第57話:地図と新事実
<餓魔草の多発地について>
洞窟内には所々に餓魔草が自生しているが、その中でも特に発生しやすい箇所に赤丸を施した。これらの地点の餓魔草は基本的には、魔力や想念の吸収前の物である。従ってミウ・マツバラの魔力が漏出しそうな感覚がある場合は、適宜これらを採取、使用されたし。
<餓魔草の性質および種類について>
餓魔草の形態は主に三種類ある。一つは青白く発光している初期状態。これが人間の魔力、想念や記憶を吸い取ることにより、二種類に変化する。魔力を吸い取った場合は、白化し枯れたような状態になる。ミウ・マツバラの魔力を吸い取った後に残った物がこれである。想念や記憶を吸い取った場合(これは人間の絶命時ないし絶命から数時間以内に吸引する)は白く発光する状態となる。後者の二つはいずれも魔族の栄養となる。
<☆印と花のマークについて>
☆は変異種を表す。花マークは餓魔花を表す。変異種は戦闘力の高い個体だが、キミたちにとっては無害であろう。放置して最奥に自生する餓魔花に向かうべし。採取は必ずミウ・マツバラが行うこと。餓魔花が余剰分の魔力を全て吸い取ると、草と同じく白化するので、それを持って洞窟内を脱出、始まりの丘で待機されたし。こちらから追って説明に向かう。
<ミウ・マツバラの魔力漏出に関して>
考えづらい事ではあるが、もし餓魔草の採取・使用が間に合わず多くの魔力が漏出するようなことがあれば、特段に相性の良い者(私の見立てでは該当はテッシン・アザミのみ。人間界で出会った関係者ならびに現在同行中のゴルフィール人女性は適性ナシ)へ移譲する方法がある。吸引をイメージしやすい行為(接吻等による経口摂取が最も効率的)を介して譲渡できるハズである。勿論これも餓魔草の代替、つまり対処療法であるため、餓魔花での根本対処が必要な状況は変わらない。
以上が裏面の記載だ。全文ままである。
「経口……」
「摂取……」
美羽とメローディアが示し合わせたように半分ずつ発した。だが鉄心は全く違う箇所を読んで瞠目していた。
「なるほど。根こそぎ吸い取ると」
そして完全に得心いったという顔で何度も頷く。
「根こそぎ!? ドスケベ!」
「テツ野郎!」
少女たちからブーイング。
「ま、待って。何か勘違いしてないですか? 俺が言っているのは餓魔草の性質の事です!」
鉄心は記載個所を指さしながら冤罪を主張する。
「結構な真実ですよ。恐らくですが、魔族たちが殺した人間の死体をゲートで持ち去るのはこの為だったんです。今までは人間の肉を食べる為と思われていましたが、違ったんです。つまり氣を持つ人間からはそれを吸った白餓魔草。氣を持たない一般人もその死体から記憶や想念を吸い取った白光餓魔草。根こそぎって言うのはそういう意味で言ったんです。人間から取れるものは全部っていう」
魔族の定説を覆す新事実に驚嘆していて、少し言葉が足りなかった。鉄心の抗弁に二人も矛を収める。
「……改めて、おぞましい話ね」
メローディアはそう言うが、美羽は自炊する人間という事もあって、人間が家畜にするのと似ていると感じてしまった。豚などは可食部が殆どだ。
「まあ肉をガツガツ食われるよりマシな気もしますが」
「ん? ちょっと待って頂戴。よくよく考えれば……その、父の遺体だけど、損傷が激しかったわ」
美羽が気遣わしげに、手を握ろうかどうか迷って、そのフラフラした手をメローディアの方が握った。ありがとう大丈夫よ、と微笑んだ。
「うーん。そう言えば人間の肉を荒らす魔族は居るは居るんですけど、ガッツリ食ったって記録は見たことがないような。或いは種によって違うって可能性もありますね。ここのは馬にしか見えませんし、草食なのかも」
もしも、肉は肉食の種が、氣や想念を吸い取った餓魔草は草食種が、という事であれば、人間はこれ以上なく効率の良い食材だろう。
「あとは例の美羽ちゃんの氣の譲渡に関してですが……やっぱり俺だけですか。相性が条件にあるっていうのは人間界で会った時にメノウが言ってた事ですが、内容をもっと具体的に聞いておくべきでした。メロディ様でもダメということなら、アタッカーが条件という線も消える。静流さんに左胸が当たった時とかも何も無かったって言ってたよね?」
美羽は首を縦に振る。
「何となくだけど、散々テッちゃんに吸われた事もあって、吸い取れる相手とそうじゃない相手ってのが感覚的に分かった気がするの。ママもメロディ様も、その気配? みたいなのは無いかな」
「吸われた?」
