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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第59話:不殺作戦

 二人とも食欲がない旨を告げると、鉄心は思案顔になった。食事を後にするなら、少し休んで再び進むべきだが……なるべく二人の良心が痛まない行軍にしなくては。彼の頭の中に幾つかのプランが浮かんでは消えていく。

「その……ね」

 美羽がおずおずと声を掛ける。

「あんまり知能が無い種なんだよね? あの馬たち」

「まあ、そうだね。四層より下は全部あんなもんだ」

 鉄心の返答はどこかぼんやりしている。今も頭の片隅で案を練っているだけなのだが、美羽は彼のその態度が自分に愛想を尽かし始めている兆しではないかと勘違いし、不安を抱いてしまう。

「え、えっとね。非戦闘員の私が、その、作戦とか烏滸がましいかも知れないけど」

 そこで鉄心は聞く態勢に入った。作戦と言う単語を耳が拾ったのだ。「続けて」と短く促す。

「私の氣を吸った白餓魔草をね、彼らの頭が届くかどうかの辺りに置いておくの。今までの様子から言ってエサに対する興味>私たちへの敵意って感じだから……」

「うん」

「たくさん置いておけば夢中になって取ろうとするんじゃないかって。でも取れないとなると、モタモタしている間に、他の仲間も集まって来て……」

「なるほど」

「その隙に脇を通って奥へ行けば」

「ああ、そっち」

 鉄心は集まった所を後ろから一掃するのかと思ったのだが、美羽の計画がそんな物騒なワケもなかった。

「はは。美羽ちゃんらしいというか、俺じゃあ逆立ちしても思いつかない作戦だね」

 良く言えば優しい。悪く言えば甘い。

「ダメ……かな?」

「いんや。良い作戦だよ。よく考えたね」

 鉄心が手を伸ばすと、美羽も頭を傾け、撫でやすいようにした。美羽は鉄心が怒っていないことに安堵し、建前ではなく実際に、非戦闘員で甘ったれな自分の意見でも取り入れてくれる柔軟性に、また懸想が強くなる。更に彼の役に立ちたい、更に褒められたい、という気持ちが肥大化していくのを彼女は自覚する。

 鉄心はしばらく彼女のストレートヘアの撫で心地を堪能した後、話を続ける。

「とは言え、もちろんリスクはあるけどね。通過中に万一でもこっちにヘイトが向けば一転、大ピンチだ」

「そうね。他ならぬ自分たちで大群を集めている格好だものね」

 いつの間にかメローディアも鉄心の隣に座っていて、さりげなく手を握っている。自分だけ仲間外れのようで寂しかったのかも知れない。

「もしそういう事態になったら、迷わずドアノブを使って欲しい」

 鉄心が匣で防御壁を作れば、相手の数にもよるが、扉を顕現させるまでの間くらいなら持ちこたえられるだろう。

「いいの?」

「使っても、あと二往復分はあるからね。気軽に使うのは勿論ダメだけど、緊急事態でも躊躇うほどストックが無いワケでもない。というか残り一つしかないという状態でも、本当に命の危険がある場合なら、絶対に使って逃げるべきだ」

 いよいよゼロとなればメノウが補充をくれる方に賭けようという話。

「まあいずれにせよ、見つからなければ何ということもない。入念に詳細を詰めようか」

 鉄心の結論に両隣の少女たちは頷いた。



 鉄心が階段状に匣を作る。ベースから引き上げた荷物をその最上段に並べていく。匣を維持しながら、本人は肉体労働をするワケだから非常に疲れる。少女二人も手伝ってはいるが、なにぶん非力だった。美羽は兎も角、メローディアには事が済んだら、もう少し筋肉をつけさせるべきかと鉄心も思案したほどだ。

 階段の反対側には幾つかの石筍が生えているが、それらの間にブルーシートを張った。ハトメ穴に丈夫な紐を二本、三本と通して縛りつけたので、早々ずり落ちることはない筈である。ピンとして弛まず、地面に水平に張れている。そのシートの上に美羽が氣を込めた白餓魔草を五本ほど乗せておく。またメローディアの日傘を広げ、その骨側に五本ほど乗せた状態で、岩壁の窪みに柄の部分を嵌め込んで逆さに吊るす仕掛けも用意した。メローディアは「結構高かったのよ」とボヤくが、鉄心が「新しいのを買ってあげますから」と宥めると、渋々(内心はガッツポーズ)のていで供出した。

 天井が高く、ブルーシートを張れるくらい石筍が密集していて、岩壁の窪も多くある場所。ロケーション探しには苦労した。結局途中で少女たちも腹を空かせて昼飯を摂ったくらいだ。まあ何はともあれ、準備は整った。そして今は三人、匣階段の一番上で文字通り高みの見物で余裕綽々。と言いたい所だが、

