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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第44話:帰還

 後に残された三人は互いに顔を見合わせるが、誰も答えはおろか推論すらすぐには浮かばないようだった。そしてその考察はこんな薄闇でやることでもなさそうだ。

「取り敢えず、今日はこの辺にしておこうか。あのイザベラみたいな馬の行動に関しては戻って考えよう」

 鉄心が軽口を混ぜながら店仕舞いを宣言する。二人は「ちょっとやめてあげなさいよ」「そうだよ」などと言いながらもニヤニヤしていた。意外に良い性格をしている。いや、あの子爵令嬢が嫌われているだけか。

 ともあれ元来た道を戻って行く三人。皆で今後の探索に必要な物などを言い合う。懐中電灯、ヘッドライト系の光源。携帯食料や水。記録用のデジタルカメラ。等々がすぐに思いつくものだった。

 地上に戻ると三人とも目を細めて鼻の付け根に皺を寄せている。眩しい、と口を揃えて言う。

「今更だけどさ、あれって太陽なのかな?」

 空に浮かぶ白い光源を指さす美羽。円形といい温かな光線といい、彼らの知るそれ以外には考えにくい。

「どうかしら。リグスかも知れないわ」

 メローディアの軽口に今度は鉄心が噴き出す番だった。腹を押さえてクツクツと笑う。想い人にギャグがウケて嬉しそうなメローディアとは対照的に美羽は顔に疑問符。

「ほら。一昨日だったかしら、放課のホームルームが無くなったでしょう? あの日ね」

「ああ! 何か風の噂で聞きました。貴族クラスの先生が一人ハゲまくったって」

 鉄心が抑えきれずに声を上げて笑う。平民クラスの方にも伝わっていたとは思っていなかったらしい。

「ちょっと笑い過ぎじゃない?」

「いや、だってさ、アレ、俺がやったんだよ」

 自供した。

「ええ!?」

 驚くメローディア。だがよくよく思い返してみると、ホラー映画の最初にやられる人みたいな台詞を吐きながら、いの一番に逃げ出したのは鉄心だった。普段の沈着冷静な彼からすると少し例外的な行動だったかも知れない。だがそれでもにわかには信じがたい。そんなことが可能なのか。

「本当なの?」

「ええ。邪刀ののろいってヤツです」

「こわ! テッちゃん怒らせたらハゲにされるの?」

 美羽がおどけて鉄心から離れてみせる。

「大丈夫、大丈夫。流石に二人にはやらないよ。さっきメロディ様にも怒ってたけど、ハゲしめようとは思わなかったから。もう二人には相当甘くなってる自覚があるわ」

 えへへと満面の笑みを浮かべる美羽。やっぱり怒らせていたんだなと反省しつつ嬉しいという複雑な表情のメローディア。

「しかし本当に色んなことが出来るのね、その二刀は。まだ半信半疑ではあるけど」

「ありゃ? 信じて頂けない? じゃあ今度ラインズ校長あたりで実践して見せますよ」

「いや、それはもう既に」

 今度は美羽も知っている人(入学式典で見た)がネタにされ、三人で大笑いする。みんな(鉄心も含め)何だかんだ緊張の極致だったのだ。それが誰一人怪我もなく無事に帰れるとなり、完全にハイになっていた。



 丘の表側(表やら裏やらは彼らの主観だが)に戻ってくると、美羽がリュックサックを下ろす。鉄心は眉の辺りに手庇を作り遠望した。

「さっき見た、森の前にいる馬たちはナイトメアだったんだな。そういや九層の魔族ってことを失念してた」

「滅多に人間界に顕現しないものね」

 メローディアも鉄心の真似をして遠くを望みながら同調する。

「そうなんですか?」

 美羽の質問。一年生では魔族の層ごとの出現率は習わない。鉄心が知っているのは現場の知識として。メローディアは勉強熱心ゆえ。

「ええ。だからサンプルも少ないし、戦闘データも不十分。ただ出てきても大して強くないから問題視されないのよね」

「へえ。そうなんですね」

 相槌を打ちながらも、ドアノブを置く場所を選定している。と言うより、行きに出現した辺りに重ねて出したいようだ。

「ミウミウ。どこでも大丈夫だぞ。メノウが言ってたろう?」

 先程の説明の時に聞いておいたことだ。この層のどこに設置しても正常に作動するし、戻る場所はリスポーン地点、つまりシャックス邸の防音室だ。洞窟からの緊急避難としても使えるのは有難いと、そういう話もした。なので実はこちら側まで戻ってくる必要は無かったのだが、魔族がウジャウジャ棲む洞窟の出入り口を視界に収めながらだと美羽も集中できないかと思って鉄心が気を遣った結果だったりする。

