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魔族






 砦に滞在し始めてから三週間ほどが経った。


 勇者様達は騎士達とも親しくなって、毎日鍛錬や森の魔物討伐に参加しているようだ。


 アレン様は魔族語や魔法について調べてくださっているようで、あまり見かけない。


 わたしはノアと共に砦や近隣の村の人々から、リュカ様の話を聞いて回っていた。


 二年前のことなのに、誰もがまるで昨日の出来事のようによく覚えていて、色々と話してくれた。


 リュカ様がイノシシの魔物を一撃で倒した話、井戸の滑車が壊れたのを直してくれた話、子供達と遊んだり畑の収穫作業を手伝ったり──……勇者というより、まるで何でも屋のようで少しおかしかった。


 そんなふうに話を聞いて回るだけの平和な毎日が過ぎていったが、それも長くは続かなかった。




「近くの村が魔族に襲われてるって! 今すぐ助けに行こう!!」




 魔族領内にある村の一つが、魔族に襲われた。


 魔族領といってもこの辺りは国境沿いなので人間の村がそれなりにある。


 その一つが襲われたらしく、勇者様が立ち上がった。


 馬を借りて、騎士達に相乗りさせてもらいながら村へと向かっていった。


 ……わたしは行ってもできることがないものね。


 砦に残り、勇者様達のために祈りを捧げる。


 ノアは勇者様について行ってもらった。


 祈ることで対象の能力値を上げることができるけれど、逆を言えば、それしかできない。


 わたしは戦うことも、癒すこともできず、ただただ祈るだけだ。


 それで誰かの助けになれるなら、何時間でも祈り続けよう。


 でも、ノアは戦える。勇者様達の手助けをしてほしいと頼んだ。


 ノアは一瞬渋ったものの、わたしのお願いを聞いて馬に乗っていった。


 そうして、昼前に飛び出していった勇者様達が帰ってきたのは夜だった。






* * * * *






 村に着いてすぐに感じたのは焦げ臭さだった。 


 逃げ惑う人々、燃える家、騎士達の怒鳴るような声に──……。




「笑い声……?」




 村が燃えているのに、人々が逃げ惑っているのに、明るい笑い声が聞こえてくる。


 一体どこから……と思っているとノアが空を指差した。




「上です!」




 それにハッと顔を上げれば、村の上空に一つの影があった。


 大きさからしてノアより小さいけれど、人間にはない、コウモリみたいな翼があった。




「魔族か!!」




 春斗が剣を抜けば、影がゆっくりと下りてくる。


 白銀の短い髪に紅い目をした、可愛い顔立ちの男の子だった。


 しかし、頭に黒いツノ、背中にコウモリのような翼と黒くて細い尻尾がある。




「あれー? この感じ……もしかしてキミ、勇者?」




 まだ声変わりがきていない子供特有の高い声が響く。




「っ、ああ! そうだ! オレは勇者、春斗・神崎だ!!」


「やっぱり! 異世界から新たな勇者が来たってことは、前の勇者は死んじゃってるってことでしょ? ああ、良かった! あの勇者、すっごく強かったから生きてたら困るんだよね!」




