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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第68話:デスサイズ

 鉄心は匣を張り直しながら、先ほど完成させていた藁束を地面に立てる。折った割り箸の四本を手足に見立て、突き刺して作った精霊馬しょうりょうまモドキだ。人を呪うなら人形、馬を呪うなら馬を模した形代かたしろが望ましい。ナイトメア相手にのろいを使う事になるかは微妙だったが、念の為の備えとして持って来ておいて正解だった。

「な、何やってるの!? 私どうしたら良い? もう一回ノブを使った方が良い?」

「いや。大丈夫。まずコイツで残りの一体を倒すから。ノブはその後」

 変異種を一掃して蛇女だけマークできる状態にして、光線を警戒しながらノブを展開しなくては、また狙撃されるおそれがある。

「それより、また悪い」

 そう言いながら鉄心は美羽を抱き寄せ、再び唇を重ねる。現状、ノーリスクで氣を満タンに出来るチートツールのような扱いだ。彼も申し訳ないとは思っているようだが、生き死にの場面では仕方ない。メローディアも見ているが、嫉妬云々の状況でないことも重々理解している為、何も言わない。

 鉄心は氣の充填が終わると、押し退けるように美羽を離し、自分のメットに付着した変異種の返り血を指で絡めとる。それを精霊馬の表面に乱暴に塗りたくり、素早く邪刀を突き立てた。髪や汗などとは違い、血を使ったのろいは強力で、血流に異常を来す場合が殆ど。しかも今はブーストが掛かっている上、彼我の実力差も鑑みると、即死が期待される。鉄心の皮算用では、変異種の突進は止まるハズだった。途中で体内に異常が起こり、そのまま墜落、という青写真。だが、そうはならなかった。鉄心を襲う強烈な違和感。

「呪が使えない!?」

 目を見開き、もう一度邪刀を突き立てるが、結果は変わらない。注いだ氣が霧散するような感覚。

「やべえ。ちょっと衝撃くる!」

 その注意とほぼ同時、匣に変異種の体当たり。衝突の前に墜落すると目論んでいたせいで保険程度の硬度しかない。角が突き刺さり、匣に穴が開くのを鉄心は感じ取る。

「ハハハ! もらった」

 蛇女の粘着質な執念の結実であった。暗躍し、鉄心の呪を受けた媒体(リグスとジーン)から吸い取ったそれを解析し、逆に呪術を掛けてやった。呪詛返しのような真似は出来なかったが、封じ込める程度は出来た。そしてそれで十分だった。呪が効くと見積もって立てていて算段がご破算。如何な平良四位とは言え、戦闘の佳境で唐突に自分の技が封じられていることが発覚し、そこから即座に対応は不可能だろう、と。蛇女は勝利を確信した薄笑いを浮かべながら、不安定な足場を捨て、鉄心たちの後方斜め上から穴倉へと飛び込んだ。万一にも外さないよう、そして距離を詰め威力を上げるため。空中で彼女のユニーク、魔力をレーザーのように射出する銃器「ブラックマンバ」が黒い光線を放つべく、照準を鉄心に合わせる。

 そこからの蛇女の視界はコマ送りのように映った。変異種が再び羽ばたき高度を上げる。もう一度の体当たりで匣を完全に破壊できると踏んだのだろう。それを見送った後、鉄心が自分に気付いて後方斜め上を見上げる。衝撃に仰け反っていたメローディアと美羽もまた鉄心の首の動きに気付いて、顔を上げた。ウェアラブルカメラのレンズ光が陽光を反射する。想い人の最期を記録するために御苦労な事だと内心でほくそ笑む蛇女。

「終わりさ」

 引き金に指を掛けた。


 ――――が。


 視界から鉄心が消える。反転し、首が浮き上がる感覚。そして中空、太陽を見る。回転。後ろ側の岩壁が見える。視界が滲み、ぼやけ、端から徐々に真っ黒に塗られていく。

(何だい、これは)

 更に回転。再び正面が映る。薊鉄心のくらい、悪魔の様な笑み。唇だけ下弦の月のように歪めて嘲っている。

 そしてそのまま、視界は回転する度に目まぐるしく変わり、最後に大きく揺れて、そこで完全に闇に包まれた。二度と晴れる事のない闇に。



「何が……起こったの?」

「十傑が……」

 夢でも見ているのかと二人は放心しているが、鉄心は油断なく最後の敵、変異種の一体を睨みつける。するとそれは中空で態勢を変え、そのまま天井に開いた大穴を抜けて逃げ去った。カラスのような黒い羽が何枚か遅れてヒラヒラと宙を舞っている。

「流石に獣。知性は無くとも本能はあるか」

 自分より格上を倒した相手と、自分の仲間を討った相手が居るとなれば逃げるが吉。

 こうして激闘は鉄心たちの勝利で幕を閉じた。

「終わったよ、二人とも。美羽ちゃんはあそこの花を」

 鉄心は広場の奥、例の青い花、(恐らくは)餓魔花を指さす。一角にも崩れた天井が落ちてきたハズだが、幸い花は折れたりしていないようだ。天井を蓋していたのは岩盤というより薄い土くれだったらしい。

