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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第94話:闇に追われて

 光が収まると、部屋は伽藍洞がらんどうとなっていた。真っ白な部屋が、一層白く感じられるのは、先程の光に明順応した目のせいか。いや、それだけではない。繭を成していた髪の束たちが忽然と消えているせいだ。そして何と言っても、

「ハージュ? どこ行った?」

 そう。彼(?)の姿がどこにも見当たらないのだ。キツネにつままれたよう、とはこの事か。と、その時。

(ここだよ)

 返事があった。だがどうも現実に発せられた声ではないような響き。水の中にいる時に、地上の音を聞いたような。鉄心は両隣を見る。美羽もメローディアもキョトンとしていた。どうも今の声は彼にしか聞こえていないような雰囲気だ。

「ハージュ、ハージュなのか?」

 キョロキョロと首を巡らせ、室内を見渡す鉄心。と、シャツの右袖が引かれる。美羽だった。彼女が指さす先、

「指輪、か」

 極彩色の、小ぶりな指輪が床に落ちていた。

(そう。それが僕だよ)

 再びあの声。鉄心は半信半疑のまま、その指輪を拾い上げた。何だか少し温かいような気がする。

(ん、あ)

 鉄心は苦笑い。

「変な声、出さないでくれよ」

「え?」

「私たち何も言ってないわよ?」

 二人の少女は何が何やらといった様子。やはり彼女らには聞こえていないらしい。パスとやらが繋がっているという話だったが、これは鉄心専用の回線なのか。

「この指輪がハージュらしい。そして今、俺にだけ聞こえる声で、いやテレパシーとでも言った方が良いのか、とにかく俺とだけコミュニケーションが取れている状態、みたいだ」

 人差し指と親指でコロコロとリングを転がしながら。

(それもそろそろ切れそうだよ)

 補足するように届いた声、その内容に鉄心は慌てる。

「なに? どういうことだ?」

(元々、繭に入っていたことからも察して欲しいけど、僕はハゲしメタルの中心にいて、そこで意識をほぼ全て制御に捧げてないといけないんだ。だから、もう限界。っていうか現状でしんどい)

 最後の方は早口に。

「お、おい」

 困る。まだ聞きたいことが山のように残っているのだ。鉄心が呼び掛けるが、

(じゃあね。またいつか話そうね、マスター)

 その言葉を最後にハージュからの返事は途絶えた。

「マジか」

「どうなったの?」

「眠ってしまったみたいな……この指輪の制御に力を注ぐため、らしい」

 鉄心も完全に事態を把握してるワケでもないので、フワフワした口調で、ハージュの言葉をそのまま伝えるのみだ。

「そんな……まだまだ聞きたいこと、沢山あったのに」

 美羽がションボリした顔をする。性根の優しい彼女のこと、さっきまで話していた相手と突然別れることになったのもショックだったのかも知れない。とは言え。

「まあ別に消滅したワケじゃない。またいつか話そうってアイツ自身が言ってたしな」

 その()()()が具体的にいつになるのかは、彼にも推測すら立たないが。

 少しの寂しさと諦念が場を満たし、美羽は最後に彼(?)の言っていた言葉を思い出す。

「未来の魔王様……」

 二人に聞こえないような声量でポツンと呟いた。鉄心のことはマスターと呼んでいたので違う。つまり残りの二人のうち、どちらかを指して言ったのだろう、その言葉。

 鉄心のおかげで鳴りをひそめていた不安。自分は何者なのか、そしてこれからどうなっていくのか。そんなことを、彼女は久しぶりに考えずにはいられなかった。



 遡ること、およそ二時間ほど。

 人間界、ゴルフィール王国の隣、バルゼン共和国。とある国道の路肩に、宅配便業者の使うトラックが一台、止まっていた。

「ここもハズレのようですね」

 鉄の扉で閉じられたその荷台の中で、大きなローブに身を包んだ人型の何かが二体、向かい合わせに座っていた。

 僅かに運転席から差す陽光が、彼らを照らすと、その異形が際立った。片方の男(?)は頭に被ったフードを押し上げる角が雄々しく、顔の部分も殆どが茶色と青の体毛に覆われている。その相方にしても、俯いた顔は見えないが、ローブの端から黒く濃い体毛が覗いている。こちらも人ならざる者だろう。

