第96話:尋問と実験
洞窟内が静かになった辺りで、美羽とメローディアは塒の大穴の淵に立って、恐る恐る下を覗いた。
「わ……」
美羽の目に、地面に這いつくばる犬と人の合成体のような生き物の姿が飛び込んできた。灰白色の体毛に覆われた巨躯。両足から出血している。あの傷のせいで立ち上がれないようだ。
その対面に立つ鉄心は余裕の無傷。聖刀を五、六回、振り回していた。
「十傑を二分足らずで制圧……!」
メローディアは感嘆とも恍惚とも取れる声を上げた。アタッカーではない美羽は、こういう時、少しだけ疎外感を覚える。
「あれは四層のうちの一体か、三層の残りの一体? 或いは二層のどちらか……魔王ということは流石にないでしょうから」
ブツブツと推理を口に出しながら、メローディアが油断なく敵を見据えている。
美羽はボンヤリと考える。魔王……魔界を統べるとされるグレートワン。一層の主。勿論その姿を見た人間はいない。ただ居るとされているだけ。なのに大抵の人間はその存在を信じている。魔族が居るなら、それを統べる王も居る、と。これもまた、いわゆる信仰、想念ということか。
なら、ハージュが言っていた未来の魔王様という言葉は……
未だ牙を剥いて威嚇し続けるゴシュナイトに、鉄心は軽く溜め息をついて、
「まずは名前と層を聞いておこうか」
尋問を始める。
「…………四層、ゴシュナイトだ」
彼もこれくらいの情報は出しても構わないと判断したようだ。ただ答えながらも魔力を練り、足の傷を回復する機会を虎視眈々と狙っている様子。
「てめえは……平良の者か」
「立場が分かってるのか? オマエに質問する権利はない」
「……」
不服そうな顔。鉄心はその体を指さす。余ったハゲしメタルが殺到し、魔鋼鉄を弾いた時と同じように、青光を放ちながらバチバチと大きな音を立て、ゴシュナイトの体を弾いた。三メートルほど吹き飛んだ。懲罰プラス実験という格好になる。
短い悲鳴を上げ、火傷跡のようになった肩を手でさするゴシュナイト。ブスブスと煙も上がっている。中々の威力があるようだ。
「足を焼かれた時の痛みと、どっちが上だ?」
鉄心は興味深そうに訊ねる。怒りで沸騰しそうな脳で、ゴシュナイトは有らん限りの罵声を浴びせた。人間の下等さや、愚劣さを口汚く罵る。鉄心は右から左に聞き流しながら、もう片方の肩をブラックマンバで焼こうと銃口を構え……レーザーは寸でのところでゴシュナイトの寝返りのような回避行動で躱される。
が、そのレーザーは残念ながら氣を注いでいる間は出し続けることが出来る。鉄心は、ラインズの車のタイヤを焼いた時のように、スライドさせセイバーのように振るう。
追尾してくる光の帯に、無事だった方の肩も焼かれるゴシュナイト。ハゲしメタルの時より苦悶の声は大きかった。そのことを以て、鉄心は先の質問の答えを得たこととする。
(大きなダメージを与えるというより、弾き飛ばすというところに比重を置いて使うのが吉だな)
ハゲしメタルの取説が少しずつ組み上がっていく。ゴシュナイトの体を実験台にして。
「さてと。じゃあ次だが……何をしにここへやって来た?」
「…………」
この質問には黙秘。これまでの愚かで直情的な傾向とは打って変わって慎重な様子が窺える。よほど重要な事柄なのだろうか。即ち四層全体の目的と直結する可能性……
「ゲート促進のイレギュラー、その原因かも知れない存在を嗅ぎつけて来やがったか?」
「……っ!?」
鉄心も人のことは言えないが、このゴシュナイトも腹芸の出来るタイプではないようだ。動揺が顔にありありと出ている。もちろん、鉄心の方もイレギュラーの原因がここに居ると白状したようなものだが、これは問題ない。元よりゴシュナイトを生かして帰すつもりなどないからだ。
「なるほどな。何か捜索、探査用の能力があるのか? オマエか、オマエの仲間か?」
「……」
黙秘。ナメられたものだ、と鉄心が再びハゲしメタルを動かす。今度は毛の束で巨体を囲い、そしてジリジリと距離を詰めていく。周囲全てに反発されればエネルギーはどこへ行くのか。彼の体が圧殺される可能性もある。そうなる前に止めないとな。そんな事を鉄心が考えた矢先、
「待て。待ってくれ。話す。話すから」
ゴシュナイトが辛うじて体を起こしながら、ギブアップを宣言した。流石の十傑も、得体の知れない髪の束に圧殺されるかも知れないとなれば、恐怖を覚えるのだろうか。
「……良いだろう。だが、ふざけたり、虚偽を話したりしたら」
皆まで言わずとも、といった所だ。ゴシュナイトも既にここまでの攻防で、目の前に居る少年は、何の容赦も躊躇もなく敵を屠れる者だと認識している。
