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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第76話:追悼とデートと下着と

 グランゴルフィールの南東、日本人街へと変じつつある新アックア地区。かつての惨劇から四年、貧困層が多く住まう区画も様変わりしている。損壊や焼失、または空き家となった家屋群は取り壊され、新たに集合団地へと生まれ変わっていた。生き残りの住人たちはそこへ移り、喪失や恐怖の記憶を抱え、ひっそりと余生を過ごしている。

「ここが……」

 美羽が慰霊碑を見上げながら呟く。二の句は継げず、ただ目を閉じて黙祷した。

 黒い矩形の石碑には、犠牲者の名がビッシリと彫られている。安否が確定していない者、刻名を希望しない者も居ただろう。それでも一枚では足らず、同様の碑は、さながらストーンヘンジのように林立している。

 復興ならびに再開発の折、平和を祈念してゲート出現位置に公園を作ったのだが、その中央にこの慰霊碑たちは鎮座している。鉄心、メローディアも芝を踏みしめ、美羽の隣に並んで黙祷を捧げた。

 公園を出る頃には、モールの営業開始時間、朝の10時に差し掛かっていた。

「ごめんなさい、無理言って」

「いえ、謝る必要なんてないわ。ウチの国の人々の為に祈ってくれたのだもの」

 優しい子ね、と美羽の頭をそっと撫でるメローディア。

「10時ピッタリに入らなくちゃいけないわけでもないしね。パチンコ屋の新台入替じゃあるまいし」

 先にリムジンに乗り込んだ鉄心が手を伸ばしながら言う。美羽とメローディアのカバンを受け取ってやり、両手の空いた二人は軽やかに乗車した。

 リムジンは団地の脇を何度も切り返して抜けた。車体が長い上、道が狭い。バスで来れば良かったなと鉄心は思うが、メローディアがグラン・クロスを携帯する以上は仕方ない。まあそれも徐々に槍身を短縮化できているので、そろそろ楽器ケースで納められるかも知れないなと鉄心は期待する。

「テッちゃんは四年前の惨劇を経験した人の御遺体から餓魔草が吸い取った記憶が混ざって、あの悪夢になったんじゃないかって仮説を立ててたけど」

 洞窟の中で見た悪夢の話だ。

「それは四年前の犠牲者の方の記憶を吸った餓魔草が洞窟内に残っていたって事なのかな? それとも最近亡くなった人の四年前の記憶かな?」

「うーん、正直あの時は夢現だったし、パッと感覚的に思った事を言っただけだからさ」

 ただ同時に鉄心はこういった第六感的なものは軽視しない。脳内で整理、言語化が出来ていないだけで、後になって芯を食っていたと知る事も往々にしてあるからだ。

「まあ、そのうち鳥にでも聞いてみるさ」

「……何か詩人みたい」

 もちろん鉄心はメノウの事を言ったのだが。

 三人の笑い声が車内にこだました。



 団地から北西、日本人街のど真ん中にあるショッピングモールへとやって来た。

 少女たちはデートと称していたが、実際の所、洞窟内に置き去りにした日用品の補充が主目的だ。特に鉄心は職業柄、余計な荷物は持たないせいで、下着の数が心許なくなっていた。

「美羽ちゃんの服も買おうか。メロディ様は日傘ですね」

「覚えててくれたのね」

 メローディアは満面の笑みで鉄心の左腕に組み付く。デニムジャケットの中に仕舞いこむようにするものだから、インナー越し、慎ましやかな胸に彼の肘が沈んだ。

 まずはすぐに済むだろう鉄心の買い物。メンズ下着のテナントの前で二人を待たせて、鉄心は店内へ。さっさと安物のボクサーパンツを買おうとして……別の棚に目が行く。青いタータンチェックのトランクス、触れれば肌触りが良く、上質な素材が使われているのがよく分かる。白地に墨筆を走らせたような荒々しくもスタイリッシュな柄が目を引くローライズボクサー。

「……」

 もしかすると、いや、多分かなりの高確率で、近々女子の目に触れることになる己の下着。それが三枚セットの安物で良いのだろうか。メローディアのガッカリした顔が鉄心の脳裏に浮かぶ。美羽は所帯じみたところがあるので、恐らく大丈夫だろうが。

「思い切ってこっちとか」

 黒地に紫の蝶が舞っている柄。どこか夜の歓楽街を想起させるような。鉄心は苦笑して首を左右に振る。

「ちょっと下品じゃない?」

「だよね。俺も思った」

 鉄心は商品を戻しながら、条件反射的にポンと答えたが、冷静になってハッと振り返る。声を押し殺して飛び上がった。まるで母親にエロ本が見つかった中学生のような動きで、美羽もメローディアも笑ってしまう。

