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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第45話:同行の勧め

 翌朝、まず松原親子に住居の話をする。静流(結局昨晩は彼女もここに泊った)は、娘が鉄心と二人暮らしではなく、多くの人の目がある場所で生活できることに安堵の息をついた。まだ世の中の汚い部分をそこまで知らない娘とは違って、母親の方はどうしても考えざるを得ないのだ。即ち鉄心が美羽に強引な肉体関係を迫れば、美羽に断る選択肢は用意されていない、ということ。勿論これまでの様子を見るに彼はそんなことを要求するタイプでもなさそうだが、男である以上、ふと欲望に負ける可能性は常にあるものだ。相手の生殺与奪を握っているという状況は、彼ら子供が思っている以上に様々な面で一方的な力関係を生んでしまう。人生経験が浅いゆえ、鉄心も美羽もまだ気付かないのだろうが。幸い美羽は鉄心を憎からず思っているが、だからこそ、そういった歪な形ではなくキチンと心からの合意があり、美羽が「そうなりたい」と思えた時に結ばれて欲しいと静流は思う。それならば娘が傷つくこともないだろうし、親としても文句は無い。

 恩人をケダモノ化前提で考える自分が酷く醜い人間のようで気が引ける所はあるのだが、それでも子の幸せを願う母としては心配せずにはいられない案件だった。なのでベストに近い形で落ち着いてくれて、一つ懸念事項が減ったのは静流としては多謝である。メローディアには丁重に礼を言っておいた。まあ彼女は彼女で他意あっての提案だったので、あまり感謝されても、という所だろうが。



 朝食(今日は家人が用意したものだった。和食を作るとメローディアの援護射撃になることが分かったので美羽も自重した)をとった後、情報の共有が行われた。メノウの話、向こうの環境や気候、洞窟内の様子、そして餓魔草の亜種(?)と九層魔族の行動。三人はありのまま話した。

「ふうむ。洞窟の長さとかは分かりそうになかったか?」

「あとは暗さも分かると良いわね~。どれくらいの光量が要るのかと九層の魔族に見つかりやすくなるリスクとの兼ね合いね~」

 大人二人が矢継ぎ早に質問する。

「長さはちょっと分からないわね。斜め下にずっと続いて行っている形で、地上からでは窺い知れないわ」

「光量に関しては、割と大きめの明かりが居るかも。洞窟の床からあっちこっちデーンておっきな岩が突き出してて、進行の邪魔もそうなんだけど、光も遮ってしまってたから、浅いとこまでしか潜ってない割には暗かった印象」

 少女二人が答える。美羽が丸っこい字で「ランタン、ヘッドライト×3」と紙に書き出す。必要な物リストだ。だがそれを見てオリビアが渋い顔をした。

「申し上げにくいんですが、閣下は……その、もう行かれない方が」

「なぜ?」

「いえ、元々同行の予定は無かったではないですか。お気を悪くされないで欲しいのですが、言ってしまえば閣下とは直接関係のない案件ですし」

 オリビアとしては、このお転婆には大人しくしておいてもらわないと困る。学園防衛の件では、イレギュラーがありながらメローディアを守り切った功績について内々に賛辞を賜ったが、全く彼女に利害のない別件で危険に晒していては折角の信用が直滑降だ。

「それは、そうなのだけど。でも私としては鉄心を……」

 失いたくない、美羽と二人きりにしたくない、片時も離れたくない。メローディアがどれを言おうとしたのかは分からないが、結局どれも言えなかった。ほとんど告白に近いそれらのセリフを吐くには、覚悟も勝算も未だ立たないからだ。それにオリビアの言うように、メローディアがついていく必要性は希薄だ。最初に止められたように、跡継ぎも居ない状態でそんな意義の薄い戦いに身を投じるのは御家全体をリスクに晒す行為。頭では分かっている。分かっているが……忸怩たる思いでメローディアが俯きかけた時、

「いえ、オリビアさん。メロディ様は連れて行く方向で考えています」

 援護射撃は意外にも彼女の想い人から放たれた。メローディアが独断でついて来たとき一番怒っていたのは彼だったハズだが、一体どういう風の吹き回しか。皆も同じ心境なのか、驚いて固まっている。オリビアが目顔で理由を促す。

「例の九層魔族、アレが白く光る餓魔草を食いにやって来た時、他の個体は居ませんでした。常に群れで行動しているなら、エサにも群がってないとおかしいですよね? つまりメノウは群棲をしているとは言ったけど、狩りまでは一緒に行っていない可能性も十分に考えられる」

