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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第90話:魔精との邂逅

 一つ頷き、鉄心がノブを回した。メローディアは一瞬、彼を止めたい衝動に駆られる。つい最近も、ジャンルが全然別の話だが、性急に事を進めて失敗した苦い経験(彼女らの初夜)が脳裏を掠めたのだ。しかし喉から出かかった「もっと周到に準備してからでも良いのでは」という言葉を飲み込んだ。

 もう既に扉は開かれ、想い人の背中は向こう側へ消えようとしている段階。遅すぎた。追い縋るように彼と美羽に続いて扉をくぐる。向こう側はもう見えていた。たった五日ほど前に訪れた、あの洞穴の最奥。行き止まりの広場だった。

 一瞬の浮遊感。位相が変わる気持ち悪さ。だがそれはすぐに収束し、地に足がつく感覚。三人は降り立った魔界で以前と同じ轍を踏むことのないよう、油断なく360度のクリアリングを行った。と、岩壁の上部、件の変異種たちがねぐらとしてる大穴を見つける。黒い馬体も視認できた。三人に緊張が走る。鉄心は聖刀を抜き放ち、メローディアは得物を納めたケースの蓋を開けた。美羽も残りのノブが入った袋を握りしめ、いつでも離脱できる構え。そんな三人を余所に、馬は塒の床に横座りしたまま微動だにしない。来客を認識しているのかどうかすら怪しいレベルだった。

「……メノウさんの言う通り、私たちがテッちゃんと……アレして、呪印が消えたから、だよね?」

 美羽が言い淀みながらも、確認する。鉄心は曖昧に頷いて、

「まあその線が濃厚ではあるけど、メノウの情報もなあ」

 眉に唾つけているようだ。裏切ろうとしている自分は棚に上げている辺り、呆れを通り越してメローディアは感心する。これくらいの図太さが、修羅場にあっては活きてくるのだろう、と。

「もしかすると、あの個体は俺たちと一戦交えて、逃げてったヤツって線も残る。あの時もキミたち二人を斃すより、生存本能を優先して退避行動を取ったワケだから、今も敵意、害意はあるものの警戒が勝っているって可能性もある」

 ならば、例えばの話だが、鉄心やメローディアが瀕死にまで弱った姿を見せたりすれば、たちまち襲い掛かってくる可能性も捨ててはいけない、ということか。

「まあいずれにせよ、俺たちが目指すのはその穴の反対側、あっちだな」

 鉄心がヒッチハイクのように親指を立てて斜め上を指す。二人もそちらを見やると、同じような大穴が壁に開いていた。五日前に討ったもう一体のバイコーンが塒にしていた物だろう。新しい入居者はいないようで、その代わり、暗い穴の中には虹色に輝く扉が存在していた。

「うわあ……キレイ」

 キラキラと七色の光を放ちながら、それはただそこに悠然とあった。場違いこの上なく、周囲の殺風景と不調和を成しているにも関わらず、美羽の言葉通り、確かに美しかった。そしてそれは鉄心たちが見ている前で瞬きするように弱々しく明滅し始める。美羽は自身の好きなテレビゲームで、アイテムボックスから出てきたアイテムが、消える前にチカチカする演出を想起した。鉄心も勘付いたらしく、

「何かヤバそうだな。登っていくよ!」

 言うが早いか、匣を構成。以前もこの洞窟の壁を登った時と同じ要領で、匣を棚田のように多段的に展開させる。それを駆けあがっていく鉄心と、追いかける二人。

 やがて崖の上部、その塒へと到達し、飛び込むようにドアの前に降り立った。と、すぐさま異変。鉄心が改めて覚悟を決めてノブを捻る前に、それはひとりでに開き、彼らを招き入れ始めたのだ。

「う、うわ!」

「きゃあ!」

 吸い込まれるようだった。ロクに抵抗できないまま、扉の向こうへと転がり込む。鉄心は慌てて体を起こした。そして少女二人を体で隠し、聖刀を抜き放つ。

 が、特に何かに襲われるようなこともなく、部屋はただただ静寂に包まれていた。

「えっと」

 美羽もメローディアも、驚愕から立ち直り、今度は興味津々な様子で室内を見渡した。そこには鉄心が夢の中で見た光景が、そのままに広がっていた。真っ白な何もない部屋の中央に大きな繭。その繭に供給するように部屋の四方八方から無数の糸が伸び、中央へと集束している。

「話には聞いていたけど……本当にあったのね」

 メローディアが見つめる先、極彩色の繭が鎮座している。そして美羽は反対に、今入って来た扉の方を見た。開きっぱなしになっていて、向こう側には確かに九層の景色が広がるが、今いる空間は明らかにそことは違うように思われた。扉自体も先程の虹色の発光は収まり、今は普通のくたびれた木扉のように見受けられる。

