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善悪二刀  作者: 生姜寧也
第2章:魔窟恋路編

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第38話:餓魔草

 小雨が降ってきた。霧のように細かい雨粒が、美羽たちを覆う透明の匣にプツプツ溜まり、遠くのネオンや近くの赤提灯(日本人のやっている飲み屋は海外でもコレを軒先に吊るしがち)が放つ明色が滲んで見えた。

 彼女の手にある箱。中で鎮座する一本の草もまた青白い光を仄かにたたえ、それが不気味とも美しいとも感じられた。

「……正直、こちらもかなりのリスクを冒して人間界に来ている。今など平良が誇る一線級の戦士の前で無手を晒してまでいる」

「だから信じろ、と?」

 確かに彼から見た状況としては……一度負けた強敵と、相手側の本拠地で接触している。しかも恐らくはメインの得物であろうトンファーを地面に置いた状態で。かなりのリスクという表現に誇張はない。だが鉄心の勘が、引っ掛かりを覚えている。

「命懸けでも信じてもらって、美羽ちゃんの封を直したい。何故そこまでする?」

「……」

「ゲートを管理下に置いておきたいという意図は既に聞いたが、美羽ちゃんが近くに居る場所、つまりこの国以外にゲートを展開すれば良いだけだろう。いや、そもそも無視しても大した問題じゃないハズだ。こんなこと言いたくないが、最悪この国が滅んだとして、世界人口で見れば知れた数、他で調整できないとも思えん」

 そこで鉄心の目が更に鋭くなる。

「何か隠してねえか、お前。それも利害関係以外ってんで黙秘か?」

 少しだけ雨脚が強くなる。しとしと。梅雨の長雨を思わせる降り方だ。

 不意に、メノウが両手を挙げる。最初にやった降参のポーズの焼き直しのようだった。

「分かった。もう少しだけ話そう……ミウ・マツバラの魔力はゲートの顕現促進の他に、相性の良い相手に分け与えられる特質がある」

 その特質に関しても推測はついていたが、相性という条件もあったのか、と鉄心。ちなみに、その相性について詳しく聞いておくべきだったと彼が気付くのは、もう少し後になってからのことである。

「今回のゲートには、当初の予定以上の魔族が吸い寄せられたが、それは魔力の源を探しての、奴らの本能ゆえだ」

「まるで他人事のようだな。元より管理できていないんじゃないのか?」

 揶揄のつもりだったが、メノウは存外渋い表情をした。いや、鳥なので正確には分からないが。

「……我々が用意したゲートではないのだよ」

「は?」

「魔族も一枚岩とは程遠い。今回のものは我々とは他の、いわゆる計算をしない乱獲派閥の手による。ゲートを用意した後は放置していたらしいな。顕現が早まった事にも、数が予定より多い事にも、後から気付く体たらくだった」

 それは確かに他人事だ。管理不足を言われても、知らんがなといった所だろう。

(しかし派閥か。ウチの仲良さそうなクラスでもグループくらいはあるからな。知性ある生物の集団の宿命なんかね)

 途端に魔族が卑近に感じられ、鉄心は何とも言えない気持ちになる。

「ああ、なるほど」

 そこで今まで聞き役を鉄心に譲っていたオリビアが得心の声を上げる。

「その別派閥に美羽くんを奪われる可能性があるって事か?」

 乱獲派という言葉から察するに、恐らく火力を純粋に求めるタイプだろう。エネルギータンクたる美羽など利用価値の塊だ。

「……そうだ。奴らも流石に事後には気付いたからな。今は魔界側にイレギュラーの原因が居ないか探しているようだが、それが空振りに終わった後は……」

 人間界側を疑うと。

「そいつらが人間界を捜索したとして、どれくらいの確率で美羽くんは見つけられる?」

 オリビアは一度だけ美羽を振り返る。折角メノウからは危害を加えられないと知り、少しだけ安心しかけた矢先に、今度は他の十傑から指名手配のように狙われる未来が訪れるかも知れない、などと、齢十六の無辜むこの少女に何故こうも不条理が襲い掛かるのか。

「……いずれは100%だろうな。あの学園の生徒は恐らく一番に疑われる対象だ。だがまだかかるハズだ。魔界も広いからな」

 また、鉄心たちに敢えて仲間の情報を言うことはないが、幸いにして魔力の探知などに長けたサメ型亜人のサファイアはメノウと同じ派閥ゆえ、一足飛びに事態が進展することは無いハズである。

 とは言え有り余る猶予があるワケではない。どころか、その敵対派閥の誰かが、もし気まぐれに「先に人間界を調べてみようぜ」と言い出しただけで容易く消し飛ぶ。第一容疑者は六高の関係者、たったの三百余名なのだ。

