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2-4

「報告を」

「はい?」

「いつも俺が帰ってきたら、子供の様子を教えてもらっていたはずだが」

「あっ、そうでした」


 アイリスは子育てで雇われている感覚だったので、不在の間に起こったことは自分の口からヴァンレックに報告していた。


 彼が外出してからのことを簡潔にまとめ話す。


 前世では借金返済のために副業はいくつもやっていたが、正社員でもバイトでも上司に秘書にしたいくらいだと言われた腕前だ。


(大公様の機嫌を損ねない自信が、あるっ)


 ヴァンレックは優秀な人材以外は嫌うだろう。


「――というわけで、今はこちらにいたわけです」


 時間はほとんどかけなかった。アイリスは満足して話し終える。


「何かご不明点はございますか?」


 と告げて視線を雇い主、もといこの邸宅の主人に向けたところで「ひぇ」と口から吐息がもれ出た。


 そこには、なぜか腕を組んで、凄んだ表情をしているヴァンレックがいた。


「不明点はない。実に素晴らしい〝報告〟だった。君が普段引き継いでくれるメモや、行った雑務処理と同じだ」


 表情と台詞が合っていない。


(結構褒められているわ)


 どう反応すればいいのか分からない。


 慣れ始めている雑務処理、これをこうしましたと彼の書斎机や執務机に残す引継ぎの報告メモ。彼から何かしらのアクションがもらえるとは思っていなかったが、機嫌を損ねないかどうかは気になっていた。


 ブロンズや騎士団の補佐官であるシーマスに、普段どうまとめているのかそれとなく参考にしようと聞いていたところだ。


 ヴァンレックの仕事が少しでも円滑にいくといいと願っていたが、役には立っているらしい。


 そして本日の子守り内容にも、問題はない。


(それなのに、何がご不満なのかしら……?)


 大急ぎで考えるものの、報告する自分の態度にはなんら問題を見つけられなかった。


「だが、短い」

「……はい?」


 思ってもいなかった言葉に、アイリスの頭の中はさらに真っ白になる。


「君は、アリムとはたくさん話すだろう」

 

 どうして〝子供〟と比べるのか。


(アリムとの会話はお喋りで、大公様との会話は業務報告ですが?)


 頭の上に疑問符がいっぱい浮かぶ。


 その時、説明をすでに聞き終えていたようで、アリムが不満そうにアイリスのスカートに抱きついてきた。


「パパばっかりアイリスを独占して、ずるいっ」


 ヴァンレックが小さくため息を吐く。


「アリム、そう誰かにべたべたと甘える性格ではなかっただろう。さ、俺のところにおいで」

「パパは騎士たちと業務処理があるでしょ?」


 アリムが向こうを指差す。


 そこには騎馬でゆっくりと通過していく騎士たちの姿がある。彼らはヴァンレックの同行を気にして様子をうかがっているようだ。


「それに僕はもう少しアイリスといたいのっ。おやつだってまだ食べ終えてないもん」


 そんなに好いてくれているのか。


 アイリスは、スカートをぎゅっと握って顔を押し付けたアリムに、きゅんきゅんした。


「はぁ……アリムがすまない。普段はこう我儘ではないんだが」

「可愛いから全然問題ありませんよ」


 アイリスはしゃがみ、アリムを優しく抱き締める。


「おやつが食べたかったのね」

「べ、別にお腹が空いていたわけじゃないよっ。アイリスが全部味見しようと言ったから」

「ふふ、そうね。私がアリムを誘ったの」

「アイリス、お魚を見ながら一緒に食べよう。日差しらにきらきら光って、綺麗だよ」


 アリムが手を引いたので、アイリスは笑顔でうなずく。


「ええ、今度は一緒に池を覗きましょうか」

「僕、お魚の名前分かるんだ! たくさん聞いたら、アイリスに教えてあげる」

「あら、優しい子ねぇ」


 にこにこしながら歩いた。


 すると、後ろからやたら大きな咳払いが聞こえた。


「俺のことを忘れているようだが」

「あ」

「それとも、またベリーバイのことでも考えていたのか?」


 意地悪だ。


 肩越しに振り返ったアイリスは、頬を赤らめる。


「違います。アリムとの時間が楽しみだったからです」


 ヴァンレックが何やら妙な表情をした。


「あとで話そう」


 彼はそう告げ、マントをはためかせて背を向ける。


(他に何かあるのかしら。まぁ子供がいると確かにゆっくり話せないものね)


