あの【神】殺してくれそかり
1
「あっ! 【神】なり! 【神】がおるなりぞ!」
「やめてや! なんで【神】いうだけで、いたぶるねん! 【神】いじめ、やめえ!」
悪ガキどもに追われ、【神】は、泣いて逃げよった。
わかりにくいけど、【神】の年の頃は、三十路半ばか。
髪を垂らし、髭を垂らし、頬はこけて、手足もガリガリ、ぼろ切れまとうて、フラフラ走ってよる。
まともな教育なんか、【神】やから、受けてよらん。
なんで自分がこんな目にあうんかも、理解できん。
みらーいみらい、【神】は、【人間】扱いされん時代やった……。
「【神】、待つなり!」
悪ガキが、大声で言いよった。
「これ見いぞ! この石は、汝なる!」
「え、その石……、おれなん?」
足を止めよった【神】が、悪ガキの一人が突き出した石を、恐れをなして見つめてよる。
悪ガキらは、くんくんその石嗅いで、
「あふ! 臭きなる!」
「むべ! 鼻が悲鳴をぞ!」
「やっぱりこの石、汝なる……!」
口々に言いよった。
「おれ……、そんな臭いん?」
て言う、【神】の、傷ついた顔!
「この石に……、こうなり!」
悪ガキが、石をしばきよった。
しばいて、みせよった。
「あ痛っ! 何すんねん……」
痛うないのに、痛かった。
心が、哀しい……!
「やめてや! 痛いねん!」
悪ガキどもは、歓声上げて石をさらに虐げ、【神】から悲鳴を搾り出させよる、その時やった。
「おやめください!」
澄んだ声が、響きよった。
2
この世には、【神】より、少しましな扱いの者も、おりよる。
それが【英雄】や。
粗末な服着た娘が、かすかに震えて、立ってよった。
年の頃は十代後半、とんでも無うべっぴんな娘やった。
気品が、違ごた。
清楚さが、違ごた。
身分が【英雄】なんが、不憫なほどや。
階級特有の張りつめた怯えが、この子の魅力を、なんぼか消してよる。
ませた悪ガキどもや。
現れた娘を、じろじろ好色な目で見よって、口々に言いよった。
「こいつ……、大統領の屋敷の【英雄】なりそ!」
「むべ、そうなり!」
「大統領はこんな上物を、【肉英雄】にしてるぞかし? 我、大統領になりたき……」
娘は、勇気ふるって、言いよった。
「あわれな【神】ではありませんか。知能も発達してないに違いありません。いじめるのは、やめてあげてください!」
な!
て、悪ガキどもが、猛りよった。
「その汚き【英雄弁】を、聞かせなそ!」
「むべそ! 身分をわきまえそ!」
「【英雄】ふぜいが、【人間】様に『やめろ』とは、如何にせんけむ! ……されば、汝が身代わりになりそかれ? 何かエロきことしてそかれ?」
娘は、一瞬、えらいたじろぎよったが、そんでも、覚悟決めたように、こう言いよったんや。
「……それで、よろしいのでしたら」
悪ガキどもが、目かっぴらいて、生唾呑みよった。
棒立ちしてる、【神】のおっさんも。
早くするぞかし、て、せかされながら、【英雄】の娘は、震える真っ赤な笑顔で……、素早く片っぽのまぶた、下ろして上げよった。
悪ガキどもが、息するのん、忘れよった。
「ウインクぞかし……!」
「むべな……!」
「大統領は……、こんなことまで仕込んではべり……?」
想像を絶するエロ奉仕に、悪ガキどもが、魂引っこ抜かれた顔で帰って行きよる。
後に残ったんは、泣きそうな赤面でうつむく【英雄娘】と、口あんぐりで見つめよる【神】。
「聞いてええか? ……今のあれの、どこがエロいん?」
娘が、きっ、てなって【神】に向き直りよった。
涙の粒が、散りよった。
「べつにお礼を言ってほしいわけじゃ……! あなたがた【神】は、こんな時にも、そんなことしか言えないんですか? 死にたい思いをしたんですよ? せめて【神語】は使わないくらいの配慮があっていいはず!」
「……おまはんが、まずバカにしとるやんけ……」
ぶっすりつぶやいて、【神】は顔そむけよった。
大儀そうにその場に腰下ろして、寄せる波と水平線をながめてよる。
ここは、砂浜。
海辺の、リゾートエリアや。
至上なる【人間】階級の中でも、特に指導者層が住んでよる。
こんなとこへ、野良の【神】が迷いこみよることは、めったにない。
どこぞ、私有の【神園】から、逃げ出して来よったか。
「……何をやってるんです?」
あぐら掻いてよる【神】が、手近の砂、無造作に口に押しこんで、もぐもぐやり始めよったんを、娘は、声裏返してとがめよった。
「何をて、食事や」
「正気ですか?」
「旨いで?」
