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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第3章:貪食臥龍編

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第73話:久しぶりの登校

 少し仮眠を取ろうかという所で、携帯にメールが届いているのに気付いた鉄心。学校からだった。少女二人にも確認したところ、彼女らの方にも届いているようだった。

「病院内は電源切ってたからなあ」

 刑法は守らないが、こういったマナーは存外守る男だ。

「うわ、今日の夕方登校して欲しいって」

「あー、そう言えば今日は月曜日だったわね」

 魔界との時差、そして激闘の余韻も覚めやらない状態。三人は学校はおろか曜日自体を忘れ去っていた。

「ゲート出現が金曜日だっけ? 土日休みの月曜半休か。随分と勉強熱心だな」

「いえ。どうも今日は自習範囲部分の宿題だけ出して、本格再開は次の金曜日、つまり襲撃から一週間はお休みにするようね」

「ありゃ、随分と勉強嫌いですね」

 鉄心が前言と真逆なことを言った。皮肉げに唇を歪めている。

 幾つかの国の魔導学園は、卒業すれば一応は十層の魔族は倒せるという箔(もちろん、実戦で本当に倒せるかは懐疑的に見ざるを得ないが)の為に貴族が子弟を通わせる機関へと成り下がっている。この国も全ての学園がそうなのかは鉄心も分からないが、少なくとも第六高校はその腐敗の波に飲まれている印象だ。

「どうする鉄心? 休んでも問題ないと思うが」

 オリビアの提案。実際、彼は三年通う本当の学生ではない。精々が残り一ヶ月程度。

「……」

 鉄心が見ているのは美羽だ。彼女は申し訳なさそうにしつつも、異議ありといった雰囲気。彼女は逆に三年通って技術を身に着け、サポートで働く事を志望する勤勉な学生なのだ。

「……行きますよ。一時限だけでしょ。休息はその後で」

 そして美羽が行くなら護衛で鉄心も行くことになる。メノウの言う数日のイエローゾーンの間は、まだ目を離すワケにはいかない。

「ごめんね、疲れてるのに」

「美羽ちゃんのせいじゃないから。宿題だけならデジタルで済ませれば良いものを……学校も気が利かないな」

 鉄心が少し大袈裟に肩を竦めて見せ、美羽の罪悪感を和らげた。



 貴族クラスへ入ると、全員が一斉に鉄心とメローディアに視線を向けた。既に校舎に入る前から、噂になっていたらしい。シャックス家のリムジンから二人仲良く降りてきたのを目撃されたのだろう。ちなみに美羽は少し時間をズラしてコソコソと反対側のドアから降りた。このように噂にならないために。

「あら、ちょうど良いわ。アナタの横のメリオールさんがお休みね。机を借りてしまいましょう」

 そう言って鉄心の隣の席にチョコンと座るメローディア。クラスの全員があんぐりと口を開けてその様子を見ている。

 最初に鉄心が見立てた通り、メローディアのクラスでの立ち位置は孤高のクールビューティ。美貌に爵位に実力に、とにかく近寄りがたかった。当人も涼しい顔の裏で藻掻き苦しんでいたため余裕がなく、他者との交流は最小限に留めていた経緯もある。

 それが今日は人が変わったよう。クラスメイトたちの混乱は筆舌に尽くしがたい。しかも今度はメローディが自ら机を動かして、鉄心のそれとくっつけてしまったではないか。周囲のざわつきは既に二人の耳にも届くレベルである。

「……っくち」

 メローディアがクシャミをした。噂はそこかしこ、現在進行形でされているので然もありなん、などという迷信の与太話はさておき。彼女は隣の鉄心の腕を抱き込むように身を寄せた。周囲から悲鳴にも近い声が上がった。

「ああ、やっぱ冷えてきましたね。ちょっと待ってて下さい」

 そう言って鉄心はメローディアを腕から離し、ブレザーを脱いでそれを掛けてやった。それでも中に厚手のパーカーを着込んでいるので、傷口が冷えることもない。メローディアは掛けてもらったブレザーを毛布のように体に巻き付け、そっと目を閉じ、想い人の肩に頭を預けた。

 鉄心の方は少しだけ肩を下げてやり、そして教室内を改めて見渡す。ジーン・ダグラスは欠席。汗を使った呪が破られたのは察していたが、やはり彼も無事ではなかったか、と鉄心は納得顔。

 と、そこでようやくクラス中の視線が自分と隣のメローディアに注がれていることに気付く鉄心。一部の女子と、男子のほぼ全員が殺意の篭った目で鉄心を見ている。もちろん家格から言ってメローディアとどうこうなれると本気で思っていた男子は殆ど居ないだろう。だが男と言うのは存外ロマンチストでバカな生き物なので、何かの間違いで見初められる夢を見てしまっていた者は居ただろう。それに自分では届かないとは諦めがついている者でも、クラスが誇る黄金の女神にポッと出の平民がベタベタ触るのを許容できるかは全く別問題だ。

