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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第80話:解呪への手がかり

 明け方、鉄心はまたも夢を見ていた。

 病院のソファーでうたた寝していた時と同じ、あの繭の夢だ。まるで自分が鳥にでもなったかのように視点が宙をスーッと動き、あの見慣れた九層の丘から、洞窟内に入り、真っすぐ進む。泉を超え、第二ベースに置き去りにしたリュック類が見えて、更に進んで最奥へ。行き止まりの広場を天井へ向けて上がり、変異種のねぐらの辺りでピタリと止まる。そしてそこへと近づいていく。干草を敷き詰めた窪み。その一番奥に扉があった。ポツンと場違いに、人間界で使うような木扉。ちょうどメノウから貰ったノブに美羽が氣を込めて顕現させるアレと似ていた。扉はやがてひとりでに開き、その中を見せる。大きな部屋だ。塒の奥、後ろは岩壁しかなかったハズだが、今は明らかに別の空間に繋がっている。

「テッシン。テッシン」

 部屋の中から夢の主を呼ぶ声がする。室内には大量の糸が四方八方へ伸びていて、それら全ての対角線上にあたる中央に大きな塊があった。繭のように真ん丸で、中には生物が入っているのだろうか、生命の気配を感じる。

(これ、髪の毛か)

 不意に鉄心は糸の正体に気付いた。黒、赤、白、金、銀。染髪されている分も混じっているのだろう、緑や紫といった奇抜な色も僅かに混じっている。全体としては酷く不調和な虹色を形成していた。

「会いに来て」

 サナギの声。長谷のようにも貴一のようにも聞こえた。どちらにせよ、鉄心の胸に去来するのは、郷愁。手を伸ばした。グニュンと信じられないほど柔らかい感触に掌が飲み込まれる。あの繭はそんなに柔らかいのかと驚きながら……そこで現実世界の瞼が持ち上がる感覚。明晰夢とは少し違うのだろうが、脳が現実の瞼をキチンと認識していた。そのまま覚醒へ向かう。

「ダメだ、まだ!」

 思わず声を上げながら飛び起きた鉄心。美羽のつぶらなドングリ目が吃驚して大きくなっているのが眼鏡のレンズ越しに見えた。

「え、えっと。うん、じゃあどうぞ」

 寝起きの鉄心にいきなり乳房を鷲掴みにされた彼女は、驚いて身を離しかけた所だったのだが、それを大声で制されたと思っているらしい。

「あ、いや」

 鉄心としては、勿論そんなつもりではなかったのだが、美羽が顔を赤くしながら胸を突き出すものだから、勘違いだと言いにくくなった。逡巡した後、結局、鉄心は美羽に恥を掻かせるより自分がスケベ野郎になる方を選んだ。

「じゃあ、失礼して」

 モニュモニュと手を動かして美羽の乳房を揉みしだいていく。一分ほど堪能した後、鉄心はゆっくりと手を離した。

「……起こしに来てくれたんだよね?」

「うん。まさか胸を揉まれるとは思ってもなかったけど」

 鉄心は苦笑い。その雰囲気で美羽も察したらい。

「もしかして……普通に寝惚けてた?」

「まあ」

「うわ。じゃあ私の早とちり」

 鉄心はもう少し彼女が落ち込むかと思ったが、すぐに切り替えたようだ。度重なる性的接触により少しずつ耐性がついてきたのと、例のバイコーンの呪印のおかげで鉄心に軽い女だと疑われる心配がなくなったのが大きい。

「着替えとタオル、お水のペットボトル、あとはバナナだっけ?」

「うん、ありがと」

 美羽の家政婦さん初日の朝。朝稽古に向かう鉄心を起こし、今言ったセットを渡して見送る。後は鉄心のベッドメイク、それが終われば洗濯、朝食作り。学校が再開されたら、並行して弁当作り。美羽も覚悟はしていたが、実際にやってみると中々に忙しい。

「じゃあ行ってきます」

「うん。無理はしないでね」

 鉄心の背を見送りながら、美羽は新婚みたいだと頬を緩めた。



 その後、鉄心はメローディアと合流し、二人でトレーニング。本格的な筋力トレーニングは流石にまだ自重するが、バイクを漕ぐ有酸素運動くらいなら、という判断だ。

 一時間半ほど汗を流すと、朝食の時間になる。

「今朝はこんくらいにしておきましょうか。お互い病み上がりですからね」

「え、ええ」

 涼しい顔の鉄心と、肩で息をしているメローディア。発汗も鉄心の倍はあろうか。持って来ていたペットボトルが空になってしまい、途中から彼の2リットル入りを分けてもらっていた。