「ね、ねえ。あの人……っていうかあの蛇の女? の人は」

「死んでるよ。殺した」

 鉄心は虫でも駆除したような簡潔な返事。

「そんな……どうやって? 私たちすぐ傍に居たのに全然わからなかった。鎌鼬だっけ? アレなの?」

「まあ半分正解かな」

 鎌鼬に鉄心の血を塗りつけて放ち、岩壁の上部に突き刺して仕込んでおく。その際に、氣を紐のようにして絡みつかせ、自分の指と繋げておいた。後は鎌鼬に付着した自身の血を媒介にし、邪刀のかすみという技をかける。鎌鼬は極めて認識されにくい状態になり、不可視の刃として機能する。そこに蛇女が勝機に逸り飛び込んでしまったのが敗着。確実に仕留められる距離まで肉薄し狩るつもりが、狙われていたのは自分の方だったのだ。氣の紐を引いた鉄心の手元へ不可視の鎌が戻ってくる。その途中にある蛇女の首を刎ねて。

「聖邪刀・隠鎌かくしがま。実戦では殆ど使った事なかったんだけど、ここまで上手くハマるとはね。運が良かったよ」

 鉄心が唇だけ歪めて笑み、間近のメローディアは総毛立った。貴一は本職、善治もその真似事ながら氣で糸を作れる。その二人に師事した鉄心が出来ない道理はない。特に直近であんな夢を見たせいで鮮明にイメージ出来たのも大きかった。

 そんなカラクリを淡々と話しながら、鉄心は歩いて女の首を回収する。幸い髪が生えているので、それを掴んで持ち上げた。体の方も足を掴んで引き摺ってくる。二人の傍まで戻ってくると美羽が噛み殺したように「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

「貴重な十傑の死体だ。持って帰るよ。ここに置いておくと先のナイトメアみたいに腐敗が早いかも知れないし」

 聞かれる前に理由を説明する鉄心。そしてそのまま、近くに落ちてある変異種の黒い羽も拾い上げる。ニ、三枚をポケットに突っ込んだ。遺骸を持ち帰れたら最上だが、今の手負いの体では厳しいと判断し、羽で妥協したのだ。

「美羽ちゃん。キミは餓魔花を」

 再び同じ指示を出しながら指で奥を示す。だがまだショックから立ち直っていないのか、美羽は眼鏡の奥で怯えた目をしている。仕方なしに鉄心が手を繋ごうとして、自身の手が蛇女の返り血でドロドロになっていることに気付き、引っ込めた。

「メロディ様」

「は、はい!」

 メローディアに振ったが、何故か敬語で返事される。恍惚としていたようだ。鉄心の顔、話す唇に視線が行っていた。それを察した鉄心が、そっと顔を近づけて、耳元で、

「帰ったら幾らでも出来ますから。だから今は美羽ちゃんを連れて餓魔花を」

 と囁く。熱っぽい顔でコクコクと頷き、メローディアは美羽の手を引いて歩き出す。鉄心はその少し後ろを哨戒しながらついて行く。今度は油断なく360度に加えて、天井や床も。

 やがて到着。美羽が膝をついて、緑が生い茂る草むらに手を伸ばし、花の一つを手にした。手折たおるのは忍びないのか、鉄心に指示を仰ごうと振り向きかけた瞬間、ギュンと音でもしそうなほどに氣を吸い取られる感覚。餓魔草の比ではない。そしてそれ以上に元あったせきのような物がより強固になっていくのを美羽は感じ取る。

 時間にすると三十秒ほどだろうか。彼女は黙って餓魔花に触れ続けた。そして氣の流出も堰き止めも終わると、静かに立ち上がった。手折るつもりはなかったが茎の中ほどで折れた花を持っている。

「終わった? どう? 気持ち悪かったりはしない?」

 鉄心が様子を聞くが、美羽は力ないながらも笑みを浮かべ、「平気だよ」と返す。

「さて。メノウが来るまで待つのかしら? それとも丘まで戻るべきかしら?」

 メローディアもやっと落ち着きを取り戻していた。

「うーん。いえ、先に帰りましょう。この十傑が奴の仲間じゃないという保証がない。人間界で態勢を整えるのが上策でしょう」

「裏切られたかも知れないってこと?」

 美羽もおずおずと話しかける。

「……俺らがここに居るのを確実に知ってるのはヤツだけ。この蛇女が乱獲派閥に居ながら単独行動して、かつ俺たちの居場所を調べ上げる事が出来たって線も無くはないけど」

 いずれにせよ、考察は帰ってからだ。今は速やかに退散するのが賢明だろう。

 ビニール袋を三重に重ねて、その中に女の生首を放り込み、リュックを背負う鉄心。背中の傷に響くのか、顔を顰めた。二人もそれぞれ荷物を回収。第二ベースに置いてきた物はマットレスや着替えが主で、捨ておいても問題なし。

 鉄心のオッケーが出て、美羽がドアノブに氣を注ぐ。今度は何者にも邪魔されず、扉が顕現した。二人が先に飛び込んだ。鉄心は遅れて女の体を引き摺りながら扉を潜る。最後にもう一度振り返った魔界は、変異種の遺骸と血痕に陽光が降り注ぐ殺伐とした光景だったが、不思議と美しくもあった。

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