 あははは、と子供の魔族が嬉しそうに笑う。




「魔王様の魔法でドーンッて爆発してたもん! 死んで当然だよねー!」




 何がそんなに楽しいのか、笑っている魔族に春斗は怒鳴った。




「お前が村をこんなふうにしたのか!!」


「うん、そうだよ? 他に誰がいるの?」




 楽しそうに笑う魔族に春斗は剣を向けた。




「面白い勇者だね! 魔族領はぼく達の領域なんだから、そこに人間が暮らしていたらいつ襲われたって不思議はないのに! そんなことでいちいち怒るなんて変わってるー!」


「『炎よ、敵を穿うがて!!』」


「おっと」




 ひょいと魔族が春斗の魔法を避けた。




「あっぶなーい」


「くそっ! おいっ、下りてこい!!」


「やぁだよー。下りたら攻撃されるじゃん!」




 べーっと舌を出す魔族に春斗は苛立ち、魔法を何度も打ち込むが、全て避けられてしまう。




「ハルト君、適当に撃っても当たらないよ! それより連携して!」




 アレンの言葉に春斗は我に返り、魔法を撃つのをやめた。


 レイア、ノイエン、アレン、そしてノアと五人で戦闘体制を整える。


 それに魔族が楽しそうにコウモリの翼を羽ばたかせる。




「いいね! 今度の勇者様は簡単に殺せそうだ!」




 大きくバサリと翼を揺らし、魔族が急降下してくる。


 慌てて春斗は剣を構えたものの、斬りつけるのを躊躇ってしまった。


 魔族の手が春斗に届きそうになった瞬間、背中を突き飛ばされる。




「うわっ!?」




 そんな悲鳴と共にザシュッと何かが裂けるような音がしたが、春斗は地面に膝をついた。


 急いで振り返れば、ノアが剣を持ち、魔族が肩から血を流していた。




「っ、キミ、なかなかやるね!」




 魔族が手を振るとその周りに漆黒の刃がいくつも現れ、ノアへと飛んでいく。




「ノア!」




 思わず春斗は叫んだが、ノアはそんな春斗に目もくれず、襲いかかってくる刃を剣で弾いた。


 そして、一瞬姿勢を低くしたかと思うと地面を蹴って魔族の目の前に移動する。


 あまりに速すぎて目で追い切れなかった。


 魔族も驚いた様子で身を引いたが、ノアのほうが僅かに速い。


 その剣が突き出され、魔族の腹に刺さる。


 しかし、グニャリと魔族の姿が歪むと黒い霧のように散ってく。




「死んだかと思った……!」




 霧が集まり、魔族が上空に現れる。


 ノアが小さく何かを呟いた。


 そしてまた腰を落とすと、今度は上に向かって飛び上がった。


 風魔法がノアを押し上げ、あっという間に魔族のところまで辿り着く。




「わ、ちょ、うわっ!?」




 風魔法を使ったまま、ノアが空中で剣を振る。


 魔族のほうが空中では動きやすいのか、避けられてしまうが、ノアは手を止めない。


 それにまずいと思ったのか魔族が慌ててノアから距離を取った。




「『氷の槍よ、敵を撃ち落とせ!』」




 アレンの声が聞こえ、いくつもの氷の槍が地上から魔族に襲いかかる。


 魔族がそれを避け、地上に意識が向いた一瞬の隙をついてノアが向かう。


 そして、今度は剣に光をまとわせたノアが斬りつけると、魔族は黒い霧にならなかった。




「かはっ……!!」




 魔族がよろけ、倒したかと思った。




「──……なんてね!」




 黒い尻尾が背後からノアの背中に突き刺さる。




「ノアッ!!」


「いやあ、危ない危なーい。聖属性まで使えるなんてすごいね!」




 ぐらりとノアがよろけ、落ちると思ったが、その体が黒い霧となって散った。


 それに驚いたのは春斗だけではない。




「──……え……?」




 ずぶりと魔族の胸から剣が飛び出した。


 その剣が光に包まれ、魔族の全身がその白い光に包まれる。




「ァアアアアァアァッッ!?」




 魔族が悲鳴を上げ、バチバチと魔族の体から音が響く。


 ノアが剣を引き抜くと魔族がよろめいた。


 その体から白い煙がうっすら漂っているのが見えた。




「っ、なんで……っ、黒霧は人間には使えないはず……!」




 魔族がノアを睨みつける。




「ハルト!」




 レイアの声にハッと我に返れば、燃えた家のほうから魔族らしき者達が近づいてくる。




「っ、大丈夫だ!」




 レイアとノイエン、アレンのもとに行き、剣を構え直す。


 上空ではノアと魔族がまだ戦っているが、続きを見ることはできそうにない。


 魔族達が「勇者だ!」「勇者を殺せ!」と叫び、飛びかかってくる。


 それを剣で防ぎながら、春斗はこの世界に来て始めて『怖い』と思った。


 春斗からすれば魔族は人間とよく似ており、言葉も通じて、感情もあり、たとえ種族が違っていたとしても、魔族を殺せばそれは『人殺し』と同じではないかと感じた。


 ……アレンが言った意味が、やっと分かった……。


 ここはゲームを遊んでいる時みたいに何も感じないわけではないし、誰もが生きていて、魔族と人間は殺し合いをしている。


 そして、そこに春斗もいる。魔族と人間の、人間側として戦っている。


 魔族の目はギラギラとしており、感じる殺気はゾッとするほど冷たい。


 人間に──……勇者はるとに対する憎しみや怒りが伝わってくる。


 ノイエンとアレンが魔族を殺し、こちらに振り向いた。


 その足元にある、倒れて動かない魔族達に体が震える。


 十七年生きてきて、初めて『人の死』を目の前で見た。




「ハルト様!」




 春斗が躊躇っているうちに、ノイエンが魔族を斬り捨てた。


 震える春斗にレイアが近づき、そっと労るように細い手が背中に触れる。


