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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第50話:反省会と可能性

 鉄心の唾液でベタベタになっている自分の胸をウェットティッシュで拭いている間、美羽はずっとただただ顔から火が出るような思いだった。こんな所まで舐められている、と気付けば気付くほど、その火は温度を上げていき、脳を沸騰させるのだ。背中越しの鉄心から、聖刀の技について聞いたし、実際に足の傷が驚くほど快癒しているのも見た。だがその為にあんなに助平な吸い方をする必要があったのか。少なくとも右胸を揉む必要は絶対なかったハズである。

(本当いやらしい)

 それは鉄心だけに向けられた感想ではなかった。美羽は思い出す。あの時の高揚感、一体感、大好きな人の体温。あれだけいやらしい事をされたのに、嫌悪感のけの字も無いどころか、確かな性欲を感じていたのだ。あのままもし押し倒されていたら、どうなっていただろう。避妊具が無いから、こんな場所では怪我しそうだから、メローディアがいつ目を覚ますか分からないから。断る理由は思い浮かぶが、彼に真剣に欲しいと言われれば、それら全てかなぐり捨てて受け入れてしまった公算が高い。美羽はそこまで自己分析した所で、ふとマットの上で眠るメローディアに意識が行く。

(ていうか、メロディ様の胸も触ってたよね)

 あれは医療行為だし、何なら自分のやった事もそれに大別されるだろう。だがその医療行為の聖性を超えて劣情を抱かせたのは自分だけだ。そう思うと、美羽は良くない事と分かっていても、微かな優越感を覚えてしまう。さっき彼女は鉄心に体を許した自身の動機について、罪悪感、充実感、はたまた純粋な情愛あたりで考えていたが、メローディアへの対抗心や焦りといった物もあったのだろうと遅れて今気づいた。多分、それら全てが不可分に混ざり合い、衝き動かした、と。

(改めて覚悟を固めないと)

 もう鉄心以外ありえないと、美羽には揺るぎない気持ちがある。今までは漠然と彼を受け止める覚悟だけだったが、こうして実際に生身で性的接触を経れば、よりリアルに先程の続きをイメージできる。やはりまた感冒のように顔が熱くなるが、あの一体感のより深いものが味わえるという行為に彼女はどうしようもなく惹かれる。先程より強く鉄心は自分の身体を抱くのだろう。そうすれば彼との距離が無くなり、ぴったりと身体同士がくっついて互いの境目すら曖昧になるのだろうか。美羽は再び自分の胸に視線を落とす。既に服は着終えたが、未だに彼の舌の感触が残っているような錯覚がある。

(あれよりも無茶苦茶にされるのかな)

 そう考えると、下腹部に甘い疼きが走り、秘所が湿り気を帯びる。生理は既に終わっているので、答えは一つしかない。心だけでなく、体も準備を整えつつあるということ。

 そこで美羽はチラリと鉄心を振り返る。彼も自分と同じように悶々としているのか気になったのだ。だが元いた場所には鉄心の姿は見えず、辺りを見回してみると、少し離れた場所に乳白色の囲いが出来ていた。匣で作った簡易トイレだろうか。

(うう。呑気なものだよ。女の子は色々と準備が要るのに……不公平だ)

 という感想になるのは、美羽が男の生態に明るくない証左だった。実際の所、鉄心はあの囲いの中でワンオペをしている。もう罪悪感だとか言っていられる状況でもなかった。ここ数日は常に女子と一緒に過ごすことになって、肉体的接触も増えたのにも関わらず、自己処理だけができなかったのだ。それは十代の健康な男子にとっては拷問に近く、それでも美羽やメローディアに義理を立て、煩悩を殺して寄り添った結果、ついに迎えた限界なのだ。

 それから鉄心は五分ほどそこに籠っていた。



 メローディアが目を覚ましたのは、鉄心のワンオペが済んで更に十分ほどしてからだった。都合、三十分近くは寝ていただろうか。もちろん時間の正確性については鉄心たちの時計が人間界と同じように正常に動いていればこその話だが。

「随分寝ていた気がするわ……」

 声が平素より低い。アイメイクもしていないが、素地が良すぎるため、寝起きでも目元はパッチリしている。その目が鉄心を捉え、更に大きく見開かれる。空気を飲むような音を出して、胸の前で手をクロスさせる。

