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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第87話:成就

 まだ9月ではあるが、夕方の4時半を過ぎた辺りで気温がグッと下がった。寒冷地に位置するゴルフィール、加えて今年は厳冬が予想されるらしく。メローディアも美羽も半ば鉄心で暖を取るくらいの勢いで引っついて歩いていた。

 〆の観覧車に辿り着いたのは、夕日の赤すら徐々に褪せ始めた頃合いだった。三人、ゴンドラの中に乗り込むと、片側のベンチに固まって座った。

「傾かないかな?」

 鉄心がニヤリと笑いながら言った。彼ひとりで90キロ近くある。

「怖いこと言わないでちょうだい」

 とメローディアが口を尖らせるが、一向に反対側へ移る気配はなかった。それは美羽も同様で「寒いから」という免罪符を握って、大好きな人の肩に頭を乗せていたいのだった。

 ゴンドラはゆっくりと動き出し、上へ上へと昇って行く。ジェットコースターでも見た景色の変遷だが、よりハッキリと眺められる。遊園地内、少し遠くの住宅地、更に遠く、王城まで見え始めた。

「……この街、お母様とアナタたちが守ったのよね。そして一週間ほど前にはアナタがもう一度」

 メローディアが生まれた地を慈しむように、目を細めながら遠景を眺めていたが、不意にポツリと言った。

「私も戦場に立ってやっと分かった。とんでもない勇気が必要なことだったのよね。あの惨劇の中で最後まで誇りを持って戦った人は、生死関係なしに、全員を尊敬するわ。もちろん、鉄心、アナタもね」

「……」

「やっとその近くまで立てるようになったのよね。あの車椅子の子たちや美羽。私でも少しは守れたのよね?」

「はい」

 美羽と鉄心が同時に肯定した。

「そこまで導いてくれたのはアナタよ、鉄心。アナタに出会えなければ、未だに光臨すら出せていなかったでしょうね。だから……アナタは光よ。私の太陽よ」

 メローディの吐息に熱が籠る。

「美羽に言われたわ。たった一度アナタが暴走したくらいで、手放してしまうんですか? って。有り得ないわ、有り得ない。思えば全能の幻をアナタに押し付けていたのね。そこから醒めた。幻滅って言葉は良くない意味で使われる事が多いけど、私にとっては、身勝手な幻を振り払えたっていう成長の意味になるわ」

「メロディ様……」

「幻から醒めて、残ったのは……想い。アナタへの尽きない想い。愛おしくて、大好きで、どうにもならない想い」

 鉄心は体中が総毛だった。戦場で聞く鬨の声にも勝るとも劣らない。静かな言葉の中に、揺るぎない芯がある。

「暗闇から救い出してくれてありがとう。失敗しても見捨てずに指導してくれてありがとう。甘えた時にたくさん可愛がってくれてありがとう。身も心も強くしてくれてありがとう。今日も、諦めずに誘ってくれてありがとう」

 メローディアはそこで一旦、大きく息を吸って吐いて。

「好きよ。大好き。どうか、アナタの妻にしてください」

 そのまま鉄心の胸に額をつけた。

「俺も。俺もメロディ様のこと大好きです。やっと気付いたんです。このまま失ってしまうのかなって思うと、胸が締めつけられるようだった。傷つけて、泣いているのを見て、抱き締めて慰めたいと思ったのに。今まではそれが出来たし許されてたのに、出来なくなってしまった。そう思うと、やり場のない想いが胸の中を渦巻いて、どうにかなってしまいそうでした」

「て、鉄心……!」

 ああ、とメローディアは強く強く鉄心の体にしがみついた。

「言ってくれた」

 メローディアはそして遅れて気付く。好き。彼からその言葉がないまま繋がろうとした不安もまた、あの余裕のなさを招いていたのだと。そして彼女はもう一つ気付く。彼が謝りに来た時、「大切」という言葉を自分に対して使ってくれたし、何かあれば身命を賭して、とまで言ってくれた。けれどそれは、アタッカーの職分の延長のようで、自分だけを(或いは美羽と二人だけを)特別扱いする言葉ではなかったのだ。それに脳のどこかが気付いていたからモヤモヤして響かなかったのだろう、と。

 そして今、万感の思いだった。聞きたかった言葉はこれだったのだと、魂が理解し、震えていた。

「……そして、メロディ様を失うかもと思った時に、それでもまた向かって行けたのは、美羽ちゃん、キミのおかげだ。きっとキミは抜け駆けすることも出来たハズなのに、そうしなかった。メロディ様と俺のことを真に想ってくれてたんだよね。もう何度も言ってるけど、キミに出会えたことは俺の人生の中でも一、二を争う程の幸運だ。心強かったし、嬉しかった。包まれてるようだった。本当に良い女だ。もう一生傍に置いておきたいって本気で思う……キミのことも大好きなんだ」

