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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第79話:すき焼きと仕事と

 気を取り直した三人は和食器や鍋を買い、食料品コーナーで和食用の調味料なども買いこんだ。

「すき焼きかあ。なんかやっと食べれる気がするな。楽しみだなあ。ね?」

 しゃがみこんで精肉コーナーのショーケースにかぶりつき、キラキラした目で高級牛肉を吟味する鉄心の様子が非常に可愛く思え、少女二人はその頬や頭を撫で回した。

「とてもさっき不良に喝を入れてた人と同一人物とは思えないよ」

「そうね」

 少女たちの会話を聞いて、鉄心は少し不安げな顔で二人を見上げた。メローディアは兎も角、美羽は荒事とは無縁の生活を送って来た少女だ。引かれたり怖がられたりしたのではないかと、不安になったようだ。その困り顔がまた可愛くて、美羽とメローディアは中腰になって鉄心の頭や顔を揉みくちゃにした。

「大丈夫だから。私たちを守るために灰を被ってくれたってちゃんと分かってるから」 

 魔界遠征中、九層魔族を討たなかった所為で鉄心を苦しめてしまった件を経て、美羽の価値観もかなり変容した。全てに良い顔は出来ない。他を気遣い過ぎるあまり、自分の大切な人を傷つけていたら主客転倒もいい所だ。そういう事を美羽は訥々と話した。

「そうよね。付け加えるなら、魔族でなくとも、心を配っても仇で返してくるタイプの人間は大量に居るのが現実よ」

 先の不良たちにしても然り。穏便に断ろうとした二人に返って来たのは、想い人への侮辱という耐え難い仕打ちだった。

「スイマセン、このA5を400グラムください」

 鉄心は取り敢えず、店先にずっとしゃがみ込んでいるのも迷惑かと、オーダーを済ませる。無愛想な男性店員が頷いて、店舗側からショーケースを開けた。

「ラインズ校長に関してはチョット可哀想にも思えましたけどね」

 と美羽が少しだけ引っかかっていた事をこの際だから告げた。昨日少し思案顔だったのは、そのせいだったのかとメローディアは得心。

「……美羽。そこは少し勘違いしているわね。あんな三下よりラインズのやった事の方がよっぽど性質が悪いのよ」

「え?」

「アナタだって、鉄心が並々ならぬ覚悟で戦っているのは知っているでしょう? その戦果を横取りするって、もはや冒涜行為なのよ。しかも事情を知っている人間なら、平良の戦士が十層魔族ごときを一匹取り逃したと考えてもおかしくない。要するに、家名にも関わる不利益を、鉄心は飲んだのよ」

「……」

「それは何のため? もしメノウの推測が外れて乱獲派と揉めることになった時、臨機応変に動けるように布石を打っておきたかったのよ。それはアナタのため。あと一応は私のため」

「一応って事はないですけどね。メロディ様だって危ないと思ったら全力で助けますよ」

 会計を終えた鉄心がビニール袋を提げて二人と合流する。

「鉄心」

「テッちゃん」

 二人、特に美羽は涙目になって鉄心を見ている。

「ごめんね。そこまで分かんなくて」

「……ラインズのヤツも自分や家族を守るために手柄を盗むしかなかった。俺もただ盗まれるワケにはいかなかった。仕事って、きっと美羽ちゃんが思うより生々しいんだよね。金、利益の奪い合いだ。メロディ様は、大部分を人に任せてるって言っても、大企業の代表。そこら辺は敏感だ。でも美羽ちゃんはまだ普通の学生。立場が違えば見える物、見えない物は変わってくる。だから仕方ない。キミが悪いワケじゃないから」

 それはこの三人の中で一人だけ子供だと言われているようなもので、美羽は一層疎外感を感じる。だが鉄心は元よりそれで終わるつもりはなかったようで、

「美羽ちゃんも働いてみるか?」

 そんな提案をした。美羽はビックリして目を見開く。

「俺の家政婦さんというか。シャックス邸に住まわせてもらうなら、いつまでもメイドさん達のお世話になるワケにはいかないし」

「私は別に全く構わないのだけど?」

 メローディアが口を挟むが、鉄心にまあまあと抑えられる。

「ていうか、俺は料理とか殆ど出来ないし、ぶっちゃけ美羽ちゃんに甘える気満々でさ。今日の晩飯だってこうやって、すき焼きの材料買ってるのも、それを当て込んでの事だし」

 それは美羽も分かりきったことだったが、給金を貰おうなど考えもしなかった。再三になるが、もう彼女は鉄心の炊事を一生分やっても返せない大恩を受けたと思っているのだから。なので雀の涙ほどでも、家事を担って恩に報いようという所に、給金を貰っていては、いつまで経っても一ミリも返せない。

