奇襲!
「――であるからして、我が校はキミたち新入生を新たな仲間として迎え入れるものであり、また大きな社会経験としても――」
――等という校長によるクソ長い話を聞かされている俺は、新入生の幅滝亮だ。俺を含む新入生を囲むように3年生と2年生、そして教師陣もこの体育館に集結している。
「ふぁ~ぁ……」
……っといけねぇ、ついアクビが。
「ちょっとキミ、ちゃんと聞いてないと怒られるよ?」
おっと、隣のショートカットな美女からお声が。
「ああ、すまんすまん。今日が入学式だと思うとなかなか寝付けなかったんだ。ちなみに俺は幅滝亮。キミは?」
「私は成宮友結。そっか、緊張してたんだね」
「いんや。ゲームしてたら午前3時を回ってただけだ」
「全然緊張してないじゃん……。せめてVTuberとして配信してたとかの正当な理由が欲しかったけれどね」
VTuberか。いわゆる侵略者と戦うため、国民一人一人に専用アバターの登録が法律化されている。配信しようと思えば誰でもできるのが今の時代――なのだが……
「残念ながらVTuberとしての活動はまだだよ。だって活動を始めたらサイバーダストと戦わされんだろ? 命懸けやん」
俺が懸念してるのはこれ。
VTuberとして活躍する→人気がうなぎ登り→BattleVTuberとしてサイバーダストと戦って下さい!
こうなるのは目に見えてるんだ。どうも日本政府はVTuberの強さをチャンネル登録者数で見る傾向があるからな。これが嫌で人気絶頂期に引退したVTuberも多く、戦いに身を投じて命を落としたVTuberも数知れず……
「それは考え過ぎだよ。近年はダンジョン化のスピードが緩まってるって話だし、そもそもダンジョン化現象なんて今まで見たことないもの」
成宮はこう言うが、俺は昔ダンジョン化に巻き込まれた経験がある。あの時は――
――あれ、どうやって助かったっけ? めっちゃ怖かったのに不思議と思い出せない。まぁ無理に思い出したいとも思わないが。
「――というわけで話は以上だ。諸君らの活躍を期待しているぞ」
お、ようやく終わりそうだ。
「ところで諸君、スマートフォンは所持しているかな? 知ってると思うが、これがなくてはサイバーダストとは戦えない。もしも無くせば死が現実味を帯びてくるという事を忘れるな」
これは校長の言う通りだ。サイバーダストはいつ襲ってくるか分からない。ダンジョン化に巻き込まれた時点でサイバーダストと遭遇するのは避けられず、戦う手段はスマホを使って己をアバター化する。これが唯一取れる手段ってわけ。
まぁ結局のところこっちが戦いを拒否しても、向こうが挑んできたら戦わなきゃならんという理不尽さよ。
「万が一にも紛失した場合は速やかに報告すること。報告が遅れると自分が犠牲になるのだと思いたまえ」
ま、それは誰だって理解してる。だからスマホを隠すようなイタズラはないし、イジメで取り上げるような卑劣な奴は少ないんだ。
まぁ少ないだけでやる奴は居たんだけれど、そういう輩は危険視されて人目に付かないところで――っていう嘘かホントか分からない話もあったり。まぁあくまでも噂だが。
けど本当に無くしたら教師に泣きつく他ないだろうな。
「さて、では最後に――ん?」
グオォォォォォォン……
「え?」
校長が何かを言おうとした瞬間、体育館全体が歪んでいるのに気付く。まるで酷い船酔いに掛かったかのような感じだ。
「何、何々、何が起こってるの!?」
「なんだ? 空間が歪んでる!?」
「地震か? いや違う、この現象は……」
新入生がザワつき教師たちも戸惑いを見せ始めたところで、今度は決定的な変化が起こる。
「そ、外を見ろ、急速に校舎が変化しているぞ!」
叫んだ誰かに釣られて校舎の方へと視線が集まる。窓の外では校舎が次々と分裂を起こし、教室や階段が組み替えられていくじゃないか。まるで見えない巨人が校舎を分解して遊んでいるかのようだ。
しかしこの現象を知っている者も居たのだろう。ソイツはあることに気付き、大声で注意を促し始めた。
「ダンジョンだ、ダンジョン化が起こってるんだ、みんな逃げろーーーっ!」
その一言で生徒たちは右往左往。教師たちが落ち着くよう声を荒らげるも、誰も聞いてはいない。そんな最中で校長も必死に呼び掛け始め……
「落ち着け、落ち着くんだ諸君! こんな時こそ冷静になり、スマホを起動してアバターを呼び出すのだ! そして――」
シュイーーーン!
