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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第53話:初日の戦果

 暗がりから馬体が現れたと同時、メローディアは牽制の刺突を繰り出す。だがナイトメアはそれを角で受け、そのまま頭を大きく振って槍の穂先を下方へ逸らしてしまった。軽く顔の皮膚を裂いたが気にも留めていない。メローディアは敢えて踏ん張る。身体能力の向上を見込んで、フィジカルに頼る判断だ。そしてグラン・クロスを槍というより刀のように振るって燕返しを放つ。言うまでもなく彼女の脳内にあるイメージは鉄心だ。城で女王と見た彼の戦闘VTRが思いも寄らぬ形で役に立った。

 グラン・クロスは十字槍。つまり横手が見事にナイトメアの横っ腹に突き刺さっていた。坂の上からの攻撃という利点が活きて、相手の足が止まってくれたのも大きかった。これが平地なら、彼女が斬り上げると同時くらいに素早い突進を見舞われ、相打ちになっていただろう。そうなると、膂力の差でメローディアの方がより深刻なダメージを負ったハズだ。やはり坂を選択して正解だった。

「まだ! 光臨!」

 鉄心の鋭い声が飛ぶ。メローディアは慌てて祝に使っていた分を光臨に回そうとするが、

「くっ」

 ナイトメアが前進してくる。槍の横手で腹を裂かれながら、ジリジリ坂を登ってくる。彼らの足の構造上、前か後ろにしか進めない以上、必然この判断になる。後ろに下がっても無駄死になら前に進んでせめて角で突き刺してやろうという腹積もりだろう。

「ちっ」

 鉄心が歯噛みしながらフォローを入れた。馬の顔が匣に当たって、それ以上進めなくなる。間近のメローディアはその透明な匣越しに真面まともに見てしまった。今際の際の生物が見せる凄絶な表情を。

「あ……あ……ああああああああ!」

 全力の光臨が槍を覆う。横手から伸びたソレが深々と魔族の内臓を突き刺す。ナイトメアはその顔を一層醜く歪め、口をパカパカと動かし、やがて目から光が消えて行き、開き切った瞳孔は閉じなくなった。そして脚が地を滑ったかのようにヘニャリと崩れ、横向きに倒れた。ドーンと大きな音が響き、美羽の肩が跳ねる。

 メローディアは槍を取り落とし、その場に尻餅をついてしまった。そしてそのまま手足を動かして後退りしていく。過呼吸になるのではないかというくらい、ハッハッハと短い呼吸をしている。鉄心が近づいて行って、軽く背を撫でてやると、弾かれたように立ち上がった。振り返り、それが鉄心だと気付くと、泣きそうな顔で抱き着いた。大部分は槍身が受けたが、一部の返り血が彼女のジャージを赤く染めている。抱き着かれた鉄心の作業着も色移りしてしまっているが、気にせず彼女の背に腕を回す。

「よく頑張りましたね」

 その背をポンポンと優しく叩きながら労った。



 鉄心たちの持ち込んだ計時機器の類が正しければ、午前の二時を回った辺りだ。三人とも買い出しの後に仮眠は取っていたのだが、その寝溜めも使い果たしてメローディアは疲労困憊だった。鉄心の背に負ぶわれるや昏倒するように眠ってしまった。

 今、三人は丘の表側へ移動している。洞窟の入り口から距離を取るためだ。餓魔草の白は放置してきた。奴等に餌として認識されている以上、あれを持ち歩くのは鹿肉のブロックを持ってサファリパークを練り歩くような行為に等しい。

「本当はサンプルとして持っておきたい気持ちもあったんだけど。あ、そう言えば美羽ちゃんが最初にメノウに貰ったヤツは? 白化したヤツ」

「持ってるよ。持っておかないと封印? ってのが効き目なくなるかと思ったから」

 ハンドバッグを漁って栞を手に取った。白化した餓魔草がペタンコにされて上からラミネート加工してある。

「結構、不思議な所で豪気だよね、キミ」

 鉄心なら自分の氣を吸い取った、全く得体の知れない植物を栞にするという発想がまず出ない。存外、美羽は将来大物になるのかも知れない。鉄心の呆れとも感心ともつかないセリフにもキョトンとするだけだった。ともあれ、栞は大分離れた場所に置いておく。洞窟内を歩いていても襲われなかった点を鑑みるに、(加工のせいか)エサと認識されていない線が濃いが、念のためである。

 丘を登り、一本だけ生えた木の根元に美羽がマットレスを広げ、その上に鉄心がそっとメローディアを横たえ、毛布を掛けてやった。

「……メロディ様は今回、超至近距離で生物、それも大型動物の死を見てしまったんだよね。学園防衛の時に一体、腐敗狼を討ってるけど、あの時は後ろに守らなくちゃいけない者が居るっていう使命感と、彼女らを先に傷つけられたという大義名分があったから、多分そこまで罪悪感を抱かずに済んだんだと思う」

