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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第54話:不寝番(鉄心)

 持ち込んでいた菓子パンを齧ると、いよいよ就寝。輪番だが、まずはメローディアから寝かせることになった。催眠のせいで細切れには寝ていたが、それくらいで回復できるような疲労でもなかった。敗戦に訓練にリベンジにと、間違いなく三人の中で一番動いたのは彼女だろう。

 鉄心が乳白色の匣で囲んだ一角に入ると、ボディシートで体を入念に清拭し、パジャマに着替えてからメローディアはマットへ横たわった。自分の覗き対策に自分の技を使うという状況に、不思議な矛盾を覚えながらも、鉄心はそこまで見守ってから、美羽に向き直る。

「アイマスク……いや、パラソルか」

「あと毛布よりタオルケットの方が良かったかも」

 メモ帳(必要物資リスト)に書きつけていく美羽。最初の偵察時は温暖な昼間だったが、夜になると冷え込む可能性も考慮して用意したが、そもそも夜にならない世界かも知れない。今も太陽(?)は全く動いていない。木陰のため多少は涼しいが、毛布までは要らなさそうだ。

「……」

「……」

 ふと沈黙が下りると、メローディアの寝息が聞こえて来た。もしかすると日向でも寝付いていたかも知れない。やはり相当疲れているようだ。

「さっきはごめんなさい」

「メロディ様の育成方針に関しての事?」

「うん……たぶん私は甘ちゃんなんだよね。きっとテッちゃんはもっと凄い修羅場を潜って来たからこそ、そこまで強くなったんだろうし、その強さに守られている立場なのに」

 美羽はお腹に抱えたヘルメットの表面を親指で擦りながら、言葉を紡いでいく。

「うーん。俺としては守ってやってるんだから、俺に反論するなとか、そういう事はないんだけど。それに実際もう少し時間があれば、もっとマイルドな手法も選択肢に入れても良かったのかなって、キミに言われて考えた」

 鉄心としては、メローディアの育成も考えつつ、タイムリミットも気にしつつ、餓魔花が生えているという最奥に着くまでのペース配分も考えつつ、という様々な兼ね合いから、そこまで悠長に構えられないという結論だったのだ。しかし自分基準では手っ取り早い方法と考えたが、他人基準では苛烈と映るのかと、一つ勉強になった。

「その……さっきのも、俺に守られているから、対価のように考えたワケじゃないよね? 純粋に俺を思いやってくれたから、だよね?」

「さっき? 何の話……あ!」

 美羽が気まずげに視線を自分の胸に落とした。そして上目遣いに鉄心を見上げ、コクンと頷く。

「嫌いな相手だったら、そういうのを対価に求められても応えない。あ、でもそっか。嫌でも見捨てられない為に」

 静流が危惧した、そういった取引の可能性に今ごろ気付いた美羽。圧倒的に立場が上の男性と、何も持たない女性、という構図が内包する危険性。途方に暮れたようなハの字眉で見上げてくるので、鉄心は堪らずその頬を撫でる。

「大丈夫だよ。よほどヘマしない限りはまた氣の補充が必要になる事態にはならないと思うから。というか……実は補充が無くても大丈夫だったんだけどね」

 あっけらかんと言う鉄心に、美羽は心底驚いた顔をする。乙女の柔肌を捧げてまでした事が余計なお節介だったのか、と。だが鉄心がすぐに、

「あ、でも有難かったのも本当だよ。あの場で浪費は避けたかった、というかメンバー構成的に俺の氣はなるべく常に万全に保っておくのがベストだし」

 その杞憂は払拭する。うん、と小さく答える美羽。まだ微妙に納得はしていないが、彼が嘘を言っているハズもないだろうし、という内心の葛藤が覗く。

「ただ当然、強制するようなことは絶対しないよ。氣が枯渇して三人まとめて全滅するって時なら問答無用で貰うけど」

 そこで話は終わる。再び沈黙が下り、サラサラと風が草原を駆け抜けて草を揺らす音と、メローディアの寝息が重なった。

「……テッちゃんが必要だと思ったら言って、欲しい。対価じゃなくて恩返ししたい気持ちって言うか、その、ちょっと何か変な感じしたけど、嫌じゃなかったし。テッちゃんだったら私……」

 美羽はそんなまとまりの無いことを言ったかと思うと、勝手に照れて「うう」と唸る。そして、

「やっぱりもう寝る」

 と言って立ち上がり、鉄心から離れていく。逃げた。メローディアの横にマットを敷き、少し恨みがましそうな目で鉄心を見る。意図を察した彼は肩を竦め、乳白色の匣を展開して更衣室を作ってやった。諸々を持ってその中へ入って行く美羽。

