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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第67話:空からの脅威

 地図はかなり正確だったらしく、ほぼ二時間ピッタリで終点に着いたようだ。道が途切れ、広間のような場所に繋がっているのが遠目にも分かった。天井の岩盤に所々亀裂が入っているのだろうか。木漏れ日のような光が広間内に微かに降り注いでいる。その奥、視力の良い鉄心には緑が繁茂する一角に青く光る花を見た。メローディアの瞳のように美しい色合いだった。黒い岩肌の合間に緑の絨毯、その中央に数本、青い光を湛えた不思議な花。仄かな陽光とのコントラスト。どこか幻想的な光景で、妖精が羽休めに憩う場所と言われても頷いてしまいそうだ。「キレイ」と少女二人がほぼ同時に呟いた。

「メロディ様」

 鉄心が隣を歩くメローディアに手を伸ばし、耳に掛けたカメラのスイッチを入れる。そしてそのまま二人の少女を残し、ジリジリと忍び足で前進し、その広間へと入って行く。入るや否や、素早く左右に身体を振って前方180度をクリアリング。

(居ない?)

 変異種どころか普通のナイトメアの姿すらない。もう一度ぐるりと見回す。黒い岩肌。青と緑の中央奥、石筍、岩壁。やはり何も居ない。鉄心は後ろ手にハンドサインを送り、二人を呼びよせる。

 

 ――――痛恨の判断ミスだった。


「鉄心! 上よ!!」

 メローディアの叫ぶような声に、鉄心は顎にアッパーカットでも喰らったかのような勢いで天井を仰ぎ見た。黒紫の馬体が大きな両翼を羽ばたかせ、滑空してくる、まさにそのタイミングだった。上空で待ち構えていたということだろう。天井付近の岩壁に大きな窪みが二つあり、そこが二体の変異種のねぐらになっていたようだ。前方180度のクリアリングでは不十分だったのだ。

「こっちに来る!?」

 美羽の叫ぶような声。鉄心は大掛かりな匣を展開。最高硬度のつもりだが、なにぶん練氣の時間も精度も足りていない。

「頭を抱えて、しゃがんで!」

 鉄心の怒鳴るような指示。変異種二体は完全に鉄心を無視し、その両脇の少女たちへと殺到した。ゴーンと大きな衝突音。内側に居る二人は鼓膜が破けたかと思う程の振動を感じる。

 何とか凌いだが、相手も然るもの。ダメージなど無かったかのように再び天へと浮き上がる。先の九層魔族たちは鉄心の匣に顔から突っ込めば、それだけで脳震盪になってくれたが、どうも一線を画すようだ。

「チッ」

 苦し紛れに鉄心は鎌鼬を放つが、背中に目でも付いているのかと思うほど簡単に避けられる。天井に幾つか刺さると、ボロボロと天板になっている岩が崩れて落ちてくる。鎌鼬を無闇に使うのはリスキーか。しかし空中戦を強いられる以上、必須の技でもある。天井に当てないよう檻で相殺する必要があるが、果たしてそこまでの余裕を持って戦える状況だろうか。

「ど、どうしよう? あ! ド、ドアノブ! 使って良いよね?」

 美羽はポケットに入れておいたノブを取り出し、地面の上に置いて、氣を注ごうとする。

「ちょっと美羽! ダメよ! 避難しましょう!」

 そこへメローディアが駆け寄り、美羽の二の腕を掴んで立たせようとする。こんな場所にしゃがみ込んでは格好の的だ。変異種たちは何故だか少女二人を狙っているようだし、危険極まりない。二人で広間から元の道へ戻れば、奴等の羽まで含んだ体の大きさから言って、通れるのは一体が限度。

(いえ! ダメ! その一体だって私じゃ倒せない!)

 宙を舞うナイトメア(?)など。普通の個体ですら(鉄心は合格をくれたが)独力で倒せ切ったとは胸を張って言い難いレベルなのに。歯噛みするほどの無力感。なら鉄心の匣に守られる今この場所でノブを発動させた方が賢明か。メローディアが判断に迷って鉄心を見ると、彼は必死の形相で氣を練っていた。

「二人固まって!」

 指示は今更だった。既にメローディアは美羽の片腕を掴んで密着している状態だ。二人の状況も確認しきれていない。端的に言ってパーティーは混乱していた。そして変異種たちの二度目の滑降。鉄心は固まった二人の周囲に匣を張り直す。その傍らでもう一つ氣を練る。鎌鼬だ。自由飛行の状態だと回避されてしまったが、今度は一点を目指して向こうから降りてきてくれるのだから、そこを狙い打てば良い。

 果たして目論見通り、変異種たちは先程と全く同じ行動を取った。二体同時に斜め上からの頭突き。恐ろしく頑丈で長い角が二本、透明な壁にブチ当たり、轟音を立てる。再びヒットアンドアウェーと決め込むつもりだろうが、

「そうはいかねえよ」

 鉄心の鎌鼬が飛ぶ。一体の首を正しく狙ったのだが、すんでの所で急所をかわされた。鎌鼬は変異種の胸の辺りを裂いて、そのまま岩壁に深い傷を刻む。ただそれでも相当な痛みがあるらしく、変異種は高くいななきながら、首を振り回す。血が辺りに飛び散り、鉄心のメットにも付着する。

