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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第1章:学園防衛編
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第7話:初日終了(前編)

 鉄心が出て行った後、ラインズ校長はもう一度テーブルを力任せに叩いた。ゴンッという大きな音に、サリー先生の体がビクリと跳ねる。

「マクダウェル先生、困るな、ああいうのは! アレはあんな戯言を言っていたが、ここにいる間は生徒なんだから、キミがしっかり指導してくれないと」

 今日初顔合わせの生徒相手に指導もクソもない。八つ当たりの矛先を探しているだけに過ぎなかった。サリー先生は今までこの校長を恐ろしくも、大きな存在と認識していたが、それは完全に買い被りだったようだ。小者だ。鉄心は言葉遣いは兎も角、声も荒げず淡々と話していたにも関わらず、平民に失礼な言動を取られた怒りから、力に訴えた上、アリと象ほどの実力差で抑え付けられ、もうそれ以降は本人には強く言えなくなり、こうして立場の弱いサリー先生に照準を向ける。

(ダサすぎる。ていうか生徒という立場なら自分に歯向かえないように教育できるって発想がもうキモイ。本当に人を肩書や身分でしか見れない人間なんだな)

 サリー先生も辺境伯令嬢という肩書の、貴族の末席ではあるが、三女だし、暮らしぶりも殆ど平民と変わらない。更にアタッカーとしての才も乏しく、結局サポートに転身した落ちこぼれなので、特別な選民思想はないつもりだ。

「わかりました。校長先生が態度や言葉遣いを改めるように言っていたと伝えます」

「あ……いや……キミの意思でやりたまえ」

 サリー先生は侮蔑の色が顔に出ないよう抑えるのに必死だった。



 鉄心が教室に戻るや否や、クラスメイトたちに揉みくちゃにされてしまった。エミールが胴上げを提案し、危うくもう少しで本当に始まる所だった。というより想像以上に鉄心が重たかった為に断念しただけだった。女子たちの体の感触を堪能していることがバレないように、鉄心は必要以上に仏頂面でやり過ごしたのだった。

「いやあ、テッちゃん、やっぱ筋肉バキバキなんだね。着痩せするタイプか」

「ありがとう。美羽を守ってくれて本当にありがとう」

「凄いね、強いね。ゴルフィールに永住してよ。この国守ってよ」

「あの子爵令嬢、前から嫌いだったんだよ。滅茶スカッとしたよ」

 まだ興奮冷めやらぬ様子だ。国籍の別なく、異口同音に彼を称えている。

「つーか、五限目は?」

「自習になったよ。貴族クラスが紛糾してて、そっちの対応で先生たち忙しいみたい」

 鉄心の質問にミラが答えてくれる。少し後ろ暗そうなのは、騒動を見ておきながら、結局サリー先生へ報告するくらいしか手助けできなかった自責の念ゆえだろうか。

(義理堅い子だな)

 と思ったが、彼女の様子に釣られるように、他の女子たちもシュンとしていた。皆(騒動を見ていた者は)多かれ少なかれ罪悪感があるようだった。大袈裟に鉄心を英雄扱いしていたのは、そういった気持ちの裏返しでもあったのだろう。場を沈黙が支配しかけた所で、ドアが少し開き、さきほど置いてきたサリー先生がひょっこりと顔を出した。

「あのー。あ、薊……さん?」

 完全に猛獣扱いだった。

「はい」

「えっと、取り敢えず廊下に」

 クラスメイト達の耳目を避けたい話のようだった。言われた通りに廊下へ出ると、少し歩いて階段の踊り場あたりまで来たところでサリー先生は止まった。

「取り急ぎ、決まったことをお伝えします。まず本日はこれで帰って下さい。六限は出なくて大丈夫です」

 刺々しく聞こえないようにか、声色に細心の注意を払っているようだ。鉄心は肩の辺りで手を広げ、彼女を制止する。

「さっき女王の客分がどうとか言ったのは、どうにも権威主義の亡者のような相手だったから、対等に話を聞かせるための方便として使っただけです。俺個人は権力を笠に着るのは嫌いだし、しませんよ。アナタが平民の言う事など聞く気が無いという態度を取らない限りは。なので普通に話していただけると」