「ああ、まだるっこしい。順に全部ぶっ殺していきゃ、そのうち当たるだろ」

 黒い体毛の方、四層魔族のブラックオニキスが短気を起こす。その生臭い息にやや顔をしかめた角のある魔族、同じく四層のターコイズが嘆息する。

 これだから脳筋は、と内心でひとりごちる。とは言え、四層の中で多少なり頭脳労働が出来るのは、このターコイズだけで、あとは全て彼の言うところの脳筋タイプなのだが。

「落ち着きなさい。まだ平良の手の者がいるという情報が」

「それもよお!」

 宥めすかそうとするターコイズを大声で遮るブラックオニキス。ターコイズの方もあからさまに不快感を滲ませるが、相手は止まらない。

「ニンゲンの情報なんぞアテになるのか!? つか平良が邪魔だってんなら、そいつもブチ殺せば良いだけだろ!」

 はあ、と大きな溜め息で返したターコイズは、噛んで含むように諭し始める。

「そもそも。流石に街中で大虐殺など、それこそ各国から大量のアタッカーを呼び寄せてしまいます」

「それも片っ端から!」

「奴等の頭領たちも出張るでしょうよ」

 グッと言葉に詰まったブラックオニキス。流石に平良の上位序列者を片っ端から、とは粋がれないようだ。

「くそっ! そもそもあの犬コロは何してやがる? 探し物はアイツの仕事だろうが!」

 苛立ちの矛先を別の存在へ向け始める。身振り手振り、激しく動くものだから、フードがめくれてしまった。黒い体毛に覆われた顔が顕になる。鼻が突き出しており、しかし先端は丸く潰れている。口からは長い牙が覗く、その姿はイノシシを思わせた。気性もそれそのもので、蛮勇の戦士として、かつての大戦では最も多くのアタッカーを屠った実績を持つ。

 そのブラックオニキスが言及した犬コロというのは……

「ゴシュナイトは、現在、九層に出向いています」

「九層? なんでまた」

 猪武者は、片眉を上げる。

「さあ……何でも良い匂いがするとか。詳しく聞く前に飛び出してしまいましたが」

 追いかけることも考えたターコイズだが、九層など先のゲート促進の件とは何らの関係もなさそうだった為、やめておいた。ゴシュナイトは自分の興味のある匂いを見つけると、任務そっちのけで嗅ぎに行くというのが常なので、彼もイチイチ構っていられないのだ。

「相変わらずバカすぎて呆れるな。流石は犬畜生ってところかぁ?」

 下品な半笑いを浮かべるブラックオニキスに、ターコイズは嘆息する。彼から見ると、ドングリの背比べである。

「あの犬っコロ、この前なんかよぉ……」

 相方の下らない話を聞き流しながら、

(しかしこれだけ探し回っても見つからないとは……一体どこに)

 ターコイズは、まだ見ぬ標的の居所に想いを馳せるのだった。



 背後でドーンと大きな音が鳴り、鉄心たちは思わずその場で小さく跳ねた。

「な、なに?」

「敵襲?」

 美羽とメローディアが身を寄せ合うようにして警戒した。そして自分たちの後ろ、即ち九層から通ってきた例の扉を振り返った。

 鉄心がその二人を追い越し、油断なく聖刀を構えた。そしてジリジリと扉まで進み出る。扉の向こうは、変わらず変異種の塒に繋がっているようで、黒っぽい岩肌が一面に広がっている。

 鉄心が扉の枠に辿り着き、そっと向こう側をクリアリングしようとした時。再びゴーンゴーンと激しい音が響いた。何か大きな物体が岩にぶつかっている音だろうか。

 鉄心は判断に迷う。音の正体を確かめたい気持ちは当然あるが……少女二人を振り返る。リスクを取るのは得策ではないか。

「テッちゃんだけ見てくるとかは……出来ないかな? あ、いや。人柱になれとか、そういう意味じゃなくてね?」

 美羽が慌てて釈明するが、事態の把握に向かいたい彼の気持ちを汲んでの発言だということくらいは、鉄心も分かっている。

 と、そこで。

「鉄心! 部屋の奥を見て!」

 メローディアが叫んだ。真逆の方向を見ろ、とは何事か。鉄心と美羽が揃って振り返り、そして息を飲んだ。

「壁が……」

 そう。白一色だった壁が、少しずつ剥がれ落ち、向こう側が見えていた。真っ暗な宇宙空間のような、夜の大海原のような。見るだけで根元的な恐怖を掻き立てられる、そんな闇だった。あれに飲まれてはマズイ。三人の本能がそう告げている。

 闇は徐々に広がっている。壁がみるみる溶け、床にも侵食が始まっていた。

「出よう! あれは多分ダメだ」

 部屋の外、九層でも何らか不測の事態が起きているのは確実だろうが、それでもアレよりはマシだろう、と。

 二人にも否やはなく、三人立て続けにドアを潜った。

「……っ! はあ、はあ」

 最後に飛び出してきたメローディア、勢いを殺しきれず転びそうになったところを鉄心が抱きとめる。

「い、今のは?」

 美羽も動揺冷めやらぬまま鉄心に訊ねるが、彼も首を横に振るだけだった。

「なんとなくではあるけど、あれに飲まれると、どこでもない場所に閉じ込められそうな……いや、何と言えば良いんだろう」

 何にせよ、その正体を考察する暇は彼らにはない。慌てて背後を見た。扉まで飲まれて、闇が九層にまで伸びてくるようだと、更に逃げなくてはいけないが。果たして……

 扉が蜃気楼のように揺らいで消えていく。三人は、その様子を固唾を飲んで見守った。 

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