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一着のジャケットと「人」間違いから始まる素敵な恋

作者: 恋野 始

オフィス近くの美味しい定食屋さんで慌ただしく昼食を終え、席に戻る。パソコンのロックを解除するとメール着信のポップアップ画面が浮かび上がってきた。メールソフトを立ち上げ着信メールの内容を確認すると急ぎの見積もり依頼。時計を見ると時刻は12時50分。


次のアポイントは14時。先方に到着するまでの時間を逆算すると、見積もり作成に30分位は時間をかけられる。見積もりソフトを立ち上げ、依頼内容通りに作成し間違いが無いかチャックするも希望価格と大差があるうえ、納期も厳しい。


メールに添付されていた仕様書をもう一度読み返すと依頼内容通りの見積もりでは過剰仕様。念のため、仕様書に最適な見積もりを作成すると希望価格より安価、かつ納期にも余裕がある見積もりが作成できB案として保存。


送られてきたメールに依頼内容通りの見積書をA案としB案も添付。B案の見積もり根拠を詳細説明を含めて返信する。時刻は13時30分。見積もり作成に思った以上に時間をかけてしまったが、アポイント先には10分前到着は無理だが早歩きで歩けばなんとか5分前には到着できる。


必要な書類やカタログなどの忘れ物がないか鞄の中を確認しジャケットを羽織るが一瞬どうしようか迷う。外は真夏の炎天下で40度近いうえ、地下鉄を降りたら早歩きで歩くことを考えると躊躇するも羽織ったまま外出することにした。




オフィスビルのエントランス自動ドアが開いた瞬間から暑い。熱風が押し寄せてくる。今朝の天気予報では36度の予報だがコンクリートに囲まれたオフィス街は40度以上に感じられる。


急いでクーラーの効いた地下鉄改札に向かうとちょうど電車の発車する音が。歩くスピードを落とし改札を抜けようとすると駅員さんと一人の女性がしゃがみこみ、横になって倒れている女性の脇に。


駅員さんと女性の会話が聞こえてきた。


 「私、〇〇病院で看護師をしています」

 「救急車の手配はされていますか?」

 「10分ほど前に依頼してはいるのですが」

 「倒れられてから時間はどのくらい経過していますか?」

 「20分位だと思います」

 「念のためAEDを用意しておいてもらえますか」


看護師さんが付いているなら大丈夫か、と思いそのまま通過しようとすると倒れている女性の生足が丸見え。さらにはスカートがめくれ太ももあたりまで。周りを見渡しても他の駅員さんが毛布を持ってくる様子もない。横を通り過ぎる通行人から足が丸見え。


そこで思いついたのが、私が着ているジャケットを足にかける。駅員さんに声をかけておけば救急車に乗る前に回収してくれるだろう。


「すみません」

「通行人の人から足が見えているので、これかけてあげてください」

「2時間くらいしたら取りに戻ってきますので」


駅員さんはちょっと戸惑いながらも

「ありがとうございます」と。


その後、倒れていた女性のことが気になりながらもアポイント先へ。3分ほど遅れて到着、1時間半近くの商談を終えまた地下鉄に乗って勤務先に。


電車を降り駅改札に行くと声をかけておいた駅員さんが不在。念のため他の駅員さんに状況を説明すると確認しておきますとの事。「仕事が終わったらまた寄ります」といい残す。


19時過ぎに仕事を終え、改札に向かうと伝言が

 「ジャケットの件、担当者にまだ確認が取れていません」

 「ご連絡を教えて頂ければ確認が取れ次第ご連絡をさしあげます」


バタバタしていた状況でしょうがないかと思い

 「通勤で毎日で利用しているから明日、お昼頃にもう一度きます」


といい残し帰宅。翌日、お昼休みに改札に寄ると担当者が

 「申し訳ありません」

 「私がちょっと外している間に救急車が出てしまい」

 「患者さんと一緒に」

 「今、消防署に確認を取っていますので、わかり次第ご連絡をさしあげます」


その後の連絡でジャケットは行方不明。駅員さんからは

 「わかり次第ご連絡をさしあげます」




イタリア生地で仕立てたジャケットは既に5年目。リネン素材で風合いが増し、色はライトブルー、真夏ながらも涼しげに見えお気に入りのジャケット。ライトグレーのパンツによく似合う。三週間連絡がこないから諦めるかと思っていると、ジャケットを仕立てたお店の店主から


