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宿敵 / 魔王

* * * * *






 キィンッとリュカの剣が弾かれる。


 魔王レヴェンデリンは魔力量や体力、筋力、剣術、体術、魔法──……全てにおいて秀でている。


 本性はドラゴンとされているが、過去の勇者の記録を見る限り、本来の姿に戻ることは滅多にないようだ。


 リュカが下がれば、ハルトが即座に火魔法で攻撃する。


 しかし、炎の槍は魔王が魔力から生み出した漆黒の剣に全て断ち斬られた。


 複数の剣がハルトに襲いかかり、ギリギリでハルトが地面を蹴って避ける。




「っ、反則だろ……!」




 ハルトの声には余裕がない。


 ……やはり、まだ魔王と戦うのは厳しかったか。


 リュカも魔力で光の剣を生み出し、魔王に向けて放つ。


 空中で光と闇の剣同士がぶつかり合い、派手な音を立てる。




「勇者リュカよ、そなたの能力には以前も苦労させられた」




 リュカは『魔族の魔法を習得する』能力を最初から持っていた。


 しかし、前回はリュカのほうが魔力量も少なく、魔法に不慣れだった。


 だからこそ封じが解かれ、動けるようになってから、リュカは自身が習得した魔族の魔法を特訓した。どのような魔法で、どんな戦い方ができるのかを調べ、試した。


 特に魔力を用いて剣を生み出すこの魔法は魔族の中でも力ある者はよく使っている。


 これを自由に扱えなければ、そもそも同じ立場で戦えない。




「しかも、以前よりも格段に強くなっておる。……少し前まで封じられていたはずだが?」


「それをお前に教える義理はない」


「冷たいのう」




 頭上で数え切れないほどの光と闇の剣がぶつかり合う。


 そして、リュカと魔王もまた、己の持つ剣を交えた。


 魔王は細身に見えるというのに、一撃が酷く重い。


 それでも以前に比べれば防げない重さではなかった。


 視界の端でセレスティアが祈りを捧げているのが見えて、リュカは微かに口角を引き上げる。


 二年もの間、セレスティアは毎日捧げた祈りはリュカの能力を飛躍的に上げた。


 ……俺の力はセレスの想いの強さだ。


 そう思うと、体の内側から力があふれてくる。


 魔王の剣を弾き、突きを入れたがギリギリで避けられる。




「っ、たった二月でこれほど強くなるとは……勇者とは恐ろしいものよ」




 それでも刃に触れた魔王の髪が何本、はらりと落ちる。




「だが、だからこそ今ここで殺しておかねばな」


「それはこちらの台詞せりふだ」




 リュカと魔王の剣の打ち合いに、ハルトが躊躇っているのが伝わってくる。


 ハルトではリュカ達の戦いに追いつけない。


 大きく剣を弾き、リュカは後方に飛ぶ。




「ハルト! 魔王の剣を魔法で攻撃しろ!」


「分かった!」




 ハルトが魔王の生み出した漆黒の剣に攻撃していく。


 剣は魔力で生み出したもの。それを破壊し、また作らせれば魔王の魔力を削ることができる。


 リュカが魔王に直接攻め、ハルトが間接的に攻める。


 さすがの魔王も不利だと感じたのか剣の数を減らす。




「まったく、本当に不愉快だこと」




 魔王が両手に剣を持ち、構える。


 リュカはハルトのそばに飛び退き、声をかける。




「ここからが本番だ」


「ああ!」




 リュカとハルトも剣を構え直す。


 ……以前も二刀流の魔王に苦戦させられた。


 だが、あの頃とは何もかもが違う。


 もう一人の勇者に、セレスティアの祈りによって強化された自身。


 アレンも、ユウェールも、ディオナも──……全員が以前よりも強くなっていた。




「遅れるなよ、ハルト!」


「お前もな、リュカ!」






* * * * *


 



 