「テッちゃん……」

 美羽の目から涙が零れ落ちる。自分は与える役に徹しようと思っていたハズなのに、真心からの感謝と愛を告白されて、彼女の魂も容易く震えた。

「無茶は承知で頼む。二人とも嫁に来てくれないか?」

 鉄心が左右の少女の顔を順に見て、頭を下げた。もちろん、メローディアの方は現実的には嫁入りとはいかないのだろうが、言葉の綾というか、決意表明のようなものだった。

 果たして二人も……涙を浮かべながら、「はい」と頷いた。

 鉄心はカバンから二つの小箱を取り出す。黒い箱と、金の箱。それぞれの髪色に合わせたそれらを渡す。二人とも中身の見当はついている。けれど、それでも彼女らは胸の内に熱が灯るのを感じた。

「開けてみても?」

 美羽の確認に、鉄心は首肯する。

 二人、同時に箱の蓋を上げ、中を見て目を丸くした。正直、素人の鉄心が作るアクセサリーに過大な期待はしていなかったのだが、意外や意外、市販品のように美しかった。まあ当然、彼の部屋には今も失敗作の山があるワケだが。

 二人、取り出し、掌の上に乗せて見つめる。

「これ、紫のは……」

「あー、うん。薊の花だよ」

 二人、カッと顔が熱くなる。こんなものを贈られて、それを着けたりした日には、もういよいよ、彼の物になると宣言するようなものではないか、と。そして、それを分かっていて、二人はほぼ同時にクリップを開き、そのまま耳たぶを挟んでしまった。それぞれの髪色の上に紫の薊の花が咲いた耳飾り。夕日を反射してキラキラと輝いた。

 観覧車が頂上に着いた。この街で一番高い場所で、一番の幸せを誇るように、三人の唇が重なった。あの洞窟でしたファーストキスと同じように。



 その晩、美羽とメローディアの下腹の呪印は綺麗さっぱり消え去った。



 翌朝。

 鉄心は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。するとすぐに隣から「大丈夫?」と声が掛かる。そちらを向くと半身を起こしたメローディアが居た。すっぴんでいて尚、彫刻のように整ったその顔を見て、寝惚け気味の頭が完全に覚醒する鉄心。それと同時、また例の夢を見ていた記憶が朧気に蘇ってきた。こんな日までかよ、と悪態をつきたい気持ちを抑える。

うなされてた……とは違うけど、何かを探してるような」

 メローディアの探すという表現に妙にシックリ収まるものを感じ、鉄心は「ああ」と呻いた。

 サイドテーブルの上のペットボトルを取り、ガブガブと中身を飲んだ。昨夜の情交で汗として失った水分を全部取り戻すかのようだ。

 メローディアにおはようのキスをねだられ、鉄心が軽く首を傾けた時、反対隣から「う~ん」と低い声がした。美羽だ。

 メローディアの方が何とか繋がり、最後までようよう漕ぎ着けたのに対し、美羽の方は既に前回で奥まで到達していたこともあり、痛みは小さく、顔をしかめることもなかった。なので鉄心の獣欲の殆どを彼女が受け止める形になった。

 下着だけ纏い、眠りこけていたのだが、二人の声に反応したようだ。やがてモゾモゾと身動ぎし、ゆっくりと目を開けた。

「おはよう」

 鉄心が頬を撫でる。美羽もまたメイクを落として眠っていたが、やはり素地が良い。可愛いな、と呟く鉄心の声を半覚醒で聞いていた美羽は、しかしハタと目を覚ました。

「そ、そうだ! 学校!」

 何かを忘れている気はずっとしていたのだ。

「え? 美羽アナタ、今日はもう土曜日よ?」

 鉄心を挟んだ向かい側からメローディアの冷静な声。

「なんだ、良かった……って! 昨日! そっか金曜日だったんだ」

「何を今更」

「テッちゃん気付いてたの!?」

 むしろ鉄心は美羽が気付いてなかった事にこそ驚いている。あれだけ冷静に、誠実に立ち回っていた彼女だが、誠実ゆえに二人の事を考えすぎて、他のことは全て意識の埒外に追いやってしまっていたらしい。

 メローディアも鉄心も慈しむように笑った。本当に、間違いなく、昨晩を最高の初体験に出来たのは、この一つ年下の妹分のおかげだと。

「ど、どうしよう? サボりになっちゃった」

「いや、出席になってるよ」

「え!?」

 美羽は目を丸くする。如何なカラクリか、と。そしてすぐに気付いた。

「校長、脅しといて良かっただろ?」

 まんまと策がハマったとでも言わんばかりに、とても嬉しそうな鉄心。

「まあ、学校なんかより遥かに大事な一日だったものね。こうして生涯の伴侶を得られた」

 そう言いながら、鉄心にしなだれかかるメローディア。二人ともあっけらかんとしたもので、美羽も何だか気が抜ける。

 結局、その後、ベッドで三人、10分以上イチャイチャしていた。

 

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