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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第77話:ゴスロリとコバエと

 午後の部はメローディアのファッションショーとなった。品揃えが豊富なテナントを見繕い、その内の一つに入ると、気になる物を片っ端から試着する。高校生三人が商品を無遠慮に物色する様を、女性店員は最初は引きつった笑顔で見ていたが、鉄心がブラックカードで支払いをして何着か買い上げた途端、猫なで声になった。

「こちら! こちらなんかも彼女様にお似合いかと」

「ふふ。彼女だなんて……そちらも着てみようしら」

「どうぞどうぞ! お持ち致しますわ」

 試着室のカーテンを開ける動きすら俊敏だ。メローディアが中に入り、少し衣擦れの音がした後、カーテンがシャッと開いた。中から出てきたのはフリルやレースが所々あしらわれた黒いドレスに身を包んだメローディア。いわゆるゴスロリスタイルだ。

「わあ、綺麗」

 同性の美羽がウットリした声を出す。

「なんか凄い乗り気だよね?」

「当たり前じゃない。眼福だよ~。あんな美少女が可愛い衣装を着て見せてくれるんだから」

「……美羽ちゃんはノーマルだよね?」

 鉄心が少し不安になる。キスを交わしてはいるが、バイセクシャルの可能性はゼロではない。

「え!? そういうんじゃないよ! ビックリした。女の子は結構多いんだよ。綺麗な子が可愛いお洋服着てるの見るの好きな子」

「そうなん?」

 男はイケメンがファッショナブルな装いをしていても「ほえー。カッコいいね」で終わり、それ以上の感慨はあまり抱かない人が圧倒的多数だろう。

 そしてついに美羽はデジカメを取り出し、メローディアの撮影会を始めてしまった。店員も本音では撮影禁止と注意したいのだろうが、太客ふときゃくゆえ苦笑いで済ませている。

「メロディ様、ちょっと首を斜めにして、気だるげに!」

「こ、こうかしら?」

 メローディアも少し引き気味だが、美羽に気圧されて言うことを聞いていた。鉄心はセットになっているミニシルクハットを手に取り、そっとメローディアの頭に乗せてやる。

「あー、これも良い。あ、けど、ううん」

 メローディアの顔があまりに小さすぎてハットの主張が強くなってしまっている。

「これより小さいのってありませんか?」

「申し訳ございません! 当店はこちらが一番小さいタイプでして……」

 ここまでリクエストには殆ど応えられていたせいで、店員も油断していたのだろう。しどろもどろになってしまう。

「逆にこっちのリボンがついた、ちゃんと被るハットはどうですか? リボンの色もメロディ様の瞳の色みたいで綺麗ですよ」

「それにするわ」

 食い気味であった。

「お買い上げありがとうございまーす!!」



 メローディアは幼女のように紙袋を胸に抱いて歩いていた。その愛らしさに残り二人は頬が緩んでいる。

「日本のファッションは面白いわね。ドレスなんて着飽きたと思っていたけど。こんな可能性があったなんて」

 ゴスロリドレスであろうと、メローディアは似合っていた。と言うより美人過ぎるせいで、何を着ても似合わないなんて事にはならないのだろうが。

「美羽ちゃんは本当に買わなくてよかったの?」

「うん」

 この買い物はメローディアへの褒美という名目だ。今回の魔界遠征で果たした彼女の功績は大きく、美羽にしてもついて来てくれて心底助かったという思いが強い。翻って自分は何をしたかという問いには、芳しい答えは持ち合わせておらず、即ち鉄心から何かを買ってもらおうなど烏滸がましいと考えている。と言うより、

「もう一生かかっても返しきれない大恩を受けたと思ってるから。これ以上プレゼントなんて貰ったら、申し訳なくて」

 これが間違いない彼女の本音だった。

「うーん。そんな気負うことないけどね。その無尽蔵の魔力は、体質と言うか、魔族側に何かされた可能性も十分にあるワケだから、言わば被害者でしかないんだよ、キミは」

「けど感謝してもしきれないのも事実だよ……テッちゃんが望むなら。私に出来ることなら」

 また少し妖しい空気になりかける。あの洞窟で鉄心が彼女の乳房を味わった時と同じような。

 だがそこで鉄心の腕がグイと引かれる。メローディアだった。軽く頬を膨らませて見せるものだから、空気が霧散する。鉄心は苦笑しながら、その頭を撫でてやった。

「まあ美羽ちゃんが気にするなら服はやめとこうか」

 プレゼントで恐縮させてしまっては本末転倒である。

「代わりに安い材料で悪いけど、イヤリングを作ってみようと思うんだ。それは受け取ってくれると嬉しい」

「え!?」

「美羽ちゃんだけって不条理に立ち向かって頑張ったんだよ。それだけは自分を褒めて良いと思うからさ」

「テッちゃん……」

 美羽は鼻の奥がツンとする。そしてそのまま鉄心の右腕を取ると、懐いた猫のように絡みつく。太い二の腕を挟み込んだ両乳房がグニュグニュと形を変え、鉄心は目のやり場に困った。

