第86話:遊園地デート
迎えたデート当日。
鉄心はタクシーを使って先に待ち合わせ場所へと向かった。その少し後から少女二人はシャックス家の車で現地へ。同じ家から同じ集合場所へ向かうのだから、一緒に移動した方が無駄が少ないじゃないかとも思うが、鉄心は物の本で、デートとは待ち合わせの段から非日常感を出す努力をせねばならない、という知見を得て、それを素直に実行したのだ。
鉄心がゲート前に着いて2分後、少女たちも到着した。
白いティアードスカートに黒のロングブーツ、上はファージレを羽織ったメローディア。それぞれかなり高価な物で、今日という日への意気込みを感じさせる。鉄心は彼女の前まで歩み寄って、もう一度深く頭を下げた。
「メロディ様、今日は来てくれてありがとうございます」
「……ええ」
小さな声だったが、マトモな会話になった。随分と久しぶりな気がする二人。
メローディアの後ろから美羽も合流する。こちらは焦げ茶のニットに少し薄いブラウンのベスト、下は濃い緑のワイドパンツを履いていた。メローディアより暖かそうだ。
鉄心もメローディアも、この後どうしようと指示を仰ぐような視線を美羽に向けた。不世出のアタッカーとその愛弟子に頼られる一般人の少女、という構図。
「取り敢えず、こんな場所で込み入った話は出来ませんから、一旦あの時の事は忘れて、三人で楽しみましょう。折角テーマパークに来たんですから」
美羽の提言に、二人も否やはなく、パークのゲートを順に通過した。美羽が鉄心の腕を抱き、メローディアはぎこちなく反対側の腕を取ろうとして、結局、彼のカーディガンの裾をちょこんと摘まんだ。「可愛い」と小声で鉄心に言われ、メローディアは真っ赤になった。
(うう。何なのよ、まだ完全に和解できてもないのに、ちょっと甘い言葉を掛けられただけで、嬉しくなってしまうなんて、いくら何でも不公平よ)
と彼女は思うのだが、それでも頬が緩むのを止められないのだから仕方ない。
「しかし、空いてますね」
平日の朝ということで、パーク内の客は疎らだった。一番並んでいる、世界的人気を誇る映画とタイアップしたアトラクションでも、昼前には入れそうである。
「どこから行こっか?」
美羽が鉄心と、その体越しにメローディアへ優しく笑いかける。
「あ、あれ、乗ってみたいわ」
ド定番のメリーゴーランドだ。未だ廃れないのだな、と美羽は感心した。
「う、また馬になってしまうわね」
提案してから気付いたらしく、メローディアは取り下げようとしたが、二人が可笑しそうに笑うので、嬉しくなって、そのまま通した。
ガラガラだったので三人で並んで乗れた。ミュージックがスタートし、同時に木馬も回り出す。
「俺、実は初めて乗るんですよー!」
鉄心は前方の木馬に乗るメローディアに大声で言った。そもそも遊園地自体、彼は来たことがなかった。もちろん虐待されていたワケではなく、強くなること、暴力を振るうことが楽しくて、幼少期にこういったものに興味を示さなかったのだ。
「そうなのねー! 私も両親と来て以来だから、久しぶりよー!」
きっと大声を張り上げないと聞こえないという状況が、逆に二人には良かったのだろう。腹から声を出せば、それだけで緊張は劇的に和らぐ。
「美羽はー?」
「私も中学入学の時に、ひゃああ!?」
聞こえやすいように身を乗り出そうとしたタイミングと、上下に波打ちながら廻る木馬の動きが噛み合わなかったのだろう。体勢を崩しかけて、慌ててポールにしがみついていた。
「危ないから身を乗り出さないで下さーい!」
係員にも怒られて、美羽はシュンとした。
見ている分には子供騙しのシンプルに過ぎるアトラクションかと、鉄心は思ったが。一周する間に園内のきらびやかな装飾やアトラクションが目を楽しませ、更には次に何に乗ろうかと、ワクワクさせる効果もあるのか、と納得した。結果として一番最初に乗ったのは正解だった。また、先の通り鉄心とメローディアの間のシコリも(もちろん完全氷解とはいかないが)ある程度は緩和されたのも、大きい。
「次は例の映画タイアップのアトラクション行ってみませんか?」
今度は美羽の提案。昼を跨ぐのを嫌ってか、待ちの行列が短くなっていた。
「そだね。朝も遅めだったし、昼は13時過ぎでも良いかも……メロディ様は?」
少しだけまだ話を振るときに構えるような間がある。メローディアはそれに敢えて気付かないフリをして、
「私も9時くらいに食べたから、遅くても大丈夫よ」
