再結成
勇者様とリュカ様が決闘を行ってから二週間が過ぎた。
相変わらず勇者様はリュカ様に文句を言うけれど、手合わせの間はきちんとリュカ様の話を聞いているし、リュカ様から教わったことを自分の中で理解して形にしようとする努力も見受けられた。
リュカ様も勇者様の文句については半分近くは聞き流しているようだ。
アレン様は魔族の文字や魔法の研究を進めている。
『魔族の魔法を解明すれば、対魔族用のもっと効率の良い防御魔法が作れるかもしれないからね〜』
とのことで、よく徹夜しているらしい。
リュカ様いわく『いつものこと』だそうなので、気にしなくていいのだとか。
勇者様とレイア様の仲の進展はないけれど、告白をして気持ちを隠す必要がなくなったからか、レイア様の態度や表情は以前と変わった。ある意味、勇者様への遠慮がなくなったとも言える。
勇者様は意外と押しに弱いようで、時々レイア様と近くの街に二人で出かけている。
「セレス、出掛けられなくて悪いな」
今日も勇者様とレイア様は街に出かけていった。
リュカ様が気にした様子で言うが、わたしは微笑んでリュカ様と手を繋いだ。
「わたしはリュカ様がいてくださるだけで十分です」
アレン様が国王陛下にリュカ様が見つかったことを報告してくれたけれど、返事に時間がかかっている。
前勇者が見つかったことを公表するか、リュカ様の扱いをどうするか。色々と話し合っているのだろう。
そうはいっても、箝口令が敷かれたわけではないので段々と『前勇者が見つかった』ことは広まっていく。どうするか、国としても早急に決めるはずだ。
リュカ様の『魔王討伐にもう一度挑む』という意志は伝えてあるそうなので、何事もなければ再度勇者として立ち、二人の勇者が魔王に挑むことになる。
ただ、国王陛下からの返事が届くまで、リュカ様は出歩くのを控えているようだ。
「リュカ様のことを知れば、多くの人が会いたがるでしょう。……そうなれば、一緒に過ごす時間が減ってしまいますもの。今だけはわたしだけのリュカ様でいてくださいませ」
そのまま横に座っているリュカ様に寄りかかれば、手が握り返される。
「俺はいつでもセレスだけのものだ」
優しく前髪に口付けられ、微笑み合っていると部屋の扉が叩かれた。
顔を向ければ、アレン様が顔を覗かせてひらひらと手を振る。
「リュカ、ちょっといい〜?」
「どうした?」
「君と僕にお客さんが来てね〜」
アレン様が扉をしっかり開ければ、その後ろに人影があった。
その二人を見て、わたしは思わず「あっ」と小さく声を上げてしまった。
一人は背の高い女性騎士で、大剣を背負っている。
長い銀髪を少し編み込んでおり、濃い青色の瞳をした、気の強そうな顔立ちだった。
一人は細身の神官服姿の男性で、左足に棒状の義足をつけている。
金髪を後頭部で一つに束ね、水色の瞳をした、温和そうな雰囲気だった。
その二人を見て、リュカ様がパッと立ち上がった。
女性騎士と神官服姿の男性もリュカ様に駆け寄り──……女性が容赦なくリュカ様の頬を引っ叩いた。
……えっ!?