顎をゆっくり回転しよりながら、【神】は、憐れむように、
「おまはんの啜る、貧乏粥と変わらんて。おれは物心つく時分から、こうしとる。腹壊したこともない」
「誇るように言うのですね。……あなたがたが、卑しまれる理由がわかった気がします」
後じさりしよった娘に、【神】は、怒りも大あらわ、
「【英雄】が【神】をさげすむんか? おまはんらかて、【人間】未満の扱いやないか!」
途端や。
わめく【神】の、尻元の砂が、割れよった。
あっちゅう間に、白砂の中に胸までや。
沈みゆきよる【神】が、手ぇ伸ばして、
「助けてや、お嬢や……!」
哀願もろとも、呑まれよった。
後は、痕跡も残りよらん、元通りの砂浜。
茫然と立ってよった娘は、おずおず上体かがめて、腕を砂の表面に伸ばしかけよって、
「……ぷわっ!」
て、砂破って飛び出してきよった【神】に、悲鳴あげて、尻餅つきよった。
娘が、目元引きつらして見上げよる前で、ぷふう……、て砂まじりの呼気吐いて、地中から帰還しよった【神】は、ひと言、
「つかんだわ」
「何を……?」
「ごじゃごじゃ言わんと、ついて来!」
大声出してから、【神】は口元ゆがめて笑い、言いよったんや。
「復讐や」
て。
3
娘が立ち上がったん、見てから、
「【スワイプ】」
そう言うて、【神】は、かかとで砂を後ろへ蹴りよった。
二人のおる砂地が、流れるように動きはじめよったから、娘はあやうく、もういっぺん尻餅つくとこやった。
「大統領の城て、どこや?」
動く地面に運ばれながら、【神】は娘に聞きよった。
けど、娘が口開きよる先に、
「ええわ。……【タップ】」
つま先で砂叩いて、行き先を自動設定しよった。
二回、微調整の【スワイプ】追加して、二人は、石畳の大階段にさしかかりよった。
ゆくてに、大統領の古城がそびえてよる。
その手前には、作戦自動立案型の無人重戦車、ならびに、随伴攻撃用ドローン、さらに槍持ち太刀持ちの【英雄】ら引き連れて、アンドロイド馬にまたがりよった【人間】の戦闘集団が、待ってよった。
何が起こりよったかは、想像しよってほしい。
……【スワイプ】。
ほんで、【ピンチイン】……、【ピンチアウト】。
さらに、【タップ】、……【タップ】、【ダブルタップ】……!
大統領軍を、【神】のおっさんは、翻弄しまくりよった。
「信じられません……! あなたは一体、何者なのですか?」
「知っとったか?」
おっさんは、頬をぱんぱんに紅潮さして、娘に言い返しよった。
「昔は、【神】て、『【人間】以上の存在』いう意味やったんやで?」
「……では、【英雄】は?」
嬉しそうに、【神】は笑いよって、
「『【神】以下』やそうや!」
空気【スワイプ】して、突風呼びよった。
大統領軍の一人が、情けない声あげよって、
「誰そ! 誰そ、あの【神】殺してくれそかり!」
その言葉、聞き届けよったように、大統領城から、多脚オートバイで駆け下りてきよる軍団がありよる。
「気をつけてください! 大統領の近衛隊です!」
「心配すな、結果は同じや」
「それじゃ……、『飛んで火に入る夏の虫』ってことですね!」
娘の、この言葉に。
砂から飛び戻りよって以来初めて、【神】は、ぎょってなりよった。
「え? 嬢やん、今、何て……?」
「『いくらおいでなすっても、飛んで火に入る夏の虫ですね』って!」
ぶはっ!
顔ゆがめて、【神】は、口から変な音立てよった。
タッチ操作の精度が、いきなり落ちよった。
主力やった【スワイプ】の速度が下がり、【タップ】が一度では反応せえへん。
娘が、動揺しよって、
「【神】さん……、いいえ【神様】、どうされたんですか? 『さっきまでのお茶の子さいさいは、一体どこに』?」
「ぶはぁっ! 嬢やん、ちょっと黙っとってくれ!」
「いいえ、『これが黙っていられるものですか』! あなたと私の間にはもう出来てしまったのですから! ……『運命という名の、目に見えなくても確かにそこにある、世界さえ変えられる絆』が!」
「ぉうっ……おおおっ……!」
身体掻きむしって、悶え苦しみよる【神】。
「私は『もう、迷わない』……! 『迷うことなんて出来ない』! 教えて【神様】! 『私があなたを信じることを、あなたでさえ止められないのはなぜ』……?」
両手伸ばして言いよる、【英雄娘】。
「あかん、退却や……」
ひくつきよる喉と腹押さえながら、足で何べんもスワイプ、【神】は【英雄娘】連れて逃げよった。
一目散に。
ほうほうのていで。
とそ言ひそかり。 (『あの【神】殺してくれそかり』完)