「割と傷つく」

 メローディアの時は純粋な想いで手当てをした鉄心だが、美羽からもあまり同情は得られていないようだった。

「あ、えっと、本当に触られて嫌だったとかじゃないのよ? 実際、手当は必要だったのだし」

 そこまで言って肩を落とすメローディア。

「私、勝てなかったのよね。いえ、ケガまで負わされて、体力回復の為に三十分もダウンなんて……負け、よね。明確に」

「そうっすね」

「テッちゃん!」

 言い繕っても結果は変わらないのだ。鉄心としては敗北を素直に認めて、そこから問題点、改善点を模索する方が建設的、という考え方なのだが。

「いいのよ、美羽。アナタにも迷惑かけたわね」

 声に力がない。このメローディア、芽の出ない光臨を諦めずに続けていた根気のある少女だが、今回は想い人の前での失態というのが効いており、更に彼からのすげない返事でガクンと来てしまったようだ。そこら辺の機微を察した美羽の注意だったが、鉄心はどこ吹く風である。こと戦闘に関しては例え可愛いメローディアであっても厳しい面を見せるようだ。

「狙いとしては間違ってはなかったんですよ。単独行動中かつ背後を取れる個体など、次いつ見つかるか分からないくらいの好物件ですから」

 鉄心が淡々と感想戦に入る。

「平野部で見かけたなら迷わずゴーでしょう。ですが洞窟内という地形を考えると、もう少しゆっくりと距離を詰めにかかるべきでした。そうすれば足元の傾斜にも気付けたハズです」

「ええ、そう……ね」

 言われたことを噛みしめているらしい。メローディアも想い人という意識を一旦脇に置いて、実績抜群な先生の講義として吸収に努める心構えに切り替わったようだ。鉄心もそんな彼女の顔を見て満足気に頷く。

「そしてこれはメロディ様のせいではありませんが、どうも習性を見誤っていたようですね。エサではなく水ですが、普通に分け合って仲良く飲んでいましたね」

「あの単独行動してた個体も、合流しに行ってた感じだよね」

 美羽も合いの手を入れる。一瞬鉄心と顔を見合わせ、少し気まずげに俯いた。メローディアはそんな美羽の様子に違和感を覚えるものの、今は状況把握が先だ。

「流石にメロディ様を釣り出す目的で一体が囮になっていたとは考えられない、ていうかそんな知能は無いでしょうから、純粋に運が悪かったのもありますね。逆にもう少し早く発見できていれば群れに合流する前、傾斜に差し掛かる前に追いつけたでしょうし」

 戦いとはほんの少しの後先で趨勢が大きく変わる。故にメローディアは鉄心に畏敬の念を抱く。そんな曖昧で不安定な命のやり取りを、彼は今までどれだけ潜り抜けて来たのだろう、と。

「その後、俺の援護が入った後は良かったですね。すぐにリカバリーしていました。光臨もスムーズに出来ていましたし」

 鉄心は言いながら、車座で隣に座るメローディアの頭を撫でようとして、流石に子供扱いが過ぎるかと躊躇した。だが寂しそうに宙ぶらりんの掌を見つめるので、オーケーの合図と取って、改めて金のウェーブを撫でつける。

「ヘアアイロンは持って来てないのよ」

「ん? ああ、ストレートが可愛かったって話ですか? その時この癖っ毛も良いなって言ったと思うんですが。触り心地良いし」

 メローディアはどうやら手入れしたあの髪の方がより気に入られたと思っているらしい。鉄心は本音で両方を褒めたのだが。

「ちょっと! 脱線してるよ!」

 パチパチと鉄心の腿を掌で叩く美羽。あれほど体を張ったのに息を吐くように他所も可愛がるのだから、気まずさや恥ずかしさを超えてイラっとするのも無理はないだろう。

「ああ、そうだったね。で、えっと……光臨の後ですね」

「ええ。出せたのだけど、急にカクンと力が抜けて、眠気に襲われて」

 そこでメローディアはハッとした顔をする。鉄心も頷く。

「九層魔族ナイトメアの能力ですね。つまり催眠」

 例の強い眠気の正体はこれだった。鉄心でも連続で技を放った後にクラリと来たのだから、複数が能力を使用していたのかも知れない。

「ただ、私は鉄心よりも遙かに少ない氣しか使っていないハズなのに」

「ええ。そこなんですね。俺もアナタをずっと見てきて気付いたんですが」

 ちょっと鉄心のワードチョイスが良くなかった。メローディアが途端に照れて俯いてしまう。それでいて斜め下から上目遣いでチラチラと窺うものだから、その可愛さに鉄心の方も何を言おうとしていたか飛びかける。

「な・に・に・気付いたの?」

 美羽が軽く鉄心の手をつねって無理矢理に本線に戻した。鉄心はつねられた箇所をもう片方の手で擦りながら答える。

「たぶん以前俺の氣にも触れたせいだと思うんですが……メロディ様はいわいと同じことが出来るんじゃないかと」

「え!?」

 二人の驚きの声がハモり、洞窟内に響いた。 

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