ギョッとしているわたしを他所に、女性騎士がリュカ様の胸に指を何度も当てながら言う。
「あんたこの二年どこほっつき歩いてるのかと思ったら、婚約者の従者になってたって本当なの!? あたし達がどんだけあんたを探したと思ってるわけ!? やっと見つかったって聞いて来てみれば婚約者にデレデレしちゃって!! あたし達がこの二年間どんな気持ちで過ごしたと思ってるのよ!!」
どこで息継ぎをしているのかと思うくらいの勢いに、リュカ様が頬に手を当てて言う。
「相変わらずだな、ディオナ」
「ええ、おかげさまでね!! ……っ、あんたも元気そうで安心したわ」
フイと顔を背けた女性騎士が唇を引き結ぶ。
その横で神官服姿の男性が「まあまあ」と微笑んだ。
「お久しぶりですね、リュカ。あなたが見つかった幸運を主に感謝いたします」
「ああ。……ユウェール、前衛を守り切れず、すまなかった」
「いいえ、この足は私の力不足が招いたことです。あなたのせいではありません。それに義足の訓練をしているうちに、以前よりもよく動けるようになったんですよ」
義足の棒だけでひょいと立ち、トントンと跳ねてみせる男性にリュカ様が小さく笑った。
「ユウェールは昔から努力家だったからな」
「あなたほどではありません。……魔力量が以前よりもずっと増えていますね」
男性がリュカ様の肩に触れ、労わるように軽く叩く。
「それはセレス──……俺の婚約者がこの二年、祈り続けてくれたおかげだ」
リュカ様が振り返ったので立ち上がり、そばに行く。
「以前も紹介したが、俺の婚約者のセレスティア・フォン・ローゼンハイト侯爵令嬢だ」
礼を執れば、二人もそれぞれの礼を返してくれた。
「久しぶりだね、ローゼンハイト侯爵令嬢」
「リュカを見つけていただき、ありがとうございます」
女性騎士と男性はやはり、リュカ様の仲間の二人で間違いないようだ。
珍しい大剣使いの騎士──……ディオナ・アシュレイ様。
当時『最高の治癒士』と呼ばれた聖人──……ユウェール・エストラール様。
二人が差し出した手を握り、それぞれと握手を交わす。
「リュカの事情については説明しておいたよ〜」
と、アレン様が言った。
「まさか、封じられてローゼンハイト侯爵令嬢の従者になっていたなんて。……魔族領だけじゃなく、国中どこを探しても見つからないはずだわ」
「これも主のお導き……いえ、こればかりは愛の成せる業なのでしょう」
「そうね。あたし達が慌ててすっ飛んできたっていうのに、婚約者とイチャイチャしちゃって。……まったく、心配して損した気分よ」
「すまない、二人とも」
しょんぼりと肩を落とすリュカ様に、二人が優しい笑みを浮かべた。
「無事だったからいいわ」
「ええ、あなたが生きていてくれたことが何よりも嬉しいです」
それにリュカ様が泣きそうな顔で笑う。
「……ありがとう」
五年前に見た、勇者一行が揃った姿にわたしも涙ぐんでしまう。
あれからこの四人は三年かけて魔王城まで旅を続けた。
たった三年。されど三年。まっすぐ行けば半年ほどで行ける道のりだ。
でも、きっとその間に多くの人々を救い、能力を上げて、魔王城に向かった。
「あの頃より、あたしも強くなったよ」
「私も修練を積みました。……さすがに足は戻せませんでしたが、代わりに『聖域展開』を使えるようになったので、一定範囲の魔族を弱体化させることが可能です」
「それって教会が作ってる聖具に使われてる魔法でしょ〜? よく教えてくれたね〜」
「ええ、説得するのに骨が折れました」
「教会ってお堅い人が多いからね〜」
「……あんた、本当に折って脅してないでしょうね?」
「さて、なんのことやら」
「怖っ!? あんたのそういうとこ、前から思ってたけど怖いわよ!」
楽しそうに話す三人を、リュカ様が嬉しそうに目を細めて眺めている。
三人がリュカ様に顔を向ける。
「リュカもそう思わない!? 絶対、こいつ腹黒いわよ!」
「心外ですね」
「あはは、ユウェールは真っ白とは言えないところがあるよね〜」
リュカ様が「ああ」と笑う。
「だからこそ、ユウェールは頼りがいがある。……そうだろう?」
「それもそうね」
「ユウェールが本当に善人だったら、魔王討伐に参加なんてしていない」
「ははは、酷い言いようですね。まあ、事実ではありますが」
「否定しないんだ〜?」
楽しげな様子に、わたしも自然と笑みが浮かぶ。
……ああ、本当に良かった……。
わたしもリュカ様に会いたいと思っていたけれど、この三人だってそうだったのだ。
まるで二年の空白などなかったように話しているが、三人がリュカ様に向ける視線はとても優しくて、温かくて、喜びに満ちていた。それが感じられて嬉しかった。
邪魔をしないようにそっと離れようとしたものの、気付けばリュカ様と手が繋がっていた。
……いつの間に……?
