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第52話 【マーシャside】

「どういう事だ!無傷でランクもアップするなんて可笑しいだろう」


「お、お許しください…あんな、あんな規格外の子は無理です!」


「チッ使えんな!…せっかく久々に見つけた上玉だというのに…!!」


町を走る馬車の中でマーシャはひたすら身を小さくして弁明をする。


ミサトの昇格試験のすぐ後に試験結果は司教のゴルゾフへとすぐに知られる事となった。


教会でミサトを見つけてから、司教のゴルゾフはどうしても彼女を手に入れたい欲求が抑えられなかった。


領主の邪魔が入った事や本人が素直に従わない様子もゴルゾフにとっては余計に欲しいと思わせる要因でしかない。


小煩い領主のいるこの場所では今までように好き勝手出来る事も使える手段も限られたモノだけだった。


そんな状況の中で見つけたミサトだったが、あの少女を見つけた瞬間からゴルゾフは何としても手に入れたいと思ってしまったのだ。


たとえ、あのうるさい領主が邪魔しようとも絶対に手に入れてやろうと決めてマーシャを使った。


それなのに……全く期待外れの結果となった。


「…申し訳…ございません…」


頭を下げるマーシャに苛立ちが募る。


既に不合格の上で借金苦となる想像をしていたゴルゾフにとって、合格な上に無傷だという知らせは想定外であり、自分のモノになって当然だと思っていたモノが手に入らないという事自体が許せない事だった。


しかも、話を聞く限りは目の前の存在が手を抜いたわけではなく、どうやら用意したこの女よりも実力がかなり格上だったという事もわかったのだ。


自分の手駒であるこの女よりも格上…それはつまり、自分には手が出しにくい存在であるという事を意味する。


そんな事を嫌でも理解してしまい、それが更にゴルゾフの神経を逆撫でした。


「…あんな…あんな小娘にも敵わんとは…役立たずめ!」


それなりに使えると思っていた女だっただけに、今回全く役に立たなかったマーシャの存在がゴルゾフを余計に苛立たせた。


目の前で頭を下げる女を感情のままに蹴り倒そうと顔を上げた瞬間…豪華な馬車の窓越しに、ふと1人の少女がゴルゾフの目に入った。


「……」


「……」





……?