 リュカ様と勇者様が魔王と戦っている。


 他の四人も魔将二人と戦っており、わたしは邪魔にならない後方に下がり、祈りを続ける。


 戦いの最中であっても不思議と心は落ち着いていた。


 ……大丈夫、リュカ様は勝つわ……。


 祈りは全て、天に届き、それがリュカ様や皆に降り注いでいるのが分かった。


 リュカ様が魔王と幾度も剣を交え、ハルト様が合間に魔法で攻撃する。


 勇者二人相手ではやりにくいのか、魔王のほうが僅かに押されている気がした。


 だが、不意に魔王がわたしを見た。


 リュカ様がハッとした顔で振り返る。




「セレス!」




 鋭い漆黒の剣がわたしに向かってくる。


 避けようと思うよりも先に、目の前の景色が一瞬歪み、リュカ様が現れた。


 わたしを庇うように抱き締めたリュカ様が飛んできた剣を弾いたが、リュカ様の手からも剣が離れてしまう。


 更に追撃の剣が飛んできて、このままではリュカ様に刺さってしまう。


 ……いやっ、やめて……!!


 ……神様、リュカ様を守って……!!




「『しゅよ、幼き魂を救い給え』」




 瞬間、目の前で漆黒の剣が止まった。


 魔王が驚いた顔をしており、リュカ様が光の剣を瞬時に生み出すと黒い剣を弾いた。


 黒い剣は弾かれて魔王のもとに戻る。


 ……リュカ様に、皆に力を……!!