「わ、分かってる。探査能力、というか俺の鼻がこの場所を嗅ぎつけたんだ」
「ふむ。じゃあオマエの仲間には同系統の能力者は居ないんだな?」
「あ、ああ。俺だけだ」
答えながらゴシュナイトは膝を伸ばした状態で地面に座った。本格的に話す準備を整えたかに見えた……
その瞬間だった。
「ふっ!!」
狂犬がズボンのポケットから素早く取り出した小さな鉄の塊。握りこんだ時には既に鉄鎖へと変じていた。先程のモーニングスターのユニーク、その鎖部分のスペアのようだ。いや、鎖それ自体にトゲがついている。スペアというより別の用途の物のようだ。
その鎖を投げつけた先は……鉄心ではなく、その遥か斜め上、塒の大穴の淵から下を覗く美羽とメローディア。しかし鉄心は恐るべき反射速度で匣を展開。見事、中空で鉄鎖を受け止めた。
と、同時。ゴシュナイトは密かに練っていた魔力で傷の回復を促進(聖刀の癒と似たことが出来るようだ)、それでも治りきらない傷口から血が噴くのも構わず、
「っ!!」
ゲートを自分の体のすぐ横に展開し始める。ハゲしメタルも間に合わない。逃げおおせる。そう確信した瞬間。気の緩んだ笑みを浮かべたまま、
――――その首が宙を舞った。
聖刀・鎌鼬。無数のそれらが、彼の背後から襲い来たのだ。先の拳での特攻、それをいなした際に、既に無数の透明化した鎌鼬(氣の紐付き)を壁面に突き刺して仕込んであった。先程やたらに聖刀を振り回していたのは、このためだった。隠鎌とはいかない(邪刀が機能不全のため)が、あの重傷状態のゴシュナイトでは、気付きようもなかった。加えて、鉄心は聖刀の能力は匣以外、意図的に見せていなかった。火力はブラックマンバ。防御は聖刀のシールド能力。あとは得体の知れない髪の毛のユニーク。こういう認識でいただろうゴシュナイトが気付けないのも無理はなかった。
「もう少し情報が欲しかったが、仕方ねえか」
鉄心がボヤくのと同時、魔力の供給が止まったゲートが徐々に薄らぎ、やがて霧散した。
鉄心が再び聖刀に氣を込めると、段々の匣(こちらは乳白色がついている)が生まれ、塒の大穴まで続いた。
「もう大丈夫だよー!」
優しく穏やかな笑みで、そう呼びかける鉄心。先程までの修羅が如き冷酷さは一体どこへ仕舞いこんだのか。美羽はここら辺の二面性が無理なく同居している様子が相変わらず恐ろしく、そしてまた不思議でならない。
少女たちが階段を下りてきて、無事に鉄心と合流する。メローディアが鉄心の体に傷がないことを確認し、ハグをした。美羽はその間、近くに横たわるゴシュナイトの亡骸に(迷った末)そっと手を合わせた。
「さてと。情報で溢れかえってる状況だけど……まずはコイツの遺体と、上で跳ねてるユニークの回収だな」
その言葉に二人も天を仰ぐ。格子窓のように黒い縦横の線で間仕切りされた空の向こう、大きな鉄球がポヨンポヨンと跳ね続けている。青い光は青空が近いせいか、よく見えない。
「あれ、永久機関じゃないけど……あのエネルギーを何かに使えたら革命が起きないかな?」
美羽の言葉に鉄心は苦笑いで受ける。
「ハゲしメタルの損耗みたいなのが無ければ、の話かな。ちょっと張りが弱まってる感覚があるんだよね」
そう簡単に人類のシンギュラリティを迎えることは叶わないらしい。傍で聞いているメローディアとしては残念より安堵が勝っていた。ハゲしメタルなどという珍妙な物質で人類が次のステージへ向かうのは、いささか心理的抵抗が強いようだ。
鉄心はハゲしメタルの網を一旦解除。そうして鉄球を自由落下(美羽が迫り来るそれに悲鳴を上げた)させた。そして地上まで残り数メートルの場所でまた網を張り、落ちてきたそれと反発させ合う。最後は全員が広場の端まで移動したのち、網を解除して地面に落とした。
「ふう。ハゲしメタルの扱いにも慣れたな」
イメージすれば、ほぼほぼその通りに動いてくれるようで、鉄心としてはご満悦。
「それで、このユニークは触れるのかしら?」
ブラックマンバの時は鉄心が普通に触れたせいで、軽く失念していたが、本来ユニークは使い手以外には触れないこともある代物だ。
メローディアの疑問を受け、鉄心、彼女、美羽の順に触れてみたが、全員が拒絶反応に見舞われた。
「どうしたものかしら」
「何となく私は我慢すれば持てそうでしたけどね」
不思議なことに美羽への拒絶反応だけ確かに他の者より弱かった。だがそもそも、このいかにも超重量級の魔導具を彼女のプニプニアームで引っ張れるか、という問題が。
皆が考えあぐねていた、その時。
「……っ!? 鉄心! 新たなゲートよ!」
メローディアの青い瞳が、小型の門を捉えたのだった。