 サリー先生は虚を突かれた顔をした。確かに彼の後ろにある女王陛下の御威光も無視できないけれども、陛下は客分への口の利き方にまで目くじらを立てるほど狭量でも暇でもない。迷った末、正直に言うことにした。

「私の腰が引けてるのは、そっちじゃなくて……えっと」

「はい」

「ラインズ校長は、足を痛めて第一線を退いたとは言え、高校生が一瞬で制圧出来るような相手じゃないんです。それを、その……」

「ああ」

 ようやく合点がいった。

「まあ、それも大丈夫でしょう。アナタに刃を向ける展開というのは今のところ想像できないです」

 口元は笑んでいるが、目はニコリともしていなかった。常に踏み絵を突き付けられているようなものだ、とサリー先生は感じた。辺境伯の娘のお前は貴族たちに迎合するか、我々平民クラスの良き担任であり続けるか、と。

「話を戻しましょう。今日はこれで早退という扱いらしいですが」

「え、ええ。はい。出来れば保健室で休んでいる松原さんも寮まで送ってあげて欲しいんですけど」

「もちろん」

 今度の鉄心の笑顔には何らの含意もないようだった。

「それで……明日なんですが、ええっと、薊さんが今回トラブルになった子爵令嬢なんですが、そのお父様、つまり子爵様が、その、何と言うか、娘さんを大層溺愛していらっしゃるそうで……」

「乗り込んできそうだと?」

「有体に言って。明日には恐らく。もしかしたら今日この後いらっしゃるかも」

「ああ、それで俺を早く帰そうとしているワケですか」

 苦笑交じりに頷くサリー先生。鉄心は純粋な暴力、子爵は大きな権威、どちらもサリー先生の手に負える相手ではなく、両者の正面衝突なんてことになれば、胃が吹き飛ぶ。

「なので、明日は様子見としてお休み、ないし状況を見て……」

「重役出勤も可ということですか。平民のクセに生意気だなあ、それは」

 言いながら口角を上げる。鉄心としては小粋なジョークのつもりだったが、サリー先生は引きつったような笑みを浮かべるだけだった。



 控えめなノックが二度ほど鳴り、美羽は養護教諭が戻ってきたのだと思い、「は~い、どうぞ」と間延びした答えを返した。しかし引き戸を開いて現れたのは先程まで悶々と思考を巡らせていた相手、薊鉄心だった。

「え! て、テッちゃん!?」

 弾かれたように背を向け、ポーチの中からコンパクトミラーを取り出し、頬の血色を確かめたり、前髪を引っ張ったり、忙しくした後、ようやく振り返った。

「もしかして寝てた?」

 寝起きの可能性も考慮して、身支度を整える時間を見てから入るのがエチケットだったかと内心少し反省する鉄心。

「あはは。横になってただけだから」

「そう。足の具合は大丈夫?」

 鉄心の視線がタオルケットに包まった彼女の足へ向く。すると美羽は急に自分の太もものムチムチ具合を思い出し、恥ずかしくなってしまった。軽く足首をさすり、

「大丈夫、大丈夫」

 と答えて、タオルケットを剥いでいく。スカートから伸びる足の太さがやはり無性に気になる。

「あんまり、その、見ないでね。太ってて恥ずかしいから」

 狙ったワケでもないが、自然と鉄心を上目に見るような形になり、弱々しい声音も相まって、鉄心はグラリと来た。イザベラ相手にもラインズ相手にも、頑として揺らがなかった彼の心がかしいだ。

「太ってるなんて全然思わないけど、その、ごめん」

 視線を背けて待つことにした。一分ほどして、諸々と支度を整えた美羽が隣に立つ。

「送ってくよ」

 そう言えば、そんな要件すら鉄心は伝えそびれていた。まあわざわざ支度を待っていたのだから、一緒に帰る意図なのは明白だったが。美羽の方も変に遠慮することなく素直に「ありがとう」と言って受け入れた。

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