「『慈しみ深きしゅよ、わたしの弱きを払い給え』」




 歌と共に魔力が減り、祈りが天へと昇っていく。


 魔王の表情が怒りに変わった。




「人間め……よもや『祈りの乙女』を勇者につけるとは……! どこまで恥知らずか……!!」




 数え切れないほどの漆黒の剣が現れる。


 それに負けないほど、わたし達の周りに純白の剣が現れる。




「『どうか、祈りを安寧に。願いを救済に。わたしの魂の続く限り、罪科つみとがを償いましょう』」


「ブレディア王国め、絶対に殺してやる……!!」




 魔王が怒りのにじむ声で叫び、漆黒と純白がせめぎ合う。


 響く金属音に負けないよう、わたしも声の限り歌い、祈る。




「『しゅよ、幼い魂を救い給え。嘆きに鎮めを、捧ぐ祈りに慰めを』」




 わたしを抱き締めながら、リュカ様が叫ぶ。




「滅びろ、魔王!!」


「オレのことも忘れるなよ!!」




 勇者様の魔法も加わり、漆黒の剣はどんどん崩れていく。


 魔王が苦しそうに顔をしかめた。




「『どうか、幼き魂が迷いなく光の中を歩めるように』」




 その顔が一瞬、泣きそうに歪む。


 純白の剣の一つが、魔王の肩を刺し貫いた。




「……っ!!」




 魔王が肩を押さえて半歩下がる。


 魔将達が「魔王様!」と呼ぶものの、レイア様達に牽制けんせいされて彼らも動けない。


 だが、リュカ様は攻撃の手を緩めなかった。


 二本、三本と純白の剣が魔王の体に突き刺さり、魔王が膝をつく。


 リュカ様が純白の剣を持つとわたしから離れ、魔王に近づいた。




「……恥知らずな化け物達め……」




 魔王が吐き出すようにそう呟く。




「どういう意味だ。何故『祈りの乙女』を知っている?」




 リュカ様の問いに、魔王が嘲笑ちょうしょうを浮かべた。




「勇者のくせに、何も知らぬのか。魔族と人間が……妾が何故魔王となったか、人間はその経緯すら忘れてしまうとは愚かで身勝手なことよ」


「魔王が魔王になった理由?」




 勇者様が魔王に近づき、訊く。


 リュカ様が「ハルト」と止めたが、勇者様が言う。




「オレ達は勇者なんだ。魔王と戦う理由を聞いてもいいだろ?」


「それはそうだが……」


「……そちらの勇者のほうがまだ話が分かるようだの」




 俯く魔王に勇者様が歩み寄る。




「妾が魔王となった理由、それは──……うっ!」




 魔王が肩を押さえて地面に倒れ込む。


 それに勇者様が思わずといった様子で駆け寄った。




「よせ、ハルト!!」




 リュカ様の静止の声よりも先に魔王が顔を上げた。


 その表情は笑っていた。




「──……甘い」




 ずぶ、と鈍い音がして、勇者様の腹部から漆黒の剣が生える。


 束の間、音が消えた。




「ハルトッ!!」




 レイア様の悲鳴のような声と共に音が戻ってくる。


 愉快そうに笑う魔王の手には漆黒の剣が握られていた。




「ははははは! なんと甘い、愚かで可愛い勇者だこと!!」


「っ、貴様……!」




 リュカ様が剣を振り上げ、魔王を斬ろうとした。


 だが、震える勇者様の手が魔王に伸びた。


 勇者様はそっと魔王の角に触れ、屈託なく笑った。




「……黒くて、綺麗で──……オレとお揃いの色だ」




 魔王が驚きに目を見開く。


 ずる……と勇者様が魔王に寄りかかるように倒れ、レイア様が勇者様の名前を呼び、転びかけながらも駆け寄った。


 それに魔王は反応せず、何故か呆然としている。




「ハルト……! 絶対に死なせない……!!」




 レイア様の声にハッと我に返ったユウェール様も駆け寄り、勇者様を治療する。


 勇者様に刺さっていた漆黒の剣が崩れ、消えていく。


 リュカ様が魔王を殴った。鈍い、大きな音がした。


 しかし、魔王は呆然としたまま、勇者様を見ている。




「……バルティアート……?」




 そう、魔王は震える声で呟いた。






* * * * *






 レヴェンデリンは遥か昔、魔力のよどみより生まれたドラゴンである。


 その時、共に生まれたのが番のバルティアートだった。


 金のレヴェンデリン、銀のバルティアート。


 ずっとずっと、時に兄妹のように、時に友人のように、そして恋人として過ごしてきた。




「レヴェンのツノは綺麗だ。黒くて、綺麗で、よく似合っている」


「バル、おぬしにも同じものがあるだろうて」


「……そうだな、我らの揃いの色だ」




 やがて二匹のドラゴンは夫婦となり、その間に一つの卵が生まれた。


 卵はバルティアートの鱗そっくりの輝く銀色であった。




「生まれてくるこの子の名はどうしようか」




 まだ卵が生まれたばかりで、割れるまではかなり時間がかかる。


 レヴェンデリンとバルティアートの間の子なら、数十年は魔力を注ぎ続ける必要があるだろう。


 それでも二匹にとってはさほど長い時間ではなかった。


 交互に卵に魔力を与え、穏やかに過ごしていればきっとすぐだ。




「気が早いのう。……ゆっくり決めればよかろう」