普通に返した。
三人で並び、11時半に入場。コースターに乗って映画世界を巡る、よくあるパターンの物らしく、一周して戻ってくるまで15分ほど。寧ろちょうど昼時に戻れるね、と美羽。
乗り物は一列が二人掛けのようで、鉄心とメローディアが隣り合って座り、美羽はその後ろに乗った。小声で「ごめんなさい、ありがとう」とメローディアが美羽に告げる。想い人の隣まで快く譲ってくれたのだから、メローディアとしても、いつまでも消極的ではいられない、と気合が入った。
そっとシートベルトの下から隣に手を伸ばし、鉄心の左手に重ねた。すると彼ははにかみ笑いを浮かべ、恐る恐る彼女の手を握る。メローディアはその様子を可愛いと思った。
やがて走り出したコースター。映画原作は冒険活劇のようで、それらしいステージが居並ぶ。荒野で盗賊と戦ったり、密林の中にある古代遺跡に潜ったりした。
美羽の隣は知らないおばさんだったが、何故かメローディアと鉄心より盛んに会話している。おばさんは原作の大ファンのようで、シーンの解説を美羽に聞かせているようだ。ネタバレも良いところだが、少女二人は視聴済み、鉄心は観る予定がないので問題なかった。
「そろそろクライマックスよ」
メローディアが鉄心に教えた。主人公と一緒に冒険していた仲間の一人が実は裏切り者で、というこれまたコテコテの展開の後、ガンアクションが繰り広げられた。
そしてそれに勝利した主人公がヒロインと熱い口付け……は流石に子供も乗ることを想定してカットされているが、良いムードでエンディング。そのままコースターは徐行して、スタート地点に戻ってきた。
降りてからも三人で手を繋いで歩く。元はスキンシップも多かった関係だ。と言うより本番手前まで進んだ間柄、一度距離感を取り戻せば、こうなるのも必然か。
昼食は併設のレストラン街でオムライスを食べた。皆で食べさせ合いっことなり、色んな味を楽しむ。三人とも口には出さないが、まるで埋め合わせをしているようだと思っていた。文字通り生き馬の目を抜く修羅場に瀕し、ほぼ強制的に団結力を高めざるを得なかった、ここまでの約一週間。それは確かに恐ろしく密度の高い日々で、強固な絆を生んだが、反面、穏やかな日常で積み重ねる愛着のようなものが不足していた。それを前回のデートと今で急速に補っているみたいだ、と。
食休みをしている最中にメローディアが席を立った。花摘みとだけ告げたが、化粧ポーチも持っていたので、食事で剥がれたルージュを塗り直すのだろう。
「……どう、かな?」
彼女が手洗いに消えたタイミングで鉄心は隣の美羽に声を掛けた。メローディアと自分、ここまでの進捗具合を訊ねているのだ。
「うん。良い感じだと思う。実は部屋から出てきてくれた時点で、もうそこまで心配してなかったんだけどね。後は遊んでるうちに自然と、いい形に収まるんじゃないかって」
そもそも、あの如何にも身持ちの固そうなメローディアが、婚前交渉になろうが受け入れたいと願った相手なのだ。そう簡単に離れるワケはない、と。
「ありがと。キミのおかげだ。本当に美羽ちゃんは良い女だね」
鉄心はコテンと頭を傾け、美羽の頭頂に頬を当てる。そのまま腰を抱き、フカフカの体を楽しむ。そうして少しの間、体温を交わしているとメローディアが戻って来た。仲睦まじく寄り添う二人を微笑ましそうに見やり、自分も鉄心の反対側へ座り、体を預けた。
「……もう俺のこと怖くないですか?」
「ええ」
メローディは穏やかな表情で瞑目した。
「あの時は、本当にゴメン。キミを傷つけてしまった。あんなのは本意じゃなかったのに」
「良いのよ。私もあまりに男を知らなさすぎた。ゆ、許すわ」
「……ありがとう」
鉄心は左腕でメローディアを引き寄せ、抱く。「あ」とメローディアの小さな声。鉄心は二人の体をもう一度ギュッと強く抱きしめてから離した。
「出ましょうか。まだまだ時間はあります。いっぱい楽しもう」
メローディアと美羽の両方に語りかけ、鉄心はテーブルの上の透明な筒から伝票を抜いた。もちろん本日は全部まるっと彼の奢りである。
それから、ガンシューティング(ちゃっかりブラックマンバの練習も兼ねていた)、ジェットコースター、カラクリ城といったアトラクションを順に廻った。どれも皆、楽しんでいたが、どこかフワフワとした雰囲気があった。特に女子二人には予感を超えて確信があった。デートの最後に、彼から大切な話があるのだろう、と。