 「いつもお世話になっております」

 「ちょっと事情がよくわからないけど、恋野さんのジャケットを預かっていると

  いう女性から連絡がきて、電話番号を知りたいとお店に連絡があったのです

  が、何か心当たりあります?」

 「裏地のお店タグとネームを見てうちに連絡をしてきたらしいんですけど?」

 「恋野さんに確認してみますと伝えてはありますが」

 「実は・・・・・・3週間ほど前にこんなことがあったんですよ」

 「じゃあ、間違いないですね」

 「どうしましょうか?」

 「連絡先、確認はしてありますが?」

 「申し訳ありませんが一度ご連絡していただけますか?」

 「私の電話番号は伝えてもらってかまいませんので」

 「承知いたしました」


なんと駅員さんからではなく、ジャケットを仕立てたお店から連絡がくるとは。店主とは10年以上のお付き合い、服の色やネームを聞けばすぐにでもわかる。でもまさか、オーダースーツのお店から連絡が来るとは思ってもいなかった。




 「もしもし、わたくし〇〇と申しますが、突然のお電話失礼いたします」

 「恋野さんのお電話番号で間違いありませんでしょうか?」

 「お店の店主さんからご連絡を頂き、直接ご連絡させていただきました」

 「はい、恋野ですが」

 「ご丁寧にご連絡頂き、ありがとございます」

 「その後、具合はいかがですか?」

 「・・・・・・」

 「ごめんなさい」

 「わたくし、あの場に居た看護師です」

 「・・・・・・」

 「ご、ご、ごめんなさい、確認をしないで」


私たちの出会いは一枚のジャケットと「人」間違いからはじまった。




数日後に私の職場の一階にある喫茶店でジャケットを受け取る約束を。目印はベージュのジャケットにライトグレーのパンツ。約束時間の5分前に着くとさっと手上げる女性の姿が。


お互いの自己紹介を終えると、倒れていた女性の容態を話し出した。彼女の勤め先の病院に救急車で運ばれ、既に退院とのこと。病名は「熱中症」。


その後なぜ彼女がジャケットを持っていたのか確認すると、入院された女性が転んだ際に怪我をしていたらしくジャケットに血がついていたので持ち帰ってクリーニングに出してくれていた。イタリア生地メーカーのタグとお店のタグ、名前が刺繍されていたので直接お店に連絡を取ってくれたのがわかった。


「実は看護師になる前、アパレル業界に勤めていたことがあって」

「お店を確認したらすぐわかりました」

「大切に着られているのに遅くなってすみません」


その後、雑談をするうちに彼女が男性スーツの知識が豊富なので確認をすると、生地メーカーに勤めていたことを話してくれた。


そろそろこのジャケットも5年目だしそろそろ買い替えと話すと、


「じゃあ、お休みが合う時に一緒にいきませんか?」

「既製品だと体形が良くないから合わないんだよね」

「オーダーのお店でもよいですよ」

「なんだったら店主さんのお店に一緒にいきませんか?」

「私はよいけど、大丈夫?」

「じゃあ、そうしましょう」


看護師という職業は24時間、365日。日勤、遅番、夜勤と不規則なシフトでなかなか合わないが3週間後にお互いの休みが重なり予定を入れる。


当日、最寄り駅で待ち合わせ。待ち合せ時刻の10分前に到着すると彼女は既にいた。


お店に着くと


「いらっしゃいません」

「恋野さん、おひさしぶり」

「あれ、Kさんじゃないですか?」

「ご無沙汰しております」

「もうお体大丈夫ですか?」

「おかげさまで」

「今は転職して看護師をしています」


彼女が初めて店主との関係を話してくれた。その後、生地を選択するのに彼女と店主の意見を聞きながら選ぶ。結局、彼女が選んでくれた生地に決めた。なぜなら私は彼女の魅力にひかれていたから。


一枚のジャケットと「人」間違いが縁で知り合った私たちの恋が始まった。

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