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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第92話:邪刀復活のために

「すごく駆け足だけど、これで魔界の成り立ちと、魔族や魔精の話、そして邪刀の件についても大まかな説明は出来たと思う」

 本当に大まかすぎるので細部について詰めたいところだが、一体なにから聞こうかと三人、黙考する。そのまま数秒あって、メローディアが一番最初に口を開いた。

「その魔精というのは、もしかしたら私のグラン・クロスの……光臨という技に向けられた想念からも発生したりするの? あるいは発生条件はもう整っているの?」

 鉄心は何となく、彼女の思う所が理解できた。光臨の魔精ももし居たなら、母親の名残を感じる事が出来ないだろうか、とそう考えているのだろう。郷愁、だけでなく。グラン・クロスの取り回しに有用なアドバイスを得られるかも知れないという淡い期待も込んで。

 だがそれはハージュに一蹴される。

「その槍に関連する魔精は僕の知る限り居ない。さっきも言った通り、僕とテッシンの例は、本当に例外中の例外なんだ。最強の一族・平良、その中の更に歴代最強クラスの戦士が、10年近い歳月を費やし、研鑽し、想念を注ぎ続けた。その前提があってこそ、だね」

 それはもう金輪際、再現性がないと言っているに等しい。本来は先にもハージュが述べたように、邪教のような不特定多数の妄信ほどに強い想念が必要になってくるのだろう。

「そう……残念ね」

 メローディが肩を落とす。美羽がそっとその背を撫でた。

 続いて鉄心が軽く挙手して、次の質問を投げる。

「じゃあさ、十傑の連中はどういう位置付けになるんだ? キミと同じく知性があるが、アレらも魔精の一種という事になるのか?」

「まあ魔精、魔族、といった区分は明確に定義があるワケではないんだ。ハッキリ言ってしまうと人間用に無理に括ってみているだけで」

 ハージュが下唇の辺りにその小さな人差し指を置いた。容姿が整っているだけに、やけに様になる。

「ただまあ十傑は、幻想生物に対する想念とは少し違う原動力なんだよね」

「……」

 無言で先を促す鉄心。

「アレらは寧ろ、現実的な想念と、動物が結びついた形というのが近いか。中々に観念的で難しい話にはなるけどね」

 要領を得ない。メローディアも美羽も顔を見合わせるが、互いの頭の上に「?」マークが浮かんでいるのを確認するだけに終わった。

「例えば、テッシンが倒したアメジスト。彼女は、魔族や魔界の究明を望む人々の想念と、その執念深さのイメージ。それらが合わさり、研究熱心な蛇という姿で発生した」

「……なんと」

 メローディアがボソッと呟いたが意味のある言葉ではなかった。三人の心情を代表して音にしたに過ぎない。

「キミたちはまだ会ってないけど、相手の位置や氣を察知したいという想念と、ロレンチーニ器官を以って対象を探し当て狩りをする獰猛なサメのイメージが結びついた十傑も居る」

 その情報に鉄心は小躍りしそうになる。この魔精から、残りの全ての十傑の情報を引き出すことが出来るのでは、と。実際、先のハージュの発言が真なら、彼(?)は鉄心の下僕のようなものだというのだから、ヒアリングを拒否されることもないだろう。今は更に重要な情報を聞いている最中なので、話の腰を折ることはしないが、後で余さず聞き出そうと心に留めた鉄心。

「現実生活に即した想念と、現実に居る動物の融合。だから他の魔族より段違いに強いのさ」

 人間の想念の強さが、そのまま魔族たちの強さに反映されるなら、それは確かにそうだろう。

 実際、ドラゴンは強いが、その存在へ脅威を覚える時間は人生でどれくらいあるだろうか。蛇やサメといった実在動物への脅威や恐怖ほど真に迫るだろうか。そういう差異が生む格差ということか。

「でも、それって……魔界黎明期は分かるけど、現在のゲートが散発的に発生する状況を鑑みたら、もう少し格差が埋まっててもおかしくないと思うけど」

 美羽が小首を傾げながら、そんな疑問を口にする。確かに、彼女の言は尤もだ。実際に魔族が人間界へ現れるようになる前なら説得力のある理屈だが、今では魔族の脅威は現実世界の話だ。はぐれゲートが突然目の前に現れる潜在的な危機意識と、海に潜らなければまず遭遇する事のないサメへ抱くそれ。現在は逆転していると言っても過言ではないだろう。

「先にも言ったように人間が抱く普遍的な想念、もっと言うと欲求か、それとの融合が強さを生んでいるのがまず一点。また十傑、特に四層の連中が先の大戦時、数多くの英雄を屠ったことにより、その危険度を世に知らしめた、その貯金がもう一点」

 ハージュが話に合わせて小さな指を一本、二本と順に立てる。

「これらによって今は依然として差はあるけど……確かにこの状況が続けば、或いはゲートが更に活発化して下層の魔族の襲撃が頻繁に起こるようになったりしたら、下層がより力をつけていく。そういう未来も全然あると思うよ」