「ズ、ズルいわ! 私も鉄心の手作りアクセサリー欲しい!」

 メローディアも胸に抱いていた紙袋を片手で提げ直し、もう片方の手で鉄心の左腕を抱え込んだ。両腕を大小の乳房に包まれ、鉄心は堪らない。

「こっちの服のお金は返すから、手作りアクセサリー!」

「いやいや。服の方が断然高いですよ」

 と言われても、メローディアは元々鉄心がご褒美で買ってくれると言うから甘えただけで、数万円の服など自分で幾らでも買える。だが鉄心の手作り品となると全く別機軸の価値を持つ。寧ろ服の値段の数倍、数十倍払ってでも欲しいくらいの物なのだ。

「鉄心!」

「分かりました、分かりましたから。美羽ちゃんも、メロディ様とお揃いでも良いかな?」

「うん。貰えるだけで本当に嬉しい。ありがとう」

「じゃあそういう事で、俺は材料買ってくるから。二人はソファーで待ってて。さっきみたいに覗きに来ちゃダメだよ。折角だから完成まで秘密にしておきたいからさ」

 そう言って鉄心は二人を置いて、ハンドクラフトの店へ入って行った。

(しかしまあ、メロディ様に甘すぎる気もするな、俺)

 美人のワガママが男を走らせるのは世の常ではあるが、鉄心の場合、美羽との関係もある。メローディアにだけ与えすぎるワケにもいかない。どう線引きするか、今は彼も答えが出ない。

 頭を振り、気を取り直してイヤリングの材料を選び始めた。



 買い物を終えて、通路の中央に置かれた客用ソファーまで鉄心が戻ってくると、少女二人は男性三人組と話していた。メローディアの心底鬱陶しそうな表情と、美羽の困り顔。男たちは耳に幾つもピアスを着けていたり、首筋にタトゥーが入っていたり、如何にもといった風体だ。

「メロディ様、美羽ちゃん」

 鉄心が近づいて行って二人に声を掛ける。美羽はあからさまにホッとした顔になった。

「テッちゃん」

「鉄心……」

 メローディアの方はこんな小者たち相手に鉄心の手を煩わせる事になるだろう未来を思ってバツが悪そうだ。子分格が雑魚に手こずって親分が来てしまった、という感じだろうか。女としてはワガママで欲しがりな面を隠さずに接するのに、荒事関連は謙虚な姿勢のメローディアが鉄心は可笑しかった。

「ほら、さっき言っていたツレよ。本当に居たでしょう。分かったらさっさと去りなさい」

 話を推測で補完すると、彼女らはツレと来ているからとナンパを断ったが、男たちは信じていなかったという所か。

「俺のツレに何か用ですか?」

「はあ? こんな地味でパッとしないヤツが? キミらさ、もっと良い男選べるでしょ。なんでわざわざ」

 リーダー格らしき男が鉄心にあからさまに侮蔑の視線を向けながら言う。大仰な仕草で指までさして嘲る。身振りに合わせてチェーンウォレットの鎖がジャララと下品な音を立てた。

「俺らと来た方が絶対楽しいよ! こっちに乗り換えなよ」

 もう一人も同調する。大抵のナンパはツレが居ると知れば、そこで諦めて次に行くものだが、どうも粘着質な連中に当たってしまったらしい。まあそれだけメローディアと美羽が魅力的だというのもあるのだろう。加えて、平日かつ昼日中のショッピングモールでこれ程の上玉たちは以降見込めないと分かっているからでもある。

「あのね。今日は私の人生でも三本の指には入るだろうって言うくらい楽しい日だったの。三人で色んな話をして、お互いの色んな面を知れて。最高のデートだったの。オマエらに会うまでは」

 メローディアの瞳には明確に怒りの炎が宿っていた。

「俺らについて来てくれたら、もっともっと楽しませるからさ! そんな冴えない男、放って置い」

「さっきからさ……喧嘩売ってるんなら買うけど?」

 男の言葉を遮る鉄心の静かな声。ついに最後通牒が突き付けられてしまった。ここで引き帰すことが出来るかどうかが、彼らの運命分岐点だが。

「謝った方が良いですよ、彼に。殺されますよ?」

 美羽の冷たい声に、鉄心もメローディアも、一瞬状況も忘れてビックリした。彼女も鉄心を侮辱され、三人デートを邪魔されて、静かに怒っていたようだ。

「アハハハ。キミさ、面白い冗談言うね。俺ら全員ボクシング部だぜ? 自慢じゃないが、俺は全国12位だし」

 そう言ってシャドーを放ち、鉄心の顔面1メートル手前で止めて見せる。不快感に顔をしかめたのを、何故か勘違いし、

「ははは、ビビってるビビってる」

 と更に挑発。鉄心は大きな溜息を吐き、

「こっち。階段は人来ないから」

 親指でクイクイと通路の外れを指した。

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