「そうだな、生まれてくるこの子のために良い名を決めなければ。だが、レヴェンのような、黒く美しい……我らと揃いのツノがあることを願おう」




 幸せだった。世界は色鮮やかで、温かくて、心地好くて。


 ずっと、永遠にこの幸福が続いていくものだと信じて疑わなかった。


 ────……あの日までは。


 卵をバルディアートに任せ、レヴェンデリンは狩りに出かけていた。


 レヴェンデリンよりも魔力の少ないバルディアートであったが、積極的に子育てに参加しており、よく魔力を与えたがった。己と同じ色の卵が愛おしかったのだろう。




「バル、今日はおぬしの好きなルフを捕まえて──……」




 だが、戻った巣にあったのは番の無惨な姿だった。


 美しい銀色の体は切り刻まれ、鱗が大量に剥ぎ取られ、息絶えていた。


 その体は背中が傷だらけで、うつ伏せに倒れており、恐らく卵を守ろうとしたのだろう。


 血溜まりの中に沈むくすんだ銀に、レヴェンデリンは呆然とした。


 そして、あるはずの卵がどこにもないことに気が付いた。


 もう獲物のことなど考える余裕などなかった。


 巣から飛び出し、バルディアートの血の臭いを辿って森の上空を南に向かう。


 番の好物だからと山をいくつか越えていたのがあだとなった。


 バルディアートが一匹で卵を守ろうとしていた間、レヴェンデリンは呑気に狩りをしていた。


 悔しくて、悲しくて、己の愚かさに涙がにじむ。


 バルの血は固まっており、襲われてからかなりの時間が経っていた。


 臭いを辿り、森を、山を、谷越え、人間の住む場所に辿り着く。


 人間達が築いた街の上を飛び、城へと向かう。


 血の臭いは城へと続いており、レヴェンデリンは怒りのまま、城壁に体当たりをした。


 砕けた壁の向こうから、濃い血の臭いと我が子の匂いがする。




「やや子よ……!!」




 しかし、そこにいたのはこの国の王や貴族達であった。


 大勢の人間達に囲まれ、卵があった。


 卵は割れていた。


 割れた隙間から、やっと形になったばかりのやや子が転がっていた。


 小さな淡い銀色の体に、黒い二本の小さなツノが頭から生えていた。


 血の臭いと共に卵のそばで泣く人間の女がいた。




「『──…… しゅよ、幼い魂を救い給え。嘆きに鎮めを、捧ぐ祈りに慰めを。どうか、幼き魂が迷いなく光の中を歩めるように……』」




 女は卵のそばで泣きながら祈りを捧げている。


 やや子が死んでいることは一目で分かった。──……分かってしまった。




「ァアアアアァアァッツ!!」




 そこからのことは断片的にしか覚えていないが、国王を殺し、貴族達を殺した。


 大勢の騎士も殺したが、どれほど殺しても慰めにはならなかった。


 殺した国王の記憶を読み取れば、卵のそばで泣いている女だけは卵を守ろうとしたようだった。


 気まぐれな王が『ドラゴンの卵がほしい』と言い、騎士達が遠征して、巣を襲った。


 ドラゴンといえばレヴェンデリンとバルディアートは有名だったから。


 弱い人間達がドラゴンである自分達を襲うはずがないと思っていたから。


 女が必死に卵を返すよう訴える中、騎士達が卵を割ってしまった。


 卵は数日、魔力を与えられていなかった。


 弱っていたやや子は殻から無理やり引きずり出され、死んだ。




「許すものか……!! 全員……全員、殺してやる……!!」




 レヴェンデリンは丸三日暴れ回った。


 その間、女は泣きながら歌い続けた。




「『しゅよ、愚かなわたしの祈りを導き給え……』」




 女の祈りは特別な力を宿していた。


 やや子の魂は天へと還り、それでも女はやや子の魂の安寧を祈り続けた。


 人間を憎む気持ちは強かったが、その女には感謝を抱いた。


 ……それに、バルティアードをそのままにしてきてしまった。




「愚かな人間共よ……妾を敵に回したこと、永遠に後悔させてやろう」




 やや子を連れ帰り、バルティアートと共に丁寧に埋葬した。


 そこから、迫害を受けていた者達をまとめて『魔族』という呼び名を与えた。


 バルティアートとやや子の墓の上に城を建て、そこを『魔王城』と名付けた。


 ……一瞬で終わらせるなど笑止しょうし


 魔族の王となり、迫害された彼らと共に魔族として人間の敵となった。


 ……永遠に犯した罪を悔いるがいい。


 そうして、レヴェンデリンは『魔王』となった。


 番とやや子を殺した人間達を、その子孫を呪い、憎み、恨み、苦しめると誓った。


 それでも、女──……『祈りの乙女』のことだけは心から許していた。






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― 新着の感想 ―
重い歴史が紐解かれてしまいました。 ここにも親子と出産と卵を守る(乳児を育てる)夫婦がえがかれているんですね。 祈りの乙女との関係も劇的でした。 あれ?リュカって誰?突然疑問がわきました。 もう目が離…
 魔王さんに救いはあるのだろうかと唖然呆然そして慄然… 
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