三人と話していてもわたしのことは忘れていないらしい。
それが嬉しくて、愛おしくて、幸せだった。
* * * * *
「それにしても、リュカって意外と執着心が強かったのね」
リュカとセレスティア嬢と別れ、アレンはディオナとユウェールを部屋に案内していた。
後ろから聞こえたディオナの声に「おや」とユウェールが言う。
「気付いていなかったのですか? 旅の間も頻繁に手紙や贈り物をしていたでしょう?」
「確かにそうだったけど、あんなにベッタリしてるとは思わなかったわ」
四人で話に花を咲かせている間、セレスティア嬢はずっとリュカのそばにいた。
リュカが手を繋いで離さなかったから。
それでも、セレスティア嬢は嫌な顔一つせず、ニコニコと嬉しそうに黙って寄り添っていた。
「でもさ、リュカだけが一方的に想いを寄せてるわけじゃないよ〜」
「あら、そうなの? ……いえ、そうね、ローゼンハイト侯爵令嬢は旅に出てからの三年間も、リュカが行方不明になってからの二年間も、ずっと信じて祈り続けてくれていたんだものね」
「深い愛がなければリュカを信じ続けるのは難しかったでしょう」
アレンもリュカのことを信じて探し続けたが、新たな勇者が異世界から来た時は『もしかしたら、もう……』と一瞬そんな考えが頭を過ぎったこともあった。
だが、その後もセレスティア嬢が祈り続けていると聞いて望みを持ち続けられた。
「セレスティア嬢は儚げに見えるけど、精神面では本当に強い子だよ〜。……周りが『リュカは死んだ』って言う中、ずっと信じ続けて。彼女、リュカのご両親から婚約破棄を申し込まれたのに、それも蹴ったんだって〜。現勇者のハルト君の告白も断ってるしね〜」
「その精神力はあたしも見習わないとね」
「ディオナは元々、図太いでしょ〜?」
「なんですって?」
ディオナに追いかけられ、アレンは逃げた。
「こらこら、久しぶりの再会だからとはしゃぎすぎですよ」
「そう言うユウェールもちょっとはしゃいでたじゃない」
「バレましたか」
ははは、と穏やかに笑うユウェールにディオナもアレンも釣られて笑う。
それぞれでリュカを探しており、四人が集まったのは二年と数ヶ月ぶりだった。
しかし、揃ってみたら以前と何も変わらぬ関係で、それがアレンは嬉しかった。
「ですが、封じられたリュカがローゼンハイト侯爵家に辿り着いたのは、真の愛があったからなのでしょうね。……たとえ記憶や人格を封じられても、根本までは変わらなかった」
「リュカってああ見えて熱い男だものね」
二人の言葉にアレンも小さく笑う。
「不思議だよね〜。封じられているのに婚約者のもとに帰ってきたリュカも、まったくの別人になっていたのに拾ってそばにおいたセレスティア嬢も──……この世は魔法や理論だけでは説明できない『何か』があって、僕はそれに触れる度に感動するよ〜」
たとえば封じられたリュカがローゼンハイト侯爵家に辿り着けなかったら?
たとえばセレスティア嬢が彼を拾わず、拾っても両親の言葉通りに孤児院に預けられていたら?
きっとそれ以外にも色々な偶然が重なり、今に繋がっている。
ユウェールがフッと微笑んだ。
「アレン、それを何と呼ぶか知っていますか?」
その問いにアレンだけでなく、ディオナも首を傾げた。
ユウェールがそばの窓へ視線を向け、よく晴れた空を見る。
「人はそれを『奇跡』と呼び、奇跡がいくつも重なると『運命』と思うのです」
その言葉にアレンは不思議と納得してしまった。
リュカとセレスティア嬢はいくつもの奇跡を越えて、運命の再会を果たした。
「主は人の一生の間に、いくつかの転機を授けてくださるものです。その転機に気付くか、気付けずとも光を掴み取れるかで人生は変わるのです」
ユウェールの言葉を否定することはできなかった。
アレンの人生もまた、いくつもの転機を越えて今がある。
立ち止まったまま、アレンもディオナも窓の外の空を見た。
「……あの二人はちゃんと掴み取れたのね」
ディオナの呟きは静かで、どこか安心したような声で。
アレンも思わず頷いた。
「そうだろうね〜」
寄り添い合う二人の姿を見た時、アレンが感じたのは安堵だった。
セレスティア嬢にはずっと罪悪感を抱いていた。
共に戦い、背中を預け、死ぬ時は同じだと思っていた仲間を失い、自分達だけが帰還した。
あの日のセレスティア嬢の表情がずっと忘れられなかった。
震える細い体で、それでも気丈に振る舞っていた彼女を。
『リュカ様は死んでいません。わたしの祈りはまだ、リュカ様に届いています』
その言葉を信じ続けて、二年──……彼女こそが正しかったと証明された。
「そんな二人ですから、今後も優しく見守ってあげましょう」
「まあ、仕方ないわね」
ユウェールとディオナも微笑み、歩き出したアレンについてくる。
あの頃と同じく、全員でまた同じ目標に向かっていけることが何よりも嬉しかった。
* * * * *