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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第70話:2章エピローグ(後編)

 最終仕上げなどと大仰に言ったが、実際の内容は非常に地味だった。メノウはまずマントの下から取り出したり鉢に美羽が持っている白化した花を放り込んでゴリゴリと砕いて擂り潰す。花でありながら水分に乏しく、しばらく擂ると粉末状になった。頃合で、メノウは再び懐に手をやって中から小瓶を取り出す。栓を外すとトクトクと中身の液体を注いでいく。赤ワインに似た色だ。鉄心は自分も呪をやる関係から、魔族の血だろうと推察できた。純度も高そうで、高位魔族、もしかするとメノウ本人の血だろうか、とも考える。

「これを混ぜ合わせた物を、魔力を込めて印の上に塗布する」

 服を脱ぐように促され、美羽は困惑。その様子を見て、メノウは不思議そうな顔をしている。

「他人に服を脱げって言うのは、人間界では失礼を通り越して犯罪にもなり得るの」

 メローディアが助け船。

「んん? テッシン・アザミは来た時から半裸だったが?」

「男は良いのよ」

「んん?」

 彼はイマイチ要領を得ないようだ。それなりに人間の文化風俗に明るいが、どうもそういったジェンダーな話は難しいらしい。以前もチラリと言っていたが、魔族は生殖はせず、もっと言えばハッキリとした性別も無いらしい。蛇女は酔狂で人間の女の恰好を真似ていたが、アレも別に魔族同士で交配したりといったことはないそうだ。

「そもそも私には人間の雄雌の区別も殆どつかない。髪の色や魔力の質などで個体を識別している」

 人間にも分かる感覚で言うなら、服を着ている犬はそれがメスだろうがオスだろうが、治療が必要な際には脱がせるだろう、との事。

「それなら、はい。けど塗るのは……自分じゃダメですか?」

「いや。呪術に長けた者がやるのがベストだ。私でも拙いくらいだ。他に魔族よりも残忍で……あ!」

 今ようやく鉄心に気付いたかのような白々しさ。

「残忍のくだりは絶対いらなかっただろ、お前。鳥のクセに猿芝居してんじゃねえよ」

 鉄心が文句を言いながら擂り鉢を受け取る。中身は粉状になった餓魔花と血が混ざり合った、液体以上クリーム未満の粘度の物質。

 鉄心が振り返ると、美羽は眼鏡を外し、ジャージの上を脱いだ所だった。そしてそのまま鉄心が見ている前でインナーのシャツも脱いでしまった。モジモジしていても進まないので、医者に診せるつもりで一気にやってしまったようだ。ブラジャーだけになった美羽に鉄心が近づく。両者、あの吸引の事を思い出す。だが恥ずかしがる前に、

「あれ?」

 美羽の下腹の辺りに、左胸のそれとはまた違う紋様が浮かんでいるのに気付く。黒い片翼のように見える。

「バイコーンのターゲットにされているようだな」

「え!? それってヤバいんですか?」

「いや。奴らが人間界まで追ってくる可能性は低いから急迫の脅威があるワケではないが……魔界へキミが来た時には全個体が歓迎するだろうな」

 現状、魔界から帰って来たばかりで、すぐさま行く予定などあるハズもないが、美羽の体質を思えば、また餓魔花が必要になる可能性も大いにある。

 美羽がショックを受けている傍らで、メローディアも自分のシャツを腹まで捲る。美羽と反対側の翼が刻印されていた。あの場に居た乙女に狙いを定めて放った呪印で、かつ美羽の方が片翼となれば、残りの翼がどこにあるのか推理は容易かった。

「これ……やっぱり私にも。これを消す方法はあるの?」

「術者を倒す。この場合は討ち漏らしたもう一体のバイコーンだな」

「おいおい。また魔界に行けってのか? しかも今度は奴等のお仲間総出なんだろう?」

 刃を交えたあの一体を探し出すだけでも骨ではないか。

「まあ現実的ではないだろう。もっと簡単な方法がある」

「何よ?」

「処女でなくなれば良い」

「ほえあ!?」

 美羽の素っ頓狂な声。

「そうすればヘイトは外れる」

 ごく当然の事務報告のような言い草だ。やはり魔族に性の羞恥や機微を理解するのは難しいらしい。美羽とメローディアは思わず、鉄心の顔を見た。鉄心も二人を見ていた。そしてすぐに視線を逸らしてしまって、しかしチラリと窺ってまた目が合って逸らす。そんなことを二度ほど繰り返した。

「まあ事情を知っているテッシン・アザミと生殖するのが一番合理的だろうな」

「もうお前、ちょっと黙れ」



 美羽の左胸の一部、瞳が殆ど閉じた状態になった印。鉄心は調合物を手に掬って、その印に触れ、軽く押し込むように力を加えて肌に塗り込んでいく。邪刀を扱うつもりで自身の氣も込めながら。「ん」とか「あ」とか小さな声が美羽の口から漏れる度、鉄心の理性にヒビが入る。既に彼女とのキスは経験した。何度もした。愛撫もしてしまった。今もしている。医療行為だと自分を誤魔化すのもそろそろ限界が近い。命の危機とそこからの生還の体験も未だ響いている。子孫を残せと、またあの数センチ先に死が飛び交う場所へ戻る前に、子を作れと、脳ミソをガンガン殴られているかのようだ。辛うじてメノウの目があるから、と律するが、その鳥人もアメジストの死体を検め始めてしまった。

