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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第81話:父との電話

(しかし数珠つなぎ的に辿っていくって話だと……まあ考えすぎかも知れんが、父さんにも確認しておくか)

 鉄心も流石に血筋まで辿って呪えるほど強力でもないとは思っているが、どうも資料を読んでいると、連鎖的に類を及ぼす特性の研究、それを付与した呪術の実験などが頻出する為、少し不安になったのだ。

「……」

 携帯を操作し、父の番号を呼び出しながら、鉄心は机の上に置いてあるアトラク・ナクア、亡き兄のユニークを腕に嵌め、クルクルと回した。手持ち無沙汰、というより、彼は少し感傷的になっていた。洞窟内で見せられた、あの夢。親子三人が戦場に立った日、二度と揃わない三人。ならせめて遺品を、と。

「もしもし。父さん?」

「テツか。どうした、珍しい」

「うん、ちょっと変な事聞くんだけどさ」

「ん?」

「ここ最近、呪術を受けたような感覚とか無い?」

「……俺はもう一線は退いた身だぞ。私怨ならあり得るが、老いぼれに追い打ちをかけてやろうとまで恨まれる心当たりはねえな」

「母さんには?」

「もっとねえだろう。幾つになってもポヤポヤして……アレが呪いを受けるほど恨まれるとは、とても」

 言いかけて沈黙。善治よしはるは少し声を潜めるようにして、

「お前の類が及んだかも知れねえってことか?」

 と正鵠を射た。

「うん。俺は父さんたちと違って正しいことはあまりしないからね。山ほど恨まれてると思うよ。けどちょっと事情が違ってさ」

「あん?」

「三層を討ったんだ」

「な……!」

「ソイツから呪術を受けてね。ぶっ殺しちまったもんだから、更に恨みがマシマシでさ。邪刀の一部、のろいを封じられたよ」

「……大丈夫なのか」

「まあ、ぼちぼち。ソイツのユニークかっぱらったからね。不自由なく使えそうだし。邪刀のレスポンスが弱いのは気がかりだけど」

「ぼちぼちどころか、お前……ダブルになったってことだろ、それ」

 ダブルユニーク。読んで字の如く、二つのユニーク武器を扱う事、またはその使用者。とは言え、アタッカー界隈ですら日常的に聞く単語ではない。何故なら、史上で一人だけ、平良の先代頭領しかそれに該当する存在は居ないからだ。いや、居なかったというのが正確か。今、この昇り龍が如き薊の天才が、それに成ったのだから。

「お前、もう当代のかしらより強いか?」

「うん」

 即答に父は全身が粟立った。井蛙のガキがさえずっているワケではない。平良家の今代当主、平良清澄たいらきよすみと何度も稽古を行って、その実力を十二分に知る者が、その上で断言したのだ。

「……兎に角、そっちは特に変わりないんだね? 安心したよ」

「ああ」

「それじゃあ」

「待て。お前は大丈夫なのか?」

 三層とやり合うなど尋常な事態ではない。並の親なら動揺して、事情を詳しく聞こうとするだろう。だがそこは腐っても薊の当主。勇退したとは言え、任務内容を詮索するような愚は犯さない。だが、それでも安否を気遣わずには居られない。長男、次男と先立たれ、更に三男も失うのは、大木のように強い男でも致命的なまでに揺らいでしまうだろう。木も老いるのだから。

「分かんねえよ、そんなの。もしもの時は……きぃ兄たちと同じ所へ」

「帰ってこい」

 鉄心の声を遮って、善治は静かに言った。命令だと言わんばかりに。

「いつになっても良い。五体満足じゃなくても良い。だが必ず帰ってこい」

「……ああ。必ず」

 鉄心はそこで電話を切ろうとした。だがその前に、

「アナタ! 鉄心でしょ!? 代わって代わって! もしもし鉄心? アンタ、元気にやってるの? ご飯はちゃんと食べてる? 人ばっか殺してないでしょうね?」

 怒涛のマシンガントークが展開された。

沙織さおり母さん」

 貴一の母で、鉄心とは直接血の繋がりはないが、実母の来未くるみと同じように母親だと、鉄心も彼女自身も思っている。のんびりした来未とは違って、かなり勝ち気だ。

「次はいつ帰ってくるの!?」

「いや、しばらく手が離せない案件があるから」

「オリビアさんからは長期休養の予定だと聞いてたのだけど?」

「……ちょっと予定が変わって」

「じゃあそれが終わったら帰って来なさい。来未も待ってるわよ」

「分かったよ。帰るよ。日本の飯も恋しいしな」

「いつ!?」

「……なるべく早く帰るよ」

 現状で言えるのはコレだけだ。流石に沙織もアタッカーの妻、それ以上は押してこない。結局、彼女たちは最終的には信じて待っていることしか出来ないのだ。

「貴一が……そこは呪われた地よ」

 大袈裟だと返せれば良かったが、鉄心自身もオカルトじみたハードラックは感じている。学園防衛の依頼を受けただけなのに、魔界へ行って三層の魔族に背中を撃たれるなどと。

「まあ確かに長居しない方が良い国かもね。少なくとも薊家には鬼門かも」

 母に調子を合わせつつ、それでもまだ美羽を置いて去るワケにはいかない、という意志は揺らいではいなかった。

 結局、更に数分ほど小言を言われて、鉄心は電話を切った。正直な所、彼としては父の方が距離感が好きで、沙織は少し苦手だった。家にいる時は放っておかれるのに、いざ離れるとこうして、ここぞとばかりに母親としての責務を果たそうとする。