 眠るメローディアのブロンドの髪が太陽(?)光を浴びて、キラキラと輝いている。こちらに来てから四時間強は経っているが、未だに太陽(?)は中天にあり、西に動いて行っている気配もない。やはり人間界と同様に考えてはいけないな、と肝に銘じ直す鉄心。

「今回は……自分たちで罠を張って狩りをしたんだもんね」

 美羽も暗い表情をする。相手が魔族とは言え、普通に穴倉で暮らしている所に乗り込んで殺めるという行為に心が痛むのだ。ナイトメアが腐敗狼と違って、グロテスクさはなく、普通の馬に近い風貌をしているのも良くなかった。

「……ちょっと厳しすぎるんじゃないかな?」

 美羽がおずおずと切り出す。アタッカー稼業は甘い世界ではないと頭では分かっているが、どうしてもこう思うのを止められないのだ。

「うん? どういうこと?」

「いや、メロディ様に対して」

 鉄心は目を丸くする。

「ええ!? メチャクチャ甘やかしてると思うけど。箸が使えなかったら食べさせてあげるし、抱っこだって……」

「日常生活の話じゃなくて。うん、それは凄く可愛がっていると思うけど」

 美羽もそれは重々承知だ。何度も嫉妬心が疼いたのは記憶に新しい。

「ああ、アタッカーとしての育成方針の事か。それも全然厳しくないよ。餓魔草の吸引でもまだ感覚が掴み切れていないみたいだったから、だったら命の危機に晒してやれば、やらなきゃ死ぬかもって所まで追い詰めてやれば、出来るでしょうって目算で」

「いや、それが厳しいのではと」

 美羽は突然、異星人と会話をしている気分になった。

「厳しくないんだって。危機に晒しているだけ、死ぬ()()ってだけ。本当には死なないよ。いざとなれば俺がヘルプ入れるんだから」

 鉄心も苛立ったワケでもないだろうが、少し声が大きくなる。すると、眠っていたハズのメローディアがゆっくりと目を開けた。

「……美羽。いいのよ、ありがとう。けれど強くなるって生半可なことではないの。私は鉄心には凄く、凄く感謝しているわ。生徒とコーチとしてキチンと真正面から向き合ってくれている」

 ムクリと身体を起こす。突っ張った腕がカクンと崩れかけ、鉄心が慌てて抱き留める。

「狸寝入りとは」

 鉄心は苦笑気味。

「ごめんなさい。微睡んでいる間に二人が話しているのは分かってたけど、声が少しずつ大きくなってきたものだから」

 聞くともなく聞いていた状態だったが、それで完全に覚醒してしまったという事か。

「美羽。ありがとう、心配してくれて。けどね。私は弱いのよ。優しく優しく、餓魔草のトレーニングを続けていても、どこかに甘えが生まれて、気長にやれば良いわと、真剣味が欠けていったと思うの」

「それは……」

 美羽にも心当たりのある心理だ。というより、鉄心のように向上心を絶やさず、常に己を強く律することが出来るメンタルの持ち主の方が圧倒的少数である。

「まあそれに、餓魔草がどれくらいの数あるかっていう問題もあるんだよね。美羽ちゃんが使う分もやっぱ残しておきたいしさ」

 鉄心の現実的な視座。そして、それを言われると美羽としては辛い。メノウの口振りからして結構生えていそうだが、実物を見るまでは皮算用で事を進めるワケにもいかない。

「ねえ、鉄心。私うまくやれたかしら?」

「ええ。合格点です。上手く分配していましたよ」

 氣が潤沢でない状態で戦わせたのも奏功した。少ない残量で割り振りの失敗は許されないという状況が、逆に集中力を高めた。もちろん鉄心が狙ってやった事だし、メローディアも察している。

「お尻に火をつけられたとは言え、たった数時間で成功体験まで行けたのは、相当優秀ですよ」

 メローディアは満足げに笑い、鉄心に向かって少し頭を傾ける。正しく意図を察した鉄心が掌を乗せて優しく撫でる。

「あとはコレを自分の中に定着させるまで何度も繰り返すことです。こればっかりは近道はないので」

 甘やかすばかりではなく、釘を差すのも忘れない鉄心。そして、ふんわりとしたウェーブに沿って撫でていた手を、肩の辺りに置いて、

「怪我は大丈夫ですか? 激しく動いた後に痛みが出たりとかは?」

 容態を聞いた。本当は直接患部を触診したいのだが、流石に緊急時でもないと、難しかった。実際はメローディアに打診すれば、顔を真っ赤にしながらも断られることはないのだが。

「大丈夫よ。痛みも腫れもないわ」

「それは良かったです。じゃあ、あとは軽く夜食をとって、今日はそれで休みましょう」

 こうして洞窟攻略の初日は終わりを告げる。無傷とはいかなかったが、十分な戦果が挙がった。

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