 心を殺して作業を続けていた鉄心だったが、追い打ちがかかる。今まで必死に我慢していたもう一人、メローディアが体を摺り寄せてきたのだ。左手に絡みつくように体を預けてくる。彼女としても自分だけ蚊帳の外で、想い人が他の女の体に触っているのだ。いくら必要な事と言い聞かせても限界があった。加えて彼女も生存本能の揺さぶりに苛まれている。と言うより、アメジストを葬った彼の凄絶な美技を魅せつけられて以降、ショーツは替えを要する状態なのだ。

「美羽だけじゃなくて……私も。私も痣があるのよ?」

 ギリギリの自制心が、ただ触れと強請ねだるのははしたないと判断し、言い訳を考えて口走らせたようだ。苦しい大義名分だったが、鉄心はそっと左手を動かしてメローディアのシャツの中に手を入れてしまった。腹をまさぐりながら登り、ブラジャーに手を掛けた時、プチンと音がした。メローディアが自ら背に手を回して外してしまったようだ。鉄心の左手はそのままカップを押しのけ、乳房に至る。小ぶりながら柔らかい肉を、円を描くように揉む。指先が何度か頂に触れる度、メローディアの唇も艶やかな声を上げる。美羽も二人の様子を見ながらどんどんと気分が昂っていく。鉄心の裸の胸板にそっと触れ、胸筋の溝をなぞるように指を這わせた。メローディアもそれを見て鉄心の背中、肩甲骨の周りの筋肉にキスをする。三人、もう理性が保てない。いつの間にか鉄心は最後の一掬いを終え、美羽に触れる大義は失われた。だが、離れられない。どちらの唇を奪おうかと沸騰する脳で考えていたその時、

「ふむ。終わったかね。ああ、印は消えているな」

 空気を全く読めない三層魔族の発言で冷や水を浴びせられた。途端に三人、瞳に理性の色が戻る。仮にも十傑の前で何をやっているのだ、と。

「メノウ」

「何だ?」

「いや……何でもない」

 助かったと言うべきか、邪魔されたと怒るべきか、分からなかった。



 印は完全に瞑目し、気付かぬ間に消えていた。ただ完全に消滅したワケではなく、また解けかかった時には浮かび上がって知らせるという事らしい。鉄心としては後学の為に消える瞬間を見ておきたかったが、あれだけ情欲に支配されていて言えたセリフでもなかった。

「ではな。何かあればここにメールをしてくれ」

 名刺のような紙をテーブルに置くメノウ。

「いや、お前、メールアドレスあんのかよ」

「普段は魔界に居るので、即レスは期待しないでくれ」

 そういう事でもないのだが。

「あの……メノウさん」

 美羽が呼び止める。鳥の細い目が彼女の顔を見つめ返す。

「ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる。そしてすぐ顔を上げ、髪を掻き分けて眼鏡越しに笑いかけた。メノウは一瞬、虚を突かれて、可笑しな事を口走った。

「あぁ……本当にそっくりだ」

「え?」

「いや。何でもない」

 メノウはそう言って今度こそ三人に背を向ける。何もない空間へ手をかざすと、瞬く間にゲートが顕現する。少しだけ迷う素振りを見せたが、最後に三人に向かって「また」と言わんばかりに手を挙げて挨拶した。そして同族の死体を担ぎ上げ、魔界へと帰って行った。

 それを見送って、

「悪い鳥さんじゃないよね」

 美羽がそう締め括る。

「鳥さんって」

「ハハハ」

 二人も微笑んでしまう。何とも弛緩した空気が漂いかけた所で、バンと大きな音が部屋に響く。防音室の扉が乱暴に開け放たれていた。

「美羽!」

 静流だった。後ろからオリビアもそっと入室してくる。二人とも明け方近くまで吞んだ後、部屋で休んでいたのだが、やはり熟睡は出来ず、定期的に防音室を覗きに来ていたのだ。そして今回の様子見で、扉の小窓越しに、最愛の娘の姿を見つけた。

「ママ!」

 いつかと同じように抱き合う親子。同じように見守る周囲。

「お帰り鉄心」

「はい。ただいま」

 上司と部下も笑い合った。



 




 


 魔界、九層の最奥。

 黒や金、銀、赤など色とりどりの糸が天井と洞床の間にピンと張られている。その中央、それらの糸で構成された極彩色のサナギがあった。中には何が入っているのか、ドクンドクンと心臓の鼓動のように規則的に脈打っている。

(テッシン。早く。早く会いに来てね)

 サナギは未だ孵らない。待ち人を焦がれたまま。

2章完結です。お付き合いくださり、ありがとうございました。

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