 元々、鉄心は自分一人と少女二人組で交代して不寝番をする形を提案したところ、美羽の方から「テッちゃん一人じゃ寂しいだろうから」しばらく起きておこうと言い出したのだったが。予定より早く鉄心の提案通りに納まる運びとなった。

(しかし……どう受け止めるべきなんだろうな)

 彼女には対価という発想が無かったようなので、本当に嫌ではなかった、ということだろう。美羽が性に対して奔放という可能性は極めて薄そう、というかゼロだろうと鉄心も思っている。そんな彼女が自分ならと言ってくれたワケだ。

(押してしまえば……)

 いけてしまうのだろうか。鉄心の目から見て、美羽は可愛い。クラスに一人は居る地味だけど可愛い子という表現が正に当て嵌ると思っている。更に(下世話な話だが)男好きのする体の持ち主だ。垢抜けてオシャレやメイクを本格的に覚えれば、絶対に化けるだろう。また内面に関しても非常に好ましい印象を抱いている。心根の優しさ、若干の天然ボケな部分、存外打たれ強い所。短い間しか共に過ごせていないが、それでも長所を沢山知れたという事は客観的に見ても「良い子」なのは間違いないと鉄心は確信している。まあ尤も、この数日間は普通に過ごす数ヶ月にも勝るほどに濃密だったが。既に恋仲となっている男女でも、命を切った張ったの中で互いに気遣い合えるケースは極稀だろうし、そういう意味では既に、そんじょそこいらの何となく付き合っているカップルなどより余程強い絆を育めているとも言えそうだ。

(付き合おうと言えば応えてはくれるかも知れないけど)

 もしかすると、美羽の方はそこまでは準備が出来ていない可能性もある。けれど鉄心に言われれば、応えざるを得ないと思うかも知れない。彼女が自分で気付いてしまった「嫌でも見捨てられない為に」という事実。相手の生殺与奪を握るに等しい今の状況の危険性を鉄心も遅れて理解していた。故に、今じゃないと鉄心は考える。せめて再封印が上手くいってからの話だろうと。

 更に根本的な問題として、自分自身の気持ちの事もあった。即ち、自分が彼女に抱いている好意は恋愛感情なのか、或いは妹に抱くような庇護欲なのか。鉄心は末っ子なので、妹か弟が欲しいと思ったことも間々ある。そういう願望を無意識の内に美羽に投影しているだけではないか、と。

(後は……)

 まだ問題があるのだ。それは即ち……鉄心は少しだけ尻を浮かして、その問題の相手に程近い場所へ座り直す。そして金色に輝く髪が瞼に張り付いているのをそっと横に流してやる。気持ちが良いのか、寝笑いを返してくれた。

「可愛いな」

 思わず小さいながら声が出てしまった鉄心。彼の抱える問題、この麗しの公爵、メローディア・シャックス、彼女にもまた美羽と全く同じ感情を抱いていること。

 美羽に輪をかけてよく懐いてくれており、やはり鉄心としては可愛い。結局はなし崩しのままコーチ業もやらされているが、一生懸命に前に進もうとする姿を見るだに、彼まで嬉しくなる。人を育てるのは初めての経験だったが、今では彼女が第一号の教え子で良かったとさえ思っている。猪突猛進な所、意外とあがり症な所。人の上に立つ凛々しさと、成功体験の少なさからくる幼さがアンバランスに同居しているのも、強く庇護欲をそそられる。最初こそ強引だったが、逆にここまで全身で必要だと示されるのも男として悪い気はしないのだった。

(美人のワガママは武器か)

 鉄心は苦笑を漏らす。そしてスッと立ち上がって、メローディアと美羽、二人ともを視界に収める。美羽の方もやはり気を張っていて疲れたらしく、既に大きな胸が呼吸に合わせて規則正しく上下している。

(二人とも、もしかすると俺に求めているのは父親とか兄、という可能性もあるけどね)

 そうなれば恥ずかしい話だ。懐いてくれるものだから舞い上がって、「二人とも俺を好きなんだ」なんて自惚れていて、蓋を開けてみれば異性としてはゴメンナサイ、なんてことになれば鉄心は立ち直れないかも知れない。そして意外とその可能性も無きにしも非ずだと思っている。美羽は元から居らず、メローディアにしても途中で亡くした父親という存在。心の奥底で求めていても不思議はないと。

(この件が片付いた後の身の振り方にも影響するよな)

 以前宣った「優しい人を守りたい」という言葉も彼の本音だし、その為には予報地点から予報地点へと飛び回るのが最も理に適っているのも分かっている。だが、今の生活を続けていて、一匹の男として守りたい女を作ることが出来るかと問われれば甚だ疑問だ。

「ふう」

 丘の斜面に大の字になる鉄心。不寝番の交代まで四時間。考えることは尽きず、退屈しなくて済みそうだった。

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