メローディアが聞いた説明では、餓魔草による一時封印前に胸部の接触で起こった授受という事だったが。美羽は口が滑ったという表情。疑問符を浮かべるメローディアに鉄心が淡々と説明した。
「やっぱりドスケベじゃないの!」
「いえ。実験も含みつつ、美羽ちゃんの尊い利他心も汲んだ上での事ですよ。スケベ心なんて全体で言えば85%にも満たないでしょう。今後もいざとなれば、幾らでも吸い取って使わせてもらいます。俺の氣の枯渇は即ち全員の危機を意味しますから」
美羽本人ともコンセンサスの取れている事項だ。メローディアはグッと堪えたようだ。そもそも、彼女の救出の過程で鉄心が傷ついた。それすら気付いていなかった。そのリカバリーに関して彼女が不快感を示せた筋ではない。飲み込むしかない。だがどうしても一つ聞きたかった。
「キスも……するの?」
「いえ。流石にそこまで余裕がない状況に追い込まれたら、先に美羽ちゃんにノブを用意して貰って緊急脱出です」
強敵との戦闘による一息の枯渇ではなく、鉄心が想定しているのは消耗戦である。つまりナイトメアの数がキャパ以上に多かった場合。キリの良い所でベースないし地上まで退却して補給という考え方だ。そこら辺を説明すると、メローディアは目に見えてホッとした。胸は自分も触られたし、吸われてはいないが、その事について先を越されたという悔しさや寂しさはあまりない。多分。だがやはりキスとなると重たい意味を持つ。これを先越されると立ち直れないかも知れない、と。
「一応、この変異種ってのも警戒しなくちゃいけないでしょうけど……あの鳥野郎は何を以て無害だと判断してるんだ? その基準が分かんないと何とも言えない所ですが」
そこまで言って鉄心は地図をキレイに四つ折りにして、美羽に預けた。探索再開だ。
まずは赤丸が示す餓魔草の多発地点に向かった。洞窟は基本的に一本道ではあるが、所々に横へ枝分かれした行き止まりもある。本当に短い枝なので、明かりで照らせば進むまでもなく道が続いていないのが分かるのだが、そういった行き止まりに多く赤丸がついていた。
歩く間、鉄心はメローディアに一つの課題を出していた。魔導具へ常時流れ込む氣の抑制である。魔鋼鉄、それを素材にした魔導具が、人間界の金属とは全く異なる物質だということは周知の事実だが、本来の形を維持するだけでも氣を(微量ながら)必要とする点もその異質性の最たる一つだろう。例えば鉄心の「邪正一如」は中々使い手が現れない妖刀だが、彼が手にする前は、本当にカッターナイフ以下のサイズで、休眠状態にあった。そこに適性者(鉄心)の氣が流れ込み、本来の姿を取り戻した、という経緯だ。逆に二刀を小型化したい時は、刀にプールしてある氣を循環して体に戻すことで可能となる。
「メロディ様は、休眠状態の小さくなったグラン・クロスはあまり見たことがない?」
「ええ。母を亡くした後、初めて手に取った時も、そこまで小さくはなかった気がするわ。尤も、あの頃は精神的に追い詰められていたから、そこまで細かくは覚えていないのだけど」
とにかく継承し、立派に振るえるようにならなくては、という一念だったと言う。
「ふうむ。じゃあ思ったよりも更に苦戦するかも。でも、まあ、のんびりやって下さい。急迫の必要性があるワケではないので」
そこで鉄心は横を歩く美羽を見る。彼女に言われた育成方針の事も念頭にあった。美羽の方も意図を察したのか、嬉しそうに微笑み返した。
つまりグラン・クロスの軽量・小型化こそが課題の本懐だった。メローディアは鉄心と同じく氣の循環効率が良いが、その分、絞るのは苦手分野に当たる。なので元々たちまちに習得するとは思っていないが、小型時のイメージも持っていないとなると、この行軍中では無理かもしれない。
「けどよく今まであんな大きなケースを持ち歩いてましたよね。長いリムジンを用意されたり」
美羽が軽い調子で言った。日本人から見ると海外の人間は豪快な人が多い印象だが、メローディアはそういうタイプでもないので意外だったのだろう。
「……ずっと光臨を第一に考えていたから。絞る訓練なんて真逆の事は考えられなかったの。鉄心と比べると本当に情けないわよね」
少しだけ棘のある声音になってしまい、メローディアもハッとして口を噤んだ。美羽も「そんなつもりじゃなくて……すいません」と謝ってしまう。メローディアは自分ではそこまで気にしていないつもりでも、やはり心の何処かで自分が寝ている間に美羽と鉄心が男女のする事をしていたというのが引っかかっているのかも知れない。




