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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第41話:いざ魔界へ(前編)

 帰宅したメローディアは、皆が防音室に集まっていると家人に聞き、そこに顔を出したのだが……既に場は煮詰まっていた。

 まず鉄心に美羽がべったりくっついて座っている(一目見てメローディアのこめかみがピクついた)のだが、色気がある空気ではなく、不安がる美羽を鉄心が落ち着かせているようだった。この時点で「おや?」という感じのメローディアだったが、ソファーの脇にコンビニ弁当の空容器が重ねられているのを見て、更に違和感。外で食べてくるという話を聞いていたのだが。

「ああ、メロディ様。お帰りなさい」

 軽く微笑みながら挨拶をくれる鉄心に、状況が掴めないまま「ただいま」と返し、結婚すればこんなやり取りが毎日のように出来るのだろうかと邪念が入るメローディア。

 ただ他の面々は憔悴したような顔で挨拶するので、メローディアはいよいよ何か起きたのだろうと推察する。「何かあったのね?」と目で訊ねる彼女に、オリビアが代表して、一時間ほど前のことを説明し始めた。



 オリビアの話が終わると同時くらいに、鉄心がソファーの脇に置いていた麻袋をグッと片手で持ち上げ(もう片方は美羽の腰を抱いている)テーブルの上に静かに置いた。中から金属がぶつかり合う音がする。

「美羽ちゃん」

 もう一方の、美羽の腰に置いていた手を肩の辺りに動かし、優しくさすった。促された美羽は袋の中からドアノブを一つ取り出し、そっとテーブルに置く。鈍い金に、蛍光灯の当たる角度によって青緑がかった光沢が入るそれは、確かに話の通り変哲のない真鍮製のドアノブにしか見えない。

「さっき俺たちも触れてみたんですが、拒否反応が出ましてね」

 そう言いながら手を伸ばす鉄心。ノブはバチッと静電気のような音を立て、跳ねてしまう。先刻は研究所に持ち込めば爆破するようなことを仄めかしていたメノウだが、元より技術漏洩対策も施してあったらしい。方法は全く分からないが、擬似的な美羽のユニークとして設定したと考えるのが妥当か。

「俺だけで様子を見てこようかと思ってたんですが、こういった事情から、どうも美羽ちゃんはメンバー固定ということらしいですね」

 美羽としては自分の体のことなのに鉄心任せにしてしまうのは気が引けていたので、かえって都合が良かった。これでもし鉄心だけ行かせて、戻ってこなかったら、恐らく美羽は一生待ち続けると思うのだ。自分を守るために死地に飛び込んだ初恋の人を、それはそれと割り切って新たな幸せを探せるほど図太くはなれそうにない。きっと後悔と罪悪感に苛まれ続ける人生となるだろう。そんな事になるくらいなら、

「テッちゃんと一緒に今夜にでも行ってみようと思ってるんです」

 というのが彼女の結論だった。危険だと静流は反対したが、オリビアに冷静に諭された。ドアノブにまともに触れない鉄心だけ行かせて、どうやって帰ってこられるんですか、と。それはもう善意にすがるという範疇も超えてただの使い捨てだ。彼女も娘を案じるあまり、頭が回ってなかったらしく、申し訳なさそうに俯いた。

「そもそも、その鳥が言う乱獲派閥が本当に居るの? 仮に居たとして本当に美羽を狙っているの? 実際に美羽を欲しているのは、その鳥の派閥の方で、口八丁で魔界に誘い込んで袋叩きにするつもりではなくて?」

 メローディアが矢継ぎ早に訊ねてくるが、そこら辺の内容も殆ど話し合った後だった。

「もちろん閣下が今仰ったような可能性も全く否定できません。正直、疑い出せば何でも疑える状況です」

 オリビアは眉間に皺を寄せ悔しげに言う。静流も同じような顔をしているのは、大人ながらに鉄心に頼りきりの無力感からか。その鉄心が上司の言葉を継ぐ。

「ですが、餓魔草と言うあの植物の効果は無視できません。美羽ちゃんは現状、火薬庫です。仮にメロディ様が言ったように乱獲派閥など居ない方に賭けても、放置しておくのは危険です。人間側も知れば確実に美羽ちゃんの力を解明、利用しようとするでしょう。それを防ぐためにも餓魔草は魅力的、というか現状だとあれ以外に方法がない」

 鉄心が美羽をグッと抱き寄せる。彼女がまた泣きそうな顔をしたからだ。魔族から狙われる件については美羽も何とか受け止めていた。覚悟と呼べるほど力強いものではなく、諦念に近いが。しかし、自分が帰属する人間社会からもモルモットにされる危険性を改めて突き付けられると、別種の恐怖がこみ上げてくる。言わば外敵を迎え撃とうと踏ん張った地面が崩落するような。まさに四面楚歌。頼れる味方は今この場に居る者のみ。