「グルァァァァァァ!」
「――お、狼!? うぐぁぁぁ――」
突然現れた真っ黒な狼に校長が丸飲みにされた!? 大きさから見ても只の狼じゃないのは一目瞭然。
「うわぁ! こ、校長が死んだぞ!?」
「た、助けてくれぇぇぇ!」
「いやーーーーーーっ!」
これを皮切りに体育館は大パニック。我先にと出口に殺到し始めた。
『おやおや~、これはまた大波乱すね~。どうなるか見物ですよ~』
混乱の中、俺の右肩辺りで宙に浮いてる幼女が1人。誰かのアバターか?
「何だお前、随分呑気だな?」
『え……もしかして、わたくしの姿が見えてらっしゃる!? いや、そんなはずは……』
「いや、おもいっきし見えてるぞ」
『ええ~~~っ!? この大天使アズラの姿が見られてしまうとは……』
しばしブツブツと呟く、獣耳フードを被った謎の幼女。やがて何かを決意したかのように顔を上げると……
『決めました、今回は貴方の傍で実況したいと思いま~す!』
「実況?」
『はい。戦いの様子を生中継してるんですよ~。そしてなんと、今回は貴方が主役! さぁ張り切ってサイバーダストを倒しに行きましょ~!』
「いや倒せって言われても……」
そもそもアバターなんてまともに動かしたことも……。
そんな不安を他所に、周囲では正気を取り戻した生徒たちが次々とスマホを片手にアバターを装着し始めている。
「みんな落ち着け! そして戦うんだ! 死にたくなければ戦えーーーっ!」
体育館の中央では1人の男子学生が中心となり、サイバーダストとの戦闘が開始されていた。彼らは皆、戦士や魔術師のようなアバターに成り代わっており、剣や魔法で狼たちに対抗している。それを見て俺も決心した。
「そうか、そうだよな、戦わなきゃ生き残れねぇ。だったら戦うしかねぇんだ!」
『おお、ようやくその気になりましたか! ではかけ声はサイバーコネクトです、心の中で元気よく叫びましょ~!』
「おっし!」
サイバーーーコネクトォォォ!
心の中でそう叫ぶと、スマホから飛び出た電子情報が俺の姿を改変。瞬く間に学生服に身を包んだ俺が――
「――って、姿が変わってねぇぇぇ! 現実まんまじゃん! 確か専用アバターが用意されてるはずだよなぁ!? 聞いてた話とちゃうんやけど!」
取り乱す俺。しかしアズラは冷静に告げてきた。
『ほぅほぅ、これは珍しい。貴方、これはそのままでも戦えるって意味ですよ? 希に起こる珍しい現象みたいです』
「そ、そうなのか?」
『はい。人がアバター化するのは電脳世界とシンクロするためでして、それを抜きにしてシンクロ出来る者はアバター化しなくともサイバーダストを倒せる力を持つのです。まぁ論より証拠、試しにその辺の敵を殴ってみては?』
「お、おう……。それなら――」
俺は逃げ惑う生徒を執拗に追いかけていた一体の狼に狙いを定め……
「食らえぇぇぇ!」
ドゴォ――――バシュウ!