 頭上から舌打ちが聞こえてきた。




「ったく、やめやめ! ぼくは勝てない戦いはしない主義だからね!」




 魔族が上空高くに飛び上がると春斗達に向かって魔法を放ってくる。


 恐らく闇属性だろう、強い魔法だ。




「下がって!」




 アレンが庇うように前に立ち、その手に握った杖をそれに向ける。


 けれども、魔法がこちらに届く前にノアが間に飛び込んできた。


 ノアの剣が白く輝き、魔法を真っ二つに斬った。


 割れた魔法が春斗達を避けて地面に当たり、ゴウッと黒い炎と共に地をえぐる。


 顔を上げた時にはもう、魔族はいなくなっていた。


 先ほどまで周囲を囲んでいた魔族達の姿も消えており、春斗達だけが残された。


 風魔法でノアがゆっくりと下りてくる。


 とん、と地面に降り立ったノアをアレンがジッと見つめたが、春斗の視線に気付くと困ったような顔で微笑んだ。




「ハルト君、怪我はない〜?」


「あ、ああ……オレは何ともないけど……」


「そっか〜。みんなも大丈夫〜?」




 アレンの言葉にレイアとノイエン、そしてノアも頷いた。


 魔族の尻尾で刺されたはずのノアは無傷だった。


 アレンが振り向き、近づいてきたノアに声をかける。




「ノア君、帰ったら君について話したいことがあるんだ〜」


「分かりました」




 ノアは相変わらずの無表情で頷き、剣を消した。


 ……いつも使ってる剣じゃない?


 不思議に思っていれば、ノアが近くに落ちていた剣を拾う。いつもの剣だ。




「ハルト、村の人達が残ってないか確認しましょう!」




 レイアの言葉に春斗は慌てて頷き、水魔法で消火しつつ、村の中を調べた。


 大半の人々は逃げられたけれど、五人、亡くなっていた。


 焼けて崩れた家の下敷きになっており、誰かも判別できないような状態だった。


 戻ってきた村人達と協力して全員を運び出し、アレンが村長と話している間にレイアが怪我人の治療を、春斗とノイエンは亡くなった人々の埋葬を手伝った。


 土に埋めて、木の墓標を立てるだけの簡素な墓の前で、村人達が泣いている。


 小さな村だから、住民同士は家族のように繋がりが深かったみたいだ。


 亡くなった五人はどうやら一つの家族だったらしい。


 大人二人の下に小柄な子供達がいて、多分、両親が子供を守ろうとしたのだろう。


 ……でも、重さと火事で死んだ……。


 火を放ったのは魔族だと村の人々が言っていた。


 悲しみに暮れる人々の背中を見て、春斗は拳を握る。


 こんなに酷いことをする魔族は悪だと思うのに、それでも、いざという時を考えると『殺す』という選択はきっとできない。


 ……殺すのが怖い……。


 魔族と戦うと分かっていたはずなのに、誰かを傷つけるのがこんなに怖いとは思わなかった。


 手合わせじゃない、本気の殺し合いが怖い。


 俯く春斗の手に、レイアがそっと手を重ねてきた。


 レイアは何も言わずに黙って春斗のそばにいてくれた。


 今だけは慰めの言葉も、責める言葉も、聞く余裕がない。


 ……オレは本当に魔王を倒せるのか……?


 勇者は魔王を倒さなくては──……殺さなくてはいけないというのに。






* * * * *






 夕方──……もう日が沈みかけて、夜の気配を感じ始めた頃に勇者様達は帰ってきた。


 全員が欠けることなく戻ったことにホッとしつつ、ノアを抱き締める。




「皆様……ノアも、ご無事で何よりです」


「セレスティアのほうが大丈夫だったか? 砦に一人だったし……」


「ここは安全ですから」




 勇者様の言葉に苦笑した。


 わたしより、自分達のほうが戦闘で疲れているだろうに。




「僕は軽く辺境伯に報告してくるけど、その後でノア君についてみんなに話があるから……そうだね、セレスティア嬢の部屋に集まってもらっていいかな〜?」




 アレン様に問われ、頷き返す。




「わたしは問題ありません」


「オレも」


「わ、私も大丈夫です」


「かしこまりました」




 というわけで一度解散し、もう一度集まることとなった。


 ノアと共に部屋に戻る。




「ノア、本当に怪我はない? 魔族と戦ったのでしょう?」


「はい、多少の擦り傷はありましたが、レイア様に治していただきました」


「そう、良かった……」




 見たところ、確かに怪我をしている様子はない。




「疲れたでしょう? あなたも汗を流していらっしゃい」


「かしこまりました」




 浴室を手で示せば、自分の荷物を持ったノアがそちらに消えていく。


 ……ノアについての話とは『封じ』のことかしら?


 窓辺の椅子に座り、両手を組んで目を閉じる。


 魔族との戦いで皆、疲れているだろう。


 ……どうか、皆の心に安らぎがありますように。


 ノアが出てくるまで、しばしの間、祈りを捧げたのだった。







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>魔族領はぼく達の領域なんだから、そこに人間が暮らしていたらいつ襲われたって不思議はないのに! いやこれ魔族の方が正論では?国境をちゃんと守らない奴らがいるからいつまで経っても住み分けできずに戦いが…
魔族との戦闘シーンの表現がとても分かりやすくて、わくわくしてしまいました。 また、ノアの特殊性とでもいうのか、その表現が随所にあって、物語を色づかせていたと思います。 ”人”殺しは、普通の人にはなかな…
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