「お、お前、薊。な、なんてことをしているんだ!?」

 ロマンチストでバカな生き物代表みたいな男が震える声で言った。ロレンゾ・クーパー。クーパー伯爵家の三男坊で、メローディアの従兄弟。そして彼女に子供の頃から片恋慕し続けている少年だ。

「その髪先クリクリって弄るのクセですよね」

「あら? 見苦しかったかしら?」

「いえ。女の子って感じで、見てると癒されます」

 ガン無視する二人。ラチがあかないと思ったのか、ロレンゾはその端正な顔を想い人の方へ向ける。

「メローディア様!」

「……うるさいわねえ。オマエに名前で呼ぶ許可を出した覚えなど一度もないのだけど?」

「し、失礼しました。公爵閣下」

 ピンと背筋を伸ばし、斜め上に顔を上げるロレンゾ。まるで尊敬する上官に構われた新兵のようだ。実際、似たようなものだろう。いつも話しかけるなオーラ全開で近寄れないメローディアと久しぶりに会話できた、その事実に一瞬、状況も忘れて舞い上がってしまったのだから。

「ちょっとエクステを入れようかと思うのよ」

「はい! きっとさぞお似合いになるかと!」

「オマエに言ってないわ。鉄心に聞いてるの」

「……」

「アナタと同じ髪色の黒をワンポイントで、インナーに入れてみようかしら」

「ここ?」

 鉄心がまるで自分の毛のように気安くメローディアの髪を掬い上げた。胸の辺りに掛かっていたため、そこを持ち上げる時に少しだけ指先が触れていた。瞬間、ロレンゾの脳が沸騰する。憎悪と殺意で眩暈がした。

「貴様ああああ!!」

 掴みかかろうとして、すぐに透明のアクリル板のような何かにぶつかった。だがそれは彼の知るアクリル板より遙かに強固で頑丈だった。勢い任せに突っ込んだ分、ゴツンと教室中に響き渡るような音が鳴り、彼の体はコント芸人のように無様に引っくり返った。背中を打つだけでは勢いは死に切らず、尻を天に向ける恥ずかしい格好をクラス中に晒してしまう。不幸中の幸いだったのが、羞恥心を感じる余裕もない程に猛り狂っていたことだろうか。すぐさま起き上がり、ロレンゾは真っ赤な顔でなお吠える。

「貴様はその方をどなただと思っているんだ! 貴様のような卑しい身分の下郎が汚い手で触れて良いような御方ではないんだぞ! 下衆が! 死んで詫びろ! ゴミ屑が! 死ね!」

「クズはオマエでしょうが!!」

 しかしそれ以上の咆哮にロレンゾの悪罵は掻き消される。

「手加減してもらったことも分からないの? オマエこそ彼を誰だと思ってるの!? 私なんて足元にも及ばない! たい」

「メロディ様!」

 慌てて鉄心がメローディアの口を手で塞ぐ。猪突猛進ガールの本領発揮のその前に、何とか間に合った。

「落ち着いて。落ち着いて下さい」

「……ごめんなさい。危うく」

「あと、私なんてってのもダメです。さっきも言いましたが、アナタの殊勲賞は俺を救ったんです。自信を持って。俺の一番弟子なんですから」

「鉄心……!」

 切なく潤んだ瞳でメローディアが鉄心を見つめる。そのまま瞳を閉じて唇をそっと前に……

「あああああああ!!」

 ロレンゾがついに耐え切れずに狂ったような声を上げた。それが、またメローディアの不興を買う。せっかく良い所だったのに、と。

「なんでこんな事に! 間違ってる! 間違ってる!」

 頭を掻きむしったかと思うと、そのまま廊下へと飛び出し、いずこかへ走り去った。ずっと圧倒されっぱなしのクラスメイトたちは、その後姿を呆然と見送った。

「……普通に引くわ。もう少し策謀を巡らせてくるタイプなのかと思ってたけど」

 先の模擬戦の際に三対一を仕向けたように。だが、メローディアはつまらなさそうに嘆息する。

「あんなモンよ、ずっと。さかしいフリしてるけど、土壇場ではすぐに馬脚を現す。信じられないくらい小者なのよ。アナタと正反対ね。アナタは普段は穏やかなのに、土壇場では勇敢の一言。カ、カッコイイわ」

 ロレンゾを下げていたかと思えば、いきなり褒められ、鉄心も少し面映ゆそうに身じろぐ。

「しかしまあ、俺もメロディ様の人気を正確に認識できてなかったですね」

「え?」

 もう一度ぐるりと教室を見回す鉄心。ロレンゾの乱心から立ち直ったオーディエンスは再び鉄心へ敵意の篭った目を向け始めている。

「……これ以上面倒くさい事にならなきゃ良いけど」

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