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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第47話:探索開始

 シャックス邸へ戻ると夜の六時ちょうどだった。そこから荷物の整理を行い、それぞれのリュックやキャリーバッグに詰め込んでいく。鉄心は重たい物を大きなカバンに放り込んで、キャリーバッグに着替えやタオルなどを詰めただけで済んだが、やはり女子ふたりはもう少し時間が掛かった。

 仮眠も終えて九時三十分。美羽がゲートを顕現させる。静流と抱き合ったのち、行ってきますと言ってその中へ消えた。鉄心とメローディアも続く。三人がゲートに消えた後、静流は御守りを握りしめて深く祈る。鉄心の話を聞いた後、彼女もモールに戻って買ってきたのだ。「開運厄除」の文字を指でなぞるようにしている。一応は日本にある有名な神社の分祀と謳うのぼりも立っていたが、ご利益の程や如何に。

「次……帰ってくる時は分からないんですよね?」

「ええ」

 そこら辺は既に全員で確認済みだが、それでも口をついて出たらしい。便りの無いのは良い便りとも言うし、洞窟内の探索が数日分も進むなら、それは重畳なハズだが、それでも親としては不意に「もう危ない場所に行くのは止めて、日本に帰って隠れてひっそり暮らしましょう」と言いたくなる衝動が湧いてしまう。現実逃避と言われれば何らの反駁もない、そんな甘い考えが。

「残念ながら我々に出来るのは、無事を祈りながら待つ、それだけです」

 ただ鉄心の感覚が正しければ、魔界での時間は人間界のそれより緩やかということになる。つまり浦島太郎と逆の現象が起きる可能性があり、彼らが食料分(四日分ほど)を向こうで過ごしても、こちらでは数時間程度の経過かも知れず、もしかすると今日中に帰ってくるかもしれないという希望もある。

「ちなみに静流さん。明日はお仕事は?」

「有休を取ってます」

 大きめのゲートが出た国に立て続けにゲートが出ることは大戦期以降は公式には例がない。つまり今こそ有給休暇の使いどころと言える。

「だから徹夜で待てます。お供も用意してますから」

 言いながらバッグを漁ると、芋焼酎の一升瓶が出てきた。不謹慎と言う者が居るだろうか、或いは酒で気を紛らわせないと心配で気が狂いそうな親心に理解を示してくれるだろうか。いずれにせよ、

(一昨日に続いて暴飲してしまうな。無病息災の御守り、私も買っておけば良かった)

 アラフォー女たちの夜は更けていくのだった。



 三人は二度目の魔界に降り立った。やはり今回も罠や待ち伏せ等ないようで、丘は静寂そのものだった。一陣のそよ風が起こり、足元に生えるトダシバに似た背の低い草の群れを小さく揺らして吹き抜けていった。その風を追いかけるように美羽が歩いていく。鉄心は止めようか迷ったが、やはり危険な気配もないので好きにさせた。やがて他より少し背が高い(アオキだろうか)硬葉の低木が群生する辺りまで歩いて、美羽は大きく首を傾げている。

「どうしたのよ」

 追いついてきたメローディアが問う。

「……ここまで歩いてくる間に、何か植物以外の生き物を見ましたか?」

「え?」

 美羽の言葉に振り返る。もうゲートは閉じていたが、その付近から十メートル程度歩いたハズだ。だが確かに彼女の言う通り、バッタや蛾などの昆虫類は見かけなかった。メローディアは空を見上げる。鳥の類も飛んでいない。

「偶然か、或いはこの階層にはあのナイトメアしか生物は居ないってことになるのかしら?」

 怪訝そうな顔を見合わせる女子二人を鉄心が呼び戻す。念のため荷物を見張っていたが、あまり遠くへ行かれると今度はそっちも心配になるらしい。

 戻ると、あまり離れるなと怒られたが、美羽もメローディアもそれが嬉しかった。二人して鉄心の左右の手を握って草の絨毯に座り込む。鉄心も引っ張られて座る。そしてメローディアが今の仮説を話した。

「ああ、それは良いニュースであり悪いニュースでもありますね」

 鉄心が言うには、他の肉食動物や毒を持った昆虫などが居ないなら、かなりやり易いとのこと。しかし同時にナイトメア以外の動物が居ないとなると、最悪のケースとしてノブが尽きたり紛失してしまった際、メノウが気付いて救助に来てくれる(それも見込みだが)まで、現地調達できる食材はヤツ等の肉しかないということになる。

