表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/166

第93話:第三の金属

 メローディアはいよいよ眩暈がしてきた。血を媒介にする呪術の復活だけでも恐らくは死屍累々となるだろうに、今度は究極奪毛災禍マルハゲドンなどと、聞くだにおぞましいモノまで引き起こそうと言うのだから。

 しかし彼女とは対照的に美羽の方は、小首を傾げている。事の重大さが分かっていないという感じではなく、純粋な疑問があるようだ。

「でもね、戦闘中に邪刀への意識が行かないのは、これまでと変わらないんじゃないかな?」

 それとも日常生活の中で意識するだけで事足りるという事だろうか。ならばいよいよ本気でハージュを連れ帰って世話するしかない、と。鉄心も美羽の疑問に同意のようで、そのままハージュの顔を見た。

「……そうだね。だから僕は新しいスタイルを提案しようと思うんだ」

「新しいスタイル?」

 鉄心が怪訝な表情を浮かべるも、ハージュは構わず話を続けた。

「テッシン。アトラク・ナクアは持って来たかい?」

「ん。あ、ああ。一応な」

 邪刀と同じく謎の発光があったものだから、何か関係があるのではと推測し、念のために持って来ていた。

 左腕に嵌まった銀のブレスレット。シャツをまくり上げて、魔精の前にかざした。

「……」

 で? という感じで、三人がハージュの顔を見る。彼(?)は小さな肩をすくめた。

「僕の後ろ、繭があっただろう?」

「あ、ああ」

 部屋に入った途端、目についたものだから誰も忘れるワケがない。今はその繭はフニャリと丸まった糸の塊のような様相で、床に無造作に落ちている。

 この部屋、改めて見回してみても不思議なもので、どこかのサナトリウムの一室を想起させるような、白一色。そして物が何もない。それでいて殺風景ではなく。部屋の四隅から伸びていた幾重もの極彩色の糸、そしてその糸の収束先の繭。これらが周りの白一色を目立たなくさせていた。ただ今は繭が落ち、張っていた糸もダランと力なく垂れ下がっているせいで、部屋の全貌がハッキリ見えている。総じて、この繭を安置する為だけに用意されたみたいだ、と鉄心は思った。

「……この糸。何に見える?」

 三人の視線の移動を十分に待ってから、ハージュがおもむろに言葉を紡いだ。

「ん? 何に、とは? 私には色鮮やかな糸の束にしか見えないわ」

 メローディアが、見たままでしょうと言わんばかり。だが鉄心はよく目を凝らして……そして気付いた。

「……髪の毛か!」

 電流が流れたかのようにシナプスが繋がる。黒、金、赤。染髪したものだろう青や緑などもある。青や緑などはハゲしめた記憶まで甦ってくる。

「俺が……俺がハゲしめた奴らの髪……か?」

 鉄心の言葉に少女二人は驚いて目を見開く。奇妙奇天烈な事ばかりで、いい加減、慣れたものだと思っていたが、まだこの部屋には驚嘆すべき事柄が眠っていたらしい。

「そう。キミがハゲしめた総勢258人の髪の毛、その全てがここにある」

 ハージュが胸の辺りに手を当て、どこか誇らしげに言う。少女たちはその圧倒的な人数にショック状態に陥りかけたが、

「いえ、待って。リグス教諭の髪は……私の見ている前で地面に落ち、用務員たちが片付けたわ。こんな所にあるハズがない」

 メローディアが違和感に気付き、声をあげた。彼女もあの髪の塊たちが実際どのように処理されたかは知らないが、普通に考えれば、ゴミ箱に捨てられ、その後は他のゴミと一緒に焼却処分されていることだろう。ここに無事で存在するとは、とても思えないのだ。

