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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第84話:失敗、その後

「メロディ様。まだお話はしてくれませんか?」

「……」

 メローディアの部屋の前、鉄心は根気よく語りかけたが、ついぞ返事は返って来ない。

「……また明日の朝、来ます」

 鉄心は軽く嘆息して踵を返した。スリッパが廊下の絨毯を擦る小さな音を、メローディアは部屋の中から耳を澄ませて聞いていた。

(行ってしまったわ。こんなに簡単に諦めるなんて……やっぱり私のことなんて)

 ベッドの上で、抱えた膝にグッと額を押し付ける。だがすぐにコンコンと扉をノックする音が聞こえ、顔を上げた。戻って来てくれた。喜びで思わず立ち上がりそうになる。脳内では扉を開けて彼を迎え入れ抱き締められるビジョンが駆け巡る。

(だ、だめよ。私は怒ってるんだから)

 そんなに簡単に元通りになっては、大したことなかったんだと思われて、また同じ事をされてしまうかも知れない。まだ開けてはダメだ。メローディアは浮かせかけた腰をまたベッドの上に落とした。

 だがそもそもノックの相手は鉄心ではなかった。

「メロディ様、私です。美羽です」

「え?」

「お話できませんか?」

「……」

 メローディアは判断に窮した。声を掛けられて初めて気付いたが、美羽となら、あの交わりについて話せるのだ。と言うより当事者以外、ちょっと誰にも話せない内容である。相談をしたいという欲求が、鎌首をもたげる。だが同時に、メローディアは彼女に対しても思う所がないワケでもなかった。(メローディアの視点では)鉄心は美羽にだけは紳士的で、挿入も最後まで行っていた。もしかすると鉄心は美羽の方が好きなのではないか。そんな疑念を彼女は以前にも何度か抱いたことがあるが、ここに来てそれが再浮上している。

(もし鉄心が美羽だけ選んだとかだったら……私に諦めるよう説得に来た?)

 メローディアも頭では、美羽がそんなえげつない事が出来る子ではないとは分かっているが。

「……鉄心に何か言われたの?」

「ち、違います。ただ……時間が経つと余計に拗れそうな気がして」

「……」

 メローディアはベッドから立ち上がり、部屋の扉へ。鍵のツマミに手をかけ、そこでもう一度逡巡したが、結局、カチンと縦に回した。

「メロディ様」

 扉を開けるとフクフクした美羽の顔が見えた。愛らしいタヌキ顔美人。柔らかく労わるような笑顔を作って、部屋に入ってくる彼女を、気付けばメローディアは抱き締めていた。

「わわ! どうしたんですか!?」

「鉄心が……鉄心が酷いのよ」

 メローディアは自分で思っている以上に、冷静ではなかった。

「私を物のように扱ったの!」

「はい、見てましたから。メロディ様、落ち着いて」

 美羽は抱き着いて来たメローディアの背を優しく撫でつけ、声をかける。

「テッちゃんも自分でやってしまったって分かってますから。かなり落ち込んでましたよ?」

「……本当?」

「はい。諸々と焦りすぎたって」

 最後の暴走の件だけでなく、そもそも今日いきなり言われてそのまま始めたこと自体が性急に過ぎたと。ただそれはメローディアが望んだことでもある。あと一月程度というタイムリミットを考えれば、万全のムードを整えて、などと悠長には出来なかった。ただムードは無理でも、せめて優しくして欲しかった、というのがメローディの偽らざる本音だ。だがそれも、

「テッちゃんのこと、許せませんか?」

 という美羽の言葉に考えさせられる。仮に許せなかったとして、なら自分は鉄心を諦め、手放すのだろうか、と。「あ……ぐ」と口から変な音が漏れるメローディア。心臓を締め付けられるような痛みに苛まれた。鉄心の居ない生活、結ばれずに過ごす残りの人生。想像しただけでこのザマだ。心臓に続いて下腹に痛みに似た疼きが起こる。ダメだ手放すな、彼の精を受けろと全力で命令しているのだ。

「……許すしかないのよ。もう私の負けなんだもの。どんなに酷い事されても、もうあの人以外は無理なんだから」

 恋愛は惚れた方の負け。紛れもなく真理だった。

「それも、ちょっとどうなんでしょう?」

「え?」

 美羽から変な所で物言いがついて、メローディアは固まる。

「私もそうですけど、メロディ様はあの洞窟で色々とテッちゃんに許してもらったんじゃないでしょうか?」

「……」

「どんなに失態があろうと、私たちを決して見捨てませんでしたよね」

 メローディアが勇み足で窮地に陥ったとき、彼はどうしたか。万難を排して救い出し、その後も真摯に向き合った。ダメだった所は当然キッチリ指摘したが、それ以上に彼女の為に出来ることを考えてあげていた。