 実際、個体間でどれくらい協力関係を持って暮らしているのかは未知数だ。群棲、という言葉の解釈にも幅がある。群れて棲んでいる、という状態だけなら、人間だってそこかしこの集合住宅で犇めき合って暮らしている。だが他の住人と交流を持ち、更に食料調達を共同で行う人の割合など推して知るべしだ。まあ流石に人間の単身者が隣人を警戒するほど殺伐とはしていないだろうが。

「つまり?」

「単体ならメロディ様にも討ってもらいます」

「え!?」

 最後の驚きの声は鉄心以外の全員がほぼズレなくハモった。

「他の皆はともかく、メロディ様は驚いてちゃダメでしょ」

 隣に座る公爵の肩を自分の肩で軽く押す鉄心。

「俺に守られながら物見遊山するつもりで来るのなら、この話は白紙です」

 厳しい言葉だった。実際メローディアはハッとした。彼という大きな傘の下の居心地が良すぎて知らず浸り過ぎていたのだ。メノウが敵対せず、他の十傑の影もないとなれば、残るは九層の魔族のみ。分類は下層である。母はゼーベント公爵と共闘とは言え七層(中層)までは討ったのだ。自分もそこに追いつけ追い越せという気概が本当にあるのなら、

「これ以上ない機会です。十層は討った。なら次は九に繰り上がる」

 実際、恵まれている。実戦において、そう上手いこと順繰りに一歩ずつ行けるなんて、まずないことだ。ゲートから出てくる魔族を人間側が指定できるワケでも無し。高卒新人が着任一発目で六層のマンティコアに当たって、あえなく荼毘だびに付されるなんてことが平然と起こる世界なのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。もう閣下は十層を討った実績がある。卒業と同程度と言うのが表面上の評価だが、あんな下らないシュミレータではなく本物を討った彼女の評価は実際の現場ではもっと上だ。何も焦ることはない」

「いや、焦ってんのオリビアさんじゃん。何かあるんすか?」

 鉄心の目がスッと細くなる。オリビアは、この剣の間合いに踏み込んでしまったかのような感覚に未だに慣れない。会話の相手ではない周りの三人ですら一瞬で変わった場の空気を敏感に感じ取っていた。

「メロディ様、女王とは結構仲が良かったりしますか?」

 そしてこういう時の嗅覚の鋭さがオリビアを絶句させる。水を向けられたメローディアも咄嗟に言葉が出てこない。そんな様子を見て鉄心は全てを悟ったようだ。

「なるほど。俺の任務にはメロディ様のボディーガードも含まれていたんですね」

 今度は再びオリビアへ。彼女は観念して首肯した。

「で、メロディ様本人も知らされていなかったと」

「ええ、知らなかったわ! 本当よ!」

 先の決闘の際、自分を守るように言われているのかと鉄心に問うていた事から、そこは彼も疑っていない。そしてメローディアはそれを否定されたことで、自分の専属ガードを女王が雇ったワケではないなら、何故こんな凄腕のアタッカーが身分を偽り学園に潜入したのか、という疑義を抱き、ゲートの予報が出たのではないかという推理に至ったのだ。だからあの時、実はメローディアには確証があったワケではなく、状況証拠だけで詰め寄ったに過ぎない。

「……まあ女王が()()()私的な感情から国民の命に優劣をつけたというのは愉快な話じゃないですが、俺も同じようなことはしているんでね。もちろん一介の外国人のガキと国主という立場の違いは無視できませんが、そこをあえて無視してお互い様という事にしても」

 鉄心はそっと美羽の手に自分の手を重ねながら言う。「なぜ私」と心中で訝る美羽。彼の言う「同じようなこと」というのが美羽を筆頭にした平民クラスの命に優先をつけたことを指しているからだが、そんなこと露とも知らない彼女からすると居心地が悪い。平素なら手を繋ぐのは嬉しいのだが、今は手に汗が滲む思いだった。

「もう先の任務は終わったことでしょう。それこそ俺を長期の専属ガードに雇ったなら兎も角、あの任務が終わった後なら俺がメロディ様にどう接しようが勝手だ」

 例の口元だけの笑みを浮かべて、そう結論づける。

「だからメロディ様、決めて下さい。俺はアナタも連れて行って経験を積ませるつもりですが、まだ覚悟が出来ない、或いは家のことを考えて結婚して出産するまではアタッカーデビューも待つ、というのなら尊重します。たぶん世間的にはそっちの方が賢いんでしょうし」

 だがそれは恐らく賢いが弱いアタッカーにしかなれないのだろう。世間の凡百と同じ価値観では彼の足元にすら辿り着けないとメローディアも直感している。だから、

「行くわ。お母様と同じくらい、いえそれ以上のアタッカーになりたい」

 青い瞳に決意の炎が灯る。鉄心は首を傾け彼女の耳元に顔を寄せる。「なれますよ必ず」と囁く声が、メローディアの体の芯にまで響いた。

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