 そうか、と鉄心は納得顔。仕組みを考えれば人間社会の意識と連動するのは必定。何となく、九層の様子から言って不変のまま悠久の時が流れているかのように(太陽の昇降もないせいで、時間経過が魔界にはないかのように感じられていたのだ)思い込んでしまっていたが、実際はそうでもないということ。

 ただ未来の展望は、今の状況では傍流の話ではある。それよりも、

「で、その仕組みを土台にした話だが……邪刀はキミを観測、認識していれば現状維持くらいは出来るのか?」

 実際、邪刀の問題を何とかするべく来たのだから、これが本流だ。

「現状維持は、恐らく。ただ呪を解いてあげないと、やはり本来の力は出せない」

 まあそれはそうだろう、と鉄心。

「直接かけられたのはハゲ呪術と汗を使った呪術。そこから波及するように対象の体液を媒介に呪う技全般、つまり血液を使う呪術まで封じられている状態。ここまでは良いね?」

 現状確認。鉄心は一つ首肯する。

「血の呪術に関しては、あくまで波及的なモノだから、より大きな発動で戒めを解き放てるのではないかと、そういう推論でいるんだが?」

「うん、それで合ってるよ。えっと……」

 合ってはいるが、一体どうやってその推論を出したのかとハージュは問いたいようだ。

 鉄心はアメジストのアジトから手に入れた研究ノートの話をした。しかし、鉄心たちとメノウらが一時的な同盟を組んでいるのは知っているような口ぶりだったが、こういったアイテムの授受に関しては全部を把握しているワケではないのか、と鉄心は認識を改めた。だがこれまた些事なので、気にせずに話を進める。

「具体的には、どうしたら良い?」

「なるべく大量の相手を一度に呪ってみて。アメジストを上回る魔力……人間界では氣か、それを込めて突破する気概で」

「大量の相手を、一度に」

 オウム返しする鉄心。すっかり放置気味の少女二人は、その会話に何とも言えない表情を浮かべていた。血を使った呪術。不発に終わったが、変異種との戦闘中に放とうとした技だ。具体的な効果までハッキリ聞いているワケではないが、あのド修羅場で使おうとしていたのだから、戦局を一気に打開できる、つまり即死に近い効果があるのだろうとは推知している。

 それを沢山の相手に向けて放つ。二人としては嫌な予感しかしない。普通の術者なら、それほど多くの魔族へ呪術を放つ機会を持つことは出来ないと、半ば諦めムードに傾くのだろう。仮に大量の魔族の顕現が見込まれる大型ゲートの対処依頼が運良く舞い込んだとしても、血の採取や術の発動を待つ間に、大勢の人間が犠牲になるだろう事を鑑みれば、やはり現実的ではないからだ。

 だが鉄心の場合は違う。こう考えているハズだ。魔族が無理なら人間に使えば良いじゃない、と。問題は、生贄に相応しい対象たちだが……メローディアは嫌な予感が拭えない。ここから帰ったら腐敗貴族のうち、まだ話の通じそうな連中に、決して薊鉄心を怒らせるなと通告すべきかと悩む。

「わかった、何とか見繕ってみるよ」

 そしてこの発言。まるで少し珍しい部品の調達依頼でも請け負うような、全く生き死にとは関係ない話をするような、この軽さ。美羽もメローディアも、もちろん鉄心への想いは変わらずあるが、同時にこういう所は未だ恐ろしくて仕方ない。

「で、ハゲ呪術の方はどうなんだ?」

「こっちは直接呪を受けた対象だからね。ちょっと骨が折れるだろうね」

「ああ」

「邪正一如は……片方を使い過ぎると、もう片方が暴走する。言わばニコイチのユニークだ」

「ああ。そんなことは」

 言われずとも自分が一番知っている。鉄心はそう続けようとして、ハタと止まった。そういうことか、と。

「意図的な暴走。荒療治ってワケか」

「ご名答~」

 ハージュの少しおどけたような声音。

「もちろん、休止しかけた今回のように、存在自体を蔑ろにしてはいけないよ? 使えると思っている状態で、敢えて使わない。その前提で聖刀だけを執拗に使い続ける。すると……」

 握った小さな掌をパッと開いて、ボーンと口で言う。爆発を表現したつもりらしい。

「具体的には? 何が起こるの?」

 メローディアが口を挟む。被害が凄まじいようだったら、為政側にも近い立場の彼女、流石に看過できない可能性もある。

「マルハゲドンさ」

「マルハゲドン!?」

 美羽も素っ頓狂な声を上げた。

「周囲一帯の人間に問答無用でハゲ呪術が降りかかる。それが究極奪毛災禍マルハゲドン

 少女二人が絶句し、鉄心だけが少年のように瞳を輝かせていた。

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