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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第99話:魔王という存在

「それで? さっきのは何のコンセンサスだったんだ?」

 さっき魔族二人が顔を見合わせていた事についてだ。メローディアが話の腰を折った形になったので、改めて鉄心が訊ね直す。

「魔王様の根源の情報開示について、だな」

 サファイアがまた尾ヒレで地面を軽く叩いた。或いは自分に発破をかける時のクセなのかも知れない。

「それにはまず、俺たち魔族の成り立ちから話さなくちゃなんねえな」

 もう一度、背ビレを持ち上げて、

「あ、それはもう魔精のハージュくんから聞きました。十傑の皆さんは人間界の動物と人の普遍的な欲求が重なって、みたいなお話」

 美羽が滑り込ませるように放った情報に、置き所を失った。そっと元の位置に戻るその尾ヒレを見て、美羽は少しだけ触ってみたい衝動に駆られるが、今すべき事ではなかった。

「なら話は早い。魔王様の根源は、人間の()()()()()()()()()だ」

「……」

「……」

「……」

 三者黙ってしまう。もちろん聞こえていなかったワケではない。だが、そのあまりに反則的な話に、軽くショックを受けているだけだ。ただここでもメローディアの立ち直りが早く、

「そんなの。そんなの、ほぼ無限じゃないの」

 口をついて出た自身の言葉に、自分でハッとした。

「無限にも思える魔力」

 そしてそのまま、正鵠を口にした。

「そうだ。餓魔草が吸ったのは封印から漏れ出た内の、それもほんの少し。餓魔花ごときで封じ込められるのは、先代様、というより代々の魔王様がそうお作りになったからというだけに過ぎない」

 それは未熟な器が膨大な魔力に飲まれたりしないようにという親心、か。実際には自分の転生体なのだから、親子というワケではないが。或いは長く生きれば、そういう心境になるものなのか。

 それで茶目っ気も含め、正嫡でない子供=落胤などと称していたのか。余談だが、今になって、メノウがファーストコンタクトの時に口走っていたラクインの意味を取り違えていたことに美羽も鉄心も気づいた。

「しかしその根源は分かったが、素体は何になるんだよ? 結局はその動物に似ていくんじゃねえのか?」

 鉄心の言葉に、美羽は一瞬、どうせなら可愛い動物が良い、と思った。だがメノウから返ってきた言葉は、

「人間だ」

 再び三人を沈黙させるに十分な内容だった。少しの時間、全員が息を整えるような間があって。やがて鉄心が代表して口を開く。

「……人間も動物、というワケか」

 しかし、そうすると。もはや魔王という存在は、生存本能の権化にして、無尽蔵の魔力を持つ、しかしただの「人間」ということになるのか。

「私たちがイメージするような悪辣で冷酷非道な魔王像とは……」

「そうね。ちょっと毛色が違いそうね」

 少女二人が言うように、ただちに討つべしと息巻くような相手には鉄心にも思えない。美羽に似ているとも言うのだから。

「元々、別に俺たちが魔族やら魔王やら名乗ったワケでもないしな」

「ああ。私たちと先代様は、ただ静かに魔界で暮らしていただけだ」

 魔族二人が同調する。

「なるほどなあ。魔王って言うからには、もっと俺なんかでは想像もつかないような、えげつない鬼畜かと思ってたんだが」

「……」

「……」

「……」

「……」

 鉄心の言葉に、みな一様に思った。どちらかと言うと、この男こそ魔王のようだ、と。恭順する者には慈悲を与え、敵対する者にはおぞましき死を与える。このイメージの通りだった。

「な、なんだよ? みんなして」

 知らぬ分からぬは本人のみ。

 メノウが一つ仕切り直しの咳払いを入れた。

「話を戻そう。ミウ様が選ばれたのは偶然か似通った御容姿ゆえかは分からないが。いずれにせよ、生存本能を強く揺さぶる乳幼児期の体験を経て、正式に合格となったのだろう」

 ん? とメローディア。微妙に辻褄が合っていないように思えたのだ。

「転生体が必ずしも、産まれた後にそういう体験をするかどうかなんて……」

 神のみぞ知る、というレベルではないか。そんな疑問に対して、サファイアが一つ鼻を鳴らす。

「呼び寄せるんだよ。生命の危機を」

「え……」

「魔王たる魔力が定着、適応するまでの幼児期なんかが多いらしいが、その後もチョイチョイ呼び寄せ体質らしいな」

 サファイアがあっけらかんと言う。神ではないが魔王という超存在の力(運命力とでも称すべきか)も侮れないものがあるようだ。

「ええ……じゃあ今の、四層の連中に狙われてるのも、その一環とか言わないわよね?」

 魔族たちも沈黙。ややあって「おお」と今まさに気付いたといった感じの声を上げた。彼らとしても先代からの伝聞でしか知識はなく、実際に転生体を見るのは美羽が初めてなのだ。考えが至らぬところもあるだろう。が、それを考慮しても、引き寄せ体質とやらを甘く見すぎているように感じられる。