「ホントだ、あっさり倒しちまった」
『でしょう? さぁさぁ、残りもやっちゃいましょ~!』
「おっし!」
アズラに乗せられるように目につく狼を次々と倒していく。ここは既に電脳世界と考えれば、不思議と人間離れした動きも出来てしまうんだから驚きだ。
「グルルルゥゥゥ……バウッ!」
「「「バウッ!」」」
ん? 何だコイツら、一斉に俺の方を向きやがったぞ?
『あ~、これはヘイトを集めたんでしょうねぇ。敵を倒すところを多く見られた場合、先に倒さねばという思考が働くんですよ。モテ期到来ですね~』
「んなモテ期はいらねぇ!」
他を襲っていた狼まで俺の方に来るじゃねぇか。しかも……
「―――――ボゥッ!」
「「「――ボゥッ!」」」
コイツら炎まで吐きやがんのか! いくら俺が強いったって囲まれちゃ分が悪い。
「一旦退避だ!」
『あれれ、逃げちゃうんですか~?』
「まぁな」
調子に乗ったら隙が出来る。舞い上がってる時が一番危ないって、姉ちゃんはいつも言ってるからな。
ドガッ!
体育館の重い扉を蹴破り廊下へ出る。曲がり角に身を隠すと奴らの足音が響いてきた。
俺は慎重にタイミングを計り、最初に出てきた一体を――
「死ねぇぇぇ!」
「ギャウン!?」
土手っ腹に大穴を空けてやると、狼はそのまま消滅した。が、後続がまだ残っている!
グゥゥゥン!
「!? なんだこりゃ? 周りがスローモーションみたいな動きになったぞ?」
『マジですか!? それは貴方、敵の妨害を受けずにスキルを発動できるトランス状態ですよ! 条件が整うと、今みたいに知らせてくれるんです。こうなりゃ魔法でも技でも構いません、とにかくブッパしちゃいましょ~~~!』
とは言っても魔法なんて使えんし、技なんかも同じ――
――いや、電脳世界はイメージが大事。俺の……俺だけの技を強くイメージするんだ。
拳を前へ……
激しく回転……
敵を貫く……
驚異の一撃を!
「見えたぜ! 俺の固有技――スクリューブラストナックルーーーーーーッ!」
ドゴドゴドゴドゴォォォォォォ!
「決まったぁぁぁ! 迫り来るハンターウルフにスクリューブラストナックルが炸裂~~~ぅ! 敵が一気に消滅だぁぁぁ!」
こりゃ気持ちいい、ストレス解消にはもってこいだな!
NEW:新たなスキル【スクリューブラストナックル】を取得しました。前方縦一列に貫通型の打撃ダメージを与えます。
脳裏で上のメッセージも発生。何気なく親切設計だ。
「――って言ってる場合じゃない、成宮が居ないんだ。ダンジョン化した直後は隣にいたはずなのに、いつの間にか体育館から逃げたらしい。無事だといいんだが……」
『おやおや、ヒロインがピンチってやつですかぁ? 仲間の居場所を知りたい時はアナライズの魔法を使うと良いですよ~。ダンジョンの構成までは明かされませんが、おおよその位置は見えますので~』
ダンジョン化で校舎の構造が変わっちまってるのに位置しか分からないって?
へっ、だったら分かるようにイメージすりゃいい。ここは電脳世界なんだからな。
「ダンジョンアナライズ!」
シュイン!
