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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編
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第9話:取り扱い困難

 電話を切り、オリビア・ケーヒルは大きな溜息を吐いた。体の中の空気を全て入れ替えたいような気分だった。

「手に負えない」

 鉄心と関わると、何度となく至る諦観だった。

 そもそも、今回の任務、彼は全く不適材だった。こうなるだろうと思っていた。子爵との件は何とか丸く収める事が出来そうだが、そう何度も使える手ではない。彼が不逮捕特権のような待遇を受けている事を悟られれば、嗅ぎ回られ、ついにはゲート予報まで突き止められるかも知れない。そしてそれが腐敗貴族たちの間に広まれば、ルウメイの二の舞も現実味を帯びてくる。奇しくも彼の国の愚行の被害者であるゴルフィールが、愚の連鎖を繋げるなど、あってはならない事だ。そんな危惧まで彼は考えているのだろうか。或いは考え付いた上で歯牙にもかけていないのだろうか。

「だから無茶だと、あれほど」

 なぜ彼が普段は、他のチームが逃がした「討ち漏らし」の魔族や、規模が小さくて予知できなかった小型ゲートから出てきた「はぐれ」の魔族を討つ単独任務ばかりをこなすことになったのか、上層部はもっと考えるべきである。

「ああ、そうか。今回も私がフォローしてどうにかすると思っているからか」

 試しにボイコットしたらどうなるか。すごく魅力的な実験に思えて仕方ない。

 だが、同時に今回ばかりは仕方ない事情があるのも分かっている。まず他の人員では、この規模のゲートに対しては八人以上の体制を敷かなくてはならない。だが今、鉄心を除いてフリーなのは六人だけ。しかも内二人は負傷しており万全とは程遠い。選択肢が無かった。そこに加え、先方、つまり女王陛下が直々に候補者リストの中から鉄心を指名したのが決定的だった。何せ討伐実績が異次元な上、四年前の「アックアの大虐殺」平定の影の立役者でもある。彼のパーソナリティを詳しく御存知ない陛下からすると選ばない手など何処にもない。

 更に、女王にはもう一つの目的もあった。今は亡き大親友であり、前公爵のエリダ・シャックスの忘れ形見、メローディア・シャックスの命を何としても守りたい、という願い。だからこそ、潜入任務という形を取った。学外から守っていたのでは、不完全だ。ゲート出現の際に、学校のどこに居るのか分からないのでは、万が一が起こり得る。確実を期すなら最強のカードをなるべく近くに配するべきなのは自明の理。だからそこまでやる。公明正大と名高い女王が、公私混同の不徳を押してでも、貫きたい願いだった。

 しかし、このもう一つの重大ミッションを、鉄心は知らされていない。これはオリビアの判断だった。女王が臣民の命に順番をつけた、という事実を彼がどう受け止めるか。王位継承権3位の公爵令嬢を殊更重点的に守れなんて言われれば、彼が反発するのは目に見えている。なので現状は伏せている。

 賭けである。実際に会って、話して、彼女に何かしら守るべき価値(心根の優しさだったり、真の意味での気高さだったり)を彼が見出したなら、有体に言って人として気に入ってくれたなら、安全は保障されたと言っていい。例えば美羽などは、来たる襲撃の後、生き残っている可能性は限りなく100%に近い。もちろんそれは万難を排して鉄心が守るからである。その枠にメローディアも入ることが出来るか否かが分水嶺となるのだ。

「イカれてる」

 本当に。王命と告げた方が生存率が下がるなど、意味が分からない。

 オリビアはデスクチェアーの背もたれにぐったりと体を預け、もう一度深く息を吐く。望みは十分にある。幸いにも彼自身から水を向けてくれたおかげで、自然な流れでメローディアへの同情ポイントが加算されるような応援演説がてた。あとは彼らのファーストインプレッションが良きものでありますようにと、神に祈るより他なかった。