 彼は不満はないと言っていたが、報告に不足を感じた箇所でもあったのだろう。


 詳しく聞きたいのかもしれない、アリムとブロンズたちが待つ池のほうへと向かいながら、そうアイリスは思った。


 ◇∞◇∞◇


 何やらもやもやする。


 騎士団側の執務室に入ったヴァンレックは、何もする気が起きず、長椅子にどかりと深く腰を降ろした。


「はぁ……」


 椅子の背に頭をもたれ、顔に手をあてる。


 ここ数日見ていて実感した。


 アイリスの関心は、アリムにしかない。


 恐れても、戦場や必要な場でなければ暴れないだろうと期待し、女性たちはヴァンレックに関心を向けた。


 欲を抱えた視線、品定めするような熱い眼差しは気持ち悪かった。子供がいるという噂が立つ前はうんざりしたものだ。


 数日同じ家で暮らしているのに、アイリスと接したのは僅かな時間だった。会話だってとても短い。


 そう気付いて、まったく気に留められていないのだと察した。


 彼女が『悪女』であることを、昨日と一昨日もたびたび頭から抜けていたほどだ。


「……アリムとはよく話すのに」


 きっと積極的に話しにきたがるだろうと見越していた。


 ――エティックローズ侯爵家の悪女。


 もともと評判がよくない一族であるのに、そのうえそこの長女は最悪だと社交では噂されていた。


 顔も派手であるのに毒花のように目立つドレスを身にまとい、実家の経営がうまくいっていないのに宝石などで浪費する。


 遊ぶ価値のない男は目にも入れず、気に入った男とだけ話す。


 社交もせず男と楽しく話すためだけに会場をよく離れるから、あまり見かけないのだという話もあった。


(予想と違いすぎて、俺は物足りなさを感じているのか?)


 アイリスは必要がなければ姿さえ見せなかった。


 昨日、帰宅した際に無駄のない口頭報告をされてアリムを引き渡されて以来、彼女を見ることはなかった。


 今日は一度目の顔合わせだというのに、アイリスにはその感覚すらない様子だ。


 アリムがブロンズたちに集中しているから、雑談くらいは挟んでくるのかと思ったら、部下のごとくとっとと報告を終わらせた。


(俺たちは夫婦なんだが?)


 いや、そうじゃない。


 ヴァンレックは自分の眉間に皺が入ったのを感じて、指で揉み込む。


「俺が心配しているせいか?」


 そのせいで彼女のことを考えてしまうのだろうか。


 アリムが、ヴァンレック以外に信頼がおける人間ができたのは嬉しい。


 彼をきちんと育てるには、ヴァンレックがつきっきりでいられない時間帯に面倒をみられる人間が必要だった。


 それが、まさかアイリスとは思わなかった。


「アリムの〝狼の執着心〟が出なければいいんだが……」


 狼種は、家族以外をなかなか懐に入れることはない。


 相性がよく、受け入れると興味を持ち、最終的にかなり執着する。


 ヴァンレックとしては、アリムが自分以外にあそこまで興味関心を示すとは思ってもいなかった。


 とくに、その相手は『悪女アイリス・エティックローズ』だ。


 だからこの屋敷の誰よりも拒絶反応を出すだろうと思っていたので、帰宅して見たらアイリスと楽しく過ごしていたというのがまず意外すぎた。


「そもそも……彼女は本当に悪女か?」


 初めて話した際の疑問が、口をついて出る。


 結婚相手だと国王から送られてきたエティックローズ侯爵家の長女、アイリス・エティックローズの身上書も読んだ。


 ――大公妃としては失格の女。


 だから国王も最終的に彼女を選んだのだと察せた。


 だが、実際にヴァンレックが見てみた性格はあまりにも違っていた。

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