(ま、何にせよ、杞憂で良かったよ)

 鉄心は大きく嘆息し、そこで部屋の戸が少し開いているのに気付いたのだった。



 鉄心が父親に電話を掛ける10分ほど前。

 ピピピと鳴るキッチンタイマーの電子音に、メローディアが素早く反応し、ストップボタンを押す。美羽はそれを尻目に冷蔵庫からカップを取り出すと、蓋を外し中を確かめた。

「どう? 出来てるの?」

 メローディアも反対側から覗き込む。中身は一面薄黄色。パッと見にはコーンポタージュのようにも見えるが、レシピ通りの時間冷やしたのだから液体ではなくなっているハズだ。美羽が軽くスプーンの背で表面を押す。固すぎず柔らかすぎず、良い具合だった。

「うん、完成。メロディ様のプリン」

「や、やったわ! やったわよ!」

 両拳を握って喜びを爆発させるメローディア。美羽は微笑みながらその様子を見ている。暇を飽かしたメローディアが美羽の菓子作りに乱入した時は、どうしたものかと困ったが、試しに教えてみると意外にも飲み込みが早かった。

「才能ありますよ、メロディ様」

「え、そ、そうかしら? でも美羽の教え方が上手かったおかげよ。ありがとう」

 そう言って師にギュッと抱き着くメローディア。ふわふわウェーブの髪が頬に当たって、美羽はくすぐったかった。

「それにきっと鉄心が食べてくれるって思いながら作ったのも大きいわよね」

「あ、それはあると思います。ウチの国には、料理は愛情って格言もあるくらいですから」

 大好きな人のために作ろうと思えば、当然、学習意欲も高くなる。また美羽の言う通り筋が良いのもあった。今まで料理する機会などなかったせいで、本人も知らなかったが。

「よし! じゃあ鉄心を呼びに行きましょう」

「はい」

 そうして少女たちが彼の部屋へ行ったのが3分ほど前。そして、そこで聞いてしまったのだ。彼と電話相手とのやり取りを。ただ当然、電話している所を盗み聞きしても、相手の声は聞こえないし、会話の全容を知る事も出来ない。その中で拾った断片的な情報を繋ぎ合わせると……

「ゴルフィールの事が嫌いだから、なるだけ早く日本に帰りたいんだわ!」

 となる。メローディアは半ベソを掻きながら、美羽に抱き着いて、頭を撫でられている。ただ美羽は、そこまで深刻に捉えていない。鉄心の声のニュアンス的に、いわゆる「行けたら行く」みたいな社交辞令・常套句に似ていて「帰れそうなら帰る」という事のように思えているのだ。

 そういう日本人同士がよくやるタテマエというものを、美羽はメローディアに諭した。その甲斐あって少しは落ち着いてきたが、やはり文化の壁は薄くなく、

「それでも本心から言っている可能性もゼロではないんでしょう?」

 と反論されると、それは確かにそうなので、美羽としても二の句が継げなくなった。黙ってしまった美羽を見て、メローディアはまたしても凹んで俯いた。これは長くなるかと、美羽が顔を覗き込みかけた時、彼女の予想に反してメローディアはガバッと立ち上がった。ビックリして仰け反った美羽が、腰掛けていたベッドの端から転げ落ちそうになる。そして続くメローディアの言葉に、本当にずり落ちた。

「わ、私! 鉄心に抱かれるわ!!」

 そんなことを、真っ赤な顔で、世界に宣誓するような大声で言うものだから。美羽も聞き間違いという線はハナから消して、

「ええ!? どうしてそうなるんですか?」

「ま、前も言ったでしょう? どうせ遅かれ早かれ鉄心はこの地を去るのだろうから、その前に既成事実は作っておかないとって! そうすればもしかしたら私が卒業するくらいまでは残ってくれるかも知れないじゃない」

「ああ、あの情に訴える作戦……」

「美羽はどうするの? わ、私は二人一緒でも、い、良いわよ」

 何気にメローディアの膝が笑っている。手もプルプルしている。臆病ゆえのポンコツ猪突猛進スイッチ、それはまだ半押しの状態らしい。初めての性行為それ自体に怖気づいているのもあるし、鉄心にすげなく断られたら、という恐怖も尽きないのだろう。ダメだった時に傷を舐め合える仲間に、もう半押しを無意識に委ねているのだ。果たして美羽は、

「……私も、捧げます。お礼も何もせず見送ったら後悔しますから」

 グイと力強く、スイッチを押したのだった。

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