第98話:美羽の真実
「そうか……そうだと思ってたけど、実際に聞けて良かった。やっぱり人間も魔族も、素直なのが一番だな」
そんな風に言って笑う鉄心こそ、今まさに情報を秘匿しながら彼らを試すような真似をしたのだが。そんな事をおくびにも出さないのは、恐らく自覚がないせいだろう。
鉄心は笑みを口元に残したまま、すっと目を細める。
「なあ、メノウ。素直ついでに教えちゃくれねえか? 事と次第によっちゃ俺たちは、もっと協力し合えるかも知れない」
胡散臭い口上だ、と味方のメローディアですら思った。
「……と、言うと?」
警戒しながら訊ねるメノウに、鉄心はチラリと美羽を振り返る。
「未来の魔王、とウチの魔精が言った。恐らくは彼女を指して」
グッと息を飲む気配。美羽本人はもちろん、問われた魔族二人、見守るメローディアも。
「……」
「……」
「肯定、と捉えるぞ?」
ダンマリの魔族たちの様子に、鉄心は僅かに急いた。メノウとサファイアが互いの顔を確認し合い、ほとんど同時に溜め息をついた。
「どうせ隠したところで、そっちに事情を知ってる魔精が居るなら、意味のないこと、か」
観念したメノウが項垂れるようにそう言ったが。実際は、ハージュが再びあの姿に戻るのがいつなのか全く未知数の状況ゆえ、今こうして二人に訊ねているという次第だった。ゴシュナイトを口を割らせる前に殺めてしまったせいで、謎は持ち越しかと思われたところへ渡りに船、逃す手はない、と。
「そうだな。その魔精がどこまで知ってるかも分からんし、半可通なことを言われて誤解されても敵わん」
サファイアも同意のようで、尾ヒレでピシッと地面を打った。今から話すぞ、という合図だろうか。
「美羽」
メローディアが隣の美羽の手を優しく握る。彼女の出生の秘密が今から明らかになるハズだ。だが思いの外、美羽は落ち着いていた。先にハージュから単語を聞いて、そこから一呼吸あったおかげかも知れない。とは言え、
「先代魔王様のご落胤、それがミウ・マツバラ、いやミウ様だ」
その事実を聞いた時は流石にメローディアの腕ごと抱きかかえるようにして、しがみついた。様々な経験をして一皮も二皮も剥けた後でなければ、以前のただオドオドしていた美羽ならば、失神していたかも知れない。
「もちろん魔族は生殖をしないから、便宜上、そう呼ばせて頂いているだけだが」
メノウが肩をすくめる。
「実際は転生体、と言うのが正しいかもな」
サファイアの注釈は分かりやすかったらしく、鉄心も「ああ」と小さく得心の声を出した。
「……美羽、大丈夫?」
メローディアが労るような優しい声音で問いかけ、そのことに美羽は救われていた。自分が人類最大の宿敵の縁者だったと知っても、離れていかない人が居る。その存在がとても心強かった。もちろん、今も彼女を背に庇うように立っている鉄心にも同様のことが言える。
「大丈夫です……続けて下さい」
ハッキリとした声だが、少し手が震えている。メローディアが彼女を横から抱き締め、そっとその頭に頬を重ねた。全身の体温で安心させてあげよう、とでも言うように。
「…………」
一瞬、せめて美羽のホーム、シャックス邸の防音室に移動することも考えたメノウだが、結局そのまま続けることにしたようだ。クチバシを開いて。
「魔王様がお隠れになったのは今から五十年以上も前のことだった」
少しだけ遠い目をした。斜め上の岩壁を見つめている。
「私たちも知らぬことだったが、時折そうして魔王様は死と再生を繰り返してきたそうだ」
「……」
「前回の転生は俺たち、魔王様以外の十傑が発生する以前、太古の昔だったらしいぜ」
またサファイアが横から補足を入れた。今は些事だが、この二人、中々のコンビネーションのようだ、と鉄心は評価を改める。仮に戦闘になれば、自分が思っているより楽にはいかないかも知れない、と。
「それで、今回の転生体が美羽ちゃん、ということなのか?」
鉄心が渋面を作りながら。
「そうなる。正確には魔王たる魔力、それこそを魔王と呼ぶのだが……」
「つまり嬢ちゃんの魔力が例えば他の者に渡れば、そいつが魔王様、と言うことだな」
三層の二人がセリフを分け合ったかのように仲良く説明してくれる。
「ま、魔力を譲渡する方法があるんですか!?」
と、そこに。美羽本人が食いつく。確かに、彼女の中にある、あの無尽蔵の魔力さえなくなれば、十傑に狙われることもなくなるハズである。思わず前のめりになるのも無理からぬ事だろう。だが、