「なんでここに!?」

「すぐに戻るって言ったのに、10分くらい掛かってるから、お財布でも落としたのかと心配になって来たのよ」

「そ、そうですか」

 ご心配どうも、とモゴモゴ口の中で言う鉄心。

「意外と下着はこだわる派なんだね」

「あー、いや、そういうワケでもないんだけど」

 鉄心はなおも歯切れが悪い。校長を脅す時はあれほどハキハキしていたのに。いくら女性慣れしていないとは言えパンツ一枚で動揺しすぎではないかと、二人は訝しみ、そして。

「あっ」

 と察した。そして察するや、顔がみるみる赤くなる。二人とも肌がとても白いので、モールの大きな照明の下では如実だった。

 ちなみに少女二人も置いてきた分の下着を補充することになったのだが、当然鉄心はテナント内への立ち入りは許されず、通路のソファーで一時間近く待たされる羽目になった。



 昼食はフードコートでとった。鉄心と美羽はカルビ重、メローディアはチキンバーガーだ。やはりまだ肉食への抵抗はあるものの、それでも少しずつ克服しようとはしているらしい。魚や大豆でタンパク質は摂れているようだし、鉄心としてはそう無理に食べなくとも良いとは思うのだが。彼女は全く別の思惑で、そうしていた。

(美羽のように大きくなるには、きっと肉食が大事なのよ)

 メローディアが下着売り場で見せつけられた圧倒的な戦力差。鉄心が吸った揉んだしたという双丘。

 メローディアは自分の小さな膨らみに視線を落とすと、キッと眦を決し、再び顔を上げてバーガーにかぶりついた。

「アハハ、凄い勢い。腹減ってたんすね」

 呑気な鉄心が地雷を踏んでメローディアに睨まれていた。

 昼食をとり終え、他愛ないことを駄弁りながら、まったりとした時間を過ごす。鉄心はソファーの上で横になり、美羽の膝に頭を預け、彼女はその頭を優しく撫でていた。対面のメローディアは羨んだが、暫くしたら、足を痺れさせた美羽が交代を求める。独り占めしない良い子だとメローディアは感じ入った。

「メロディ様って、暇な時って何してるんですか?」

 鉄心が美羽からメローディアの足に枕を変え、その美貌を見上げながら訊ねた。

「そうねえ。映画とかドラマね」

「へえ、意外。ハンバーガーもそうですけど、結構俗っぽいのも嗜むんですね」

 美羽も口をОの字にしている。

「偏見よ。今時ファストフードに憧れるお嬢様とか、フィクションよ。あ、でもカップラーメンは正真正銘、あの時が初めてだったわね」

 ラーメンに限らず、あまり日本食に馴染みが無いのだろう。屋敷に和食用の食器が無かったことは記憶に新しい。

「映画ってどんなジャンル見るんですか?」

「パニック系とか、ディザスター系とかが多いかしら。結構、説得力があるでしょう? 冷静沈着に行動した人は助かる確率が高くて、衝動的に行動する人は死んじゃったり。示唆に富んでいるというか」

「……」

「……」

「何よ、その顔は!」

 猪突猛進ガールが何か言ってら、という顔だった。

「美羽はどうなのよ。どうせ食べ歩きとかでしょ」

「んな! そんなんじゃありませんよ。買ってきて家で食べるんですから!」

 鉄心がクスクスと笑う。

「食べる以外だと何か趣味はあるの?」

「……うーん。ゲームとか。日本の実家に居た頃はウサギと遊んだり。大人しくて良い子なんだけど、それでも飼うのってかなり大変なんだよね」

 今は実家の祖父母(静流の父母)が面倒を見ている。元気にしてるかな、と寂しそうに呟く美羽。ペットに対してか、祖父母に対してか、その両方か。改めて16の少女が異国の地で、魔族に追われながらよく頑張ったものだ、と鉄心は思う。まあまだ完璧に安全が保証されたワケではないが。

「じゃあ鉄心は? 趣味」

「俺ですか? 俺はまあ……脅迫とか暗殺ですね」

「……」

「……」

「ジョークですよジョーク。そんな物騒なの時々です」

 メローディアの膝枕から体を起こし、鉄心は手をヒラヒラ振る。

「時々はあるんだ? って言うか昨日、校長先生を脅迫したばっかりで、時々は苦しいような」

「……まあマジな話をすると筋トレとか。インドアなのだと、ジグソーパズルとか好きだね」

「へえ。意外。そういうのまどろっこしくて嫌いそうなイメージだった」

「氣で何かを組み上げるのも根気と集中力だからね。通ずるものがある。ピタリと嵌ると気持ち良いのも似てるね」

「なるほどね。けど良かった。趣味はハゲ呪術ですとか言われたら反応に困ったわ」

「ははは。ハゲ呪術は趣味って言うより幼馴染みたいな感じですね」

「……」

 もっと反応に困ることを言われた。

「やっぱり昨日、頭も診てもらってた方が……」

「こら」

 また軽い笑いが起こる。

 鉄心は小学生時代の長谷の話をした。懐かしさに目を細めながら、楽しそうに語る鉄心を見て、二人は少し認識を改める。自分たちが考える以上に、彼は例の呪術に思い入れがあるようだ、と。 

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