「じゃ、じゃあ鉄心以外、例えば他の平良のアタッカーを応援に呼べないの? どう考えても鉄心一人だけには荷が重い案件よ」

 メローディアとしては、もちろん人として美羽を心配する気持ちもあるが、やはり自分の想い人がひたすら危険を背負い込む状態は容認しかねる。しかもボランティアと聞く。とんでもない話だ。甘え過ぎではないかと、多分の嫉妬心を含んだ声音になってしまった。彼女も自覚しているが、止められなかった。

「その……厚かましいのは承知ですけど、私はテッちゃんじゃなきゃ……すいません」

 美羽は敏感に察知したようだ。お前だけのナイトじゃないんだぞ、と思わず口を挟んでしまうメローディアの嫉妬の程を。

 そこら辺の女同士の機微に気付いた様子が無いのは、この場で鉄心だけのようで、ただただ現実的な回答をする。

「増援は厳しいですね。叔父貴、つまり頭領は日本の最終防衛ラインとして国外には出ないので無理。ハゲてますしね。蓮司れんじの兄貴は飛行機怖がるんで……後は、うーん。いずれにせよ、こっちに来てくれってのは難しいかと。みんな他の案件抱えているでしょうし」

 あの平良の中で戦力になると思しき名前が二つしか挙がらない。メローディアは改めて驚嘆する。それほどの強敵を自分の想い人は単騎で撃退したというのだから。

「その……美羽だけ日本に戻すというのは、どうなんでしょう? こうなっては学校云々のレベルではないし」

 静流の提案だった。メローディアの増援案に乗っかった形だ。だが、

「平良の他の面々はキチンと仕事の対価は要求されますよ? 鉄心がお嬢さんに向ける温情と同じものを期待されても不発に終わるでしょう」

 オリビアに一蹴される。

「というか、日本出戻り案自体が微妙なんですよね。あの鳥野郎の小型ゲートが厄介すぎて。最悪のケースとしては航空中の機内にゲートが開いてそのまま拉致られるとか。自分のことを信じず逃亡という手段に出ている分、容赦が無くなる可能性も否めない」

 鉄心も難色。

「いずれにせよ、可能性、可能性、可能性。オリビアさんが言ったように疑い出したらキリがない状態です。どこにも安牌が無いんなら、一番リターンの大きい所に賭けようって結論ですよ」

 遠慮なければ近憂あり、と言うが、虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言える。

「だったら……」

 メローディアの目に火がともる。それを見て鉄心は続く言葉がすぐに察せた。まだ短いが濃い付き合いをしているせいか。

「ダメです」

「まだ何も言ってないわ!」

「自分もついて行くと言うんでしょう? ダメですよ」

「なぜ!?」

 何故も何もない。メローディアを連れて行くメリットは皆無だ。先の戦いでは勇猛に一番槍を務めたが、今度は相手が悪すぎる。もし戦闘になるなら、美羽と同じカテゴリーにしか入らない。即ち鉄心に守られるだけの存在。もっと言葉を選ばずに言うなら足手まとい。

 そこら辺をいっそ直截に言おうとする鉄心の空気を察し、オリビアがヘルプに入る。

「閣下。もし御身に何かありましたら、シャックス公爵家は断絶になるのではありませんか? そうなるとエリダ様を始め、これまでの御当主様も浮かばれません。恐れながら、お世継ぎをお産みになるまでは……」

「世継ぎって、その」

 メローディアはそこで意味ありげに鉄心を見つめてしまう。その世継ぎの父親(見込み)が特級の危険に飛び込もうとしているから騒ぎ立てているというのに。そこら辺のジレンマを分かっていてオリビアは突いたようだ。今はまだ勝算が立たず告白しないだろうことも察した上での手綱捌き。権力者や富豪の狐狸こり相手に渡り合ってきた、その老獪ろうかいさの片鱗が見て取れた。

 そして視線の意味も、やり取りの真意も気付かないまま、鉄心は淡々と締め括る。

「まあ信じて待っててくださいよ。あっちも命賭けて来たんだし、こっちも命賭けて乗ってやる。それで対等。それが男の矜持ってもんです。罠だったら軽蔑してブッ潰してくるまで」

「私は女なんだけど」

 同じく命を張る美羽が小声で抗議する。

「何だよ、揚げ足を取らないでよ」

「言うほど揚げ足かな?」

 実動隊ふたりの間の抜けたやり取りに、静流が微かに笑い、オリビアも鼻を鳴らす。いい加減、息が詰まりそうだった場が少しだけ弛緩したのだった。

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