「申し訳ない。例え話で出しただけで、そういった方法があるワケではないのです」
メノウがクチバシを垂れた。美羽は、そうですか、と消沈して再びメローディアに抱っこされる。
「まあ死んじまったら、恐らくは別の赤ん坊に宿るだろうけどな」
サファイアが何の気なしに言ったが、やや不謹慎だと自省したのか、決まり悪そうに後ろ頭を掻いた。そこが痒くなることはあるのか、と鉄心は聞いてみたい衝動に駆られたが、流石に今は押し留まる。
「なんで美羽ちゃんだったんだ? 先代魔王が彼女を選んだのか?」
鉄心が大元の疑問を口に出す。
「……」
やや間があって、
「恐らくはそうなんだろう。基準については俺たちも分からねえ。ただ……そっちのお嬢ちゃんには、魔王様の面影は感じられるな」
容姿が似ているということか。雰囲気や立ち居振る舞いの話か。いずれにせよ、魔王の器の選出基準は、今この場では詳らかにはならなさそうだ。鉄心は頭を振って切り替える。
「健康被害とかはないんだろうな? 或いは最終的に」
そこまで言って彼は慌てて口をつぐんだ。だが当の美羽が引き継ぐ形で、
「最終的に魔族に変わってしまったり、とかは……」
最後まで訊ねた。気丈。だが一瞬、想像してしまったのか、ブルリと体が大きく震えた。メローディアが更にキツくその身を抱き締める。
「いや、それは大丈夫なハズだ。先代も普通の人間の女性にしか見えなかったからな」
サラッと新情報だった。メローディアが抱き締めていた美羽を少しだけ離して、マジマジ見た。
「大丈夫ね。普通より少しモチッとしてるけど」
メローディアなりの冗談だったが、美羽は笑いも怒りもしなかった。ただ自分の頬や頭をペタペタと触っている。その様子に苦笑したサファイアが、
「いや、角とか鱗とかもなかったぞ。本当にそこらの街を歩いてても、人間は誰も気に留めないくらいの姿形だった」
と、もう少し安心できるように言い直してやった。
「ならまあ、取り敢えずアンタらみたいに異形になるとかは無いのか」
鉄心もホッとした様子。異形という言い様に、少しだけサファイアが不快げに鼻を鳴らしたが。
「しかしこれだけ大きな魔力が体内にあって、人体に影響はないもんなのか」
鉄心が軽く美羽を振り返る。何かあるなら本人の居ない所で聞きたい、とも思うが、今更どうにも出来ない。もしもの時は何がなんでも対処法を見つけよう。彼はそう胸中で誓った。だがそれは取り越し苦労のようで。
「赤ん坊の頃……封印を施した。少しずつ少しずつ慣れるように。封印は時が経つにつれ徐々に弱まり、体内を巡る魔力が増えていく。それに応じて体も適応していく。器の素質があるのだから、それが出来る。そう先代様より仰せつかい、封印の方法も教授された」
一同、驚きに目を見開く。これは大変なことを言われた。
「アナタ! それはつまり、美羽がプクプクの赤ん坊の頃に細工をしたのは自分だと白状するのね!?」
いち早く事態を把握したメローディアが叫ぶように言った。そしてそれに触発されたように鉄心もメノウを睨み付ける。
「まさかテメエ、美羽ちゃんの本当の御両親まで」
にわかに殺気が滲む鉄心に対して、メノウは首を横に振った。
「神に……誓うのはおかしいな。先代の魔王様に誓って。私たちが駆けつけた時にはもう事切れていたよ」
その言葉に誤魔化しや嘘の気配は感じ取れなかった。鉄心はなおも鳥人の顔を見つめるが、やはり後ろめたさのようなものは、いつまで経っても浮かんでこない。
「嘘は言ってなさそう、に感じる」
美羽本人もメノウをシロと判断したようだ。自分でも薄情とは思うが、彼女としては自身のことで手一杯で、今は両親たちの死にまで思考のリソースを割く余裕がない、というのもあった。
メノウとサファイアがまたも顔を見合わせる。少しの間、そうしていたが、
「まあ、現状はミウ様が我らの主ということになる。先代様がお選びになったという時点で是非もなく、そうだったのだ」
二人の結論はそうなったらしい。主相手なのだから、更なる情報を開陳してくれるということだろう。
「その理屈で言うなら、最初に連れ去ろうとした時点でキチンと話してあげれば良かったじゃないの」
メローディアが口を尖らせるが、メノウは自嘲気味に笑う。
「いきなりこんな異形が現れて、アナタは魔王の生まれ変わりなんだ、と言って信じたか?」
それは、なるほど。と人間側の三人は全員が納得した。ある程度こちらでも情報を集め、考察を深めた後でなければ、確かに無理だっただろうな、と。