「ふうむ」

 鉄心も美羽の視線を追って、地続きに繋がりながら、全く違う時空なのであろう扉の向こうと部屋の内部を見比べた。

 と、そこで部屋の中央、沈黙を続けていた繭が、ゆっくりと糸をほどけさせていく。再び鉄心は警戒態勢。正眼に構え、油断なく繭の変貌を見届けている。どちらに転ぶか。自分の直感が正しく、無害である可能性。外れていて、誘い込まれた乃至ないしこの繭以外に敵が潜んでいる可能性。メローディアが生唾を飲み、喉が大きく鳴った。

「何かあったら、ダッシュで扉の確保」

 二人に指示を出す鉄心。あれさえ閉じられなければ、逃げおおせられる。逆に言うと、アレを閉じられると、もう逃げ道がない。この空間がどこかも分からないのだ。仮に繭が敵だったとして、それを討てばまた扉が出てくる保障もない。

 ……ひどく。ひどく軽率な行軍だったのでは? などと今更なことを鉄心が考えてしまった、その時だった。

「テッシン。ようやく来てくれたんだね」

 不思議な声が室内に響いた。鼓膜から聞こえたようにも、自分の内から届いたようにも感じられ、鉄心の脳は軽く混乱をきたした。

「な、なに? 美羽、アナタこんな時に性質たちが悪いわよ」

「私じゃないですよ!」

 少女二人にも聞こえているようで、悲しき冤罪事件が発生している。

「ギリギリ、間に合ったね」

 混乱の三人を余所に、謎の声は少し気安い口調で話し続け、やがて。

「二人とも伏せて!」

 繭から目を焼くような光が放たれる。二人の頭を抑え込むようにして無理矢理に座らせる鉄心。そして彼も頭を低くし、南無三とばかり目を閉じた。今、もし攻撃を受けたら何の抵抗も出来ないまま致命傷を負うだろう。頼むから、味方でなくとも敵でもない存在であってくれ、というのが鉄心の偽らざる本音だった。

 どれくらいそうしていただろうか。手庇の向こう、徐々に収まる光を見据えながら、鉄心は自分の五体満足を確認する。動かない部位も、痛みも、攻撃を受けた感触もない。恐らくは無事。大きな安堵に続き、背後の二人の安否も確認したい衝動に駆られる。が、まだ繭から目を離すのは得策ではない。

 やがて、光が収束した。

 光の中心だった場所、部屋の中央の繭。それは姿を消し、代わりに居たのは、幼児。体格からは小学校の中学年くらいと推察される。性別は分からない。とても整った容姿だが、ひどく中性的で、男児にも女児にも見えた。

「キミは……」

 鉄心が渇いた喉から声を絞り出し、正体を訊ねた。美羽とメローディアも固唾を飲んで見守っている気配。

「僕は」

 やや芝居がかった仕草で、胸に掌を当てた、その存在。

「僕は、ハゲ呪術の魔精ハージュ」

 衝撃的な正体を明かした。

「ハゲ呪術の」

「魔精!?」

 少女二人が心底驚いたと、オクターブの高い声をあげる。鉄心にしても声こそ出さないものの、二人と同じ心境だった。

「そ。メチャクチャ珍しい存在なんだから。ありがたく拝んでも良いよ?」

 茶目っ気を出されるが、三人はどう返して良いか分からず、無言だった。鉄心は、

「取り敢えず、二人とも無事?」

 と確認する。先程の声を聞く限り、まあ十中八九、何もなかったのだろうが。案の定、二人からは肯定の言葉が返ってきた。そのやり取りを黙って聞いていたハゲ呪術の魔精なる存在は、少しだけ頬を膨らませてみせる。

「ヒドイなあ。何もしないよ。て言うか僕のこと信じてくれたから来たんでしょう?」

 それを言われると、鉄心も弱い。

「ま、まあそれはそうなんだが……何か絶対の確証があったワケでもないし。というか、今もキミが敵ではないという確信は得られてないけど」

 直感を信じると決めて来た彼だが、これほど珍妙な現象の連続、果ては謎の存在に出会うとなると、勘の方を疑いたくもなる。

「ふうむ。テッシン。邪刀の様子はどうだい?」

「ん? 邪刀? んん……おっ」

 いきなりの話題転換だったが、鉄心はその言葉に素直に邪刀の様子を窺い、氣を送ってみて、手応えを感じた。多分に観念的で彼本人にしか知覚できない領域の話だが。

「これはまさか……」

「そう、眠りかけていた邪刀が僕と繋がることで再び活性化したんだ」

「……」

 鉄心は黙考。目の前の存在。ハゲ呪術の魔精ハージュ。鉄心の呪術を知っているのに加え、更に間違いなく邪刀が少なからず力を取り戻した感覚もある。この少年(?)の言と現実に大きな齟齬は感じない。

「どう? 信じる気になった?」

「そう……だな」

 そもそも信じる気で来たのだ。ここまで材料が揃っているなら……賭けて良いだろう。二転三転したが、今度こそ鉄心は踏ん切りをつけた。

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