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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第46話:物資調達

 鉄心は話がまとまると部屋を出て行った。

「時間のある内に荷解きをしておきます。必要物資の買い出しは昼から行きましょうか」

 つい二十秒前まで場が凍えるような怒気を放っていたとは思えないくらい毒気の抜けた笑みで言い残して。

 ドアが閉まると、静流がやっと息の仕方を思い出したとでも言わんばかりに長大息。直接咎められたオリビアも倣うように大きく深呼吸した。

「こ、怖かった」

 何の衒いもない美羽の本音。他の誰も否定できなかった。鉄心は声を荒げたりはしなかったが、それでも何度もラインを飛び越えている人間だけが放つ名状しがたいプレッシャーは感じ取っていたようだ。

「まあそうだろうね。私でも未だに冷や汗が出る思いだから」

 オリビアがシャツの胸元を持ってパタパタと扇ぐ。

「そうなんですか? 割と付き合い長いってテッちゃん言ってましたけど」

「はは。情けない話だがね……ただの才能に溺れて増長したガキンチョなら宥めすかして上手く誘導も出来るんだろうが、そんな可愛いタマではなくてね」

 乾いた笑いのオリビア。

「オリビアさんが攻撃されたりは?」

 静流が訊ねる。もし鉄心が味方側の女性であろうと、少しの隠し事くらいで暴力を振るうようなら、娘が心配でならない。

「ああ、そこは大丈夫ですよ。冗談でも叩かれたりとかはただの一度もないですから。今のも私が任務内容の全部を伝えていなかったことに対する注意みたいなものです。それもこっちが何故隠しておいたか理解した上でのことですし」

「そうなんですか? だったらそこまで」

「私ではなくてですね……女王陛下を害さないかと肝を冷やしたんですよ」

 三人とも驚いて、そしてなるほどと納得した。普通ならそんな不遜なことを考えるヤツが居るのかと、にわかには信じられない所だが、簡単に納得してしまった。アレはやりかねない眼だったと。特にメローディアは鉄心の女王に対する返書を読んでいるし、貴族に対して中々に攻撃的な反応もクラス内で見ていた。

(やはり彼は貴族が嫌いなのかしら)

 考えながらチクリと刺す痛みに胸を押さえたメローディアは、あの昏い部分の片鱗を見てなお、自分の鉄心に対する恋情が微塵も揺らいでいないのを自覚する。それはそうだ。優しいだけの男ではないからこそ惹かれているのだ、と。

 チラリと美羽を見るメローディア。善良で臆病な彼女が、彼の裏側を垣間見て幻滅していないか確認したかった。嫌な女だなとは自覚しながらも、「恋は戦争」という格言の真意を実感する。しかして美羽は……鉄心に繋がれた方の手をもう一方で包むようにしてぼんやりと惚けていた。彼女にしても内心の整理をつけている所らしかった。メローディアとは反対に、強く厳しい面が目立つ男性より、優しく繊細な人を好きになるのではないかという未来図を最近まで持っていた美羽にとって、鉄心に懸想してからこっち、自分でも説明できない心の動きばかりなのだ。

 苛烈な男が自分には優しい。傘の下に置いてもらっている特別感、選ばれているという優越感。こういった危険な男の魅力に惹かれる女は、いつの時代のどの地域にも居るが、美羽は自分がそういうタイプではないと思っていた。なのに実際に享受する彼の庇護と寵愛は麻薬のようだった。

「ということなので、今後もし女王陛下が鉄心を招聘しょうへいするようなことがあれば、その時はメローディア閣下のご助力も賜りたく」

「あー、えっと、それは」

 珍しく歯切れの悪いメローディアだったが、少し迷った末、訥々と例の返書の件を話す。聞き終わるとオリビアは天井を仰ぎ、様々な言葉を飲み込んでいるようだった。



 昼食は昨晩食べ損ねたすき焼き……とはいかず(メローディアの箸の件で気を遣った)パスタで簡単に済ませた。午後からは街へ下り、大型ショッピングモールで半日使って必要な物資を買い集める運びとなった。市内のほぼ中央に位置する好立地に日曜日という条件も重なり、中々の盛況ぶりだ。駐車場に出て建物の外観を見上げながら「ここウチが出資したのよね」なんてメローディアが呟くものだから、松原親子は度肝を抜かれた。

 既に全員わだかまりは払拭されていた。鉄心が午前中のことなど無かったかのようにいつも通りなので、最初はやや緊張していた美羽も徐々に気にしなくなったのだった。

 寝床用のマットレス、羽釜、ガスコンロ、米、缶詰、エトセトラ。階を上がり下がりしてどんどん買い集めていく。配送を請け負ってくれる物は頼んだが、それでも覚悟していた以上の大荷物になりそうだ。何せ洞窟の全長が分からないため、次に潜る時は行ける所まで行っておくに越したことはない、というのがグループの総意だ。残りのドアノブは七個。もちろん一つはリスポーン地点の防音室に安置しておく必要があるので、実質六個。三往復分。次の一回で最奥までとは行かずとも最悪でも半分は進んでおきたい。