「まあそうなんだけど。何となく?」

 ようやくシックリきたらしく、ノブをそっと地面に置いて掌で包む。花の種を植えて上から土を固める動作にも似ていた。すぐに行きと同じくグニャグニャとノブが伸び始める。その様を見て「やっぱキモいですね」と小声で軽口を叩く鉄心。メローディアが返事をする前に、

「出来たー!」

 呑気な美羽の声。宿題を終わらせた小学生のように邪気が無く、思わず微笑む二人。

 行きより一人増えているので真ん中に鉄心を据え、ぎゅうぎゅうと抱き着くようにして三人でゲートを通る。別れて通った方がスムーズだろうに、とは思ったがおっぱいの誘惑に負けた鉄心は言い出せなかった。

 かくして第一回目の魔界探訪は終わりを告げた。



「美羽!」

 三人の姿を見とめると、静流は駆け寄り、娘を力いっぱい抱き締めた。空気を読んだ鉄心が、そっと離れて抱き合う親子を迂回して進む。

「良かった……無事で良かった」

 人間、本当に感極まると単純な言葉しか出てこないものだ。それは鉄心の倍ほどは生きている大人の女性であっても。

 美羽もまた先程まであっけらかんと笑っていたハズだが、母から貰い泣き。やはり友人の前より一段、心のガードが緩くなるのだろう。張っていた緊張の糸が完全に切れてしまったようだ。グズグズと鼻を鳴らしながら抱き合う親子。

「良いお母様ね」

 奇しくも数刻前に鉄心が言ったのと同じ言葉をメローディアも口にした。そこにあるのは慈しみと、ほんの少しの羨望か。寄り添っている鉄心はそっとその肩を抱き、メローディアの方も彼の肩に頭を預けた。

「鉄心」

 ソファーに座って待っていたらしいオリビアが立ち上がり、歩いてくる。相変わらず表面上はクールだが、隠しきれない疲労の色があった。心配してくれてたんですか、と訊ねかけて、しかし照れ臭くなり、鉄心は「ただいま戻りました」とだけ告げた。



 持ち帰った情報の整理と考察などの諸々は翌日にしようということになった。時刻は夜の十時半。鉄心の体感では一時間では効かないくらい向こうに居たと思われるのだが、時間の進みも少し人間界のそれと異なるのかも知れない。ただここら辺に関しても、とにかく明日にしようということになった。

 精神的疲労の大きい美羽は先に部屋で休ませ、鉄心はメローディアを呼び止めて少しだけ話す。オリビアにも残っていてもらう。二人とも美羽ほどではないが、色々と気疲れがあり、本音を言うと自分たちももう休みたかったが、誰よりも気力、体力ともに使っているであろう鉄心が平気な顔をしている手前、言い出しにくかった。瞼が重くて気持ち悪くなっている両名だが、気力を振り絞る。

(ていうかバケモノだな、相変わらず)

 昨日の激闘から翌朝も早稽古、メノウとの遭遇の際には膨大な氣を使って匣を展開し続けた。更には美羽とメローディアを守りながらの魔界遠征。

「改めてなんですが……メロディ様」

「何かしら」

「ここでしばらくご厄介になっても良いでしょうか?」

「え? ああ、そういう話」

 もしかすると今回の身勝手について改めてお叱りを受けるのかと身構えたメローディアだったが、少し拍子抜け。

「勿論よ。元より私が言い出した話なのだし」

 ありがとうございます、と頭を下げる鉄心。

「という事になりました。オリビアさん」

 水を向けられたオリビアは軽く肩を竦める。社の方でも新居は探していたが、そちらはストップという連絡を後で入れておかなければならない。

「現状はメノウが大丈夫そうということで、いきなり十傑との修羅場の舞台にはならないだろう、という判断からです」

 聞かれる前に鉄心は決断に至った理由を話す。

「加えて理解のあるメロディ様が家主、かつ万が一の時の設備も完璧。美羽ちゃんの精神衛生面も考えると、既に荷物も運びこんでいる場所を更に移るのはどうなのかな、というのもあります。それにまあ、リスポーン地点にも設定しちゃいましたし」

 今からリスポーン用のノブを動かして、上手く作動しなくなっては洒落にならない。ここら辺も可能かどうかメノウに確認しておけば良かったと悔やまれるが、人間そう完璧にはこなせない。

「なので改めて宜しくお願いします」

「ええ! 歓迎するわ!」

 これから鉄心と暮らせるという喜びが疲労を上回り、メローディアの表情を明るくする。

「ということで、話は終わりです。お時間取らせて申し訳なかったです」

 そう言って鉄心は立ち上がると、

「夜のランニングに行ってきます。ああいや、シェルターに確かルームランナーありましたよね。あれ借りて良いですか?」

 そんなことを宣った。

「え、ええ。どうぞ」

 ドン引きしながら答えるメローディア。礼を言って部屋を辞す鉄心の背を呆然と見送って、

「彼は本当に人間なの?」

 オリビアに問うが、苦笑いが返ってくるだけだった。

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