 翌日、午前11時前。午後から登校しても良いとの旨、サリー先生からの電話で知らされた鉄心。先生は午前中とは思えない疲れ切った声をしており、聞くに件の子爵様とやらが予想通り抗議のため乗り込んできて、それが今しがた帰ったということらしかった。オリビアが監視カメラの映像を学校側へも提供していたらしく、先に手を出したのは娘さんの方であり、許可も無く魔導具まで使っている点も大いにマイナスだと説得した。当校としては薊鉄心の処分は出来かねる。警察に行っても、この映像が提出されることとなり、やはり立件は難しいのでは、といった内容を懇切丁寧に、根気強く繰り返したとのこと。子爵は一時間以上粘ったが、最終的には折れて、来期の寄付は覚悟しておけという捨て台詞を残して帰ったそうな。ラインズの態度の急変(いつもの媚びたような笑みが鳴りを潜め、真剣に説得に当たっていた)にも困惑していたようだった。鉄心の邪刀を見るまでは率先して処罰を下そうとしていた男も変われば変わるものである。やはり暴力。暴力は人生を切り拓く。鉄心はその確信を深め、電話を切った。

 トレーニングを行い、汗を流した後、昼食をとり、徒歩で学園へ向かった。ナチュラルに五限を遅刻し、職員室に到着。サリー先生の指示に従い、五限途中での授業参加となる。

「いいですか。くれぐれも、もう問題は起こさないようにお願いします」

 言いながら、これほど虚しい忠告も無いものだと教諭は思う。廊下を歩き、通称貴族クラスへと先導するサリー先生の足取りは重たかった。ちなみに、この貴族クラスの教室は一階にある。貴族様より平民が上の階で良いのか、というツッコミを入れたくなるが、単純に階段を昇らされる方が格下という解釈なのかも知れない。なぜ平民である鉄心が貴族のクラスで授業を受ける事になっているのかと言うと……アタッカー志望の生徒は選択授業において、当然アタッカー養成に特化した専門科目を取る必要があるのだが、それが貴族クラスで行われるからである。

「着きました」

 短く告げ、ノックを二回。教室内に響いていた教師らしき男の声が止まり、ドア越しに誰何すいかを訊ねられる。

「薊鉄心くんを連れてきました」

「わかった。入りたまえ」

 サリー先生が引き戸を開け、中に入る。鉄心もそれに続いた。まず驚いたのが内装だった。赤い絨毯が床一面に敷かれている。窓の方に目をやると、カーテンまで赤生地に金の装飾が入った成金趣味のような物を備え付けているようだった。クラスメイトたちは一年から三年生まで一緒くた(アタッカーはサポートに比べ遙かに少ないからだ。社会人においてもそうだ)で、年齢はリボンやタイの色で見分けるより他ない状態だった。イザベラの時はそこまで意識して見る暇がなかったが、どうやら制服のデザインや素材も微妙に平民の物とは違うようだ。

(ここまで来ると逆に哀れですらあるな。身分以外に誇れるものが無いから、こうまで平民との差別化にこだわる)

 クラス中を見渡す。男女半々くらいだろうか。サポートは女子が圧倒的多数だが、アタッカーになるとどこも大体この比率になる。そして東洋人は鉄心だけのようで、金や白みがかった銀色、茶色の髪が多い。教壇の横、一段高い所から見下ろされているようで不服なのだろう、眉間に皺を寄せ睨むように見返してくる者が殆どだった。一番後ろの席に座る二年生、名のある彫刻家の作品と言われても信じてしまいそうなほど、恐ろしく顔立ちの整った女子生徒は一瞥をくれただけで、すぐに興味を無くしたように手元の書籍に視線を落とした。

(あれが……)

 思案にふけりそうになる所を、教師の咳払いで戻される。

「自己紹介を」

「……日本から留学でやって来ました。薊鉄心です。よろしくお願いします」

 拍手も何も起こらない。また波乱の一日になりそうだった。 

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