「……今までよく無事だったわね」

「陰から見守ったりはしてなかったのかよ?」

 鉄心の渋面に対し、サファイアがニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

「俺たちはこの通り、()()だからな。人間界に、おいそれと出掛けられないんだよ」

 思わぬ所で意趣返しを食らった鉄心。何か言い返そうとしたが、言葉が出てこない。ここは完全に彼の負けだろう。

「まあそれに、魔族関連の危機はこっちで抑えられるからな」

「我々は当然、日本にゲートは出さないし、四層の連中も平良が居るせいで釣果が芳しくないあそこには、ほとんど出さない」

 なるほど、と鉄心。

「まあ過去については何もなかった事だし、結果オーライでいこう」

 そこをクドクド責めても始まらない。

「で、目下の危機……四層の連中だが、どれくらい俺たちのこと把握してるか分かるか?」

 鉄心としては、なるだけ正確な情報が欲しい。

「現状では何とも。魔王様は転生の件は、忠臣だった我々のみにしか明かされていないハズ」

 メノウの言葉を再びサファイアが引き継いで、

「だが、もしかして……くらいには疑われてるかも知らん。四層の中に一匹、多少は頭の働く奴が居やがるからな」

 そんな風に分析を話した。どこか憎々しげな様子でもあった。

「捜査系の能力は、そこに転がっているゴシュナイトとやらが自分しか持ってないと吹いてたが、マジか?」

「ああ。もちろんミウ様を間近で見て魔力を感じ取られたら、どいつでも気付くだろうが……遠方から広範囲にそれなりの確度での捜査が可能な能力となると、ヤツの鼻だけだろうな」

 メノウのその言葉に、美羽は小首を傾げた。

「それなら誰よりも独断専行しちゃダメな人……犬? じゃなかったんですか?」

 美羽を捜すという目的においては、パーティー内で替えの効かない最重要の能力なのでは、と。

「そこら辺が所詮は四層。バカなんだ。危機管理という概念を理解してないんだ。基本的に自分たちが負ける相手がいるだなんて、想像さえしてないのさ」

 言葉にトゲがある。やはり何かサファイアには私怨めいたものがありそうだ。 

「……オーケー。なら現状は、ただちに追手がかかるという事もなさそうだな」

 鉄心が締めくくり、

「取り敢えず、今日のところは、これでお開きとしよう」

 そう提案した。もちろん、まだまだ聞きたいことはあるが……鉄心はチラリと美羽を振り返る。メローディアに支えられるようにして立っていた。

(一旦、帰して休ませてやらないと)

 一応は段階的に情報が出てきたおかげで、心の準備も少しは出来ていたのだろうが、それでノーダメージという話でもなかろう、と。

 最後に鉄心は少女二人に待機を命じて、メノウの傍へ。大胆不敵にも、聖刀すら鞘に納めて丸腰だった。信用の証か、或いはこの状態からでもいざとなれば倒せるという自信からか。

 とにかく、三層魔族たちのほんのすぐ手前まで来て、

「メノウ」

 気安く呼び掛ける。一瞬、鼻白んだメノウだったが、すぐに目顔で用件を訊ねた。

「ノブをくれ。俺でも扱えるようにしたヤツ」

「……確かに我々は同盟関係の継続を選んだが、それは何もかもを提供するということではないぞ?」

 明らかに不快げな声音。

「分かってるよ。搾取じゃない。むしろ逆さ」

「は?」

 サファイアもたまらず口を挟む。

「アンタらの三層に人間の死体を送り込んでやると言ってるんだ。食い物なんだろ?」

 取り敢えず、人食いザメのイメージでサファイアの方に目を向ける鉄心。

「……肉そのものを食うワケじゃないがな。肉という概念、本質というか」

 またその抽象的な話か、と鉄心は片眉を下げる。

「どっちでも良い。肉と、あとは想念とやらも死体から回収して食らうんだろ?」

 そちらの方はメノウが頷いた。

 人の営みの中で自然と生まれる想念、サファイアであればその根源たる「対象を捜し当てたい」という思いが勝手に供給され、それさえあれば存在も力も保たれる。なので実際は、別段に食事というものは必要がないのだが……人で言うところの、酒、或いはスナック菓子、フルーツといった分類になるだろうか。なくても生きていけるが、あると生活が格段に豊かになる。そういった類。

「送り込んでやるよ。俺が殺した人間を可能な限り全部」

 甘い、甘い、悪魔の囁き。

 裏は知れている。自分のする殺人の、絶対にバレない死体遺棄の宛先を寄越せと言っている。ただ二人にもメリットがあるのは確かで……

 果たして。

 メノウは口中の涎を嚥下する動きに合わせて、コクンと頷いていた。

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