 鉄心はタオルで頭を拭きながら、何の気なしに携帯を見やる。メールが届いていた。

「来たか」

「え?」

「メノウからです」

 その返答にメローディアも鉄心の携帯の画面を覗き込む。

「ついに乱獲派が人間界に潜入したらしいですね」

「魔界から帰って来て二日ほど。猶予があったような、なかったような」

 人間界に戻ってきたのが月曜日の朝で今は水曜日の朝。

「まあ間に合ったのだから、そこは気にしないでおきましょう。問題は……」

「この数日を乗り切れるかどうかよね」

 乱獲派が件のゲート促進材料(美羽)を求めて人間界をガサ入れして回る時間。メノウは数日程度と目算していたが、果たしてどうなるだろうか。

「……げ。やっぱ忘れてなかったか」

 メールをスクロールしていた鉄心がイヤな文言を見つける。いわく先日はアメジストの回収を優先したせいで失念していたが、魔界へ繋がる例のドアノブの余りを返して欲しいとの旨。鉄心の渋面に、メローディアは当惑する。今すぐ九層に行く用事があるハズもなく、研究所にも持ち込めないブツである事を考慮すると、返還に応じても特にデメリットは無いように彼女には思える。むしろ現状、一応の同盟相手である以上、当初の約束を違えて信用を失う方が損失は大きいのでは、と。

「鉄心?」

「うーん。あ!」

 メローディアの疑問にも答えず、鉄心はメールの文末まで読み終えると、手早く荷物をまとめて、あっという間に駆け出す。シェルターの階段を二段飛ばしで跳ねるように走って行く。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ!?」

 メローディアは混乱の最中に置き去りにされてしまった。



 鉄心が玄関先に駆け込むと、ちょうど家人が郵便物をまとめてポストから取り出しているところだった。突然すさまじい勢いでやって来た鉄心に度肝を抜かれている。

「すいません! それ、今日の郵便物ですか?」

「え、ええ。アナタ、お嬢様の……」

 侍従長と同じ年頃だろうか、メイド服を着た中年の女性はかなり引き気味だが、鉄心の用を正しく察したらしい。手の中の郵便物をその場で軽く検め、客人の名前が書かれた封筒を見つける。

「えっと、これかしら?」

「恐らく。貰って行って良いですか?」

「アナタ宛なのだから、大丈夫でしょう」

 カマキリのような逆三角形の顔を縦に振って、侍従は彼に封筒を渡す。礼を言って鉄心は元来た道をまた走り去っていった。

 朝食の席でも鉄心は封筒の中身(資料)を片手で読みながら、もう一方の手でおにぎりを掴んで頬張るという、大変に行儀の悪い事をしていた。先程放って置かれた上に、この食事マナー違反。メローディアはプリプリと怒っている。

「どうせ私なんかと居るより、私なんかと食べる朝食の時間より、そっちの手がかりの方が大事なのでしょうね。あんな非常識で偏執的な呪術を取り戻す手がかりの方が」

 親に放っておかれた子供のように拗ねてみせるが、鉄心は耳に入っていないのか、一心不乱に紙を繰っている。それがまた面白くないようで、メローディアは眉間に皺を寄せた。

「ごちそうさま」

 鉄心が食べ終わる。最後に手についたご飯粒を舐めとると、資料を片手でまとめ、食堂を出ていった。

「むう」

「まあまあ。後でおやつ作りますから、テッちゃんの部屋に持っていって皆で食べましょう」

「……仕方ないわね。じゃあそれまで私の部屋で恋愛映画でも観ましょう」

「すいません、洗濯物干して、昼食の準備もしないといけないので」

「むう」

 美羽にまでフラれたメローディアは本格的に膨れてしまった。



 メノウからの郵便の中身は、アメジストの拠点から押収した、彼女の呪術体系を記した物のコピーだった。あの鳥の異形がコンビニかどこかでコピー機を操作している光景を想像してしまい、三人は形容しがたい感情に襲われたものだが。

「なるほど、そうか、そうか。やっぱり俺のハゲ呪術が破られたワケではなかったのか」

 あの蛇女は、如何なカラクリかは判然としないが、呪術の対象者を()()することにより、掛かっている術の解析を行い、その穴を見つけ出す。そして、そこを突く形でカウンターの呪いを掛ける。鉄心の場合だと、媒介に下層魔族の血を使っていたのが仇となった。アメジストより弱い同胞の血液。媒介として正常に作用しないよう働きかける術式を組む、というのが鉄心に掛けられた術の骨子のようだ。

「すげえ。腐っても三層か」

 鉄心には考えもつかない理論。相手に実力で劣る時、それでも呪術を掛けようという発想自体がなかった。鉄心は座ったままワクワクと全身を身動ぎさせる。この理論を応用すれば、血液自体、御せないだろうか。

「いや、待て待て。まずは俺自身の解呪が先だ」

 そしてそれに関しても、少し光明は見出だしている。特に直接()()されたワケではない、対象の血液を呪う術式に関しては、同系統ということで、辿られただけ。最も掛かりは弱いハズ。

「フルスロットルで掛け続ければ、こじ開けられる」

 その為には、いきなり鎖が外れて実際に呪が飛んで行っても構わない、即ち死んでも困らない相手が必要だ。

「確か……学校に鬱陶しいのが居たなあ」

 鉄心の口角がつり上がった。

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