分とアリム付きのメイドたちの応援の眼差しに、一つうなずいて応え、それとなく彼に聞く。
「アリム、もしパパと一緒にいられる時間が増えたら、どう?」
「嬉しいよ! 僕、パパ大好きだもんっ」
彼は迷いなく答えてきた。
(満面の笑み! かわいすぎ!)
アイリスも、メイドたちと一緒になってメロメロになった。
庭園を警備で歩いてる騎士たちも、ほっこりした様子でアリムを見ている。
(それじゃあ、大公様と一緒にいられる時間を、作らなくてはいけないわねっ)
アリムが満足するまで付き合ったのち、アイリスはメイドたちにマッサージを受けながら計画を立てた。
この身体は運動に慣れておらず、きつそうなのを見たメイドの提案で午後に備えて筋肉のこわばりをほぐしてもらうのが日課に加わっていた。
「椅子取りゲームは各自として、他に子供と一緒に遊べる内容を考えないと」
今まではアリム一人を対象にして予定を組んでいたので、ヴァンレックが加わった場合のことを考える。
もちろん、〝ヴァンレックを加えるための計画〟も同時に立てた。
そこにはブロンズの協力がいる。
「ブロンズ、今日、この二か所の時間は調整可能なのよね?」
「はい。奥様のほうで届いた書類の仕分け、わたくしのほうで執務の下準備を終えれば、時間は取れると」
マッサージを受けているアイリスの向かいで、ブロンズが答える。
アイリスは、彼と計画を立てながら互いのメモ帳に書き込んでいく。
「これで彼を巻き込ませられそうね」
「朝の旦那様の反応を見るに、抵抗はなさそうですし、うまく行くでしょう」
そばに仕えて長いブロンズにお墨付きをもらうと、安心できる。
アイリスはメイドたちに計画の第一弾を伝えた。
まずはヴァンレックが帰宅したら、いち早く彼の身柄を確保すること。それはアイリスがアリムとできるだけ速く合流するという意味だ。
執務室に戻ってしまう前に予定を取り付ける。
可能ならそのまま連れていき、とにかく彼に『否』と断る隙を与えない。
「奥様の押せ押せ、さすがです」
「わたくし大好きですわ」
「というか、尊敬いたします」
好きに感想を、とは告げたがまさかの敬われてしまった。
「……そんなに強引かしら?」
「旦那様相手に、と考えると、珍しいでしょうねぇ」
アイリスが白紙に書き込んだ下手なイラスト付きの計画書を覗き込んで、ブロンズも言った。
だって、これくらいではヴァンレックは怒らないと思うのだ。
アリム(息子)が関わっていることだから、触れ合う機会があれぱ、積極的に一緒に何かをしようという心意気はあるはず。
(私に嫉妬するくらいだし……)
アリムとの交流も持てて、尚且つヴァンレックには子供と接することに慣れてもらう。
そのうえアイリスも彼に息子との時間を提供でき、ヴァンレックから先日のように歯をギリギリさせて睨まれることはなくなるはずだ。
「奥様の行動力にかかっているとは思います」
「任せて。私も強引に誘うことに慣れてみせるわ。そして旦那様の『子供が苦手』を改善するのよっ」
いつの間にか窓から加わっていた騎士たちも含めて、使用人たちが「おーっ」と声を揃えた。ブロンズが騎士はたちを見て「いつの間に……」とぼやいていた。
◇∞◇∞◇




