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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第51話:検証する朴念仁

 最初に鉄心がメローディアに対して違和感を覚えたのが、件の学園防衛の日、彼女が車椅子の少女とその姉を二人まとめて担ぎ上げて走り去った時だった。勿論ああいった場面では所謂「火事場の馬鹿力」と呼ばれるような平素とは比べ物にならないエネルギーが湧き上がるということが往々にしてあるが、それを考慮しても怪力に過ぎた。

 また、洞窟に入ってからもメローディアは、決闘の時などと比べて、かの名槍を軽やかに持ち運んでいるように見受けられた。結構な距離を歩いたが、鉄心と美羽に遅れることもなかった。以上のことを踏まえて、

「無意識に身体強化に氣を回している可能性が高いかと」

 という結論に至る。

「そんな、あの修羅場で私のことまで見ていてくれたのね。それに今日も。探索初回なのに」

 感極まるメローディア。

「まあ、一応はコーチですから。愛弟子のことも放ったらかしにはしませんよ」

 少し面映ゆそうに答える鉄心に、メローディアがにじり寄り、腕を組んだ。よほど嬉しかったのか(先程の失態で落胆させたのではないかと言う不安もあったのだろう)、ふふふと笑いながら、彼の腕に頬をピタリとくっつけている。

(ぐぬぬ、可愛い。女の私から見ても可愛いんだから、テッちゃんもやっぱり……)

 そう思って美羽は鉄心の顔色をよく観察するが、完全に仕事モードに入っていて、色んな考察で頭が一杯のようだった。これほどの美女を侍らせてデレデレした様子もない、そのプロ意識の高さに逆に脱帽する羽目になる。まあ実際の所は、考察への集中も然ることながら、先程ワンオペしたばかりで所謂「賢者モード」でいることも多分に関係しているのだが。

「取り敢えず、せっかく適性があるんですから、伸ばす方向で行きましょう」

 鉄心はそう言ってメローディアの腰に手を回して一緒に立ち上がる。美羽は客観視して改めて思うが、自分たち三人(美羽とメローディアの間では殆どスキンシップはないが、鉄心と各々は)どう考えても出会って数日の間柄とは思えないくらい互いの体に気安く触れている。美羽は自分では全く軽い女だとは思っていないし(先程の痴態を思えば説得力がないかもしれないが)、メローディアにしても並の男なら手すら触れさせないオーラがあり、言動からも身持ちの固さが窺える。だと言うのに二人してこのザマだ。今もメローディアは、自分のために技の指導法について思案を巡らせる鉄心を、熱病にでも冒されたような表情で見つめている。

(もしかすると……メロディ様ですら釣り合わないとか)

 平良一門の序列四位という名実を、自分は見くびっていたのだろうか。腰から手を離した鉄心に「もう少し」とでも言いたげに手を伸ばしかけるメローディアを見て、美羽はそんなことを思うのだった。



 洞窟内では暗いし足場も悪いということで、地上に上がった。相変わらず太陽(らしき光源)は空高くあり、来た時と何ら変化がないように思われた。

「あと数時間すれば沈む、って感じでもないよね」

 美羽に気さくに話しかける鉄心。先程の乳繰り合いを忘れたワケでもないのだろうが、美羽にもメローディアにもあまり後ろめたさは感じていないようだった。

「うん。やっぱり私たちが知る太陽じゃないのかも。もしかするとずっと沈まないかも」

 美羽の方も普段通りに振舞うよう心掛ける。昨日の朝食後のように、また気まずくなったら嫌だし、スキンシップが減っても、メローディアに差を広げられそうで怖かった。しかし同時に、おかしいな、と美羽は思う。乙女が柔肌を晒して好きにさせたというのに、劇的な効果が感じられない。清水の舞台から飛び降りるとまでは言わないが、覚悟を固めるのにかなり心臓に負担を掛けた自覚があるだけに、落胆する。と、そこで美羽の手と鉄心の手が軽くぶつかる。すると鉄心は「ごめん」と謝り、すぐさま手を引っ込めた。美羽は違和感。今までは普通に彼から手を繋いでくることもあったのに。美羽が微妙な顔をしたのを見て、鉄心は、

「いや、ははは。何かさっきので意識しちゃってさ。あんなに甘えちゃって……思い返すと恥ずかしい」

 と照れ笑いを浮かべた。ほんのり頬が赤くなっていて、

(か、かわいい)

 美羽を再び沼に沈める。ちゃんと彼も意識してくれていたのだと、安堵の喜びが胸中に広がった。そこで不意に、先を歩いていたメローディアが足を止める。ちょうど洞窟の入り口がある丘の表側、つまり最初に降り立った地点まで戻って来たのだ。槍を振るうには広くて丁度いい場所だ。