(ラッキー)

 そのまま鉄心は後退して二人と合流。変異種の二体は再び上空の安全圏へ。

 鉄心は急いで背中のリュックを地面に下ろし(思えば降ろす暇もないまま戦闘に入っていた)、外ポケットを乱暴に開けると、藁の束と割り箸を取り出す。割り箸を二つに割り、更にそれを二つに折って四本の棒にする。

「こんな時に何やってるの鉄心!」

 メローディアの怒号が飛ぶが、説明している暇はない。そして同時に、もうひとり内職に従事していた美羽が、

「出来た! 離れて!」

 叫びながら数歩後ろに下がり、ドアノブと距離を置く。鉄心の方も工作を終えて、顔を上げると美羽が氣を注いでいたノブが動き始めた所だった。狭い匣の中ではグニャグニャとした例の予備動作が出来ないと判断した鉄心が匣の範囲を変えた、その時。

「逃げられちゃ困るんだよねえ」

 どこからか女の声がした。

 次の瞬間、一条の黒い光線が走り、ドアノブを撃ち抜いた。グニャリと伸び上がろうとしていた動きがそれで止まり、後には黒焦げになったノブが地に横たわるのみ。ピクリともしない。

 弾かれたように鉄心が光線の出処を見る。上だ。天井の一部が崩落してくるのが見えた。そしてその崩落の隙間に人影。暗闇に一気に太陽光が降り注ぐ。明順応が間に合うハズもなく、三人全員が一瞬だけ視界を奪われる。鉄心は慌てて少女二人の頭を後ろから掴んで無理矢理に座らせた。と同時に匣を展開しながら自身もしゃがみ込む。その背中を光線が掠めて焼いた。

「あ、ぐっ」

 くぐもった声を上げる鉄心。内臓にまでは達していないだろうが、肉の焦げる嫌な匂いを嗅ぐ。

「今ので仕留めたかったんだけど、イカれた危機察知能力だねえ」

 女は少し悔しそうな声音でそう言うが、実際の所、紙一重だった。鉄心の悪運の強さが僅かに上回ったとも言える。

「けど……チェックメイトさね」

 全く別方向から飛来する影があった。無傷の方の変異種だ。危険と判断したのか、仲間を傷つけられた怒りによるものか、兎に角、対象を変えたようだった。背中がガラ空きの鉄心へと。匣をもう一つ繰り出す鉄心。だが振り向きざまに何とか張ったという格好。恐らく硬度が足りず、突破される。致命傷を避けねば、とコンマ数秒の間に思考する。

 だがそこで全く予想外の事が起きた。振り返った鉄心の後ろ、つまり先程まで向いていた前方、その匣から飛び出す姿があった。美しい金の房が跳ね、恐るべきスピードで駆けた。身体強化を高い次元で成している。そしてそのまま、鉄心へ向け真っすぐ滑空し襲い来る変異種の横手に追いつき、

「鉄心!!!」

 亡き母を彷彿させる裂帛の気合を乗せ、降り注ぐ陽光にも負けないほどに輝く光臨槍をひたすら真っすぐに、突いた。馬の腹に突き刺さり、そのまま縫い留めた。串刺しのまま氣をどんどん送り込まれたグラン・クロスは更に輝きを増し、威力を増し、やがて先程の敵方の光線のように熱を帯び、穿った腹から馬体を縦に真っ二つに焼き切ってしまった。ドーンと大きな音。死骸となった変異種は傷口が焼けて縫合されたようになり、血の噴出が歪だ。ピュッピュと断続的に噴き出すそれを、誰あろうメローディア本人が呆然と見ていた。美羽も大きく口を開けている。一番最初に我に返ったのが鉄心、ついで敵の女。タッチの差でメローディアの周囲にも匣を展開。その上を光線が叩いたが、防ぎきる。

「美羽ちゃん」

 鉄心はその合間に、美羽を強引に引き寄せ、そのまま唇を奪う。歯と歯がぶつかり、美羽は唇の端を少し切ってしまった。それを責める余裕も謝る余裕も両者にはなかった。美羽から鉄心へと氣が流れ込む。それを確認するや否や鉄心は即座に唇を離し、天を仰ぎ見る。割れた天井の隙間からスナイプしてくる姑息な敵。そこでようやくその全貌を見る。ヘビのような女だ。顔は人間に程近いが、頬に幾つか鱗があり、口も大きく裂けている。瞳も爬虫類のそれだ。回復した氣で以て鎌鼬を幾つか放るが、体を引っ込められてしまう。鎌鼬は天井の大穴から虚空へと消えて行くのみ。地の利はあちらが断然優位。だが女の目が穴倉から離れるこの時をこそ鉄心は利用する。背中に手を回して自身の血を掌に付け、鎌鼬の刃に軽く塗った。そしてそれを乱打の一つに混ぜ、岩壁の上部に突き刺した。

「マズイわ! 手負いの方が降りてくる!」

 立ち直ったメローディアも二人の傍へ。それと同時、突然の闖入者に判断窮していた残り一体の変異種が、再び鉄心たちへ狙いを定めたのだった。

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