「最悪、無くなったらまたメノウのヤツが補充に持ってくるとは思うけどね。餓魔花を手に入れてもらわないと困るのは向こうも同じなんだから」

 と、鉄心は楽観的に言ったが、保証まではない。

 二時間以上歩いて疲れたのか、年少組がイチャイチャと三人固まって菓子コーナーなどを冷やかし始めたので、オリビアが軌道修正させ、時計や長時間タイマー、気温計、メジャーなどの計測器類を買いに行かせた。昨日鉄心たちが感じたと言う魔界と人間界における時間経過速度の齟齬が体感なのか実際的なものなのかを知りたいのだ。それと各種環境面の数値、洞窟内の諸々のサイズなどを計らせるためである。

 オリビアの用が終わると、今度は静流が女子二人を呼んで、お泊りセットを作っていく。ヘアスプレーや香水、ボディーシート。簡易組み立て式のパーテーションも欲しいが、カバンの空き容量と相談である。厳しそうなら身支度中は鉄心に反対側を向いていてもらうという原始的な解決法になるだろう。

「あとは買った荷物を容れるアウトドア用リュックの特大サイズね~。キャリーケースは各自の物があるんだったよね?」

 美羽もゴルフィールに来る際に使ったし、鉄心も職業柄、必要不可欠だ。メローディアも家に帰って探せばあると言う。

「あとジャージ! そうだった。中学の頃のは胸の所がキツくなってて」

「……くっ」

 思わず女子二人の胸のサイズを見比べてしまった鉄心がメローディアに思い切り白い目で見られたのは言うまでもない。逃げるように二人から距離を取ると、テナントの中からオリビアに呼ばれる。

「鉄心、このリュックはどうだい? かなりデカイぞ」

「いや、何すかそのプリント。巨大なおっさんが……毛布に包まって山の斜面で寝てる? モーニング・ズー・スメルってブランド名か? マジで何なの、これ」

 ちなみにオリビアと鉄心もすっかり元通りだ。親子ほどは近くないが、ただの上司と部下ほどビジネスライクでもない。絶妙な距離感。

 人波を掻き分け、テナントを巡り、馬鹿を言い合って、商品を吟味して、買い忘れが無いか皆でチェックして……楽しい時間は目まぐるしく過ぎていく。美羽は自分の身体に潜む爆弾をあまり意識しなくなっていることに気付く。もちろん楽観視する気はないのだが、そればかり考えていても気分が滅入るし、忘却も時には必要なのかも知れない。心が持つ防衛本能とも言えそうだ。

 ただ忘却していても後から思い知らされる、という事柄も世の中にはある。その最たるものが、

「……さんじゅうろくまんえん」

 そう、金である。物を得るには金が要る。美羽はそんな資本主義社会の基本を、車内で各々持ち寄ったレシートをまとめながら思い知らされていた。楽しすぎて頭から抜け落ちていた、というより額が大きくなるにつれ無意識に考えないようにしていた、というのが正確かもしれない。静流以外にも鉄心やメローディアがカードで買い物をしていたせいで現ナマを見なかったのも実感を遠くした原因かも知れない。

 色々と話し合った結果、鉄心と美羽の分の物資代は静流が払うことになった。鉄心としては昨日も検体料を貰ったばかりだし、払おうかと提案したが静流が大反対したのだ。そこまで世話になるのは、流石に申し訳ないし、大人として親として沽券に関わるという言い分だったので、鉄心も素直に引っ込めた。また静流はメローディアの分も出そうとしたのだが、自分のステップアップの為に勝手について行くだけだから、と言って受け入れられなかった。という事でそのような形に落ち着いたのだった。

 車が発進してから、

「あ、そうそう。はい、これ御守り。メロディ様も」

 鉄心が思い出したようにパーカーのポケットに手を突っ込み、中から白紙の小袋を引っ張り出す。女子の長い買い物に付き合いきれず、かんの外れのベンチに避難した所、その傍に小さな鳥居と賽銭箱、御守りの自動販売機を見つけたのだった。

「無病息災……ありがとう」

 美羽が小袋から中身を取り出すとピンクの御守りが出てきた。不意の優しさに少し泣きそうな声で礼を言う。

「私の方は……必勝祈願」

 九層の魔族と一戦交えるだろう彼女には打ってつけだ。

「ありがとう鉄心。一生大切にするわ!」

「いえ。来年返納してください」

 神道文化をよく知らないメローディアはキョトンとした顔をしていた。

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