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第2章 画面から“それ”は現れる

【1】侵入


――もう戻れない。


進むことも、引くこともできない。


Escを連打した瞬間、画面がブラックアウトした。


次に映ったのは――自宅の玄関。


それが寄って行き、まるでドアスコープの内側から覗いているような視点に。


「……は?」


黒い人影。……現実にはありえない。

だがそこには、さっきの“女”が立っていた。


顔はノイズで覆われていた。

だが、よく目を凝らすと――


まぶたは、なかった。

うつむく顔は、黒くて長い髪に覆われている。

その髪は、まるでずっと洗われていないかのように、重たく湿って垂れ下がり、毛先がぬるぬると揺れていた。


そして――

その髪の隙間からのぞいた顔面には、


つるりとした皮膚が、のっぺりと顔全体を不自然に覆っていた。

まるで生乾きの蝋。

湿った光を、どこか鈍く反射している。


“造りかけの人形”みたいな――そんな顔だった。


それなのに、髪の毛の隙間から、“見られている”感覚だけが肌を這い回る。


女が、ゆっくりと前に足を踏み出した――


その瞬間、ピンポーン!



――現実のインターホンが鳴った。


瞬間、部屋の空気が、音もなく“入れ替わった”ように感じた。

甘ったるい腐臭。

ぬるい風が、背中を撫でる。


「ええええええっ!?」


全身の産毛が総立ちになり、心臓が跳ね上がる。


震える指で、PCのコードを掴み、思わず引きちぎるように引き抜いた。


真っ暗な部屋の中。


ディスプレイの消え入る残像の中で、女の口元が、わずかに開いた。

声は出ていなかった。


けれど――


「……如月くん……」


その声だけが、耳元ではっきりと響いた。




【2】押し入れの音


「……何だったんだ、今のは」


声に出してみたものの、自分でも笑えるくらい、全身に力が入っていた。

首筋の冷や汗が、背中を伝って流れ落ちていく。


電気をつけて、玄関の外を確認した。

誰もいない。

ただ、脱いだはずのスニーカーが、なぜかドアのほうへ向きを変えている。


――時計を見る。


『AM 02:14』


……10分も経っていた。

けれど、どこかで“何かを飛ばして”しまったような感覚。

……さっき自分が何をしていたのか、思い出せない。


ベッドに倒れ込み、リモコンで電気を消す。


その瞬間――


ズル……ッ。


暗闇を、何かが畳の上を這う音。


慌ててリモコンのスイッチを押す。

だが――まるで、反応そのものが“消されている”ようだった。


――カチッ、カチッ!


上半身を起こし、天井に向けて何度も押すが、反応はない。


ベットの脇のカーテンを引っ張る。わずかに、外の明かりが差し込んだ。


そのとき、背後から――微かな音。


耳を澄ます。


カリ……カリ……カリ……


押し入れのほうから、小さな爪で木をひっかくような音。


カリ……カリ……カリカリカリ……


最初は間遠だったそれが、だんだんとリズムを速めていく。

まるで、“待てない”みたいに。


押し入れの襖が――わずかに、音もなく開いた。


……しん、と静まりかえる室内。


動けない。

息を殺す。


暗い押し入れの中から、黒く濡れた髪のようなものが、ゆっくりと這い出してきた。

いや、……髪なのか?

細くて、光を吸い込むように黒いそれは、まるで“何かの触手”にも見えた。



――ドンッ!


ベッドの上で反射的にのけぞる。

背中が壁にぶつかる。


髪は、するすると床を這い、すうっと――ベッドの下へと潜り込んだ。


そして――


つん……


冷たい。

湿った何かが、俺の右の足首に触れた。


右足が重かったのは――。


震える体の中で、心音だけが異様に大きく響いた。




【3】ラストビュー


――いつの間にか、俺は眠っていた。


翌朝。


PCはシャットダウンされていた。

だが、なぜか――身体が異様に重い。


ベッドに仰向けのまま、スマホを手に取る。

ぼんやりと、Googleマップを開いた。


犬鳴トンネル――


そのページに、“追加されたばかりの画像”が表示されていた。


ここは自室――?


ベッドに寝ている“自分”。


……いや、違う。


蠟のように血の気を失った顔。

皮膚の下に笑い筋を刻んだような、不自然な笑み。

顎の関節が悲鳴を上げそうなほど開いた口。


その笑顔のまま、黒く窪んだ目が、“こちら”をまっすぐ見ていた。


画面の左下には、見慣れないロゴマーク――瞳孔のような、丸い記号。

その隣には、「投稿者:匿名」。


だが、その文字は、スマホの画面上でじわじわと――


「あなた」 に変わっていった。


そのとき。


画像の“俺じゃない何か”の目が――瞬きした。


瞬間、視界が真っ暗になる。


……


気がつくと、見覚えのない天井があった。

どこか他人の部屋のような……

いや、それが“自分の部屋”なのか、もう確信が持てなかった。


カーテンは見たことがある気もする。

でも、色が違う。


壁にかかった時計は、

いつからか、ずっと“同じ時間”を指したまま動いていない。


ふと、手を見下ろす。


自分の手。

その指は……細くて、異様に長い。


――まるで、昨日見ていた“あの女の手”のように。




【4】拡がる


ストリートビューの犬鳴トンネルに、新しい画像が追加されたのは、その日の深夜だった。


東京の大学。


静まり返った研究室で、学生がふとつぶやく。


「犬鳴村って、知ってます?」


Googleマップを開く。

青い線が、画面奥へと伸びていた。


PCの画面右下、GPSアイコンが点滅する。


……だが、表示された位置は犬鳴ではなかった。


アイコンは、ひとりでに揺れながら、ぬるりと、この大学へと移動していく。


アイコンが止まる――そこは、彼の現在地。今いる“この部屋”。


そして、スピーカーから――ピンポーン。


その研究室には、インターホンなど、無いはずだった。

空気が少しだけ、ぬるくなった気がした。


「ねぇ、誰か。聞いてる!?」


――声がかすれる。

だが周りにいる研究生たちは、

まるで何も聞こえていないかのように、無言のままキーボードを打ち続けていた。


と、次の瞬間。


――画面の奥。何かが、ゆっくりと立ち上がった。


それを見ているのは、きっと“自分だけ”だった。


拡がっている。――それは確実に。


終わり

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