 メローディアは草原にしゃがみ込むと、ケースを開けて家宝を取り出し、両手で持って立ち上がった。振り向いた顔が強張っている。やはりこのメローディア、本番度胸があるというより、緊張すると先走る傾向があるようだ。今さっきの美羽と鉄心のやり取りも聞こえてすらいなかったのだろう。洞窟を抜けるまでは一緒に歩いていたのに知らぬ間に二人を置いて行ってしまったのも、そういう気の逸りが原因だったと推察される。

「メロディ様。動きを見るだけですから、そんなに固くならないで大丈夫」

 鉄心が声を掛けてようやく息を大きくフーっと吐いた。二度続けて恥ずかしい所は見せたくないと気負っているのだろう。或いは長年、このグラン・クロスで失敗を重ねてきた経験が、成功体験の少なさが、彼女の体を固くさせるのかも知れない。鉄心もその緊張を見て取り、

「まずは遊ぶように突いたり振ったりしてみて下さい」

 軽い指示を出した。メローディアは言われた通りにするが、どうも力が入り過ぎているようで、素人の美羽が見ても肩がいかっていた。怪我の痛みも多少はあるのかも知れないが。

「光臨を出してみて」

 しかし、その指示が下るや、不思議なことにスッとメローディアの体から力が抜け、あっけなく槍は金の光を纏う。美羽が「キレイ」と呟いた。

「ふうむ」

 鉄心は無造作にメローディアに近づいて行って、じっと全身を見る。あまりに真剣に見つめられるものだから、メローディアの横顔が徐々に赤みを帯びていき、

「は、恥ずかしいわ」

 と言ってついにグラン・クロスを下ろし、少しだけ鉄心の視線から体の正面を隠してしまった。顔だけ振り向いてはにかみ笑いを浮かべる。

(ぐぬぬ、可愛い。女の私から見ても可愛いんだから、テッちゃんもやっぱり……)

 それを見た美羽は数分前と全く同じことを思って、鉄心を観察するが、眉一つ動いていなかった。「ええ……」と美羽。

「光臨を出す時、何か自分の中でスイッチみたいなのがありますか?」

「え? えっと。あるけれど」

「何です?」

「は、恥ずかしくて言えないわ」

「あの時、俺が渡した氣の感覚をリフレインしている感じですか?」

 正解を言い当てられたらしく、メローディアは名槍を脇に抱えたまま、両手で顔を覆ってしまう。耳まで真っ赤だった。当然だ。アナタの抱擁を思い出す度、最高のパフォーマンスが出来ます、と言っているに等しいのだから。

(だから可愛いってば! 流石のテッちゃんもこれには?)

「やっぱり。そこで俺の祝の感覚も掴んだようですね。それこそ夢に出るくらい思い出したんじゃないですか?」

「……~~ッ!」

 もはやメローディアは槍を落としてしまい、恥ずかしさのあまり真面な言葉も発せなくなってしまった。

「この鉄ヤロー!」

「うわ!? 何だいきなり。ビックリしたな……鉄ヤロー?」

 かなり集中していたらしく、鉄心は大声で罵倒されて初めて美羽の存在を思い出したようだった。

「そういうのは問い詰めないの! 女心が分かってなさすぎ!」

「何の話さ。問い詰めてるんじゃなくて、色々と探ってるんだよ。現状、光臨を出している時が最も効率的にいわいも使えているんだよね。その分消費も多いけど。多分俺の氣の流れを思い出しながら、グラン・クロスに送り込んだ分の残りも余さず体に巡らす感覚でいるんじゃないかと思うんだよな」

 話している最中に美羽から視線は外れ、草原に横たわる名槍を見つめて、話の内容も考察へと戻っていた。

(ダメだこりゃ。ていうか何かエッチい。テッちゃんのエネルギーを余さず自分の体に巡らせたいって……)

 美羽にはとても本能的な衝動に思えた。もっと直截に言ってしまうなら、疑似的なセックス願望、だと。美羽と同じくメローディアも、倫理や羞恥心が邪魔をするから脳が追い付いていないだけで、深層心理ではとっくに切望していて、体がそっちに従っている証左だろう。それを美羽は瞬間的に見抜いてしまった。もちろん鈍い鉄心がそんな機微を感じ取るハズもなく、一人だけひたすらシリアスに考察を続ける。

「おそらくメロディ様は俺と同じく、氣の循環効率が非常に優れているタイプなのでしょう。だから知らないうちに習得してしまって、非戦闘時でも無意識的に巡らせてしまっている」

 顎の無精ヒゲを撫でつけながら。

「なので氣を絞る練習が必要ですが、俺らのタイプは苦手なんですよね……けどここには、お誂え向きの物がある」

「な、何かしら」

「餓魔草ですよ。問答無用で無駄に吸い取られるとなれば、嫌でも身に着くでしょ」

「え? そ、それは」

 美羽でも分かる。俗にいう荒療治と呼ばれるやり方ではないか。美羽とメローディアは顔を見合わせるが、鉄心はニッコリ笑うだけだった。

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