 そういった心境を美羽が赤裸々に語ると、鉄心は思案顔になる。

「うーん。じゃあ半分でどうだろう? 半分は俺への恩返し……自分で言うとメッチャ恩着せがましい響きだな。まあいいや、兎に角そんな感じで。残りは働いた対価って事で」

「……」

「今回の魔界遠征で静流さんも結構使っただろうしさ。甘えてくれて良いから」

「甘え過ぎてるから問題なんだけど……うん、そこまで言ってくれるなら。精一杯やらせてもらいます」

 交渉成立。労使契約がここに成った。詳細などは帰ってから詰めようという話でまとまった。

「甘えてるって言えば、そうだった。俺も美羽ちゃんもメロディ様に家賃払わないと」

「要らないわよ。水臭いこと言わないでちょうだい」

 メローディアは口を尖らせる。ブスッとした表情でもブスにならないのだから、流石だった。

「でもまあケジメというか」

「なら10円で良いわ」

「大正時代かな?」

 美羽と鉄心が笑い合い、メローディアはまた自分だけ分からないギャグだと頬を膨らませた。



 美羽特製のすき焼きで腹一杯になった鉄心は、食後の運動も兼ねて、地下シェルターへ降りた。激しいトレーニングは怪我に障るが、その他で今できる事はしておこうという考えだ。今できる事。即ち、ブラックマンバの習熟。

(やっぱりスコープは要らないな)

 構えて覗き込んでみるが、隙が大きすぎる。ラインズの車を撃った時と同じように、サーベルのような感覚で使う方が鉄心には向いているのだろう。

(けどそれだけじゃ、光線が見えるから避けられるよな)

 車のように小回りの利かない物体なら見えていても回避は難しいが、対人間、対魔族なら話は変わってくる。

(それに光線を出しっぱなしで振り回すのは氣を食い過ぎるんだよな)

 ラインズ相手の試験で得た体感。

 取り敢えず鉄心は銃口をシェルターの天井へ向けて、氣を込め、引き金を引いた。レーザーが飛び出し、シェルターの天井にジリジリと黒い痕を刻んでいく。送氣を止めると、黒い光線もスッと立ち消える。

(注いだ氣の量と光線の長さ、太さ、密度が正比例関係にあるみたいだな。やっぱ今くらいのレベルを維持して戦える時間は少ないだろうな)

 鉄心は思案に耽りながら、背中にも意識を向けてみる。傷に障った感触はない。ブラックマンバは殆ど反動なしで使える銃のようだ。これは初心者かつ、他の武器(邪正一如)と併用するつもりの鉄心からすると朗報である。撃っても体が流れたりしないのだから。

 額に汗の粒を乗せながら、ゾッとするほど真剣な表情で銃を撃つ鉄心の横顔を、熱心に見つめる少女が二人。今日と言う日が楽しくて、離れがたく、修練にまでついてきていたのだ。

「ブラックマンバ、使えるみたいですね。拒絶反応は全然ない」

 一頻り試した後、鉄心はギャラリーの二人に笑いかける。

「使い手の精神性とか、そういうのもユニークは選り好みするって……」

 美羽もアタッカーではないが、それくらいは知っている。

「まあ定説だね」

「つまりテッちゃんのメンタリティが気に入られたってことだよね?」

「そうなるのかな。アメジストみたいに悪辣で陰湿な性格はしてないつもりだから、何か他にコイツの琴線に触れる部分があったんだろう」

「……」

「……」

 アメジストも鉄心も、暗躍し、後ろから奇襲するのが常態化しているタイプ。メローディアは夕食の席でアメジスト戦の話になった時、卑劣な奇襲だったと振り返ったが、鉄心はその点については全く何も感じていない様子だったのが証左だろう。人間、意外と自分のことは分かっていないのかも知れない、と二人は密かに思った。

「……でも改めて思うのは、アナタの心の強さよね。私は例の非常識で偏執的な呪術のことは正直よく分からないのだけど、それでも十年近く鍛え上げてきた技が使えなくなったらと考えると……私ならとてもじゃないけど、そうやってすぐに前に進むことは出来ないと思うわ」

 メローディアが光臨に費やした時間は四年ほど。その倍以上の時間を掛けて育てた術を失って、その二日後には切り替えて新しい武器を一から学び始める。

 メローディアは恥じ入った。自分は九層の変異種を一体討って、鉄心にベタ褒めされてデレデレして、を見据えていなかった。それはもっと後である、と勝手に気を抜いていた。鉄心は今まさに十傑が攻めてきても、対応できる状態でいる為に、やるべきことを粛々とやっている。常在戦場。思えばデート中のアクシデントでも、瞬時に切り替えて、使える技と封じられている技の見極めをやっていた。どれだけリラックスした時間でも、頭の片隅では戦闘技術の事を考えていないと出来ない所業だ。魔界で彼から投げかけられた、アタッカーとして生きる上で直面する覚悟やアイデンティティの話。それをメローディアは再び突き付けられた気がした。ここまでの覚悟と鉄の意志を持ってアタッカーをやれるのだろうか、と。

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