「……魔族って食べられるの?」

「確か、腐敗狼やマンティコアあたりの毒持ちを食べた人は死んだハズよ」

「うげ」

 鉄心と美羽が揃って苦虫を噛み潰したような顔をする。 

「けどフグとかも死んだ人が居てもなお食おうとした人が居たから今や調理法が確立されたワケで」

「毒を生成する器官を取り除いて食べたけどダメだった、とも聞いたわ」

 黙ってしまう鉄心。まあ食べたかったワケではないが。

「ナイトメアは毒は無いハズだけど、食べる気にはならないわよね」

 メローディアはパタパタと煙たがるように手を振った。それから脱力して鉄心の胸に後頭部を預ける。何故か雑談モードに入ってしまった。いや、何故かは鉄心も分かっている。心の準備に時間が掛かるのだ。十層魔族を討ったとは言え、次は一つ上の魔族。一つ層が上がれば戦闘力の桁も上がると言われているのだから無理もない。加えて、腐敗狼の時のように切羽詰まった状況でもなく、言わば自分から敵に当たりに行かなくてはいけない分、また別の勇気が必要だ。

「けどメロディ様って、博識ですよね。階層ごとの出現率とかもお詳しかったですし」

 美羽も公爵に倣って鉄心の胸に後頭部を預ける。両手もそれぞれに握られているので、さしもの鉄心も踏ん張り切れず、ゆっくりと後ろに倒れていく。「きゃー」とわざとらしい悲鳴を上げながら二人も一緒に倒れて、三人仲良く草原に寝そべってしまった。メローディアが胸板の上で軽く頭を動かして据わりの良い位置を探す。ポジショニングが定まると、眩しげに天を仰いだ。

「貴族クラスで扱っている書籍なんかには、そういう細かい知識が載っているのよ」

 真面目な彼女のこと、将来役立つかと思い、隅々まで読んでいるようだ。

「鉄心、ちょっとくすぐったいわよ」

 少女たちと繋いだ手の指だけ動かして、軽くちょっかいを掛けているようだ。美羽も同じ攻撃を受けており「ん~」と鳴きながら、鉄心の動く指をもう片方の手で押さえ込んだ。メローディアも真似て、両手で包むようにして動きを封じた。

「いや、せめて片手は空けておきたいんで」

 どっちか離してくれないかとイタズラしたのだが、逆に拘束が強固になってしまった。今もしナイトメアが目の前に現れたら三人まとめて無縁仏である。とは言え、メノウのような知性の高い種以外は小型のゲートは扱えないだろうから、いきなり近くに現れるということは考えにくいが。

 聞き分けの良い美羽の方が先に「そういうことなら仕方ないな」と手を離し、むくっと起き上がる。メローディアの方はそれにやや遅れて同じようにした。そして最後に起き上がった鉄心が、

「じゃあそろそろ行こうか」

 と、出発を告げた。



 前回と同じ場所までは割とすんなりと通れた。そこが地上からの光が十分に届く最終ラインだ。目印は不自然に割れた石筍。美羽がぶつかって中から例の白光の餓魔草が現れた、あの石筍だ。ちなみにあれを教訓とし、皆ヘルメット装着済みである。

「これを見る感じ、ゲームみたいにランダム形成とかではないみたいだね」

「そうなの? 俺ほとんどゲームしないから知らないけど。あんまり現実と混同しないように……いや、魔界に人間界の現実を当て嵌めすぎるのも危険か」

 美羽の言うように入る度に構造が変わっているなんてことも有り得たかもしれないのだ。何が起こるか全く未知数。

「むしろ美羽のように不利な想像をしておいた方が、いざという時に心のダメージは少ないかも知れないわね」

 この世は寸善尺魔と嘆くペシニズムはあまり好きではない鉄心だが、まさに多くの魔が棲みつく洞窟に自ら足を踏み入れているのだから、それくらいの心構えの方が丁度良さそうだ。

「まあ何にせよ、構造が変わらないなら、ここをベースにしましょうか」

 他の無事な石筍の一つに赤い布を巻きつけながら鉄心がそう提案する。目印を増やすのだろう。少女二人も近場で同じ作業をする。備えあれば憂いなし。早速買っておいた物が役に立った。「こんなちょっとの事でも嬉しいね」と美羽が笑った。サバイバルキャンプの醍醐味に通ずるものがあるのかも知れない。

 目印をつけ終えた後、水と携帯食、武器、救急セットだけ持ち(美羽だけは加えてドアノブも肌身離さず持っているが)、その他の着替えなどの物資はこのベースに置いて行く。気休めだがブルーシートを被せて四隅に大きめな石を置いて固定した。

 各自ヘルメットの上からベルト固定のヘッドライトを装着。手にもランタンを持ち、それなりの光源は確保できた。いよいよ、ここからが本番だ。

 メローディアが大きく深呼吸する。彼女は内心で自分の弱さを責めていた。今朝方は啖呵を切ったし、先程も丘で鉄心に甘えて英気を養った。だと言うのに、直前になれば臆病がまたも鎌首をもたげる。思わず斜め先を行く鉄心の手に縋りつこうとして、直前で引っ込める。鉄心はそんな彼女の様子に何となしに気付いているが、敢えて何もしなかった。

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