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アリとキリギリス

作者: ぺんきっき

若い恋人たちがいた。

ミュージシャンを目指す男性キリと、会社員の女性アリ。

アリはキリの才能を信じて一生懸命支えた。

だけど、年月や生活というものは恋という感情を薄れさせる時もある。

キリはいわゆる売れないミュージシャンだった。

アリは収入がないキリを支えるのに疲れ、またキリは生活や仕事に疲れて怒りっぽくなったキリにまた疲れ。


最後にアリがキリに言った。


「あなたこのままだと将来大変な事になるわよ」と。


キリは答える。


「俺は自分の夢を信じる」と。



そして、年月は流れ・・・・



<アリ視点>



会社を定年まで勤めて退職をして、いよいよ年金生活になる時がきた。

同じ会社で知り合った2歳上の夫は、定年後も雇用の形態をかえてまだ働いている。

アリは「もういいだろう」と受給して家にいることにした。

働きながら子どもを産んで育てた。

夫も率先して家事と子育てをしてくれた。

自分たちより前の時代は、「協力している」と言いながら「手伝い」という範囲を出ない人が多かったらしいが、夫は家事も育児も平等になるように動いてくれた。

今の世の中、それが結構普通になっていると思う。

子育てが終わり、ふと後の人生を思った時に、アリは「その他」の事がやってみたくもう家に居ることに。

夫はまだ会社で働きたかったらしく、延長を申し出た。



ふと、昔の恋人の事を思い出した。

家事も、そして仕事もしない人だった。

夢見る事だけを語る姿に憧れや恋心をいだいた。

しかし、それは長くは続かなかった。

熱が冷めるのも早かった。



今や今後の穏やかでそして安定した生活は、きちんと働きそして納める物は納めた成果の上にある。

働かなかった彼はどうしているのだろう。



「きっとあのままなら・・・」と想像する。

ここ最近よく昼間にテレビを見ていると低額の年金受給者の生活などが出てくる。

節約して生活を切り詰めている。

キリはその年金さえ納めてなかったと思う。

それなら・・・。



テレビの電源を入れた。

平日の昼間にテレビを見るなんて今まで出来なかった事だ。

これも長くやってみたかった「その他」のひとつだ。



何か作曲家の人にインタビューをしているよう。

インタビュアーが質問する。

「いつも何を参考に曲を作られているのですか?」



「いつも恋をしているから。強いて言えばそれが参考かな」



答えた男の顔が大きくうつった。



「キリ・・・」

それはかつての恋人だった。

年を取ってはいるが、かつての面影を大きく残していた。

名前を見てもわからなかったのは、どうやらペンネームで書いているからだ。



インタビュアーが再び質問する。



「それは奥さんにですか?」と。



「今はそうだね」とキリが答える。



今はという事が引っかかっる。

どうやら彼は何回も結婚をして今はかなり若い奥さんがいるらしい。



・・・テレビの電源を消した。

私が想像していた働かずに草臥れた男ではなく、おしゃれでスッとした男だった。

もし、あのまま別れないで成功した彼と人生を送れたらと思うけど、きっと同じことだったと思う。

言っていたじゃないか「何回か結婚をしている」と。

それ以外も私を含めてあるんだろう。

自分で歌うのではなく、曲を提供するというのでどうやら成功したらしい。

そういえば、声はあまりよくなかった。


でも、ちゃんと「夢を信じて」成功したのね。



「ただいま」



玄関から夫の声がした。

嘱託社員になった夫は早くに帰宅する。

今日は、一緒に夕食を食べに行く約束をしている。

食事は働きながらも夫と協力してほぼ作っていたけど、最近は外に夫婦で食べに行くことが増えた。



頭の毛が寂しくなり、腹も出ている夫がなんだか愛おしくなり



「おかえり。お疲れ様」と声をかけた。



恋ではなく家族としての愛情がある。

私だって、体型は崩れて髪は白髪だらけだ。



「そこに愛はある」

何かのCMのよう。

これで良かったのだと自分で納得した。



<キリ視点>



めったにない事だけど、今日は依頼がありテレビのインタビューに答えた。

自宅に戻るため車を運転していて、信号待ちの時に横断歩道を渡る夫婦と思われる男女をふと見る。

俺と同じぐらいの60代半ばぐらいの夫婦だろうか。

仲良さげに話をしながら歩いている。

女性の方が見た事があるような感じがしたが、思い出せず。

なんだか懐かしいような感じがしたけど。

子供の頃に住んでいた家の近所のおばさんかな。

いや、自分が子どもの頃におばさんだったらもっと年だし、もういないかもしれない。



信号がかわりそんな事を思っていたのをすぐに忘れる。



「ただいま」と自宅のマンションのドアをあける。



「お帰りなさい」と珍しく妻が玄関まで出てきて微笑んだ。



30歳下の妻とは1年前に結婚したばかりだ。

年の差婚と言われて羨ましがられるが、実は失敗だったと思っている。



今まで3回結婚をして離婚をしている。

慰謝料などが発生して、多く収入が入って来ても出ていく方が多かった。

ただ、そういった事のたびに曲がうまれてそして売れるのが皮肉だ。

出会いと別れがインスピレーションになる。



今の妻はそれが結婚する前はわからなかったらしく不満を漏らしている。

もっとお金を持っていると思った、もっと贅沢が出来ると思ったと。



多分、また別れるんだろうなと思っていたところだった。



「夕食用意したの。ワインも一緒にどうぞ」と妻がいう。



食卓には多分デリバリーで取ったものと思われる料理とワインが置かれていた。

作らないんだなと思った。



さっき見た夫婦の女性の事をふと思い出す。

あの人なら自分で作るんだろうなと。

いや、旦那さんの方も作るのかもしれない。

なんだかそんな雰囲気だった。



冷めた料理を食べてワインを飲んだ。

いいワインなんだろう美味しかった。

結構な量を飲んだようだしなんだか今日はよくまわる。



「お風呂も用意しているわ」と妻がいう。



頭がよくまわらなくなり言われるままに浴室に行く。



湯船につかると急に眠気がきた。



水音と「ふふっ」というかすかに笑う声が聞こえた。



意識がぼんやりする中で若い頃の記憶が出てきた。



ああ、あの女性はアリに似ているんだ。

初めてできた彼女だった。

ろくに働かなかった俺を励まし支えてくれた。

でも、別れるときに言われたな。



「このままだと将来が大変よ」と。



君のいう通りだった。

いや、俺ちゃんと働いたんだけどな。



コポッ。

口と鼻の中に水が入った。



ただ、頭の中に新しい曲が流れる。

ああ、また新たな別れなんだろうな。



<アリ視点>



今日も昼間からテレビをつけている。



アナウンサーの声がする。



「昨日未明、作曲家の・・・『ピンポーン♪』」





「は~い!あっ!頼んでいた教材届いたんだわ!」



退職を機に若い頃にしたかった事をまた始めようと思っている。

長年働いたご褒美だし、時間はあるのだ。



あわてて玄関まで受け取りに行った。





<終>

結局キリは「助かった」という結末も考えたので「・・・」とわからなくした。

奥さんが逮捕されてって結末。

そしてまた新たな曲がうまれる。

何通りかあるよね。

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