「メッチャ疲れた」

 鉄心の作業量から言って、そんな呑気な話でもなかった。馬をハメる為に馬車馬になった気分だった。

「ご、ごめんね。私が甘いばっかりに」

 美羽も多量の氣を餓魔草に注ぎ込んだハズだが、ケロッとしたものだ。本当に規格外の量が内蔵されているらしい。

 鉄心は何も言わず、美羽の頭を軽くポンポンと叩いた。そのまま膝行しっこうで匣の上を移動して、洞窟の奥側を向いた。今まで見た大群は泉に居た一団のみ。来るとしたらそちらからだろう、と。メローディアも同じように移動して鉄心の背中側から肩に手を乗せ、頬擦りするように首を伸ばした。すると、まるで示し合わせたかのようなタイミングで、

「お出ましだね」

 鉄心はしめしめという顔。後ろ手に手招きして、美羽も呼ぶ。彼女が膝立ちになる頃には、ナイトメアの群が奏でる蹄の二重奏、三重奏、四重奏……やがて地鳴り。二十を超える馬体が、時に互いにぶつかり合いながらも殺到してくる。

「奴等がシートと傘の周りに集まりきったら行くよ」

 言いながら鉄心はメローディアの手を優しく肩から外して立ち上がった。



 匣から匣へ、空中のステップを移って暫く進み、何の気配も無くなった頃合いで地上へ降りる。人間三人(+大荷物)を乗せられる範囲と強度の匣を出しては消しという作業を繰り返したせいで、然しもの鉄心も少なからず疲労の色が顔に滲む。ふうと大きく息を吐いて、荷物を担ぎ直し(これも一番重たい物を持っているのが彼だ)黙って歩き出す。その背を少女二人は追いかけながら、彼にばかり負担が集中している状況を憂いていた。特に美羽は自分の提案を呑ませたばかりに、という負い目が大きい。昼食は彼女が一人で用意(鉄心が手伝いを申し出たが頑として断った。思えば朝食もそうするべきだったと後悔したくらいだ)して休んでいて貰ったが、そんな程度で埋まる不平等ではなかった。

(やっぱりアレをして氣を回復してもらうのが……)

 美羽が彼に出来る事は後はそれだけだ。恥ずかしい。或いは自分が性感を覚えてしまうのではないかという怖さもある。だが、それが何だと言うのだろう。億を超える報酬を要求して然るべき任務を無償で請け負ってくれて、甘ったれた感情論にも冷静に対応してくれて、今も黙々と力仕事をしてくれている。誰がどう考えても押し付けすぎている。彼の「漢らしさ」に甘えきっている。

(全部捧げる覚悟は出来たんでしょう? 私の純潔がウン億円もするとでも? 与えられる子に……ならないと)

 母の金言も思い出し、自分を奮い立たせる。

「テ、テッちゃん!」

 鉄心が振り返る。大きなリュックのせいで半分頭を垂れるようにしないと顔を見せることも出来ないらしく、窮屈そうだ。そんな姿を見て、美羽は胸が締め付けられる。

「後で落ち着いたら……大丈夫だから!」

「え?」

 鉄心のキョトンとした顔。一瞬、何を言われているか分からなかったようだが、美羽が羞恥に目を瞑りながら軽く胸を突き出すのを見て、言わんとしている事を把握したようだ。少しバツが悪そうな顔をしたが、「正直助かるよ」と頷いた。

「……美羽」

 メローディアの声。様々な感情がこもった響きだ。先を歩く鉄心に聞こえないくらいの声量で、

「ズルいわよ」

 と呟く。

「すいません。けど……これは恋愛的なアプローチって言うより、私に出来る唯一の恩返しって言うか」

「ズルいわよ」

 繰り返す。恋愛的なアプローチではないと言い訳したって、体の距離が近づけば心の距離だって近づく。それが分かっているからメローディアも積極的に鉄心に対してスキンシップを取っているのだ。

 恩返しと言う名のおためごかしではないか、と。そして美羽本人もその欺瞞的な側面には気付いている。

「その……スイマセン。これでしか役に立てないから」

 メローディアからすると、彼の役に立てる何かがあるだけで羨ましい。

 と、そこで獣の断末魔が響き、二人は慌てて前方に目を凝らす。いつの間にか先頭の鉄心は泉がある窪地に辿り着いている。そして淵に足を掛けたまま鎌鼬で泉の傍に残っていた敵数体を殺めたらしかった。

 予め、進行方向に残っている個体は始末するしかないという話を彼はしていたが、瞬く間に遂行してしまったようだ。そして下方向をランタンで照らして泉の様子を確認し終えると、

「滑り降りるのは危ないですから、また匣を張ります」

 誰の返事も待たずに、実行する。そしてすぐさま何の躊躇もなく跳んだ。

「本当に追いかけるばかりね、私たち」

 メローディアが嘆息交じりに言った。

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