「メロディ様は、それともテッちゃんが戦闘方面と同様に恋愛面でも手慣れてる方が良かったですか?」

 それなら女体に我を忘れて暴走することもなかっただろう。

「それは……イヤ。モヤモヤするわ、絶対」

「ですよね。けど、だったら初々しい失敗も包んであげなきゃです。清廉な体で熟練者のように抱けって言われても、テッちゃんだって困っちゃいますよ」

 噛んで含むように言い聞かせる美羽。メローディアも、その理屈はよく分かった。

「テッちゃん、ずっと凄かったから、どこか神格視しちゃう気持ちはよく分かります。私もそうでしたから。でもやっぱり彼も人間です。経験のないことは最初から上手くできません」

「そう……でしょうね」

「欲望をぶつけられなかった私だから、他人事みたいに言えるんだろって思われるかも知れないですけど」

 美羽の言葉に、メローディアはフルフルと首を横に振る。

「思わないわ。あの時も今もアナタが一番落ち着いてると思う。仮に私じゃなくてアナタの方へ彼が行っていたら、アナタは普通に受け入れてた。そんな気がするわ」

「そう……ですね。多分。そんなに求めてもらえるの嬉しいって言うか」

 求められ、与える喜び。家事にも充実を見出す精神性ゆえ、元々素養はあったのだろう。

 美羽は改めて、メローディアの両手を掴む。そして下から覗き込むように、目を合わせた。

「明日、またテッちゃんと一緒に来ますから、その時は話してみましょう? 私も居ますから」

 幼子に語りかけるような声音だった。

「ダメよ、もう。何度も無視してしまったわ。さっきもすぐ帰っちゃったし、私にもう愛想が尽きたのよ」

 泣きそうなメローディア。

「そんなことないですってば。でも同じことを繰り返してたら、もう許してくれないんだなって、テッちゃんも本当に諦めちゃうかも」

「ダ、ダメ」

「そうですよね? だったらどうすれば良いか分かりますよね?」

 もう美羽はメローディアが愛らしすぎて、掴んだ手をさするように撫でていた。

「は、話すわ」

「はい。テッちゃんにも言っておきます」

 そういう話でまとまった。

 


 ところが、翌朝になると今度は鉄心がこんな事を言い出したのだ。

「例の手作りアクセサリーを完成させてから会うよ」

 三人デートの時に作ってあげると約束した物だ。鉄心の言い分としては、現状、誠意を伝える手段が言葉しかない。それでは届かないと実感した時に、ふと思い出したのが、この約束だと言う。実際、メローディアも強請ねだっていた物なのは間違いない。

(ああ、そっち行っちゃったか)

 美羽も何度か、次こそ扉を開けてくれるからと説得したが、何せ確証はない。実際、言質は取ったものの、土壇場になってメローディアが日和る可能性というのも、捨てきれずにいる。

 美羽は朝食作りの合間にメローディアのケアへ走り、「嫌われた。来ない口実だ」と悲観する彼女を何とか宥めすかしたものだ。

 一方で鉄心は朝のトレーニングを終え(こういう日でも欠かさないんだなと美羽は感心した)、朝食をとった後は自室に籠り、イヤリングの製作に励んだ。初めての経験に少しだけワクワクする鉄心。だがその高揚もすぐに消え去る。

 シリコンのモールド(型)に低粘度のレジンを流し込み、予め作っておいた調色パレットの上の金色を乗せていく。最初の物は気泡が入り過ぎてダメだった。竹串を買っていたのを思い出し、次作では活用する。

 鉄心は正直、ナメていた。インターネットで調べると簡単そうに見えたが、中々どうして根気が要る。ようやく原型が出来て硬化させることが出来た頃には、たっぷりと変な汗をかいていた。続いて黒色の原型も同様に作る。言わずもがな、金はメローディア。黒は美羽の物である。

 モールドから取り出した原型の周りに残るバリをキレイに整えていく。終えると、裏側にイヤリングの金具を取り付けた。慎重に気泡を取り除きながら、表のコーティングを終え、一旦完成。このままでも良いのだが、

(いや、やろう)

 鉄心が自分でも気持ち悪いかなと思い、躊躇っていた工程。もう一度パレットの上にレジンを少量出し、そこに紫のビーズをつけ、完成した金色の原型に乗せて行く。丸い形に整え、あまり主張しすぎないように小さくワンポイントになる程度の大きさで留める。

 薊の花だ。これをメローディアの金、美羽の黒の上に乗せるという事は、まるきり自分の物になれと言っているようで、鉄心としては恥ずかしくもあったのだ。

 だがもう、覚悟を決める時だった。

(あれだけ二人はさらけ出してくれたのに、俺だけ気持ち悪がられるかもなんて、ダサすぎんだよ)

 日和るなよ、と鉄心は両頬を包むように平手でピシャリと打ち、紫色のビーズの珠をピンセットで摘まんだ。

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