「おっしゃ! ダンジョンの構造と仲間の位置が丸分かりだ!」
NEW:新たな魔法【ダンジョンアナライズ】を取得しました。ダンジョンの構造の他、仲間や敵の位置を一定時間把握できます。
『ちょ、ちょっとちょっと、何ですかその高度な魔法! そんなの聞いたことありませんよ!?』
「そうは言ってもここに有るじゃん。え~と成宮の位置は……ああ、この青い駒か。ならこっちだ!」
ダンジョン化により10階建てとなった校舎の4階の廊下。そこを奥に向かって走ってるのが成宮のようだ。
廊下や階段でウロウロしている赤い駒はハンターウルフで、出会い頭に殴って強制的に黙らせていく。何故かアズラは「こんなの反則ですよ~」とか言ってくるが知ったこっちゃない。使えるものは使う、それだけだ。
「おっし、4階まで来たぜ。成宮は無事のようだが……ん?」
『どうしました?』
「いや、成宮は一番奥の教室に逃げ込んだみたいなんだが、そこに黄色の駒も有るんだよな。こりゃ何だ?」
『黄色の駒……あ、多分ですけど敵か味方かハッキリしない相手なんだと思います。直接確かめるしかないですねぇ』
他の生徒と一緒だったか? いや、体育館の連中は全員が青い駒だった。
「嫌な予感がする!」
妙な胸騒ぎを覚えた俺は、奥の教室へと突っ走る。そして……
ドガァ!
「成宮ーーーっ、無事かぁぁぁ!?」
「は、幅滝くん!?」
ドアを蹴破った先には成宮――と、怪しげな仮面を付けたローブ野郎が。
「幅滝くん、来ちゃダメ!」
「成宮?」
「フッ、ヒーローのご登場か。だが俺の目的は変わらない。成宮友結、お前が我が教団に下れば済むことだ」
「嫌です。あなた方のプロミネンス教会とやらには協力できません」
要するに成宮に対して無理やり協力させようと迫ってるわけか。
「フン、強情な。では知り合いが危機に瀕しても同じことが言えるかな?」
シュタ!
「クックックッ、さぁどうする?」
「そ、そんな、幅滝くんを人質に……」
あ、あれ? 音もなく移動してきたと思ったらこの野郎、俺にナイフを突き付けてやがんのか!? ざけやがって!
「フッ、悪く思うな。こっちも仕事なんでね、余計な手間を掛けたくな――」
「おらよ!」
メキメキッ!
「ぎゃぁぁぁあ!? う、腕がぁぁぁ!」
ナイフを持っていた手を反対方向に曲げてやった。イメージ通りとは言えアッサリ曲がるもんなんだな。ちょいとビックリだ。
「き、貴様、アバター化も無しにどうやってこのような力を!」
「さぁな。だが少なくともテメェが知ることはないだろうぜ?」
「……何?」
「こういうことだ。――そらよ!」
ちょうどよく獲物が現れたところでローブ野郎を入口側へと突き飛ばしてやった。そこへ待ってましたとばかりに漆黒色の狼が現れ、ローブ野郎に噛み付く。
「グルルルァァァ!」
「ひぃあ!? こ、これは演習だと聞いてたのに――ぎゃぁぁぁぁぁぁ……」
手を負傷しているのもあり、ローブ野郎はほぼ無抵抗な状態で狼に食われていった。
「は、幅滝くん、大丈夫!?」
「俺は大丈夫だ。それより……」
駆け寄ってきた成宮を後ろに下げ、漆黒色の狼へと視線を移す。コイツは校長を奇襲して食い殺した奴だ、油断ならねぇ。
そう自分に言い聞かせていたのだが、アズラから信じられない台詞が発せられる。
『不審者の撃破を確認。それでは、お疲れ様でした~!』
「お、おい、お疲れ様って何言ってんだ? まだ狼が残ってるじゃないか」
消え去ったアズラを他所に俺がファイティングポーズを崩さないでいると、漆黒色の狼が校長の姿へと変わる。
「――って、校長!?」
「フフ、騙して悪かったね。今からタネ明かしをするから体育館まで付いて来なさい」
死んだと思った校長が生きてる。つまりは演技だった? 俺と成宮は頭にクエスチョンマークを浮かべつつ校長の後を付いて行く。