 その疑問に対してハージュは、

「少し説明が難しいのだけどね」

 と前置いて。

「ここにある髪は、人間界の実在とは少し異なるんだよ」

 三人、シンクロしたように首を傾げる。ハージュの側から見ると、ドミノ倒しのようで、少し可笑しそうに笑う。

「……そうだな。本質。概念。抽出」

 単語の羅列に、少女二人は顔を見合わせる。

「プラトンの言うところのイデアみたいな?」

 美羽が顎に手を当てながら、近いものを探し、憶測を言った。だがハージュに古代の哲学者の知識はないようで、キョトンとした顔をされた。

「うーん。あれらは俺が狩った髪が魔族化? 魔精化? した物とでも思えば良いか?」

 やや強引にまとめようとする鉄心だったが、ハージュはハッキリ首を横に振った。

「金属になったんだ」

「は?」

 意味が分からず、単音で返す鉄心。

「ハゲしメタル」

 ハージュが手を高く上げると、ひとりでに髪の毛の束が動き、その指に巻き付いてきた。手品じみた所業に、状況も忘れて三人が口をОの字にする。

「魔鋼鉄、人間界の金属、そしてこの第三の金属……ハゲしメタル」

 鉄心がハゲしめた髪の毛たち。それが魔界にて想念の力で具現化し、硬質を得て金属へ至った。

 ハゲしメタル。人間界の金属とも、魔鋼鉄とも違うというそれらは。

「魔族でも傷つけられない。逆に魔族を直接傷つけることも出来ない。相反関係。そのハズだよ」

「……なぜ断定できないのかしら?」

「だって魔族に向けて使ったことがないからね」

 実に単純明快な答えをもらったメローディアは、しかし眉をひそめる。

「そんな不確かな」

「そう。不確か。土台、僕にしろハゲしメタルにしろイレギュラーもいいところなんだよ」

 芝居がかった様子で両手を広げ、掌を天に向けた。

「この金属の検証は圧倒的に足りてない。魔族を討てるのは魔鋼鉄。魔族が持つ耐性は人間界の金属に対してのみ。じゃあハゲしメタルは? という話」

 なるほど、と鉄心。ある種のバグのように、世界の法則に抵触しながらも存在している状態、と考えるべきか。

「オーケー。俺が手にした暁には魔族にも人間にもブッ放してやるから、安心してくれ」

 魔族はともかく、人に向けるというのは、妻たちにとっては、とても安心できる話ではないのだが。

「……それで、貴一きいちさんのユニークはどう関係するの?」

 気を取り直した美羽が、話を進める。忘れていたという表情のメローディア。

「同じ構造にしようかな、とね。参考にさせてもらいたいんだ」

 またぞろ要領を得ない。だがすぐに補足が入る。

「アトラク・ナクアと同じく糸の集合体のアクセサリーという形を取って、自由自在にほどけたり、巻き取れたり」

「ああ、そういう意味か。それは確かに使い勝手が良さそうだ」

 鉄心も傍で見て育ってきたおかげで、かのユニークでの戦い方は、それなりにイメージできる。

「その為に、少し触れて解析のようなことをしたいんだ」

 一瞬だけ鉄心に警戒心が芽生えた。なにか、創作物などにおいて口八丁で主人公を騙す裏切り者のセリフじみていたからだ。だがすぐに自嘲の笑みを浮かべ、自身の杞憂を振り払う。この主を失った悲しき魔導具を奪ったとて、一体なにが出来ると言うのか。

 鉄心は黙って左腕を伸ばし、そこからアトラクナクアを抜いた。ハージュがそれを受け取った瞬間。

 ――バチッ!!

 ユニークの拒絶反応。取り落としかけたそれを、鉄心が空中でキャッチする。ハージュは指先をもう一方の手でさすった。

「鉄心から産まれたような存在なのに、拒絶されるものかしら」

「多分だけど、模倣されるのがイヤなんじゃないかな? それかハゲしメタルのために検体になること自体がイヤなのか」

 それを聞いて、美羽がボソッと、可哀想と言った。そんな珍妙な武器の礎になるのはイヤだ、と思うのは極々当たり前のように感じられる。ユニークには意思がある、という通説はやはり正しいのだろう。

「俺と一緒に持ってみよう」

 鬼畜かな? と美羽は思ったが、言い出せる雰囲気でもなかった。そうまでしても彼が新たな力を必要とするのは自分を守るためなのだから。

 そうして鉄心が輪の片側を持ち、反対側をハージュが握った。そのまま二秒、三秒……五秒ほどしたところで、またもバチッと強い静電気のような音を立て、今度は鉄心の手もろとも弾かれた。

「いてて……すまんが堪えてくれ。これが終わっても見捨てたりするワケじゃないんだ。兄貴の形見なんだし、フェイクの装飾品以上に大切に思ってるから」

 そういうことではないだろう、と少女たちは考えているが、やはり黙って成り行きを見守る。

「テッシン、大丈夫。今ので恐らく再現できる」

「ほ、ホントか?」

 五秒程度の間しか触れていなかったが、それだけでコピーできたと言う。実際的には、どのような技術なのか皆目見当もつかないが、そこは鉄心にとってさして興味を惹くものでもなく。せっつくように、前のめりになって、新たな力への期待に目を輝かせた。

「じゃあ今からハゲしメタルの鋼糸を渡すよ」

「あ、ああ!」

 子供のように純真な様子に、少女たちは微笑んだが、殺しの手管を増やすためなのだと思うと、複雑でもあった。

「そうそう。そっちの二人にもパスが繋がってるから、貸与は出来ると思う。有効活用して欲しい」

「マジか! 良かったね、二人とも!」

 振り向いた笑顔は輝きを増している。

「う、うん」

「え、ええ。う、うれしいわ」

 対照的に、二人の笑顔は頬がピクピクとしていた。

「まあ、二人が浮気でもしたらパスが切れちゃうから使えなくなるけどね」

 意地の悪いハージュの笑み。

「じゃあね……マスター。未来の魔王様。第二夫人さん」

 そんな事を言ったかと思うと、いきなりハージュの体が発光した。部屋へ来た時と同じような、眩い光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