急に静かになったゴルゾフにマーシャは戸惑いながらも少しだけ視線を上げる。


ゴルゾフは馬車の窓の隙間から外の一点を見ていた。


恐る恐る視線の先を伺えば、そこには籐の籠を下げたひとりの少女が見える。


華奢で小柄だが、軽い足取りと柔らかな髪は何処かあの規格外の少女を想像させた。


「……あの子供…なんとなくだがあの小娘に似ているな…」


彼の冷たい声に、前に控えていたマーシャが嫌な予感に身をすくませる。


「…しょうがない…今回はあそこにいるあの娘で我慢してやるか…

おい。あの子供を連れてこい!!」


「…え?…あ、あの子は平民の子供のように見えますが……?」


「…はっ、だからこそだ」


ゴルゾフは薄く笑った。


「高貴な身分の娘や冒険者では面倒が多いが、平民の子供ならば誰が消えようと誰も気に留めないだろ…」


マーシャは震える手をなんとか抑えながら、もう一度窓の外に視線を向ける。少女はお使いの途中らしく籠を持って何処かへ向かって歩いているようだった。


「……あの娘を連れてこい」


「……そ、そんなこと無理です…!そんな事をしたら、ゆ、誘拐ではないですか…」


「ハハッ。…今更何を言っているのだ?元々、あの冒険者の小娘を嵌めて借金奴隷にしようとしていたではないか?いったい何が違う?」


「…なっ。そ!そんな、冒険者と子供では…」


「何も違わん。ただ、ひとつふたつ歳が変わるだけだ」


「…な…」


「お前は既に共犯者なのだよ、マーシャ」


ゴルゾフの命令に、マーシャの顔にためらいが浮かぶ。


「…で、ですが、町中で人目があります。警備も厳しく……」


「愚か者が!」


ゴルゾフの声が鋭く響き、マーシャは顔を伏せるしかなかった。


「そんな些細なことを気にしてどうする? 私があの子供を望んでいる!お前の仕事は、どうにかしてそれを叶えることだ!…お前には他に選択肢はない筈だろう…?」


「……はい」


マーシャは諦めたかのようなため息と共に小さく返事を返した。そして、馬車を降りて少女の後を追い始めた。


「フフフ……」


ゴルゾフは満足げに笑みを浮かべた。


そうだ。所詮、自分が思い通りに出来ない存在なんてほぼいないも同然なのだ。


まずはあの子供で我慢しよう…


「…この私の手にかかれば、平民の運命など私が決めるもの。神の意志に逆らうことなどできぬと教えてやろう……あの冒険者の小娘にもな…」


薄暗い馬車の中で、司教ゴルゾフの笑い声だけが静かに響いていた。






マーシャは、もともと村でも有名な腕の立つ猟師の娘だった。


幼い頃から弓を引き、獣を仕留め、小さな弟や妹のために食料を確保してきた。


その腕前は成長するにつれてさらに磨かれ、やがて彼女は冒険者として生きる道を選んだ。


冒険者としてのマーシャは、そこそこの実力者だった。


特に弓の腕と素早い身のこなしに優れ、ダンジョン探索や魔物退治では後衛として仲間を支えた。


だが、どれだけ依頼をこなしても、人数の多い家族を養うには足りなかった。


そんな時、彼女に声をかけたのが司教ゴルゾフだ。


マーシャの村でも精霊への祈りは日常の一部だった為、村の広場には小さな祭壇があり日々精霊に感謝を捧げていた。


猟師の娘だったマーシャもまた、狩りに出る前には必ず精霊に祈るのが習慣であった。


そんな風に育ったマーシャは信仰を口にすることは少ないが、心の中で精霊の存在を信じている。


そんなマーシャだった為、位の高い司教から声がかかった時には特に疑う事もなく喜んで司教へと仕えることを承諾した。


彼の指示のままに動き、従うようになると家族を養えるだけの仕送りも出来るようになり、ゴルゾフに対して深い感謝の気持ちを抱くようにまでなっていた。


しかし…長く仕えるにつれて、ゴルゾフは聖職者ではあるが、精霊の加護を信じてはいない事がわかっていった…


彼にとって教会は自分の権力を広げるための道具であり、精霊の教えも「信者を操るための言葉」にすぎないものだったのだ。


教会の権力を笠に着て都合のいい噂を流したり、人々を脅しては金を稼いでいたこと…貴族や金貸しと裏で繋がり人だとも思っていない庶民などは平然と痛めつけ搾取を繰り返す…など、仕える時間が長くなればゴルゾフの裏の顔は嫌でも知る事となっていった。


しかし、その事に気がついた時にはもう既に遅かったのだ。


マーシャは、まさか精霊様や聖女様に近しい存在にそんな者が居るとは想像もしていなかったのだ。


そして、ゴルゾフはそういった操り易そうな人物を見抜くのが得意だった。


「…ふん、お前は既に私に加担している。…それに、冒険者の稼ぎだけで家族を食わせるのは、さぞ大変だっただろう」


マーシャがゴルゾフの裏の顔に気が付いた時…彼は冷たく笑って言ったのだ


「…今更お前が捕まったらお前の家族は、さぞ大変な事だろうな…なぁに、ちょっとした仕事を引き受けるだけで金の心配はいらなくなるんだ、何を悩む…?」


そう言われ、最初に与えられた仕事は…簡単な、ただの運び屋だった。


「…コレぐらいなら…」


簡単な仕事だった事もあり…そう自分を誤魔化しながら従った。


次は、ちょっとした情報収集。


…やがてそれは、盗み、破壊、ギルドでの工作、脅迫……などへと繋がっていく。


マーシャは決して快く思っていたわけではなかった。


だが、彼の言う通りだった。


家族を養うためには、綺麗なやり方では生きていけない。


既に彼女は犯罪に片足を突っ込んでしまった状態なのだ。


それからというもの、彼女が躊躇するとゴルゾフは冷たく笑う。


「おや、今さら正義に目覚めたのか? それなら、あの小さな兄妹達に『今日からご飯はなしだ』って言ってくるんだな」


マーシャは悔しさを噛み殺し、ゴルゾフの命令をこなした。


もともと彼女は確かにそれなりの冒険者だった筈なのに…戦えばそこらの兵士や盗賊よりも強い存在だった筈なのに…。


いつしかマーシャは強いものへと媚び諂う教会の…いや、ゴルゾフの駒へと成り下がっていたのだ。


それでも彼女は自分に言い聞かせる。


「これは仕方のないこと。私はただ、生きるためにやってるだけ」


だが、心の奥底ではわかっていた。どれだけ「仕方ない」と思い込んでも、自分が決して許されることのない罪を犯している事を……


そして、今自分は更なる罪を犯そうとしている事も……




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