「美羽ちゃん」

「美羽」

 鉄心と静流の気遣わしげな声が重なる。オリビアは踵を返し、美羽から箱を受け取ろうとする。草の効力が魔力(氣)の吸引なら、自分でも実験できるのではないかと考えたらしい。

 だがそれより先に、美羽はキッと眦を決し、勢いよく草を掴んだ。

 優しい彼女は他人の気遣いにも敏感だ。

 オリビアは先程、何が入っているか全く分からない箱に向かって悠然と歩いて取って来てくれた。とても迷いが無い足取りだったから、ついつい見逃しがちだが、アタッカーでもない彼女がアレを行うには凄まじい勇気が必要だったハズだ。第一義は鉄心を守るためだったのだろうが、美羽に対する優しさも当然含まれていた。

 鉄心にしても同様だ。さっきからずっと大きな匣を展開しっぱなしで少しずつ息が上がってきている。それでも万が一を起こさせない為、オリビアが出入りした時以外は一瞬たりとも綻びを見せずにいる。家名にかけて死力を尽くすと言った、それを有言実行しているのは、一つには彼の誇りだろう。だが大部分は美羽への優しさと誠意だ。

(私の事なのに、二人にばかりリスクを取らせて、優しさに甘えて。それじゃダメ)

 怖くないワケはない。だけど貰うばかりでいつか愛想を尽かされるのも同じくらい怖かった。ギュッと爪が掌に食い込むほど握り込む。美羽の体の芯から掌を通って草へと温かい氣が流れていく。

 概観ではあるが、全体の二十分の一程度が流れ込んだ所で、急に栓がされたように止まった。いつの間にかキツく閉じていた目を、美羽はゆっくりと開けた。

 草は青が消え真っ白になり、やがて水分も飛び、枯れ果ててしまった。感覚的なことなので実証は難しいが、確かに言われた通りの効果に思える。

「大丈夫なの? 美羽……」

 隣の静流も止めようと手を伸ばしかけた格好で固まっていたが、その手を娘の顔や頭に乗せ、存在を確かめようにしている。美羽にしても母の手の感触や体温で、自分の無事を実感している。

「うん、うん。大丈夫。多分、メノウさんが言った通りになったと思う」

 一同、ホッと胸を撫で下ろした。

「これで信用いただけたかな?」

 嫌味ったらしいメノウの声音に、バツが悪そうな三人。鉄心だけは未だ人を食ったような顔をしているが。

「で。これは対処療法って言ってたよな? 根本的にどうにかする方法があるのか? それともお前が折を見て今の草を届けてくれんのか?」

 メノウは鼻を鳴らした(ような音を出した)。

「私もそこまで暇ではないよ。それに先程も言ったが、根本的な対処にはミウ・マツバラ本人が必要になってくる。端的に言うと……彼女自身が魔界に出向き、今の草、餓魔草がまそうというのだが、あれが花をつけた餓魔花がまかという物に魔力を吸わせ、それを磨り潰して印にすり込むのだ」

 静まり返る一同。言葉の意味は理解できているが、にわかには受け入れがたい内容だった。

「おいおい、簡単に言ってくれるな」

 一番最初に反応する鉄心だったが、声に力がない。例の草、餓魔草というのか、実際に効果が出てしまった以上、そしてどう見ても人間界の植物ではない以上、採りに行くか採って来て貰うかしか方法がないことは分かっているからだ。つまり頭を下げるか、未知の世界へ裸一貫で飛び込むかの二択。

「ちなみに貴殿にその花を採って来てもらう事は出来ないのか?」

「無理だ。今ミウ・マツバラが持っている箱は、魔力を遮断する素材で出来ている。私が直接手で持つと私の魔力を吸い取られるからな」

 その理屈は分かる。オリビアが身代わりの実験台になろうとしたくらいだから。

「つまり花に触れるのはミウ・マツバラ本人でなくてはいけない。よって彼女に出向いてもらう必要がある」

「……では、この草はどうやって摘んだんだ? 摘んだ時点で貴殿の魔力を吸って白化しているハズでは?」

「……こちらの世界の魔力を持たない人間に頼んだ」

「頼んだって」

 こんなに目立つ鳥が頼んでどうにかなるものだろうか。

「路上で生活している者に、包帯やフードで顔まで完全に隠した状態でカネを渡した。好きな物を買わせ、もっと欲しければ仕事をしないかと持ち掛けたんだ」

 普通にどうにかなったようだ。マフィアじみた手口だが。

「目隠しをして、ゲートを潜らせ、後は草を摘ませただけ」

「その手法は」

「無理だ。草は危険の少ない所にも生えているが、花は洞窟の奥にある。採取役を守りながらそこまで行くのは至難の業だろう」

 つまり頭を下げてもどうにもならず、採りに行くの一択だった。

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